イタリア 二日目

3月18日(日)

上海→パリ→ローマ


 世界が揺れている。


 もちろんここでいう世界とはつまり機体のことであって、何が言いたいのかというと、この飛行機めっちゃ揺れる。

 離陸から二時間、中国時間で夜中の二時。シートベルト着用サインが消えるそぶりを見せない。というか、これで消えたらランプの故障を疑う。そのぐらい揺れている。

 機体の大きさとか重さに関係があるのかどうかは知らないけど、もうすごい揺れる。常に乱気流の中にいる感じ。乱気流の中で過ごしたことはないけど、きっとこんな感じだと思う。


 乗務員さんはさすがというか、揺れに揺れる機体の中で淡々と何かの紙を配っていく。二つ折りの正方形になっていて、CDの歌詞カードのような大きさとデザイン。おしゃれ。

 開けてみるとメニュー表である。なんと機内食でフレンチと中華のどちらかを選ぶのだが、その献立一覧が英語、フランス語、中国語の三ヶ国語で記載されているのだ。親切ゥ〜〜〜〜!

 飲み物も種類が豊富で、せっかくだから友人とともにシャンパンを選ぶことにした。


 CAさんがカートを押してくる。「French or Chinese?」の声が近くなってくる。散々迷った末にChinese、中華に決めた。メニュー表から見つけた鴨肉とマンゴープリンの誘惑に負けたのだ。フレンチも捨てがたかったが、ナイフとフォークを正しく使える自信がなかったというのもある。

 プレートを目の前に置き、そしてCAさんが手際よくシャンパンを注いでくれた。この揺れる機内で一滴も零さなかった。いやーすごい。

 友人と乾杯したかったが、間のいかついお兄さんの頭上を経由しなければならないので諦めて各自で飲んだ。正直シャンパンよりシャンメリーのほうが好きだ。どうも、お子様です。


 食べてみると、これがまたおいしい。炒飯、鴨肉のソテー、筍のサラダ、椎茸と鶏肉の煮込み、どれもこれもさっきの中国東方航空の機内食とは比べるべくもなく、これがエールフランス……と畏敬の念に打たれた。

 普通に乗ったらすごい値段しそうな気がする。こんな貧乏学生が乗っちゃってすみません。悪気はなかったんです。コードシェア便だったんです。


 そして相変わらず揺れる。食べながらゆっさゆっさ揺られている感じ。ブランコの頂点付近で味わえる、ひゅっと内臓が浮くような感覚を何度も体験させてくれる。

 ちょっと気分が悪かったら吐いてたかもしれない。これで寝るのは至難の業だと思う。果たして寝られるのか……?


 結論から言うと、寝られなかった。

 仕方なくスマホにダウンロードしておいた映画を観たりブロック崩しで遊んだりして眠気が来るのを待ったが、一向に眠くならないないままとうとう中国時間で午前四時に。離陸から四時間、ようやくフライトの三分の一が終わったばかり。まだまだ先は長い。


 中国を午前零時に出発し、パリに着くのは午前六時。これだけ見ればたったの六時間だが、しかし実際のフライトは十二時間もある。時空が歪んでいる。そう、ここに来て時差が本気を出し始めたのだ。


 ようやく眠くなり始め、うとうとしては起き、うとうとしては起きを繰り返した。変な夢ばかり見る。隣に座っているいかついお兄さんが「俺は二時間に一回ヌードルを食わないと死ぬんだ!」って言いながらカップ麺を猛烈な勢いで食べてる夢を見た。これはマジで意味わからん。

 変な体勢で寝るから、首は痛くなるし足は嫌な痺れ方をする。散々だ。そういえばエコノミークラス症候群というのがあったような。足の血流を妨げられるのが原因でどうのこうのって言ってた気がする。大丈夫か……?


 そして細かい睡眠と起床を繰り返しているうちに中国時間で午前十時半になった。日本時間なら午前十一時半だ。

 機体は大きく弧を描いて(飛行機の航路は、まっすぐ飛んでいてもメルカトル図法で表すと円弧になる。そんなことを高校の地理の授業で聞いたような聞いていないような)ロシア上空を飛び去り、サンクトペテルブルク、ヘルシンキを過ぎて現在ようやくストックホルムの上空に。

 暗くなっていた機内に明かりが点き、ざわざわし始めた。あと一時間半ほどで着くそうだ。

 長距離フライトなので座席の前に画面があり、映画や音楽やゲームはもちろん、飛行機が今どこを飛んでいるか見たり、飛行機の外部に搭載されているカメラからの映像を眺めたりできる。とはいえずっと乗っていると頭痛がしてきて、とても映像なんて見ている余裕はない。瞼の裏以外見たくない。

 頭痛が一瞬治った隙に見てみたが、カメラからの映像は真っ暗だった。まだ日の出前だから当然か。


 ここで二回目の機内食。

 パン、コーヒー、オムレツにハッシュドポテト、ズッキーニ、ヨーグルト、スイカとメロンと葡萄というメニューである。いかにも欧風の朝食といった趣。コーヒーがうまい。

 ナイフとフォークとスプーンが入った袋には塩と胡椒と砂糖の小袋も詰められており、自分で味を調整できるようになっていた。細やかなサービスである。


 それにしても個包装が多い。パンの袋。フルーツの容器。それを覆っているラップ、オムレツの容器(薄い金属製)、それからプラスチックのナイフ、フォーク、スプーン。ヨーグルトのカップ。コーヒーの紙コップ。

 このように、機内食というのは一食でも大量のゴミが出る。それを何百人ぶんも積み込んでいるわけである。おまけに中華とフレンチを選ばせるということは、少なくともどちらか(たぶん両方)は余るだろうし、寝ている客には提供しないからそのぶんも余るだろう。

 客を満足させるためには常に余分が必要なのであり、サービスの本質とは言うなれば客のために支払う「無駄」にあるのだと思った。今いいこと言った気がする。はいここ試験に出ます。


 そして、ついに、やっと、とうとう、長時間のフライトを終えてパリ シャルル・ド・ゴール空港に降り立った。

 ヨーロッパの空港、いちいち名前がかっこいい。日本でも「徳川家康空港」とかの名前を付けてみては……と思ったけど、これびっくりするほどかっこ悪いな。今のままでいいや。


 とりあえず入国し、ベンチに座ってヨーロッパ各国で使えるSIMカードのアクティベートをおこなうことにした。


 海外でスマホが使えるといろいろと便利だし、何より迷ったときとか困ったときにこれ以上ないほど心強い味方になる。

 友人は海外を飛び回るためにSIMフリーのスマホを買っているが、私はただのiPhone6なのでSIMカードスロットがない。いや、あるにはあるけどカード抜いたら使えないので実質ないようなものである。


注:SIMカードがわからない人のために説明しておくと、これを買ってアクティベートという手続きをすれば海外でもスマホが使えるようになります。実はどんな携帯やスマホにも必ず入っている魔法のカードです。以上。


 そこで、SIMカードを脱着できるモバイルルーターを持ってきた。Aterm MR05LN。ちょっと高めのやつである。これにSIMカードを差し込んでアクティベート(有効化)すれば、このルーターからWi-Fiを飛ばしてiPhoneでインターネットに接続できるのだ。

 わくわくしたのも束の間、アクティベートの方法がわからない。説明書にも載っていない。検索しようとしたがインターネットに繋がらない。インターネットに繋ぐためにはSIMカードをアクティベートしないといけない。SIMカードをアクティベートしようとしたがその方法がわからない。説明書にも載っていない。検索しようとしたがインターネットに繋がらない。インターネットに繋ぐためにはSIMカードをアクティベートしないといけない。でもアクティベートの方法がわからない。以下略。

 一時間ほど説明書を眺めながらうんうん唸っていた。

 ようやくアクティベートが完了したのは現地時間で朝の七時過ぎ。溜まっていたLINEの通知がどさっと押し寄せてきた。

 意外に時間がかかってしまい、パリ市内に出て観光するには時間が足りなくなってしまった。まあ帰りもパリには寄るし、そこで観光すればいいか。昼過ぎに搭乗が始まるまで、空港内のカフェで時間を潰すことにした。


 カフェ「PAUL」に入ってほうれん草とサーモンのタルト、カフェオレを注文した。

 店員さんは意地でもフランス語しか喋りたくないらしく、不明瞭な英語を喋りつつ首を傾げている私に向かって容赦無くフランス語を浴びせかけてくる。わからん言うとるやろがい。

 これひょっとして「温めますか」って言ってる? と気づいたときには手遅れで、勝手に温められていた。適当〜〜〜〜!!

「フランス人は『どうか英語で話してください』と相手が下手に出るまでは絶対にフランス語を喋り続ける」

 友人が言っていたことは本当だったようだ。なんとも気位の高い民族である。

 こっちも「in English please」などと言うつもりは毛頭なかったので、会話は最後まで英語とフランス語でおこなわれた。双方向もへったくれもない。マリアナ海溝よりも深い断絶である。こんなことなら全部日本語で喋ってやればよかった。

 最後、トレーを受け取って「めるしー」と言ってやった。すると「merci €+<%¥#」みたいなことを言われた。わからんってば。

 私が理解できるフランス語はのだめカンタービレに出てきたやつのみ、つまりはほとんど理解できないも同然である。もう無理。さっさとイタリアに行ってしまおう。

 なお、タルト自体は思ったよりもほうれん草がぎっしり詰まっていておいしかった。


 次に乗るアリタリア航空のチェックインゲートを探して空港内を歩き回っていると、口に網を付けたドーベルマンに睨まれた。おそらく麻薬とかそこらへんの匂いを探しているのだと思う。近くで見ると迫力がとんでもなくて、こんなのが飛びかかってきたら正直どうしようもない。たたた食べないでくださーい! 食べないよ!


 空港内を歩き回っているうちに、フランス特有の雰囲気というかなんというかが鼻につくようになってきた。

 二色でさりげなく光るエスカレーターとか、食料品店でなぜか売っている花束とか、カフェの客先への入り口にかかっている妙に豪勢なカーテンとか、どこもかしこも小綺麗というか気障ったらしい感じがビンビンと伝わってくるのだ。なんか微妙に腹立つ。原辰徳。

 しかも、それが上滑りするどころかむしろ似合っている。阿部寛以外の日本人が真似しても格好悪くなるだけの仕草を平然とやってのけたりする。

 要はすべてがお高くとまっているのだ。身の回りのすべてが「ここは優雅なフランス人のための場所よ。身の程を知りなさい」と言外に主張している気がする。何がパリジェンヌだ。カチンコチンに焼いたフランスパンで口の中切ってしまえ。ちくしょう。


 今日のパリは気温-1℃、天気は粉雪。息が白い。車の屋根に雪が積もっている。日本では割と暖かい日が続いていたので、真冬に逆戻りしてしまったようだ。厚めのコートを着てきてよかった。


 チェックインして出国手続きを済ませた。

 ふと気づいたが、いろいろなところにマカロンの屋台(?)がある。空港内のあちこちでマカロンを売っているのだ。中にはショーケースにマカロンタワーをででーんと置いている店もある。そんなにみんなマカロンが大好きなのだろうか。

 高校生の頃に一度作ってみたが、綺麗に膨らますのが難しかった。あのサイズをふっくら焼き上げるのは相当難しいだろうと思う。一個が四百円近くするのも仕方ない。仕方ないが、ちょっと買うには躊躇する値段だ。またの機会にしよう。


 回転寿司の店を見つけた。

「YO! SUSHI」の看板の下で、寿司に混じってペットボトルに入った水が回っていたりしたが、寿司自体には特に違和感も何もない。極めて普通の寿司である。

 入りたかったが、少々高かったので諦める。ただでさえフランスは物価が高いのだ。空港ともなれば尚更である。イタリアに着く前に金を使い果たすわけにはいかない。


 飛行機を待っていると、目の前に雀が降り立った。しかも二羽。

 日本と変わらないサイズの可愛い雀が、なぜか空港の中にいる。出入り口は搭乗口のみだからそこそこ厳重になっているはずなのに、一体どうやって入ってきたのだろうか。

 搭乗を待つ客の近くに降り立ってはチュンチュン鳴いている。おそらく餌をねだっているのだろう。そうやって生き長らえてきたのかもしれない。

 ハリボーしか持っていなかったが、さすがにハリボーはまずいだろうと思って何もあげなかったらどこかに飛んでいってしまった。


 そう、ハリボーはまずい(掛詞)。

 せっかくだから日本に売っていないものを……と思って、売店でいろいろな種類のハリボーグミが詰まったパックを買ったのが運の尽き。例の黒いやつが入っていたのだ。

 そう、リコリスのグミである。経年劣化したゴムを噛んでいるような素敵な味がする真っ黒なグミ。それ以外はほぼ問題なくゲロ甘いだけなのだが、リコリスグミだけは甘いのではなく苦い。噛めば噛むほど口の中に埃っぽい味が広がり、「私は食べ物ではない」と舌に訴えかけてくる。これはひどい。二度と食べないぞ。

 そういえばアメリカで食べたときも二度と食べないぞって誓った気がする。うん。人は過ちを繰り返す生き物なのだ。


 昼の十二時になった。日本では夜七時か八時頃だろう。今頃はサークルの追い出しコンパが開催されているはずだ。先に旅行の予定を入れてしまっていたため行けなかったのだが、お世話になった先輩方のご多幸を遠くフランスからお祈りしておこうと思う。

 本当は

「bonjour! あっ、いっけね、フランス語出ちゃった(笑)それはともかく先輩方、ご卒業おめでとうございます。今ちょっとParisにいてお祝いに行けないんですけどもね、ええ、Parisです、フランスの首都の。おやおや発音がなってないですよ、パリじゃありませんParisですParis。それで、みんなは? えっ? 日本? ふうん、日本に居るんですね。へえー(笑)」

的なメッセージを送りつけようかどうか悩んだのだが、帰国後に除籍処分される可能性を考慮して潔く諦めることにした。


 アリタリア航空ローマ行きの搭乗が始まった。

 どうしてだか知らないが、一向に行列が進まない。他の飛行機とは明らかに搭乗にかかる時間が違うのだ。自動チェックイン機を導入しているとは思えない速度で少し進んでまた止まり、少し進んでまた止まる。行列は飛行機に乗り込んでからもまだ続いていた。

 機内に入ったとき、ようやく理由が判明した。通路が狭いのだ。機体が小さいのかもしれない。人々が上の棚に荷物を入れようとしている間、その後ろに並んでいる人はそれが終わるのを待つことしかできない。すれ違えるだけのスペースがないのだ。

 やっとのことで席に座れた。飛行機の座席には食事や書き物をするための台がついているが、台を開いてみると前の客のクッキーの食べカスがたくさん残っていた。どうやら掃除されていないようだ。

 さらには座席が狭い。膝が前の席にガンガン当たる。なーんだ私の足が長すぎるせいかHAHAHA‼︎

 そして前の席の人が背もたれを倒してきた結果、私の顔と背もたれとの距離はわずかに二十センチ。狭いとかいう次元ではない。視界いっぱいに前の人の頭頂部が広がっている。絶景かな。


頭頂部 ああ頭頂部 頭頂部 頭頂部だね 頭頂部だよ


 短歌を詠んでみた。これは名作だ。日本文学全集に載ってもおかしくないぜ。


 いや、LCCならわかる。LCCならまあ値段相応だな、安いからしょうがないね、と納得もできる。

 しかしアリタリア航空はれっきとしたレガシーキャリアだ。日本で言えばjetstarでもpeachでもなく、JALかANAに属する部類の航空会社なのだ。それがこの有様とは。

 レビューでボロクソに言われている中国東方航空のサービスよりも尚一層質が悪い。なかなかできない体験である。

 経営難に陥るのも、さもありなん。これではとてもとても、もう一度乗ろうとは思えない。昔は大繁盛の航空会社だったらしいが、時の流れとは残酷なものである。倒産する前に乗れてよかった。さようならアリタリア航空。


 それにしても、二日目の旅行紀がかなり長くなっているな。現在午後三時、この時点で五千字近くある。まだイタリアにも着いていないのに。

 一応これには理由があって、時差のせいで私の3月18日は24+9=33時間になっているのだ。道理で長いはずである。なんだか夜の気分なのに外は煌々と明るい。時差ボケが猛威を振るい始める予感がするぜ。


 そして、ついに! ああ、ついにイタリア、ローマの土を踏んだ。コンクリートだけど。

 いや、ほんと感慨深い。だってこれまで一万字以上書いてきたの、イタリア旅行紀じゃなくてイタリア「までの」旅行紀だからなあ……。やっと本題に入れる。前置きが長すぎた。


 バス停を探して歩き回り、空港の外に出ると数歩ごとにsmoking spaceが設置してあった。多いわ。もうこれ歩き煙草と変わらんだろ。


 ちょうど停車していたテルミニ駅行きのバスに乗り込む。

 テルミニ駅はローマの交通の要衝であり、調べてみると「治安が悪い」「スリに注意」などの文言が並んでいる。待て待て。予約したホテル、テルミニ駅から徒歩五分圏内なんだけど。


 バスに揺られてのどかな緑の風景の中を進んで行く。Windowsの壁紙のような(これはもはや田園風景の枕詞といっても過言ではない)景色の中に羊らしき点々や煉瓦色の家々が見える。

 青空をまだら模様に染めて灰色の分厚い雲がかかり、天気雨が降り出した。バスの窓に点々と水滴がつき、そしてすぐに止む。不安定な天気だが、気候はちょうど東京と同じくらい。涼しい風が吹いている。

 さっきの天気雨によって空気中に微小な水滴が生まれ、太陽光が屈折・散乱し、進行方向に虹がかかった。まるでこれからの旅路をローマに祝福されているようだ。

 ああ、今めっちゃ旅行紀っぽいこと書いてる……!


 バスは田園風景を抜けてローマ市街地を進んでいく。まず目につくのは、大量に路駐された車と壁をびっしり埋め尽くす落書きたちである。

 道の両側を埋め尽くすようにびっしりと駐められた車は、中には前と後ろの車と間隔が二十センチしか空いてないものもあり、どうやって車を出すのか想像もつかない。頭文字D並みのドライビングテクニックが要求される国だ。


 時には道路にはみ出している車をひょいひょいと躱しながらバスは走っていく。クラクションは鳴らされるが、ぶつかりはしない。プロだなあ。


 人通りが多いところは落書きと道端のゴミが少なく、人通りが少ないところは落書きと道端のゴミが多い。これはおそらく治安の指標になると思うので、よく見ておこう。人が少ないところは治安が悪いと考えて間違いないはずだ。

 ローマで後ろから男に鞄を引ったくられそうになり、必死で抱えて抵抗するとたくさんの男たちがどこからともなく現れて取り囲まれ、結局身ぐるみ剥がされた……という話を耳にして戦々恐々である。深夜は出歩かないようにしよう。


 市内にはたくさんの遺跡があって、石造りの古めかしい建物と相まってオリエンタルな雰囲気を醸し出している。今まで行った都市の中でいうと西安に近いかもしれない。昔の首都って感じ。今も首都だけど。

 バスの窓から見えた巨大な建築物は、かの有名なコロッセオだった。ところで「コロッセオ」ってさあ「殺っせよ」ォォって聞こえない? なあ~? 国語の先生よォォォォォ あんたを殺っす前に聞くけどよォ~~~〜〜


注:わからない人はジョジョの奇妙な冒険第五部〜黄金の風〜を読もう。私のイタリアに関する知識はほぼ「ジョジョの奇妙な冒険」「MASTERキートン」「アルテ」「食戟のソーマ」等々の漫画から得たものである。


 テルミニ駅で降りた。

 ここからは一瞬も油断してはいけない。まだ夕方だから大丈夫だとは思うが、一応振り返って誰もついてきていないかどうか確かめながら歩く。財布などの大切なものはコートの内ポケットに入れ、常に意識しておく。車道の近くを歩かない。荷物を車道側の手で持たない。話しかけられても答えない。スマホを使うときも周囲に気を配る。

 いくら警戒してもしすぎることはない。イタリア旅行でやっとイタリアに着いたのだ。ここからが本当のスタートなのだから。


 ホテルに向かって歩いていると、明らかに通行人がヨーロッパ系ではなくなってきた。黒人が増えてきて、というか黒人しかいない。おそらく移民である。この周辺は移民が多い区域なのだろう。ますます怖い。いや、人種差別とかじゃなくて、移民ってやっぱり貧しい人が多いし、貧しくない人はそもそも強盗もスリもやらないだろうから……。

 目を合わせないように歩く。

ほとんどは善良な市民だって

信じたーーーーーい

信じたーい

(what do you want to do?)

(what do you want to do? )

 しまった、いつの間にかmiwaの「ヒカリへ」になってしまった。


 やっとホテルの部屋に到着。受付で渡されたカードキーが作動しなくて三階までの階段をめっちゃ昇り降りしたが、いい運動である。

 いざ部屋に入ると……広い! 綺麗! 天井が高い!

 これで一泊二千五百円とは素晴らしさの極みである。もちろんセキュリティがガバガバだから安いとかそういう可能性もないわけではないが、カードキーだからたぶん大丈夫だと思う。部屋で過去に人が死んでいるとかそういう可能性もないわけではないが、カードキーだからたぶん大丈夫だと思う。

 ベッドにダイヴして思う存分ごろごろした。昨日から延々と硬い座席に座り続け、やっと一日ぶりに横になれたのである。このまま寝てしまいたい。


 部屋のWi-Fiはびっくりするほど早く、とても安宿とは思えなかった。youtubeでキズナアイの動画を観られるほどである。はいどーも!


 テルミニ駅の隣のスーパーに買い物に行くと、「COOP」と書いてあった。なんだか見覚えのある赤いロゴだ。えっ、生協だよね? 常日頃から大学でお世話になりっぱなしの生協である。生協って海外にもあるの?


注:COOP(生活協同組合)の誕生は1800年代イギリス。それから各地に広まった。


 パン、サンドイッチ、ハム、サラミ、チーズ、ビール、ワインなどを買ってきた。今日はホテルの部屋で晩餐会だ。


 買ってきた食べ物をテーブルに広げ、乾杯。無事に到着できて何より。

 ビールが美味い。舌がお子様なのでいつもはビールをおいしく感じられないのだが、今日のビールは本当に美味い。

 買ってきたハムがまた絶品で、トムとジェリーに出てくるような穴の空いたチーズと一緒に食べるともう本当にキングオブつまみといった感じである。サラミはピリ辛でこれまたうまい。何もかもがうまい。


 そして買ってきたワインを開けると、なんだかとてつもなくアルコールが強い。ウォッカのワイン割りみたいな味がする。飲みにくくはないが酸味と渋味が強すぎて口に合わなかった。これどうしよう。とりあえずリュックに入れて持っていくか。


 食べ終わってのんびりしていると、友人が「多すぎる多すぎる」と呻いた。

「何が? 飯が?」

 反応はない。見れば口を開けて寝ているではないか。

 夜の八時とはいえ感覚的には深夜なので、実は私も相当眠い。どうせ後で起きるだろうからシャワーはそのとき浴びよう……と私も横になった。


 真っ白なシーツはふかふかで清潔で、とても安宿とは思えない。

 香港で泊まったホテルなど、そもそもシーツを替えている様子もなく、誰のものとも知れない髪の毛が落ちていて、部屋全体にトイレと硫黄の臭気が漂っていたというのに。


 そして目が醒めると夜の十一時半であった。三時間半ほど寝ていた計算になる。

 まだ3月18日は終わらないのか……。なんだか永遠に3月18日をループする呪いにかかった主人公みたいな台詞だが、げに恐ろしきは時差である。


 シャワーを浴びると「shampoo & body soap」と書いてある瓶が。えっ、この二つって混ぜられるものだったの? 混ぜていいの?

 とりあえず洗ってみた。なんとなく洗った髪がキシキシ言っている気がする。まあいいや。気にしないことにした。明日泊まるフィレンツェのホテルに期待しておこう。いや、でもここより安いし、あんまり期待しないほうがいいかもしれない。下手したらベッドが一つしかない可能性だってある。そうなったら添い寝だ添い寝!


 さっぱりしたところで二回目の就寝。今度は朝までぐっすり眠りたい。

 それにしても、大変長くなってしまった。驚くべきことに、今日書いたぶんだけですでに一万字近い。驚異的な長さである。一日でこんなに書けるとは、私もまだまだ捨てたものではないな。一日っていうか33時間だけど。


 明日はフィレンツェ、いよいよ本格的に観光である。

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