魔法のコーヒー

 こんなところに喫茶店があるなんて、僕は入ってみることにした。

 店内はアンティーク調の椅子とテーブルで、感じの良い店ではないか。

「いらっしゃいませ。」

 店員の女の子は、肩までの黒髪が爽やかな若い女性だ。

 これは常連になるべきか。

「ホットコーヒーをお願いします。」

 そして高級感のある空色のカップに目の前で並々とコーヒーが注がれた。

「あ、砂糖もお願いします。」

 すると彼女はクスリと笑う。

「これは魔法のコーヒーです。甘い言葉を囁くと甘くなるんですよ。」

 まさか、とは思ったが、面白半分に囁いてみるとしよう。

「たとえ世界を敵にまわしても、僕は君の味方だよ。」

 これで甘くなっただろうか、そっとカップの取っ手をつまみ口に含んでみた。

「苦い、これ苦いままだよ。」

 彼女はクスリと笑って言った。

「今のが甘い言葉ですか。むしろ重くなったはずですよ。」

 そう言われて見ると、カップが重たいような気がする。

 甘い言葉と言われても、なかなか思いつかないな。

「いつまでも君と一緒にいたい。けれど君は時が経てば冷めてしまう。ならいっそ、一息に飲み干してしまいたい。」

 これでどうだ、と飲んではみたが、やはり味は変わってない。

「今のは甘いというより上手い言葉でしたね。味わい深くなったはずですよ。」

 そう言われると、一口目より美味しかったかも。

 ならばこれでどうだ。

「君のその漆黒の深淵には何があるんだ。僕はその謎を解き明かす為にミルクを溶くだろう。」

「最早、中二病なだけじゃないですか。」

 その時、店のマスターらしき中年男性が店に入ってきた。

「あ、またお客さんをからかってたんだろう。ダメだよ。」

 コーヒーも世の中も甘くはないものだ。

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