第3話 カッちゃん
掃除当番。
なんで当番ってあるんだろう。いつも同じ人間が作業するのにさ。
僕のクラスは担任が適当に分けた班があるんだけど、アクマ王とその配下はだれも掃除なんかしない。部活の奴はすぐに消える。
女の子たちは明るい内にさっさと帰宅する。そうだよね。うっかり校内でたむろってたら暗がりに引き込まれて過酸化酸素水かもっと別の液体をぶち込まれるかも知れないんだし。
だから、一番めんどうくさい温室清掃は僕とカッちゃんだけしかいない。
温室は裏玄関近くにあって、放課後になると西日の直接攻撃でけっこうつらい。すぐに汗だくでワイシャツが背にぴったりとくっついてしまう。
ハウスの中で異常繁殖した雑草を取ったり、汚れた窓ガラスを拭いたりするいつもの作業が終わって外に出た。そばにある花壇のベンチに二人してすわった。
話の内容はいつものことで、入学できるはずもない夢の高校生活で盛り上がったりした。その学校には常識をわきまえた理想的な生徒たちがいて、イジメなんかなくて、みんな一生懸命に勉強やらスポーツに励んでいたりするのだ。
もちろん女の子はここみたいにケバい商売女みたいのじゃなくて、きっとまじめでかわいい子ばかりにちがいない。
カッちゃんは大昔のとある科学のライトノベルにでてくる勇敢なヒロインにぞっこんだったから、またその話になったりした。
いじめられっ子ふたりが妄想に花を咲かせる、ちょっと哀しい会話だった。市内にはまともな高校ときたら一つしかないし、そこは相当勉強ができないと入れないのだ。
そして、妄想話が落ち着いて、僕とカッちゃんがベンチから腰を浮かせようとしたそのとき……上から椅子が降ってきた。
やつらはもう教室にあるものはほとんど手当たり次第に壊していたけど、机と椅子はそのところを変えることはあっても、壊すまでには至っていなかった。何しろ鉄パイプでできた古くて重いやつだったから。
その日、椅子に手をかけたあいつの頭に一瞬の明察……地球の重力を利用したらどうかと閃いたらしい。
で、三階の窓からいきなり投げ、カッちゃんの頭上に着弾した。
すごい音がして、石畳に倒れたカッちゃんの頭から血が流れている。坊主頭がまさにぱっくりわれた感じで、だっと床面が朱に染まっていく。上を見上げるとカズオがちょっと顔を出してすぐに引っ込んだ。
覚えているのは救急車ではこばれたところまでだ。そこからさきのことは記憶から飛んでしまった。とてもつらかったからだろう。
カッちゃんの意識が戻らないまま二週間が過ぎたある日、お見舞いに行ったら、もうすっかり顔見知りになった看護師のお兄さんが出てきて、
「ご家族の意向で転院になったよ」
「どこにいったんですか」
「個人情報なので教えられないんだ。ごめんね」
そう硬い表情でいったきり、また看護ステーションにもどっていった。
僕はその足ですぐ、カッちゃんの家に行った。
玄関のベルを押したら知らない人が出てきた。引っ越してきたばかりで、前の住人がどこへ行ったかも知らないという。
僕は椅子を落としたのがカズオだったと生徒指導のおっさんに報告したが、取り合ってもらえなかった。友だちが熱中症で倒れて花壇の鉄柵に頭をぶつけたことになってしまった。投げたやつらは結局おとがめなしだった。
翌日、僕は西校舎の一番隅にあるトイレに引きずり込まれて、やつらにぶん殴られた。
理由その一、教師にチクった。
理由その二、俺たちに罪をなすりつけようとした。
というもので、完全に矛盾しているんだが、そうとうストレスがたまっていたらしかった。
持っていた電話帳で二十発くらい殴られた。電話帳でなぐったのは体に傷を残さず派手な音がして殴った実感が得られるからだそうです。お気遣いありがとうございます、は?
四人いた仲間もとうとう僕と新井君だけになって、イジメの負荷が前年比200%と爆上げしてしまい、それはそれはつらかったんだけど、新井君もがんばっていたから、僕も耐えられた。
新井君は仲間の中で一番からだが大きかった(といってもほかから見たら標準的というレベルだ)けど、ものすごく気が弱くて、やっぱり僕が盾になった。
なんか僕から見ても優しすぎたんだ。
「ごめん……、ごめんね」って言ってくれるけど、僕はもう新井君がいないと一人ぼっちになってしまう。だから、ここは耐えるしかない。でもいつまでなんだろう。卒業まで? それども屋上ダイブするまで?
学校では三百六十度、全方位敵だらけ。誰もかれもが僕たちがイジメられていることを肯定しているかのようだった。
でも、そんなめちゃくちゃな中学の生活は唐突にぶっ壊れた。
戦争が始まったからだ。
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