イタリア

イタリア 一日目

3月17日(土)

福岡→上海


一,我々は貧乏な学生であるからして、旅行においては「質より回数」を意識すべし。


二,五十万払ってヨーロッパで贅沢なヴァカンスを楽しむよりは五万ずつ払って十回アジアを旅するべし。


三,日程を決めてから飛行機やホテルを予約するべからず。飛行機とホテルがもっとも安くなる日程に合わせて行くべし。


四,現地の高級な味覚を楽しみたいのであれば一日一回にとどめ、それ以外の食事はマクドナルドかコンビニで済ませるべし。


五,そもそも飯もホテルも何もかも高いヨーロッパやアメリカは避け、物価の安い東南アジアで満足すべし。


六はない。


 そんな私と友人の不文律がついに破られる運びとなった。

 今回の行き先は、イタリア。

 地理の授業で長靴だのブーツだのと言われ続ける宿命を背負った国である。あとは阿部寛がたくさん街を歩いている国という認識しかしてないけど、たぶん合ってると思う。温泉入りたくなってきたな。


 去年の秋のことである。

 次の旅行先を探す我々はついに禁忌を破り、ヨーロッパへと足を伸ばすことを決意した。最初「ロンドン」だった行き先は、どうせ一週間行くなら……と「ロンドンとイタリアのどこか」になり、そして移動が面倒だからという理由でロンドンが消え「イタリアのどこか」へと変遷した。

 そこから都市を絞り、日取りを決め、ジェノヴァだのミラノだのナポリだの散々挙がった候補の中から三つを選定した。十日間のイタリア旅行、行き先は「ローマ」「ヴェネツィア」「フィレンツェ」である。


 さて、ここで初めて旅行紀を読む方のために私の友人について言及しておこう。私と友人は同じ大学、同じ学部、同じ学科、そして同じクラスである。毎日ほぼ一緒に飯を食い、二人きりで旅行しまくっているのだが、特にそういう関係ではない。ただの友人、愛すべき朋友である。もしも私が首を刎ねられそうになったら躊躇なくこの友人を身代わりに差し出して妹の結婚式に出るであろう。これを「刎頸の交わり」という。(※嘘です)


 そしてこの度、とうとう私も友人も進級が確定し、四年生に上がる運びとなった。研究室への配属が近い。そして我々の志望する研究室は同じではない。

 別れの刻が近づいていた。

「ごちうさを観ろ」

「まどマギを観ろ」

「WORKING!!を観ろ」

 口うるさく今期のアニメを布教され続ける日々が終わりを迎えようとしているのだ。

 ……そう考えると別に悲しくもないような気がしてきた。まあいいや。それに、どうせ同じ講義の単位落としてるから再履修で会うんだった。腐れ縁である。


 そういうわけで今回は、もしかしたら最後の旅行になるかもしれない。

 大学四年生の夏休みはきっと院試で忙しいだろうし、春休みは卒論で忙しいだろうから、きっとのんびり旅行している暇などないのだ(もちろん暇があったらまた旅行します)。この春休みが最後の暇なのである。


 というわけで掟破りのイタリア、おまけに九日間。香港、沖縄、北京、西安、韓国と順調に重ねてきた旅行の、ある種集大成とも言える。張り切っていこう。


 福岡を出発するのは十八時過ぎの飛行機。

 現在その五時間前、なんとまだ荷造りをしていないぞ。今からやります。


〜〜♫

(待ち受け音楽)


 やりました。ギリギリ間に合った。

 今回は都市間移動が多く、荷物を持って歩き回る機会が非常に多いため、できるだけ荷物を少なくすることに。下着や靴下以外の着替えはできるだけ少なく、不要なものはほとんど持っていかないようにしている。

 案外軽いリュックを背負い、忘れ物がないか何度も確認してから家を出た。eチケットの印刷を忘れていたので慌ててコンビニで印刷した。準備は余裕を持っておこないましょう。


 今回利用するのは「中国東方航空」「エールフランス」「アリタリア航空」の三社である(コードシェア便のため厳密には二社)。福岡→上海→パリ→ローマと乗り継いで進んでいく。

 こんな複雑な便になったのは、当然ながら飛行機を愛する我が友人の仕業である。こいつは飛んでいる飛行機を見るだけで行き先や便名を瞬時に判断できるという変態であり、飛行機に乗ることと飛行機を撮ることに生き甲斐を見出しているので、そのうち飛行機と祝言でも挙げるのではないかと私は睨んでいる。


 エールフランスの二階建てジャンボジェットはあまりに大きすぎるためか日本に就航しておらず、かなりレアであると言えよう。当然、乗るのも見るのも初めてである。


 中国東方航空はその安さから友人との旅行で散々乗っており、たぶん利用回数はそろそろ二桁を超える。JALとANA合わせたよりも中国東方航空に乗った回数のほうが多い気がする。それでも日本国民か。


 アリタリア航空は経営難で有名な(?)会社である。2018年3月で息の根が止まると専らの噂であり、つまりイタリアに行けない(あるいは行けたけど帰ってこれない)可能性がそれなりに存在するわけで。もしもそうなってしまったら、もうイタリアで阿部寛として生きていくしかない。鏡見ろ。はい。すいませんでした。


 そういうわけで現地で飛行機のチケットを取ることもできるように、日本円で五万ほど持っていくことに。これが本当の「金がごまんとある」ってやつやな。なんちゃって。


 集合時間の四時を過ぎ、ようやく空港FUKに到着。出国手続きをしようとすると、びっくりするほどの行列。福岡なだけあって中韓の人々が非常に多い。韓国の首都ソウルと福岡を結ぶ国際線の数はなんと週に二十本以上あるらしく、アジアの窓口とかなんとか呼ばれているのも宜なるかなという感じである。


 そして飛行機は飛び立つ。

 上海まで一時間半、短めのフライトながら国際線なので機内食が提供される。

「ビーフオアチキン?」と訊かれたら「ア゛ァッッッ!?」と答えようと思っていたのに何も訊かれなかった。ビーフ一択だった。命拾いしたな。

 メニューは牛丼みたいなやつ、ポテトサラダ、漬物、パンとマーガリン、スイカ、ピーナッツ、ビスケット、カップに入った水。いつもの機内食である。それにしても、季節を問わずスイカが登場するのは一体どうしてだろう。


 上海で次の便まで六時間ほど待つ。

 せっかくなので中国に入国し(空港の外には出ないが)晩ごはんを食べることにした。

 歩いていると、荷物を載せたカートで足を踏まれた。また踏まれた。というか後ろからカートで何度も追突されている。マリオカートでもやってんのか。いいぞ、それでこそ中国だ。前来たときも確かにこんな感じだった。懐かしさと少々の怒りがむらむらと湧き上がってきた。


 トイレに入り、友人が「中国人恒例のアレやっとくか」と小便器に痰を吐いたので「恒例ではないやろ……」と内心思っていたら、隣に来た中国人のお兄さんが見事な音を立てて便器へ痰をシュートした。二回シュートしていた。本当に恒例だったようだ。郷に入りては郷に従えと言うが、私は真似しないことに決めた。そういえば『郷に入りては郷に従え』は英語で言うと

『When in Rome, do as the Romans do.』

このようになる。なんというかタイムリーである。


 「真功夫」という中華料理のチェーン店に入って晩ごはんを注文した。店の壁には至る所に黄色いジャージを着てヌンチャクを振り回しているブルース・リーみたいな人のポスターが貼ってあり、さすが功夫という感じである。

 鶏肉の炒め物を頼んだはずが、高菜豚バラ丼セットが出てきた。こういうことを中国で気にしていたらキリがないのでそのまま食べる。少し酸っぱい香りがすることを除けば悪くない味だった。やはり中国のご飯は味覚に合う。


 セットなので、しなしなになるまで煮たレタスと謎のスープが付いている。

 以前に一度この店を訪れたことのある友人いわく、スープは「許容しがたい味」とのこと。

「形容しがたい、じゃなくて?」

「いや、許容しがたい」

 おそるおそる口にしてみたが、意外に悪くはなかった。鶏ガラと昆布で出汁をとったスープである。どうしてわかったのかというと、明らかに煮込まれて味の出尽くした鶏ガラと昆布がどっさり入っていたからだ。

 これは具かと思ったら出汁を取ったあとの鶏ガラだった。じゃあこれが具かと思ったら出汁を取ったあとの昆布だった。さすがにこれは具だろうと思ったら何らかの豆だった。これが具だ。「やっと具を見つけた!!」と口に入れたら、豆に細かく砕けた鶏の骨が混じっており、すごく舌に刺さった。

 一杯で中国を味わえる素敵なスープだったと思う。二度と飲まないぞ。


 店を出て空港内を歩いていると、ガタタッと音がして、振り向いたらエスカレーターで転びそうになっている人がいた。その人はなんとか体勢を立て直してそのまま駆け上がり、走り去っていった。パワーあるぜ。

 しかしどことなく違和感があったのでよく見てみると、そのエスカレーターは下りだった。んん? つまりあの人は体勢を崩していたのではなく、前のめりになりながら下りエスカレーターを駆け上がってきたのだ。何やってんだ。

 急いでいたのなら上りエスカレーターを駆け上がったほうが早いはずなのに……うーん……謎の多い国だ。これが儒教の教えか。子、曰く。急ぎて上りエスカレーターを駆け上がる。亦説ばしからずや。


 搭乗までまだ時間があったのでマクドナルドに入ると大きなタッチパネルが設置してあった。そこで注文し、受付でさっとお金を払う。なかなか便利なシステムだ。日本も導入すればいいのに。

 マックフルーリーのストロベリーオレオを頼んだはずなのに、ただのマックフルーリーオレオを渡された。いいぞ。もう驚かないからな。出てきたマックフルーリーオレオはマックフルーリーオレオのような見た目で、マックフルーリーオレオの味がした。さすがマクドナルド。


 再び中国を出国。

 通り過ぎるだけならいちいち入国しなくてもいいのだが、入国すればパスポートに押されるスタンプが増える。友人のパスポートは東南アジア系のスタンプでぎっしり埋まっており、四ページしか埋まっていない私のとは比べるべくもない。もっと精進せねば。せんでええわ。


 現地時間で十一時過ぎ(日本時間零時過ぎ)搭乗が始まった。乗客が長蛇の列をなす。エールフランスの二階建てジャンボジェット、名実ともに世界最大の機体。さすがの威容だ。少年に戻ったかのようにわくわくしてしまった。

 近寄って見ると、少しずんぐりむっくりした印象を受ける。機体のあまりの太さ、巨大さに長さが追いついていないのだ。ボーイング機とかのほうが、機体が細いのですらっとして見える。

 そんな二階建てジャンボジェットの機体が一体どうして空を飛べるのか。流体力学の講義でクッタ=ジューコフスキーの定理だの何だのを習いはしたものの、実際問題信じられない。翼周りの圧力差で揚力が生じるのはわかったけど、なんでこのデカイのが平然と浮くわけ?

 とか思っているうちにジャンボジェットは走り出し、軽快に……とはいかないまでもよいしょっという感じで飛び上がった。浮いてしまったものはしょうがない。飛行機というのは飛んでいるから飛べるのだ。止まったら落ちるのだ。マグロみたいなものだ。


 そして上海浦東国際空港からパリ シャルル・ド・ゴール空港へ十二時間かけて移動する。これまでで最長のフライトである。

 なんと友人と一つ離れた席になってしまった。三つ並んだ席ABCのAとCである。果たしてその間Bにはどんな人が座るのだろうか。誰もいなかったら最高なんだけどな……などと話していたが、なんと私と友人の間の席には、刈り上げヘアーで首筋にタトゥーが入ったアジア系のいかついお兄さんが座っていた。こっわ。

 十二時間のフライト、無言で過ごすことになりそうだ。こうなったらさっさと寝てしまおう。


 どの航空会社でも離陸前にはシートベルトや非常口や酸素マスクに関する注意喚起の映像が流れる。エールフランスの映像では、なんと綺麗なCAのお姉さんたちが音楽に合わせて踊りながら説明を始めた。さすがフランス。言い回しもどことなく皮肉っぽいものを感じる。

(例:機内では携帯電話を機内モードにしてください。なぜならそれがトレンディだからです)

 トレンディて。うーんフランスだなあという感じである。


 それにしても今日、上海行きの飛行機に乗ったあとパリ行きの飛行機に乗っただけだ。イタリアのイの字もないな。これじゃ旅行紀じゃなくて飛行紀だ。なんてね

\ドッ/ ワハハハハ


 はい、そういうわけで12時になったし字数的にもアレなので今日はここまで。

これから来る機内食については二日目のほうに書こうと思う。

 明日の早朝にパリ着、そして昼頃に飛行機に乗り、現地時間で夕方にはローマに着く。明日の夕方からは、ようやくイタリア旅行紀と呼べるものになりそうだ。

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