第6話 訓練前1


「月視ちゃん、そろそろ断矢を起こしに行ってもらえるかしら?」断矢のお母さんの梓さんが厨房から私にそう呼びかけた。梓さんは今、夕食の準備をしている。私は読んでいた本から顔を上げる。


「分かりましたー。起こしに行ってきますね」本に栞を挟んでポケットに閉まって立ち上がり断矢の寝ている部屋に向かう。


 歩くこと数分。断矢の寝ている部屋には直ぐ着いた。麩を開けて部屋に入ると断矢は穏やかな寝顔でぐっすり寝ているように見える。


 少しは疲れがとれたかな?とそんなことを思いながら断矢に近づいて体に手をかけ揺する。


「断矢ーそろそろ夕食だよー起きてー」呼びかけながら体を揺する。


 こう見ると断矢って結構筋肉あるんだぁ…。


断矢はパッと見、身長170代の痩せ型。髪は黒だが、薄くピンクがかって見える。これは多分梓さん譲りかな。梓さんは髪の色は薄いピンクだし。でも身体にはそんなに肉が付いているようには見えないんだけどなぁ。


 着痩せするタイプなのかなぁ?そんなことを考えていると「う、うん〜」とうなり声のような声と共に断矢が目を開ける。


「おはよう、断矢」顔をグイッと断矢の目の前に出す。


「お、おはよう。月視」断矢が少し困惑したように目を泳がす。「あ、そう言えば起こしてって頼んでたっけ」と呟く。


「ほらほら、早く起きて、梓さんが夕食だって」立ち上がって断矢が立ち上がるのを待つ。


「あ、あぁ、分かったよ」断矢が体を起こして立ち上がる。


「さ、行こ?」断矢を案内するように麩を開ける。


 すると断矢は目を擦りながら「うん。今行く」と布団を整えてから私の方に歩いてくる。


そして揃って断矢と部屋を出る。もちろん麩を占める。


「少しは疲れがとれた?」歩きながらふと断矢に問う。


「まぁ、さっきよりはマシかな」


「そっか、それにしても断矢も災難だね。エラいものに選ばれちゃって」


 断矢はバリバリと頭を搔く。

「ランダムなんだからこればっかりはしょうがないよ」どうやら寝たことで多少は受け入れることが出来たみたいだ。


「明日からは大変だね〜さっき貰った小太刀の訓練でしょ?」


「その辺は不謹慎ながら多少楽しみではあるけど…多分大変なんだろうなぁ」断矢はガックリと肩を落とす。


「そうだね。ま、私も私で頑張るよ」そんな会話をしているうちに食堂に着いた。


「とりあえず今日はしっかり食べてしっかり休んで明日に備えなさいな」扉を開ける。


「そうするよ」断矢と私は食堂に入った。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 夕食は軽めにパンとコーンポタージュ、付け合せにサラダだった。特に好き嫌いがある訳では無い俺はそそくさとパンとサラダを口に運んでいく。ただ、何故これが昼に出てこなかったかという疑問はもちろん持った。特にこれといって目立つ会話も無く、夕食は1時間掛からずに終わった。


 今は順番に風呂に入っている。俺はさっきまで寝ていた部屋に戻ってきていた。


 布団に仰向けになり天板を見つめ、思考を巡らせる。


 結局、どうなるのかなぁ…。同盟を組まなければ俺達は戦場に行く必要はなくなる。しかも『マリフィツァ連邦』は同盟を組まなくとも“そちらには手を出さない”と言っている。でも、今の俺に出来るのはそんなことを考える事じゃなくて、ある種の“覚悟”を決める事とそれに備える事だけ。


「はぁ……」大きく息を吐く。


 考えることはいい事だと思うけど考え過ぎるのも考えものかな…。


俺はそこで考えることをやめてただただ天板のみを見つめた。


しばらくそうしていると麩をノックされる。


 麩をノックするのって何か違う気がする…。そんな違和感を感じながらも布団から起きて「はい」と返事をする。


「断矢?お風呂空いたから入ってきなよー?」どうやら麩の前に居るのは月視の様だ。


「あ、あーすまん、服とかどうすればいい?」そう言えば服などは必要最低限のものしか持ってきていなかった。


「それなら多分侍女さんがお風呂場に置いてくれてると思うからそのまま行って大丈夫だと思うよ」おー、それはあり難い。


「分かった。なら手ぶらで行けばいいよな」俺は麩に手をかけて部屋を出ようとする。


 麩を開けたそこには薄紅色の浴衣を着た月視の姿があった。

 

 目が合う。


 …何か言った方がいいよな…?気まづいながらも少しは思考が回ってくれる。


「…似合ってるな月視」多分頬が朱に染まっているんだろうなぁと自覚しながら月視の顔を見ると月視の頬も朱に染まっていた。


「あ、ありがとう。断矢がそんな事言うとは思ってなかったよ」後半は微笑みながら月視は言った。


「そうか?」頭を掻く俺。


「うん」頷く月視。


「「…………」」


「「………ぷふっ」」少しの沈黙のあとにどちらからともなく小さく吹き出した。


「とりあえず行ってくるよ」


「いってらっしゃい。ゆっくり浸かるのよ?」


「あぁ、そうするよ」


 月視は食堂に行く方の通路を歩いていった。俺はそんな月視の後ろ姿を見送ってから食堂に行くほうではない方の通路を進んでいった。


 そのまま難なく風呂場に着いた俺はこの日本家屋にあった檜の浴槽を見て驚愕しながらいつもより長めにお湯に浸かってから置いてあった蒼い浴衣(懇切丁寧に着方の説明書まで置いてあった)に四苦八苦しながら袖を通して部屋に戻り眠りについた。

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