イタリア 七日目
3月23日(金)
ローマ
朝起きるのがきつくなってきた。
数日前は朝の四時とかに勝手に目が覚めていたのに、昨日は七時前に目が覚め、今日はとうとう八時のアラームで目を覚ました。
適応してきた証拠である。
さあ、ドキドキの朝食会場だ。これで朝食ビュッフェとは名ばかりのパン! ベーコン! チーズ! 以上! みたいなのだったら困る。いや、困るというかなんというか、飽きる。なぜなら今日を含めて三回ここで朝食をとるからだ。
そして朝食会場……おお、意外と多い! パンも三、四種類あるしハムとベーコンとチーズはあるし(薄々勘付いてはいたが、どうやらこれは欠かせないらしい。韓国で何を注文しても小皿のキムチが付いてきたのと同じか)なんと茹でたさやいんげんらしきものまである。喜び勇んで食べたはいいが、さやいんげんを塩で茹でました〜といった感じの味だった。そりゃそうか。
それからパンに塗るのはジャムに蜂蜜、飲み物も水だけでなくオレンジジュースにパインジュース、牛乳も揃っている。そしてコーンフレークまで置いてあり、なんだ、値段の割に充実しているではないか。
味など問題ではない、食えればよいのだ……と思っていたが、全体的に味も悪くない。嬉しい誤算であった。
お腹いっぱい食べてから部屋に戻り、準備してホテルを出発。
目的地はコロッセオ!
世界有数の観光地、古代ローマで幾多の
ホテルからコロッセオは地下鉄で二駅とかそのレベルなので、例によって歩く。節約。
しばらく歩いているうちに、建物と建物の間に特徴的な穴だらけの楕円形建築物が見えてきた。
あれだ。コロッセオだ。
あの外壁がスカスカなのは別に壊れたわけではなく、元からそういうデザインだという。石材とかの搬入のために広めに空いているらしい。
近付くにつれ、例によって例のごとく、大量の押し売りが発生し始めた。自撮り棒にペットボトルの水、謎の置物、その他、その他。相手していたらキリがない。アジア人と見れば自撮り棒を売りつけにかかってくるのは一体どうして? 教えておじいさん。
チケット売り場に並んだ。
チケットを買うための行列の長さは、フィレンツェの大聖堂の比ではない。朝一とは言わないまでも、それなりに早めに来たはずなのに。さすがはコロッセオ、一筋縄ではいかないぜ(?)。
ときどき数歩進むが、基本的には延々と立ちっぱなしである。おまけに、なんか突然気温が下がったローマが容赦なく凍える風を浴びせてくる。やはり行列に並ぶのはきつい。
寒さにぶるぶる震えること一時間、今度は入り口のシステムエラーで入場ができなくなって列が止まった。勘弁してくれ。
ようやく入場できたときには、すでにコロッセオを去りたい気分であった。
とはいえ中に入るとその物量に圧倒される。広い。とにかく広い。
そりゃあ、猛獣とかと戦わせたりもしていたらしいし、広いのは当然なんだけど、それにしたってとんでもない大きさだ。現存しているというのが信じられない。どこからどこまでが補修されたものかはわからないが、すり減り方からして大半が当時のままのような気がする。いや、どうなんだろう……二千年前の石材って、どれぐらい原型を留めていられるものなんだろう。石の種類にもよりそうだ。
ということで調べてみた。
現存しているのは当時の半分程度。戦火によって破壊されていたというわけではなく、建築材料としてコロッセオから石材が切り出されていた時代があるらしい。その一部は明日行くヴァチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂にも使われているとか。
まさかの採石場。建物を何だと思ってやがる。
とにかく、コロッセオがどれだけ大きいかわかってもらえただろうか。
コロッセオの客席部分をぐるぐる回る。ヤフオクドームにいる気分である。昔は福岡ドームだったのが、いつの間にかヤフードームになり、そしてヤフオクドームになった。南海ホークスもダイエーホークスになり、そしてソフトバンクホークスになった。あーあ、時の流れを感じる。
一番下の競技場、そして少し高めの二階席、さらに上の三階席。かつての熱気が偲ばれる。
なんと一番上、三階席には日光を防ぐための天蓋が張られていたらしい。ますますドームだ。豪華だわあ……。
行ってみようとしたが競技場と三階はツアー客限定らしく、我々一般人が行けるのは一階と二階のみ。それでも足が疲れるほどには広かった。反対側の客席は遠く、人の顔も定かに見えない。
三周ほどぐるぐるして写真を撮り、土産物を眺め(欲しいものが見当たらなかった。あ、でも陶器の水差しにはちょっと惹かれた)、それから外に出ることにした。
コロッセオを出てほっと一息。すると謎の黒人が突然話しかけてきた。
「どこから来たの?日本?日本のどこ?大阪?」
矢継ぎ早に質問されるが、聞き取れないほどではない。頑張って答えていると黒人はヒートアップしてパーソナルスペースに侵入してくる。
友人はなんとなく嫌な顔をして立ち去ろうとしている。この友人の選択が正しかったと知るのはこの直後である。
私はお人好しなので、陽気で話したがりの黒人を無視するのも忍びないと思い、とりあえず会話を続けた。残念ながら、私はサッカーに興味がないので名前ぐらいしか知らない。でも頑張って必死で話を合わせる。
「ユーアー、ナガトモ! アイム、ザッケローニ! ハハハ!」
「ハハハ」
「ウィーアーフレンド! トモダチ!」
うわっ何すんねん。
「トモダチ!」
突如、どこからともなく取り出したミサンガを腕に巻きつけようとする黒人!
「ノーノーノーサンキュー」
手をポケットに突っ込んだまま意地でも巻きつけさせまいと抵抗する私!
「トモダチ!」
とにかく諦めない黒人!
「ソーリー!」
腕を振り払ってそのまま歩き去る私!
「……」
やっと諦めてくれた黒人!
結局ミサンガ狙いかよ。なんとかして話についていこうとしてたのが馬鹿みたいじゃないか、と暫し憤った。
「だから言ったろ」
友人は慣れたものである。これが旅行経験の差……!
そしてミサンガ・ショックも冷めやらぬうちに、インド人っぽい観光客に写真を撮ってくれと頼まれた。英語の訛りがきつすぎて、人生で初めて「Pardon?」を使った。
友人が横で「やめとけやめとけ」と呟いていたが、まあ写真ぐらいなら……とコロッセオが入るように撮ってあげた。
特に何事も起こらず、観光客はお礼を述べて去っていき、その後私は友人にめっちゃ怒られた。
「ああやってカモになりそうな観光客に近づいて、iPhoneをわざと落として、壊した壊したってお金奪い取る詐欺とかあるんやぞ。旅行中は話しかけてくるやつを信用したらいかん」
返す言葉もない。
「お前お人好しすぎるんや」
いやあ、それほどでも。
続いて訪れたのは、フォロ・ロマーノ遺跡群。
コロッセオの横にある割にはあんまり名前を聞いたことがない。しかし、コロッセオで買ったチケットをそのまま使って入場できるらしい。使えるものは使え、入れるとこには入っとけ主義の私たちは意気揚々と遺跡に向かった。
それがまさかの大当たり。
想像を遥かに超える遺跡の数々、まさに遺跡『群』。あちこちにベンチっぽく置かれている石の塊も、よく見たら模様が彫り込んである柱の一部だったりする。こんなに無造作に置いといていいの!? と言いたくなるような状態である。
あっちにもこっちにも遺跡、高低差のある敷地内は犬も歩けば遺跡に当たるといった具合。
コロッセオのオマケぐらいかと思っていたが一切そんなことはなかった。むしろコロッセオがオマケである。
目をキラキラさせながらぐるぐる歩いて、ようやく敷地内の三分の一ほどだろうか。昼時も過ぎ、非常に腹が減ってきた。
さすがに遺跡内に飲食店はない。あったとしても目の飛び出るような価格なのは目に見えている。仕方なく、そこらへんの自販機で見つけたレモンクッキーを食べることにした。
「なにそれ」
「さっき買ったクッキー。レモン味」
「博多通りもんかと思った」
「法世さん、ローマもだいぶ変わったね」
「ばってん、変わっとらんもんもあるったい」
「変わっとらんもんって何?」
「ま、通りもんば食べんね」
「うまか〜」
傑作まんじゅーう 博多っ! 通りもーん♪
何? これを知らない?
さては貴様、福岡県民ではないな。
フォロ・ロマーノ遺跡を出る。全部回ったとは思うが、おそらく回りきれていない。死ぬほど広い。これは次にローマを訪れたらまた来たいと思う。
次はトレヴィの泉に向かうことにした。
またもや歩きである。そろそろ足が悲鳴を上げ始めている。剣闘士の格好で「写真撮ろうぜ!」と近寄ってくるおじさんを華麗に躱しつつgoogle mapに従って歩いていると、今度は友人がインド人の女性に写真を撮ってくれと頼まれた。
友人は断るかと思いきや、案外素直に撮ってあげていた。女性がサンキュー、と去っていったあと、私は友人に向かってめっちゃニヤニヤした。
「ね? 断れんやろ? ね?」
友人は頭をかきながら呟いた。
「断れんな、あれ」
結局二人とも、お人好しで押しに弱い典型的日本人観光客なのであった。
「まあ女性だったからね」友人が謎の言い訳を始めたが、聞こえないふりをする。そんなことは関係ない。
それから再び街中を歩く。歩く。とにかく歩く。地下鉄の治安があまりよくないのと、懐具合が寂しいので、まあ交通費にお金をかけるぐらいなら足を酷使したほうがマシなのだ。
目的地に近づくとびっくりするほどの群衆が見えてきて、ああ、あそこか、とわかった。十三キロにわたって引かれたローマの水道の終着点。トレヴィの泉である。
泉にはこんな伝説がある。
一枚投げると、再びローマを訪れることができる。
二枚投げると、想い人と結婚できる。
三枚投げると、現在の伴侶と離婚できる。
つまり!
私は考えた。恋人も妻もいない現在の状態で三枚投げれば、システムがオーバーフローして255人あるいは65535人の妻ができるのでは……?
試してみようと思ったが、本当に大量の妻が現れたら怖いのでやめておく。システムが何ビットあるかもわからないし。
トレヴィの泉を辞し、また歩いてスペイン広場へ向かう。お馴染み、『ローマの休日』で王女が座ってアイスを食べた階段がある広場だ。
お馴染みと書いたが、実は私はローマの休日を観ていないのでなんとも形容しがたい。ただの大きい階段である。
おまけに飲食禁止で、何か食べようものならしたから見張っている警備員がすっ飛んでくる。期待度の割に「うーん……」という感じである。
スペイン広場の階段よりも心惹かれるものがあった。
黒人が道端で「ンミ゛ィーー」と音を立てるおもちゃを売っているのだ。見た目は水の詰まったゴムボールで、それを地面に置いた板に叩きつけると、べちゃりと潰れながら「ンミ゛ィーー」と音を立てるのだ。びっくりするほど説明しにくいな。原理もわからん。笛でも内蔵されてるんだろうか。
微妙に欲しくて仕方ない。ものすごく癖になる音だ。欲しい。ああ、すごく欲しい。買っても絶対に邪魔になるだけなのに。
泣く泣く通り過ぎて真実の口へ向かった。
真実の口はこれまた遠くにあり、正直もうバスでもなんでも使いたかったが、ここまで来たら全部徒歩で行きたい。妙な意地が芽生えている。
足を引きずりながら歩き、いよいよ真実の口に辿り着いたはいいものの、待っていたのはよくわからない石盤であった。
ガッカリ。
世界三大がっかり名所には含まれていないが、ノミネートしていいレベルだと思う。並んだ観光客が次々に手を突っ込んで写真を撮り、去っていくだけのスポットである。ようやく順番が来たが、暗めの室内に置いてある真実の口は、なんというか、うーん……こんなものか……という感じである。手を突っ込む気力も失せた。一応突っ込んだけど。
これはあくまでも個人の感想なので、これから訪れるという方は気にせずに手を突っ込みにいってほしい。
真実の口を辞し、ホテルに戻る途中でスマホの万歩計を見た。二万歩だ。ついに一日二万歩を記録したぞ。健康的にもほどがある。
ホテルの近くにあるお土産の店で見つけたダビデ像のダビデ像(注:三日目を参照のこと)がだんだんと気になり始めた。悪友たちの中に何人かあれを喜びそうなやつがいるのだ。買うか……いや、でも……よし、買おう。あとで買う。やらずに後悔するよりやって後悔しろ、だ。
晩ごはんを探し歩いていると、インド人っぽいお兄さんに呼び止められた。どうやら日本語メニューがあるらしい。じゃあもうここでいいか……と店内に入ると、夕食には少し早いとはいえびっくりするほどガランとしていた。あ、ミスったかも。
ラビオリのトマトソース煮、そしてトリッパを注文した。
ラビオリは洋風の餃子のようなものである。食べてみると、あ、ふーん……みたいな味。というか見た目がどうにも冷凍食品で、味も冷凍食品で、やはり店選びを間違えたような気がする。
なにしろ他に客が入っていないのだ。
そしてトリッパが来た。
まず見た目がすごい。ミノムシというかモップの先端というか機械の部品というか、とにかく食べ物とは思えない形をしている。
しかも大きい。一口では食べられそうにない。牛か何かの内臓であり、ホルモン的なものだと考えればすごく嚙み切りにくいのではないだろうか。それをこのサイズにカットするとは、高齢者を殺しにかかっているとしか思えない。
おそるおそる食べてみると、予想していた惨状よりも幾分かマシであった。トマトソースの風味の隙間にわずかな獣臭が鼻をつく。動物園で食べるトマトソースの味だ。
ポテンシャルは感じる。きっとしっかり臭み抜きとかをして、適切に調理すれば、さぞかしおいしいに違いない。
友人に食わせてみると「あっこれ無理」と顔を青くしていた。獣臭に耐えきれなかったらしい。ふふん、これだから軟弱なお坊っちゃまは。
客を呼び込む。多言語のメニューを置く。つまりここは地元民が来るような店ではない。それに、どう考えても千円以上払って食べる味ではない。
ということは、一見さんをメインで狙っていく店なのではないか。リピーターを獲得する気は初めからないということか。いい経験になった。次は地元民がたくさん入っている店にしようと思う。
ホテルに戻り、シャワーを浴び(足がくっつかないようにシャワーを浴びるのにも慣れた)、さっさと寝た。
そして夜中の一時に起きた。胃が苦しい。明らかにあのトリッパのせいである。
おのれ牛モツの分際で。
私は腹を押さえてごろごろ転げまわり、そして転がり疲れて目を閉じた。疲れが私を二度目の睡眠に引き込んでいき、そして私は今度こそ眠りについた。
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