第3話 皇姫殿下の近衛騎士

 丘陵地帯を十輪超大型トレーラーが走行していた。

簡易舗装の道がそれほどよくないこともあって早馬程度の速度だが、不思議なことに車体がほとんど揺れていない。

木々とまばらに草の生える草原の風景が流れるトレーラーの運転席では、ポニーテール少女がほとんど変わらぬ森の景色を眺めるでもなく流し見ながら運転していた。

『後方から高速で接近する車両があります。注意してください』

中性的な声が注意を促す。

「ん~、なにか危険そうなの?」

『情報が少ないため、判断できません』

「ん、わかった。いちおう確認するか。ふつうの車でこんな道を飛ばしたら危ないのに……」

後方モニタを確認する。もうもうと土埃を巻き上げながら、黒塗りの大型装甲リムジンが接近してくるのが映っている。

「……あれ、帝国公用車両だよね」

『87%の確率でGKIAMI社製帝国公用車モデル、タイプ”グローリアス・インペリアル・ファントムゴーストフォース”です』

「……それってさー、特注モデルじゃない?」

『ご存知でしたか。意外ですね、そういうことには興味がないかと』

「覚えてただけだよー。……なんか、すっごく厄介ごとのような気がする」

姿の見えない中性的な声は少女のつぶやきに反応することなく次の報告をする。

『車体揺れ振動解析からすると、車軸関連に不具合を持つ可能性が84%、この先10キロメートル以内で故障・停止する可能性が74%です。どうしますか?』

「……脇に寄せて、やり過ごそう」

キャリアの速度を落としながら街道の脇に寄せる。

「さぁて、このまま通り過ぎてくれればいいんだけど……ムリな感じだね」

『なにか危険な兆候でも見つけましたか?』

「いーやー、しいていえば女のカンってやつ~?」

心底どうでもいいような声色で少女は返した。瞳は真剣なまま。


 ☆★☆


大型装甲リムジンが最高速で街道を飛ばしていた。リオネール平原から1キロでも遠ざかるために。

――後に『第四次リオネール平原会戦』と呼ばれる戦いにおいて、帝国軍は甚大な被害を出した。

戦いの最終局面、共和国軍がついに投入した鉄槌騎士メイス・ドールに対抗するために帝国軍側も魔装騎士アーストラット・ドールを投入。

次々と出現する鉄槌騎士に帝国軍上層部の胆が冷えはじめたが、全騎出撃したところで新たな報告がなくなり、これで勝利はゆるぎないものになったと確信した。

戦場では魔装騎士が押していた。

もともと性能が劣る鉄槌騎士は集団運用が基本であり、1対1での戦闘は可能な限り避けるように通達されているくらいだ。

だが、鉄槌騎士たちは単独戦闘を挑んだ。

打ち合わされる剣と鉄鎚。

ひしゃげる剣、一部が斬られる鉄鎚。

素早く斬り返された剣は、鉄槌騎士の頭部を狙い、振り上げられる鉄鎚は魔装騎士の胴にぶち当たる。

轟音と共に浮かび上がる魔装騎士。

撥ねられた鉄槌騎士の頭部がくるくるとまわって宙を飛ぶ。

鉄鎚騎士が膝をついて擱座する。轟音をあげて墜ちる鉄鎚。首より剥き出しになった電纜がばちばちと火花をあげている

胴をへこませた魔装騎士が異常な動作音をしながら近づき、止めを刺そうと剣を振りあげ――突如、鉄槌騎士が再起動、魔装騎士に体当たりした。無事な両腕を回してがっちりと保持する。

魔装騎士が剣を突きたてようと持ち替えた瞬間――鉄槌騎士が大爆発を起こした。

至近距離での大爆発に魔装騎士も大破、擱座する。

至近で戦っていた魔装騎士が唖然としたように手を止めた。その隙に鉄槌騎士が突進・体当たりし――自爆。

そうやって七度の大爆発音が戦場に轟き、魔装騎士と鉄槌騎士は全滅した。

それでも戦局は帝国有利のまま変わらないかと思われた。

たとえ魔装騎士が全て失われようとも、敵は切り札を全て失ったのだ、精強な帝国兵士たちが全てを駆逐する――。

その時、四つの巨大な影が戦場に新たに出現した。

巨大な鉄鎚とフレイルを装備した四騎の鉄槌騎士――共和国軍は魔装騎士が先の七騎が全てと判断し、ついに投入を決断したのだ。

輝く黄の専用色をもつ撃墜王エースとその配下であるまだ若い操騎士たちは決死の自爆を敢行した僚機に敬礼をしながら駆け抜け、帝国軍の戦列へ突入、瞬く間に蹴散らしていく。

鉄槌騎士には低位階対人魔法の火玉ファイヤーボール雷槍サンダーランス程度は、その格子結晶装甲に阻まれてほとんど効果がない。

強力な高位階魔法の詠唱時間を許すほど鉄槌騎士の制圧力は弱くなく、帝国騎士が接近戦に持ち込もうとも、弱点である無装甲部――光学機器やセンサの集合体である頭部や関節部の裏面など――を狙うことを許すほど、共和国軍兵士は甘くなかった。


「鉄槌騎士に続けぇえええっ!! 共和国万歳!!」

指揮車の上で士官が咆えながら先頭を駈け、混乱した帝国軍に銃弾を浴びせる。

「突撃、突撃ーーー!! 行け、行け!!!」「帝国人どもをやっつけろぉおお!!」「撃て、撃て、撃ちまくれぇっ!!」「」

雄叫びをあげながら共和国軍兵士たちが銃を乱射、突撃する。

――高価な決戦兵器である鉄槌騎士を自爆させるという常識外の戦術によって全ての魔装騎士を失った帝国軍側は為す術がなくなり、先頭で巨大なフレイルをふるって戦列をなぎはらう鉄槌騎士と猛烈な対人掃討射撃の前に防御魔法すら撃ち抜かれはじめ、総崩れとなった。

クレーベル・ティゲル将軍は、鉄槌騎士四騎出現の報があった時点で、"末姫"カーラ・ド・グランリアの後方待避を決めた。専属近衛騎士だけをつけた最速を誇る皇族専用車単独での待避行動は、とにかく戦場からの離脱を優先したのだ。

将軍は、そのまま戦場に残った――。




激しく揺れる車内には、二人の女性が向かい合って座っていた。

贅を尽くした華麗な内装も今は激しい揺れで用を成さない。

黒髪の近衛騎士服姿の女が金髪の少女――"末姫"カーラに頭を下げる。

「姫様、申し訳ありません。まさかこのような危険な目にあわせてしまうとは」

「良いのです。むしろ、わたくしのわがままで戦場に出たのですから、命を落とすことも覚悟しておりました」

「姫様……」

女騎士は黙って頭を下げる。

『騎士アフィーナ様、運転席までお願いします』

「すぐ行く。――姫様、失礼いたします」

女近衛騎士は車内スピーカからの声にだけ答え、簡易礼をして席を外す。

いよいよ振動の酷い車内で苦労しながら運転席へと移動する。そこで深刻な顔をしている運転手が小声で報告する。

「アフィーナ様。駄目です、車軸が限界のようです、これ以上の高速移動は……」

車内は騒音も振動も激しい。床下から軋むような音まで聞こえる。高速移動で酷使され続けた大型リムジンのサスペンションと車軸が悲鳴を上げているのがわかる。

「なんとかならんか」

「さすがに、この重装甲スーパーリムジンは魔法ではいかんともしがたく……」

悲観的な見込みにアフィーナも考え込む。

「む、前方になにやら大きな車両がみえるが、なんだ?」

「あれは超大型輸送トレーラーですね。どこの商会か……コンテナではないようですし、何を積載しているのだろう……?」

はげしく揺れる視界の中で、その黒い大型トレーラーは方向指示器を点滅させて道の右脇に寄った。

「ちょうどよい、あれを徴発しよう。前に回り込んで車を止めよ」

「わかりました」


 ☆★☆★☆★


の少女は、リムジンから出てきたを見て、わずかに目を見張った。


大型キャリアの運転席に外部マイクが拾った音声が流れる。

『おい、そこのトレーラーっ! それは我々近衛騎士が戦地徴収するっ! 速やかに引き渡せっ!』


『帝国近衛騎士の制服ですね。なにかバカなことを云ってますが――マスター?』

「……」

少女は窓の外の女性を凝視したまま何も云わない。

『マスター、どうかしましたか?』

「ああ、うん。大丈夫。ちょっと驚いただけ。さて、どうしようかな……もうめんどくさくなる展開しか思いつかないよ」

フェテリシアがぶつぶつとつぶやく。

外では、何も反応を見せない大型トレーラーにアフィーナがいらいらしていた。

「さっさとでてこんかっ! 国民の義務をはたせっ!」

『帝国民ではありませんので、その要請には従いかねます』

感情のこもらない少女くらいの声がトレーラーから響く。

幼い感じの声に内心驚きながらも、アフィーナはちょうどいいと思った。

「国民でないなら、そうか、蛮族か!! よし、荷物はすべて置いて、さっさとどこかに行くがいい。格別の慈悲をもって、命だけは助けてやる。ここに這いつくばって礼を云うがよい」

アフィーナは喜色を浮かべて愛剣に手をかけて引き抜く。

刀身に描かれた魔法文字が輝きだして、愛用の魔導剣"斬岩魔法剣百式"が起動する。

『はぁ……いま、外に出ますので、トレーラーを傷つけるのはやめてください』

あきらめた声色が聴こえ、操縦室側面の乗降ハッチが開いた。 

姿を現したのは黒色のフード付マントを羽織った小柄な人物だった。

フードを深くかぶり、顔はみせていない。作り付けの階段を下りて地上に立つ。

「子供、か……? まぁ、いい。まったく最初から素直に出てくればいいのだ。よし、エンジンキーを渡せ。ああ、それとその服も脱いで置いていけ」

アフィーナは至極当然のように命令する。悪くない質のマントに見えたので、使い潰すのにちょうどいいとアフィーナは思ったのだ。

しかしマント姿の人物は従う意思など微塵もみせない。

「何を勘違いされているかわかりませんが、お断りいたします」

「は? なにをいっている、蛮族ごときが。貴様らに断る権利などあるものか。トレーラーを渡す褒美に特別に命だけは助けてやるというのに、なにが不満なんだ?」

アフィーナは心の底から不思議そうに云う。

戦場で斬るか、命乞いをする蛮族しか見たことのない彼女は、命がいらないというを初めて見たのだ。

ならばいつもどおり斬ればよいかと軽く考えて無造作に踏み込もうとして――機先を制された。

「帝国騎士様にはそこの紋章がお見えになられていないのですね?」

あきれたため息をつきながら、黒髪の少女は背後の上の方、操縦席の真下あたりを指差す。

そこには「天高くそびえ立つ塔に本の描かれた盾」を意匠化した紋章が描かれていた。

「なにぃ……っ!! 『天塔騎士』の紋章だとっ!」

「ご存知ですよね。そういうわけですので……」

その紋章が意味することは理解できるだろうと思って運転席にもどろうとした。

「貴様っ! こんなものをどこで盗んできた、この盗人めっ!」

「え?」

マント姿の人物はさすがにその斜め上の論理展開を予測できなくて、返しかけた身体を停めてしまう。

「天塔騎士を騙るとは、呆れたやつめ。帝国近衛騎士に遥かに劣るとはいえ、それでも屈指の実力の持ち主。盗人めがその名を騙るとは、片腹痛い」

「うわぁ……そうきますか……」

云っていることがめちゃくちゃだった。

世界でも有数の実力をもつ天塔騎士からどうやってこんなものを盗むのか。

というか、このキャリアはセキュリティが厳しい上に"ウィル"までいる。

それを抜きにしても、そもそも盗んでどうするのか。

こんな紋章の入ったモノを売れるわけがないし、最先端をぶっ飛ばしすぎてロスト&オーバーテクノロジーになっているこれは整備すらままならないし、だいたい世界で何台もないから目立つ、ちょー目立つ。そもそも位置追跡装置ビーコンあるし。天塔騎士が地の果てを超えて地獄の底まで追ってくるのは目に見えている。

もうツッコミどころが多すぎて、なにを云えばいいのか判らない――というのは彼女がかの組織に所属しているから知っているだけで、実際のところ天塔騎士はろくに姿を現したこともなく、噂ばかりが流れていて

帝国や周辺国では、天塔騎士筆頭である剣聖が朧影騎士シルエット・ドールを伴って定期的に周遊していることが知られているに過ぎず、戦争やそのため実力や実態を正確に知っている者のほうが少ないということを知らないのだ。


(いろいろとめんどくさくなってきたな~。いっそのこと斬って埋めちゃおうかな~。そうすれば証拠隠滅……そうしようかなぁ……)


少女がそんな物騒なことを考えていると


「盗みは大罪だが、ここまで運んだこと、そして我らの役に立ったのだ。格別の慈悲で、一刀で殺してやる。大いに感謝しろ」

アフィーナは剣を大上段に構え、無造作に踏み込んで振り落した。

身体強化魔法はなし、それでもその剣筋は何人もの蛮族を斬ってきた実戦剣。合理的で無駄がなく、確実に命を絶つ――


「――なにっ! 避けた、だと?」

アフィーナは眼を見開き、驚愕する。

まま、剣を振り切った。目の前のは、一歩も動いていない。

ありえぬ、たかが蛮族の小娘一匹をなどということは――


少女はあきれていた。まさかこうも短絡的に斬りかかってくるとは思っていなかったのだ。

「確認もせずに軽々しく剣を揮うとは、随分と考えなしですね」

「なんだとっ!」

アフィーナは瞬時に身体強化魔法を発動、魔導剣に魔力を流して斬撃圏発動。眼にもとまらぬ速さで踏込み、横薙ぎ。

一切の手加減なく首筋を斬り裂――ガンッとした手応え。

「――な……っ!!」

アフィーナは信じられない光景に思わず呻いた。

マント姿の少女は、刀身をつまんでぴたりと止めていた。

魔導剣を指先でつかむことなど、およそ不可能。魔導剣同士で打ち合うだけでも削っていく超震動力場が肉体など一瞬で破壊するのだ。


「あ、しまった。どうしようかなぁ……?」

心底困ったような声で、少女が無表情につぶやく。


「ば、かな! どうやって超振動を防いでるっ!」

「敵対しているのにネタばらしするわけないじゃないですか」

「貴様っ」 

アフィーナが剣を力一杯引き抜こうとしたため、少女はあっさりと手放す。


アフィーナは三段跳びでリムジン脇まで後退、剣を正眼に構えた。

ここに来て、彼女はようやく戦力評価を改める。


は危険だ、ここで仕留める――!


アフィーナは本気になった。

身体強化魔法をフルブースト、筋力と神経反応速度が通常の5倍に拡大――爆発的な踏込み。

割れた簡易舗装の破片を後塵に十メートルの距離を3歩で走破、振り上げた大上段からの一撃をお見舞いする。

並みの騎士では反応しきれない速さの一撃――爆裂したかのような気流が吹き荒れる。


は少しだけ頭を背けて、あっさりと避けている。

しかしアフィーナにとってそれは織り込み済み、手首の返し動作だけで剣に組み込まれた七番目の魔法陣が発動、逆方向にベクトルを変えてさらに高速度で返す。

それもマントローブの少女は一歩も動かず、身体の捻りだけで避ける。

剣筋を完全に見切っているのだ。


(く、これを避けるとはっ! ならば出し惜しみはなしだ、わが秘剣で斬るっ!)


「ぉおおおおおおおっ!」

アフィーナは吠えながらさらに深く踏み込み、回転三連撃。竜巻のごとき下段、上段、薙ぎ払い。それまで一歩も動かなかった少女も回り込んだ。


(かかったっ!)

豪速で振られる剣を回避するには後方か、そこしかない。だが、後方はトレーラーがあり逃げ道が限定される。右脇ならば、一部に剣が届かない空白がある。

そこに誘導させる剣筋、そしてここまでが秘技の準備段階、あとは蜘蛛が獲物を絡め取るようにで閉ざす。


回避軌道を誘導して死角をつくりだし、必殺の攻撃を叩き込む。

彼女の家門が生み出した門外不出の秘剣技『双竜顎斬』――この技を見た者は、

技を見た敵対者は必ず殺す、それが故に必殺剣。


柄に添えただけの左手に超加速魔法を発動、腰に佩いている祖先伝来の古代遺物光剣ビーム・ソードを掴んで起動、相手の死角から右脇腹を貫き、そのまま逆袈裟斬り――


「ああ、これはさすがにあぶないや」

「――っ!」


。そして勝利を確信していたアフィーナはその光景に絶句。

光剣が少女の手にぶら下がっている。よく見覚えのある光剣が。

家宝の光剣が奪われていた。

(この私に気づかれずに奪っただと……?)

背筋に冷たさを覚える。戦慄したといっても良いのだが、彼女はそれを知っていない。

「えっと、こういうときはなんていうんだっけ……ああ、そうそう『天塔騎士には一度見た技は効かない』だ。やーなんか恥ずかしい言葉……なんでこんなの云わないといけないのかな……?」


なぜか照れるような仕草でフェテリシアが無表情に云っていることなど、アフィーナにはどうでもよかった。まったく気がつかぬうちに、光剣を奪われるなどあり得ない。なにかの手品だ――そう思い込もうとしたが、無理だった。

ようやくアフィーナは実力差を感じ取った。自身も超一流の騎士だからこそ、判ってしまった。


(バカな、そんなことが――あるはずがないっ!!)

だが、それは認められない。認めてはならない。

今まで感じたことのない屈辱、魔法師の名門に生まれ、たゆまぬ努力によって実力で近衛騎士にまで上り詰めた彼女にとって、魔法も使わず剣すらも抜かない得体の知れないモノに負けたなどと。

認められない。認めてはならない。

姫殿下の筆頭近衛を努める自分が、魔法も使えぬ蛮族に劣るなどということは、あってはならない――こいつは殺す、絶対に殺すっ!!


実力差を見せても戦意が衰えるどころか、極大の殺意を発し始めた女騎士に、少女はため息しか出ない。


(なんで殺意が増えるのかなぁ……演出が足りなかったのかな?)


フェテリシアはそうとう投げやりな気分になってきた。厄介事は嫌いなのになどとと思っているが、彼女は厄介事に好かれている、愛されているといってもいい。

本人は断じて認めないが。



「もう止めませんか? 別に争いたいわけではないので、ボクをこのまま行かせてもらえればそれだけでけっこうですので」

「貴様が、こちらを襲わぬ保証はないっ!」

「いえ、べつに興味ありませんし。襲わないと約束しますから」

「名も名乗らぬような輩を信じられるかっ!」

「あー、自分も名乗っていないのはいいのか……まぁ、そういう人たちだってのは判ってたし」


少女のつぶやきの後半は小声だったので、アフィーナには聞こえない。

はぁ、とため息をつくとばさりとフードを外して素顔をさらす。


まだ10歳を超えたくらいの少女だった。

黒髪をポニーテールにし、少し日焼けした肌。均整のとれた目鼻立ちは可憐というよりは凛々しい。そして、恐ろしく澄んだの瞳。

我知らず息を呑んだアフィーナなど無視して


「えーと、帽子、帽子はどこだ……あ、あった。ぎゃー、しわになっちゃってる~」


少女はマントの内側から白兎の耳を模した帽子をとりだして、しわを伸ばしながらかぶる。


一見して隙だらけのようにみえるが、アフィーナは踏み込めなかった。

斬れる光景イメージがまったく浮かばなかったのだ。

それがまた実力差を感じ取らせて、さらに殺意を深まらせる。


そんなことに気が付いた様子もなく、少女は帽子の角度を決めてから、マントをしゅるりと外した。

下から現れたのは、白いフリルが施されたエプロンと濃紺の侍女服。

肩とエプロンに『天高くそびえ立つ塔に本の描かれた盾』の紋章と八角形を組み合わせた意匠が施されている

そして、左腰に佩いている緋色鞘のサムライ・ソードを外して、柄に施された紋章を前にした。


「永世中立機関ユネカ所属天塔騎士団アルマナク・フラグメンツ 第八位 フェテリシア・コード・オクタです。お名前をお伺いしてよろしいでしょうか、グランリア帝国近衛騎士様」

皮肉をたっぷり込めて、少女は無表情に自己紹介をした。

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