第4話 天塔騎士と皇姫殿下



「天塔騎士だと……!?」

アフィーナは絶句した。

目の前の小娘――より少し幼いくらいの少女――それが、天塔騎士の第八位だと云われて信じるわけがない。

――もう一人の妹のことなど、まるで思い出さない。それは完全に

代々宮廷魔術師長を輩出する栄えあるゴルド侯爵家に、使ゆえに。


「あほうが……蛮族の小娘ごときが吹かすとはな、笑えるわ。我ら最強の騎士を前に虚勢を張りたくなるのは判らんでもないが、天塔騎士を騙るとは愚かすぎて片腹痛いわ!!!」

アフィーナは構えを解き大笑する。ひとしきり笑ったあとに目尻に浮かんだ涙をぬぐいながら真面目くさった口調で教えてやる。

「教えてやろう、蛮族。天塔騎士と名乗る輩どもは

口角を吊り上げながら続ける。

「それを、モノが騙っても真実味に欠けるわ。まぁ、

なんであろうとも。なぜならば、帝国騎士の中でも上位に入ると自負している彼女が、


姉さまって……こんなに鈍かったのかなぁ? 実力差がわかんないのはダメダメでしょう……)


「このことは正式に報告させていただきます。正規の紋章剣を見せて騙りだと断言されては沽券に係わりますので」

「なおも天塔騎士だと騙るか! 本当だとというならば見せて見よ、その天を翔け地を切り裂き砕くという力をっ!! まぁ、逃げ回るだけでは知れたものだがなぁ、はははっ!」

アフィーナがせせら嗤う様に云う。そんなことができるはずがない――目が、表情がそう云っている。

(いままでの攻防はいったい……本気でわかんないの?)

フェテリシアは内心びっくりして呆れているが、アフィーナは決して無能ではない。

鍛え上げられた騎士の本能では、が届かぬ遥か高みにいると解っているが、認めるわけにはいかないのだ。

帝国近衛騎士でも有数の実力だと自負する自らが、使蛮族に手も足も出ないなどということを。

帝国において、魔法が使えないものは人ではない。人でないものに、帝国騎士が負けることなどのだ。

あったことをないことにするために全ての事実が捻じ曲げられる。ゆえに論理も何もない妄言を平気で吐ける。そして、そのことに気が付けない。

他国では"帝国病"と呼ばれている独特の精神構造が上から下まで根付いている。


――アフィーナの理性はいまだ認めていなかった。その実力差を。


〝帝国近衛騎士は天塔騎士など歯牙にもかけない真の世界最強騎士団である。〟

アフィーナ達が幼いころからそう教えられてきた〝真実〟は揺るがない。先ほどの失態奪われた光剣は、なにか薄汚い手管でごまかされただけだと根拠もなく確信している。彼女たち帝国人の精神構造は、他国のそれとはかけ離れすぎていた。


――も、かつて信じていたと覚えているからその重さは判っている。

かつては帝国近衛騎士団に入りたくていっしょうけんめい剣術を習っていたのだから。

でもそれは虚像。天塔騎士とは、もはや人間ではない別存在だった。


こんなの、ぜったいにおかしい――


その時に感じた、奈落の底に突き落とされた思いを憶えている。事実を認めるのに長い時間がかかったのだ

。言葉だけでは決して理解できない……実力の一端をみせても認めないだろうと想像できる。


(めんどうだなぁ……もー、ベッドでゴロゴロしたい。運転はウィルにさせればいいしー)


本当にめんどくさくなったフェテリシアは、もう無言で身をひるがえしてドール・キャリアに戻ろうとする。

「おい、このわたしが会話をしてやっているというのに、どこへ行くか!!」

アフィーナからすれば、帝国人以外のモノは、自分たち人間の言葉を土下座し頭を地にこすり付けて拝聴するのがであり当然のことだった。それを、この蛮族の虚言癖のある小娘はあからさまに無視して許しを経ず、に勝手に持ち去ろうとしている。

許せなかった。


「無礼モノめが! 成敗してくれるっ!」ひゅっと風切り音が生まれる。

――超身体強化魔法を起動、十メートルの距離をわずか二歩。

全身の筋力を余すことなく剣に伝え、|空≪くう≫を斬り音を後に従える超々高速斬撃。

空を音もなく斬る極限の斬撃……5000年を超える歴史をもつとイスーンシー流剣術を極めし者が使う瞬息無音の驚速斬撃「イ・アイドー」。

それは流派の歴史上でも有数の天才と呼ばれた彼女が、3年もの時をかけて会得した絶対の切り札。

〝出会えば剣聖とて斬ってみせよう〟――そう豪語するまでに練り上げた武の技。

その剣先は音速に迫り、無防備な少女の背中を斬――れなかった。


フェテリシアは振り向きもせず、左腕をすいっと無造作に揮った。

それだけで極圧された空気と空気に界面が発生、斬撃となる。


真空斬りソニックブレード


天塔騎士ならだれでも使える基本技。

フェテリシアからすればこんなのは牽制で軽い防御、攻撃というほどの意識もない。



キィンッ

甲高い音を立てて、魔導剣が半ばくらいからすっぱりと斬れた。

がらんっと地に落ちて斬れた剣先が跳ねた。

「な――っ!!」

アフィーナの手には長さが半分になった魔導剣。

「オ、オリハルコンの刀身がっ!!!」

「え……? たかだか〝真空切り〟で斬れるオリハルコンなんて聞いたことないですけど……」

《破砕音周波数から推測すると、超硬化スチールにダイヤモンドハードコーティングを施したもののようです》

《えー、こんな簡単に切れるの? 牽制の真空斬りぐらいで?》

一般の騎士にはできないことをやったフェテリシアだが、むしろ唖然とした。

ほんとうに攻撃する意思なんてなく、手加減と云うよりはちょっと払ったぐらいのつもりだったのだ。


「こ、こんなことをしてタダですむと思うなよっ!」

「――斬りかかられたのはボクだよ?」

「わが魔導剣を破損しておいて、なにを云うかっ!」

「いや、そーですけど、斬りかかってきたのはそちら――」

「無礼者を斬ってなにが悪いかっ!!」

「無礼者といわれても――だいたい後ろから斬りかかるのって、騎士としてどうなんですか、不名誉じゃないんですか」

「蛮族など、どのように斬ったところで変わらぬわ! そも騎士の名誉とは、己の主に忠誠をつくしそんなことも……そうよな、蛮族に礼節教養を求めるのが間違いであったか」

「「だから天塔騎士だっていってるでしょうが。……はぁ、言葉が通じていない。礼節教養の意味が違うのかなぁ?」


「そこへ直れ。いますぐ叩きってやるっ!!」

「嫌ですよ、斬られたくないです」

「逆らうかっ!! これだから教養のない蛮族はっ!! 死ねと云ったらその場で死んでみせるのが当然だろうがっ!!」

「うわぁ……」

つくづく話がかみ合わない。

(もーやだぁ、泣いていいかな、それともぶんなぐってみようかなぁ)

などとフェテリシアは内心でぼやく。

表情には出ていないが

まだまだぎゃーぎゃー好き勝手を云っているアフィーナの言葉を流して、フェテリシアは物騒な考えを実行しようかと思い始めた時


「お待ちください、天塔騎士さま」


鈴の転がるような声がフェテリシアをとめる。


(わー、もうなんだか……聞き覚えがあるような声だよ、嫌だなぁ、もう……)


内心でそんなことを思いながら、フェテリシアは、いやいやと振り返る。


そうするとリムジンの分厚い耐防爆ドアを開けて、美しい金髪の少女が外に降りてきているのが目に入った。


「ひ、姫さまっ!? 危険です、お下がりくださいっ!」

(もーいちいちつっこみどころしかないんだけど。いいの、姫様だってばらしてホントにいいのっ!?)


もしかして精神攻撃を受けているのかと思うくらい、フェテリシアの精神ががりがり削られていく。

素性を勝手に明かしていいのか、なにか重要な任務に就いていたのではないのか、そもそも護衛が危険を増やしてどうするのか、守りきれるのかエトセトラエトセトラ……

ぐるぐる思考を回しながらそれでも、礼儀には礼儀を返すとフェテリシアは決めている。

そのため、まずは出方をまつ

「わたくし、第七姫カーラ・ド・グランリアです。騎士さま、お名前を教えていただけますか?」

。ボクは永世中立機関ユネカ所属 天塔騎士団 第八位 フェテリシア・コード・オクタと申します」

最敬礼ではなく軽く頭を下げるだけにする。凄まじい殺気が横からこぼれてきているが、さすがに斬りかかってこない。

(ああ、あいかわらずきれいだなぁ。むかしよりもっときれいになったかも)

幼馴染の成長した姿にフェテリシアは感嘆する。だが、その中身は……


「きれいな響きのお名前ですね。フェテリシア様とお呼びしても?」

「様は必要ありません。ボクのことはフェテリシアと呼び捨ててくださいませ」

「まぁ、では私のことはカーラと呼んでくださいませんか?」

「たいへん光栄ながら、ボクの立場ではその意に沿うことはできません。カーラ様とお呼びいたしますことをお許しくださいませ」

フェテリシアは一線は引いておく。政治的駆け引きの領域に入っているのだ、うかつなことはできない。

「そうですか……残念です」

カーラはすこしがっかりしたような顔つきになる。しかし、それは擬態だとフェテリシアは感じていた。

改めて、カーラが頭を下げて謝罪の言葉を伝える。

「此度はわが近衛騎士がでフェテリシア殿にご迷惑をおかけいたしました。主として代わりに謝罪いたします」

「――その謝罪を受け取りいたします、カーラ様」

「カ、カーラ様っ! このような蛮族に頭を下げることなどありませぬっ! 御身が穢れますっ!」

アフィーナが驚いて慌てて静止するが遅い。

フェテリシアは穢れるってなんだよもーとは思うが、口には出さない。本当にめんどくさくなればみんな斬っちゃえばいいし、と思い直してもう少しだけ付き合うことにする。


「アフィーナ。あなたが、天塔騎士様に非礼なことを行ったのですよ。ならば謝罪するのは当然のこと」

「この無礼千万なモノが天塔騎士であるか判りませぬっ! 」

「いい加減にしなさい、アフィーナ。不敬ですよ?」

「ひ、姫さま?」

不意に叱責したカーラにアフィーナは驚く。滅多に声を挙げたりしないカーラだが、今は真剣な顔をして怒っているのが判る。

「フェテリシア殿、わが騎士にはよく言って聞かせますゆえ、どうか……」

「いえ、かまいません。を尽くされているだけだと理解しておりますので」

その皮肉に気が付いただろうか?

人のことを蛮族だの騙りだの貶め、相手の実力もわからず、後ろから斬りかかるなどの行為を近衛騎士の本分だと云ったのだ。


すくなくともアフィーナはなにも気が付いていない。

そして、カーラのほうも表面的にはなにも反応しておらず、無視している。 


(ああ、これは……望み薄だな、いろいろと)

これからの任務を考えると、先行き真っ暗だとフェテリシアは思ってしまうが、表情には出ない。

「それで、厚かましいと思うのですが、フェテリシアにひとつお願いしたきことがあるのですが」

「ボクに出来ることであれば伺いましょう」

恭しく頭を下げて、視線をそらす。

「実は、このリムジンが調子が悪くなりまして、出来れば我が都グランリアまで送っていただきたいのですが」

「――わかりました。ボクも依頼にてそちらへ伺う予定でございました。少々のご不便があるかと思いますが、わがにご招待申し上げます」


 ☆☆


「どうぞ、こちらへ」

キャリアの側面ハッチを開き、二人を招き入れる。

「お待ちください。わたしが先行いたします」

電子式認証ロックを興味津々で眺めていたカーラ姫が行こうとすると、それを制してアフィーナが先に入ってくる。

リムジンの運転手はここに残ることになった。リムジン回収まで誰かが居ないといけないからだ。

《ウィル、HI/F人型インターフェースをシーツとかを持たせて客間によこして》

《はい、モードはどうしますか?》

《対人接待で。言葉禁止ね》

《了解です》

機密無線回線でウィルに指示を出しながら案内する。

「こちらは運転席につながるドアですので、立入らないでください。こちらが手狭ですが、居間と寝室になります」

そういってキャリア後方側のドアを開けて、壁際のスイッチを入れる。

灯りがつき、ほとんど装飾のない白い部屋が照らし出される。5人も入ればいっぱいになりそうな大きさで、中央に小さなテーブルとソファが並んでおいてある。入って右手のほうにガラス窓がはめられているが、今は装甲シャッターが閉じられているために外が見えない。

「こちらが寝室です。一人用ですので、たいへん狭いです」

入って左側のドアを開けると、そこにはほとんど部屋いっぱいのベッドが設置されていた。

「シーツなどは、いま用意させていますので少しお待ちください……ああ、きたきた」

開いたドアの廊下側で、メイド服を着た背の高い人型が新品のシーツ一式を抱えてノックをしている。

「な、なんだっ!?」

アフィーナが警戒してカーラを背にかばう。

それは仮面をつけた人形だった。

「だいじょうぶです。これはゴーレムのようなもので、メイドロボといいます。簡単な身の回りのお世話が出来ます」

ヒューマノイド型I/Fは180cm位の女性型の外見をしており、顔部分は口のない仮面で覆い、目の部分にスリット型バイザーをつけている疑似有機部品を使用したアンドロイドだ。

通称はなぜかメイドロボ。標準制服が濃紺のドレスに白いフリルエプロンのメイド服で、はるか昔からの伝統だとフェテリシアは聞いている。


「あら、随分かわいらしいゴーレムさんね。お名前はなんていうのかしら?」


ゴーレムは通常4~5メートルのサイズで作られることが多く、このような小さい物は珍しい。

「あー、アインといいます。言葉は話せませんが、意思疎通がある程度は可能ですので、なるべく断定的に単語ごとに指示してください。


アイン、しばらくこちらに滞在される方々だ。ご挨拶を」

テキトーに名前を付けてフェテリシアがした命令に、それはすっとスカートのすそをつまんで、一礼カーテシーをする。

「あらあら、ずいぶん礼儀正しいこと。――この子、いただけないかしら?」

カーラはにこにことしながら所望する。

「ここにあるものは機関の備品です。残念ながら贈答や販売などは出来ません。ご了承ください」

(ちょっとまずいかも……)

申し訳なさそうにして頭を下げながらフェテリシアは思った。

「そうなのですか……残念です」

 カーラはしょんぼりとする。

「おい、貴様、カーラ様がご所望されているのに拒否するとは無礼なっ!」

「備品を許可もなしに贈れるわけないでしょう。貴女は預かっている装備を貴人に勝手に贈呈するのですか?」

「ぐっ……」

アフィーナが睨むが、フェテリシアとしては当たり前のことを言っているだけだった。

「では、あと三分ほどしたら出発いたしますので、揺れにお気をつけ下さい」

礼をしてフェテリシアは出ていく。

分厚いドアが締まり、部屋が静寂に包まれる。


ゴーレムが寝室へ入りドアを閉じたことを確認して、カーラはなにかをつぶやきながらソファに腰かけて驚く。

表面は布製だがとてもふかふかで、腰かけた身体を深く沈みませながら優しく包みこんでくれたのだ。

豪華ではないが、上質なものなのだろうと見当をつけた。そう考えるながら周囲をみまわすと、この室内にある物はどれもこれも高度な技術で作られているのが判る。

テーブルにしても、なんと分厚いガラスの一枚板だった。ここまで歪みのない分厚いガラス板だと制作も大変で、途方もない金額になる。

カーラが少し感心して室内を眺めていると立ったままだったアフィーナが膝をつき、カーラに謝罪する。

「姫さま。申し訳ありません。あの蛮族を罰することがかないませんでした」

「……そうね」

「また姫さまのお手を煩わしたこと、万死に値します。この道中では命と引き換えにしてもお守りいたしますゆえ、偉大なるグランリアに戻りましたら、この身の処分をお許しください」

それは、自死を望む決死の表明だった。だが、カーラが望む答えではない。

「……アフィーナ。あなたはとても強いけど、政治的駆け引きには向いていないのですね」

「それについては自覚はありますが」

アフィーナはひたすらイスーンシー流剣技に明け暮れてきた半生だ。礼儀作法以外は貴族としての勉強はさほどしていない。

「あなた一人ではあの者を倒すことはできなかった、そうでしょう」

「決してそんなことはっ!」

「事実でしょう? 受け止めなさい。そして

「姫さま?」

カーラの言葉がよく判らなくて、アフィーナは不審そうにする。

「そう……。近衛騎士が、蛮族ごときに敗けたという事実は」

「わたしは敗けてなどいません! あれはなにか卑怯な手でわたしを罠に陥れたのですっ!」

「ええ、わかっています。あなたはわたくし付きのなかでも最強クラスの騎士です。負けたなどという事実はあってはならない。だけど、一方であの蛮族を倒せず、このドール・キャリアに同乗させてもらっていることも事実」

「は……」

アフィーナは悔しそうに唇をかんで苦悶する。

「わたしの魔法がもう少し威力が弱ければ、あなたを援護できたでしょうが……」

「歴代でも有数といわれる姫様の魔法をこのようなことに使われることは考えられません。その御力は、蛮族どもの殲滅のためにあるのです!」

「そうね……それはいっても詮無きこと。だけど、を倒せなかったことは我がことのように悔しいわ」

「は……」

「もしかしたら本物の天塔騎士かもしれない。でもたとえ……」

カーラは華やかに笑う。

「たとえ本物だとして、天塔騎士がいくら強くても、帝国騎士団と帝国魔法師団全てを相手に出来るわけもないでしょう?」

「それは……」

背筋に冷たいものを感じてアフィーナの声が震える。

「囲んで取り押さえてしまえばよいのです。そうすればこのキャリアも、積んであるだろう人形騎士もすべて帝国の物。もし問い合わせがあったとしても『そのような者は来なかった』で通せばいい。帝国の内側ならばいくらでも揉み消せます」

「なるほど、さすがでございます。しかし、ここは敵地です。そのような話をされてはどこで聞かれているかわかりません」

「ふふ、ちゃんと風魔法で結界をひいているわ。ここでの会話は決してこの部屋の外にはもれないわ」

「さすが姫さまです。感服いたしました」



 ☆★☆



「……でも丸聴こえなんだよねー」

『なんです、あの人たち。ものすごく胸糞わるいんですけど』

フェテリシアは二人が居る室内の様子を見ながら運転席でぼやく。

監視カメラとマイクによる映像と音声だ。そもそもメイドロボもいるし。

、電子機器は有効である。

「まぁ帝国での認識はあんなものだよ」

のほほんとした声でフェテリシアは云う。

『システムチェック完了。いつでも出発できます。――マスター、怒らないのですか?』

「んじゃ、行こうか。……なにに対して怒るの?」

ゆっくりと車体を動かし始める。

あまりスピードは出さない。性能を知られてもめんどくさいからだ。

『あれだけバカにされているのですよ?』

「やだなぁー、ウィル。怒るわけないじゃん。ばかばかしい」

『なぜです?』

「いつでも斬れると思えば、あんがい心は広くなるもんだよ? ボクとウィルだったら、帝国を滅ぼせるじゃないか」

『そうですね。許可は下りないでしょうけど』

「許可が下りたら滅ぼせばいいじゃない。どうせなにかバカやらかすよ。今回の事案だって、ある意味大バカにしかできないからね」

『そうですね。どうやって算出されたのかは不明ですが、『が行われる可能性:78%』というのは無視できませんから』

「そそそ。勇者召喚されて、〝堕ちたら〟、全力戦闘の許可出るでしょ。その余波で都市のふたつやみっつやよっつくらい吹き飛んじゃうかもねー」

無表情なためか本気なのか冗談なのかわかりづらい。

『事前に止める気はないのですか?』

「いーやー? 止める気はあるけど、たぶんできないよ」

『それは、なぜですか?』

「うん、どうせボクは帝国で投獄されるよ」

『その根拠は?』

「姫様が云ってるじゃない。そりゃー近衛騎士ぶっ飛ばしたし、見た目か弱そうな少女が天塔騎士の装備をもってのこのこ現れるんだから」

『帝国上層部が強制徴収をするというのですか?』

「なにかの理由をつけるだろうけど、姫さまもああ云ってるし、ほぼ確実にやるんじゃないかなぁ。天塔騎士は他国だったらそれなりに尊敬を集めてるけど、帝国では大した扱いじゃないみたいだしね」

『しかし、それはさすがに国際問題になるのでは?』

「普通ならそう考えるだろうけど、まぁ『帝国の常識は世界の非常識』だから。ボクだって追い出されるまではしらなかったよ。まぁ、いいや。

そういってフェテリシアは会話を終わらす。彼女がその口癖で会話を終わらした場合は、高い確率で何かを考えているため、ウィルも邪魔をしないように黙り込む。

運転席にはモーターと路面から伝わる振動だけが響く。

停まる前と同じ森を切り開いた街道の風景が後方に流れていく。

その速度はいつもより少しだけ遅い。


しばらくして、フェテリシアは思い出したように小首をかしげてつぶやいた。

「……そういや、『魔法が使えない』なんてひとことも云ってないんだけどなぁ」




――それから二日ほど走って、超帝国首都グラン・ド・グランリアへと入った。

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