後継ぎ

「どうしたの、最近元気がないみたいだね。」

同じ専門学校に通うクラスメイトの女の子、といってもお互い社会人崩れだから二十歳を超えている。

ショートカットで化粧っ気がなく、素朴な感じが可愛くて、僕は密かに想いを寄せていた。

「実は私、学校を辞めるかもしれない。」

彼女はうつむき気味につぶやいた。

「え、どうして、何かあったの。」

彼女は答えようとしない。

聞いてはいけなかったのか。

「誰にも言わないでくれる。」

「もちろん、誰にもいわないから。」

彼女と僕だけの秘密ができるなら願ったりだ。誰にも言わないさ。

「私、今度お見合いをするの。」

『お見合い』って何だっけ・・・しばらく思考停止してしまった。

「お見合いって、あのお見合い。」

「どのお見合いかは知らないけれど、あのお見合い。」

「結婚するってこと。」

「そういうこと。」

『そういうこと』ってどういうことか、なんだか嫌な流れになりそうだ。

「まだ若いのに、どうして結婚なんか、それもお見合いなんて。」

彼女はじっと僕を見つめた。

大きな丸い目が可愛い。

「私の家は農家なんだけど、お父さんはサラリーマンで、おじいちゃんがやってるだけなのね。でもこの間、後を継いでほしいって言われて。」

家の後を継ぐ、それって一人の人生を変えてしまう位に大事なことなのか。

「継がなければ良い。」

僕は僕の考え得る最高の決め顔で答えた。

彼女は僕から目をそらした。

「そうはいかないの。私が継がないと妹に話がいってしまうの。妹は念願だった美容師になったばかりだし、無職でやりたいことも見つからない私に断る権利なんかないの。」

「だからってお見合いは行き過ぎじゃないの。」

「だって、婿養子がいるっていうから。」

婿養子、婿養子さえ見つかれば良いんだな。

だったら話は簡単だ。

「僕が婿養子になる。だからお見合いなんて断ってしまえ。」

先程を超える人生最高の決め顔で僕は言い切った。

もちろん彼女は即答で答える。


「私、お見合いします。」

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