第6話 信じられない

 彼女との出会いが僕を爆発させる撃針になったのだろう。

 動員隊に行きたくない、それだけの理由では不合格になっていたかも知れない。

 彼女と一緒に学校生活を送りたい、という強力な動機が僕の集中力を加速した。


 もう僕は彼女が合格して、この学校に通うものとなぜか確信して、この学校の制服を着た彼女の姿をありありと思い浮かべていたくらいだ。

 今にして思えば、もしあの生徒が会場を間違えなかったら、僕は果たして合格したろうか。そして彼は志望校には入れたろうか。わからなかった。


 中学の卒業式が終わって二日くらいしてから卒業証書を受け取りに言った。僕は出席しなかったからだ。

 元担任は僕が合格したことを知っているはずだが、なにもいわなかった。たぶん僕の顔にはザマアミロと書いてあったはずだし、それに反応するほどバカじゃなかったんだろう。担任は黙ってぼくに証書を渡して、ちょっとほっとしたように、カズオが卒業と同時に国家青年動員隊に行く事になったと教えてくれた。

 なんの感慨もない。

 あいつも僕のことなんか思い出しもしないだろう。僕も思い出すことはない。あいつは僕の人生から出て行った。そういうことだ。

 中学での生活と思い出もすっぱり縁を切って、僕は胸をはって入学式に臨んだ。


 入学してからも必死に勉強し、夜も手回しライトでがんばり、学年上位の座を維持している。このまま三年間突っ走れば、ひょっとすると大学に行けるかも知れないし、そうなると就職できるかも知れない……というところまでこぎ着けていた。

 そして僕の意中の人だけど、彼女の名は瀬名知亜紀せな ちあきという。なんと同じクラスになった。まあ、一学年三クラスしかないからその可能性はあったけど。

 彼女も勉強が良くできた。

 六月の中間テストも、僕と彼女は一階の廊下に張り出される長い長いロール紙の順位表の上位集団の中で上になったり下になったりと追いかけっこをしていた。

 それでも、あの寒い受験会場での出会いから、一途に続く僕の気持ちに彼女はまったく気づくそぶりさえ見せなかったのだ。



 ……昨日までは。

 掃除当番で僕一人で床をモップで磨いていた。中学時代からいつものことで、一人掃除は慣れている。ほかのヤツはホームルームが終わるなり慌ただしく教室を出て行った。

 がらりと教室のドアが開いた。僕が振り向くと、瀬名さんが立っていた。

「成績を見たわ。合格よ」

「合格って?」

「今日は発表の日でしょ」

 そうだった。テスト用紙は一人一人に渡されていたけど、今日は全校さらし者大会、じゃなかった期末テストの順位表が張り出される日だった。

 それでみんな放課後になると飛び出していったんだ。でも合格とは?

「中間試験は受験の勢いが残ってるけど、期末は別。入学してからもしっかり勉強してることがわかったわ……だから合格。つきあってあげる」

 突然のことで声も出せないでいる僕に、彼女はとどめを刺した。

「今日は一緒に帰りましょう」


 というわけで、それから毎日、彼女と登下校をともにすることになった。

 そのときはやっぱり最初の出会いからずっと僕を観察していたんだな、くらいにしか思わなかった。 

 けれど夕暮れ迫る帰り道を二人で歩いているときなど、たわいもない会話なのに彼女に何かを吸い取られそうな気になる。

 瀬名さんはその痩せた姿とは裏腹に、目だけが異彩を放っていた、どこか茶色をこえて薄赤い感じの瞳でみつめられたら僕の足は力なくもつれてしまうのだ。


 彼女は僕から話をきき出すのが上手だった。

 一緒に帰るようになって三日目くらいで、僕はなぜ勉強に精魂を傾けているのかを中学時代のつらい出来事からはじめて、洗いざらいしゃべってしまった。

 瀬名さんは適度に簡潔な問いかけをするくらいで、特に感想を述べるわけでもなく、僕は一人で話し続けた。

 その日は僕の思いをぜんぶ話したせいか、帰路の途中で分かれて家に着く頃はなんとなく鬱っぽくなったことを覚えている。


 瀬名さんはいつも休みがちの体育の時間を除けば、彼女は教師連中の受けも良かった。

 が、この時節、太っていることイコール豊か、金持ちというイメージが先行しているせいか、学内の男子からはさほど人気がない。

 もちろん、バスケ部には生まれ変わっても入部できそうもない体型の僕にしても事情は同じで、僕と瀬名さんが一緒に帰宅路をたどっても誰も文句は言わなかった。

 結果的に誰とがめることなく僕たちは夏に向かって走り出し、僕と彼女の距離はどんどん小さくなっていった。


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