第一章 少女は戻りたくないけど戻ってきた

第2話 戦場にて



 それはまったくの偶然だった。

双方とも、近くに敵はいないと考えて行軍していたのだ。


ユーレンシア大陸の西方にあるリオネール平原の外れ、グランリア超帝国の最辺境地帯にしてティーナ諸民族共和国の最前線フロントライン

帝国主要街道から外れた大森林地帯において、グランリア超帝国辺境警邏部隊とティーナ諸民族共和国偵察部隊が接触、偶発遭遇戦となった。

混乱こそ起きたが両指揮官に戦闘継続意思はなく、双方に重大な損害がないまま終わった。

ユーレンシア大陸の東側2/3近くを占めるティーナ諸民族連合共和国偵察大隊は、混乱を収めると即座に撤退を開始。

グランリア超帝国の定期大演習『オーヴァーロード』偵察のために隠密裏に動いており、発見された場合は即時撤退と方針を定めていたのだ。ただ共和国側にとって不幸なことは、帝国辺境警邏部隊統括本部が大規模演習中の帝国正規軍に連絡したこと、さらに不幸なことに帝国正規軍指揮官が苛烈果断で知られるクレーベル・ティゲル将軍だったことだ。

かの将軍は”蛮族共和国軍部隊”――帝国は他国の存在を認めていない。なぜならば帝国は”神聖絶対不可侵にして人類唯一の統治政体である”と公式に定めている――蛮族殲滅を宣言して演習部隊を即座に再編制、怒涛のごとく行動を開始した。

将軍は共和国の偵察行動を蛮族の侵攻と捉えたのだ。

侵攻、それはつまり帝国なにするものぞと舐められたということだ。ゆえに懲罰を与え、超帝国の武威をしめして蛮族どもを躾けるべきである――


彼にとって蛮族は人類ではない。善良な国民を脅かし、忠勇精強の軍人に抵抗する害獣である。ゆえにことごとく駆除するべきなのだと日ごろから公言していた。


この発言が問題視されることはない。

超帝国議会の議事録に次のような発言記録がある。

〝魔法の使えぬモノは幸いである。太祖神に愛される帝国民の庇護を受けて生きることが出来るのだから。

そしてそれが彼らにとって唯一最上の幸福なのだから。われらは彼の者たちを幸福へと教え導かねばならない。なぜならば、それこそが偉大なる太祖神より始皇帝陛下が承りし地を統治する義務なのだから〟


その言葉はすなわち魔法の使えぬモノは帝国民の下であると明確にしていた。

彼ら帝国人には、蛮族たちが対等の人間であるという認識はない。

神に造られた真に美しき人間ヒトたる帝国人と異なる外見の生物イキモノは、例え言葉を操ろうとも人間ヒトではないのだ。

偉大なる太祖神の恩寵たる魔法も使えず、肌の色が異なる、独特な衣装や文化であったり、動物の耳や尻尾をもっていたりなど自分たちと異なる者たちは人間ヒトではない。

家畜と同等、いや喋る家畜・モノだと思っていたのだ。

そして、それらは帝国の庇護支配下にあってこそ幸せだというのに、逃げ出して、あろうことか庇護者たる帝国に刃向ったモノたちとその子孫――それらを帝国では蛮族と呼称していた。

ゆえに帝国軍は蛮族たちに対して容赦しない。逃げ出したばかりか、善良な帝国民たちに刃向い奪う野蛮な輩たちだからだ。

機会あらば撫で斬りにし、逃走方向にある住処都市を落して破壊する。

帝国軍にとって蛮族を狩る、または捕獲することは定期的に行われている任務だった。

報告を受けたティゲル将軍はごく当たり前のように命令を下した。


「蛮族どもを叩き潰せ。、やつらに償わせよ」


命令を受けた帝国軍兵士たちもまた奮い立つ。

帝国でも精強無比を誇る軍が津波のごとく動き出す。寛大なる帝国の庇護をはねのけてまつろわぬ蛮族どもの殲滅、近郊の蛮族拠点共和国側都市の制圧・財貨回収を目的として。


帝国の財貨をするための手段は問われない。相手は帝国から財貨を奪った野蛮で卑劣な輩たちなのだから、なにをしても許されるのだ。むしろ見せしめのためにも、より手ひどく懲罰を与えねばならないとまで公言する士官もいた。

の対象は金品のほかに蛮族そのもののこともある。

大きい大人雄は反抗するので殺し、雌は捕まえる。――若くて見栄えのするモノは先を争って捕まえる。

中にはうまくやって結構な金額を稼ぐ兵士もいる。見栄えのいい雌なら、帝国金貨数百枚――ごく一般的な家庭が数年暮らせる金額――で売れることもあって、捕獲競争は熾烈になるが、さすがに奪い合いにはならない。

なぜならば最初に者のモノになることが暗黙の了解。そこに騎士も士官も一般兵も関係がない、暗黙の協定だった。


捕まえられた蛮族は肉体労働から愛玩ペットまで、さまざまに利用される。

とくに帝国で中流以上の家庭では、蛮族をいることがステータスになりつつあることもあって、需要はとどまることを知らない。


それらの主な供給源は帝国軍の定期哨戒任務――俗称"蛮族狩り"だった。

辺境を部隊単位で移動し、見つけた集落で財貨奪還略奪と破壊をするのだ。

今回は蛮族部隊を追跡し、逃走する方向にある大きな集落都市を占拠することになるかもしれない。

そうなれば定期哨戒任務より実入りは多いだろうと兵士たちは奮い立っていた。


 動き始める帝国軍の大軍勢を確認し、目的を察した共和国側は、悲壮な覚悟をもって近郊都市の部隊を集結させた。

各都市の防衛部隊までも出撃させ、修理中やまだ製造途中の兵器・武装までかき集めて近隣戦力のほぼすべてを投入した。


その結果、帝国軍3万人、共和国軍側が6万人、合わせて9万人もの前線戦力がこのリオーネル平原に展開した。


帝国軍に退く意思はない。常勝不敗、剛勇無双のティゲル・クレーベル将軍を筆頭とする最強無敵の東方征討軍団が退くことなどありえない。


共和国側は退けない。

ここが最前線にして最終防衛線である。ここが抜かれれば近隣の都市が危険に曝される。



帝国軍は精鋭で名高い帝国近衛連隊を筆頭とする三個混成師団(魔法騎士および砲撃魔法士の混成部隊)および通常兵(簡単な魔法は使える)であるのに対し、共和国軍は三個魔法連隊および普通機械化歩兵(自動二輪および迫撃砲搭載自動三輪の混成)が主力で、少数の対魔法士兵器群鉄槌騎士メイス・ドールがあるだけだった。

戦力計算では魔法騎士1名に対し3名をあてるのが常道であるため、計算上では共和国軍側が圧倒的に劣っている。


また戦力不足を補う圧倒的な戦力である鉄槌騎士を投入しようにも、帝国に同等以上の攻撃力・防御力を誇る巨大人型魔法兵器魔装甲冑騎士アーストラット・ドールがあり、その騎数が不明のため、うかつに攻撃を仕掛けられない。


一騎でも数が多ければ、その一騎が戦場を支配する――戦場を支配する蹂躙兵器、それが巨大人形騎士ティタン・ドールであった。

それらは各国がしのぎを削って開発を進めているため性能的には拮抗しており、それを操る操騎士ライナーの腕によって優劣が決まるといってもよい。

巨額の建造費以外にも操騎士の育成にも時間がかかり、数をそろえることは非常に困難であるため、一国で100騎前後だが、歴史の長い国である帝国では、旧式騎も含めて400騎前後を保持している。

高価で貴重な兵器だが、敵より多くの巨大人形騎士ティタン・ドールを準備して、時期を見て投入することが戦局を大きく左右してしまう。

ゆえに、まずは戦場に投入されるであろう騎数の読みあいになる。


演習とはいえ帝国側に何騎が用意されているのかはっきりせず、共和国軍上層部は焦燥しながらも徹底的に偵察をさせている。

それが兵をすり潰していくとわかっていてもそうせざるを得ない。

鉄槌騎士の運用は最重要課題。

対軍兵器であり、そして魔装騎士と互角に戦える現状唯一の兵器であるが、用意できた数には限りがある。

今回は訓練機や予備機までひっぱり出してきて、予想数では上回っているいるが、それもどこまで通用するのかも不明だった。

増援も後方より移送してきているが、到着がいつ頃になるかもまだ不確定であった。

魔装騎士が一騎でも数を上回れば、全軍が崩壊する。綱渡りのごとく繊細に神経をすり減らしながら慎重に投入時期を見計らうしかないのだ。


帝国軍司令部でも魔装騎士の投入には慎重だった。非常に高価な魔装騎士は、一個魔法師団につき二騎、三個師団毎に補用機一騎が通常運用と定められていた。

今回においても通常規定騎数のみだが、それで充分だと司令部は判断していた。

魔装騎士は戦局打開のための蹂躙兵器と位置付けられており、積極的には運用しない傾向があった。

華麗な勝利をおさめることが常識で、騎士の誉である魔装騎士を泥臭い蹂躙兵器として扱うような運用は蔑まれるのだ。

もともと帝国兵士たちの戦闘力が高いのだ。一般兵士でも他国の兵士三人分と云われ、騎士に至っては単体で一個小隊と互角以上に戦える。つまり兵数に相当の隔たりがなければ、魔装騎士を投入するまでもない。ゆえに魔装騎士投入は賊どもが鉄槌騎士などと吹聴する切り札が現れたときに投入するのが基本運用であった。



――戦端を切ったのは、帝国軍だった。


天空に大量の光り輝く魔法陣が出現する。

司令部直属の魔法大隊三十二名の呪文が唱和し、空を覆いつくすかのように展開された巨大な魔法陣――大儀式魔法<天地鳴動>

詠唱起動されるこの儀式魔法は、空より大量の轟雷を落とし、同時に大地を揺るがして局所地震を引き起こす。

足場を揺るがせ、回避できない蛮族たちを神のごとき雷で焼き尽くす。

直撃を食らえば人間などひとたまりもない威力の大戦術級魔法だ。


しかし、過去に何度も遭遇している共和国軍も対処法は心得ている。

大量のワイヤーを空中に射出して避雷針とし、大地にしっかりと手足をついて人工地震に耐えながら、サイドカーに積まれた迫撃砲で応戦する。

帝国側も砲弾防御のために、いくつもの直射砲撃魔法が空を飛び交う。


第一撃は双方共に目立った損害はなく、すぐさま攻撃が飛び交う。

圧倒的な魔法火力で面制圧を行う帝国側にたいし、機械化車両や馬などによって軽快な機動力をもつ共和国連合軍。

帝国側の大魔法攻撃は共和国軍の対策と機動力でほぼ効果がないうえに、砲撃で詠唱を妨害される。そのため小規模の対人魔法で応戦するが、高機動力の共和国兵を狙い撃つのは至難の業だった。

共和国側も火力が不足していた。弾速の遅い迫撃砲弾は直射魔法に容易に迎撃される上に、激しく動き回る車両上では照準するのも難しいため、連携した攻撃にならない。主力火器の単発小銃では、有効射程が200メートル以下で、その距離では魔法砲撃もまた高精度・高威力となるため、うかつに踏み込めない。

結局のところ、戦場の各所で散発的な爆発とめまぐるしい隊形の変化があるだけで、双方ともに被害がじりじり増えるだけだった。

通常戦力で最高の打撃戦力である帝国騎士達も乱戦に持ち込まれると虚弱なため、うかつに切り込めない。強固な防御魔法を使う帝国騎士と云えども、全方向からの攻撃に対処するのは難しいのだ。


また共和国軍側の最強戦力である鉄槌騎士は、帝国最強戦力である魔装騎士を警戒して投入できない。

同数までなら問題はない。だが、一騎でも相手側が多ければ、その一騎に通常戦力が蹂躙されるのだ。うかつに出撃させることができない。


かくして、戦闘は泥沼化。

銃弾が、砲撃魔法が飛び交い、剣で弾かれ、避けられて地をえぐって爆散。

共和国軍の射撃は弾幕というには薄く剣や防御魔法で弾かれる。

通常戦力同士で、じりじりとした消耗戦。双方ともに決定打に欠けたまま時間だけが過ぎる。

「≪我に神のごとき力を≫!」

痺れを切らしたのか、一人の帝国騎士が身体強化魔法を発動、後塵を残して敵共和国の防衛陣に切り込む。

共和国軍兵士が反応できないまま首を刎ねられ、跳ね上がった小銃が空に向かってむなしく放たれる。

「見たか、蛮族め、おまえらなぞ我らの敵ではないわ、小賢しいっ!」

同僚が斬殺され怒りに燃える共和国軍の十字砲火が煌めき、剣を掲げて高らかに笑っていた魔法騎士を蜂の巣にする。

それを見た帝国軍兵士たちが怒り、直射砲撃魔法をいくつも放つが機動力に優れる共和国軍兵士にはなかなか直撃しない。

砲撃魔法士の放つ砲撃魔法も効果範囲がそれほど広くなく、散開している共和国軍兵士にはほとんど効果がない。

また広域魔法を放てば、効果範囲を示す魔法陣の外にあっというまに逃れられてしまう。

共和国軍側もまた散発的に放たれる単発小銃では弾幕を形成するに至らず、火力が圧倒的に不足していた。


一進一退に見せて、徐々に共和国軍側の被害が増大していく。機動防御に徹していて火力集中が出来ないため、ほとんど帝国軍を倒せていないのだ。

ついに共和国軍側に変化が生じる。

それまで縦横無尽に動き回っていた部隊が、隊形を変化させていく。

一人一人の間が大きく開いた横一線がいくつも重なったの陣形。


それは正面激突のためだと帝国軍司令部は判断した。

「ふ、バカめ。我が精強無双の兵と正面激突を図るとはな。粉砕してくれるわ」

参謀からの上申を受け、ティゲル将軍は陣形を変化させる。

大隊ごとにまとまり三つの楔形に再編される。それぞれの先端を一騎当千の騎士で編成された圧倒的な衝撃力をもつ陣形。


開戦後1時間、ついに双方の主力部隊の激突した。


 ☆★☆


「――勝ったな」

勝敗は決した。ティゲル将軍はそう思った。

すでに敵の正面部隊は潰走しつつある。無様に右往左往して、脱出を図り始めている。

防御力に優れた帝国騎士――1方向ならば強固な防御魔法を使用することが出来る――を外側に、内側を砲撃魔法士で固めた楔陣形〝帝国の鉄拳〟、その第一陣は共和国軍の広がった横列陣形をたやすく突破し、反転包囲に入っている。

包囲網が完成すれば、あとはただ無慈悲に徹底的に殲滅していくだけだ。それはもはや作業と変わらない。この後は、近隣の蛮族集落を制圧することになる。将軍はそのための手順をすでに考え始めていた。

「報告! 敵鉄騎馬隊武装自動二輪部隊およそ200が左翼、第二軍の後方から回り込むように本司令部へ接近中!」

戦場の外側で、全域を俯瞰している偵察部隊からの念話をもとに報告がされる。

「ふ、バカの一つ覚えの奇襲突撃か。見え見えだ。第三魔法士部隊に連絡、適宜対処せよ」

「了解、宛第三魔法士部隊、こちら司令部、命令を伝達――」 

念話で連絡を取る伝令兵。

「念のため、他戦域も確認せよ。やつら最後の突撃をしてくるだろう、おそらくな」

蛮族どもは負け戦になると、死ぬための突撃を敢行してくることが多いからなと嘲ってから思考を掃討戦に切り替える。

兵は一大攻勢へと出て敗走する蛮族たちの追撃に移ろうとしていた。魔装騎士の投入も考慮せねば。

鉄槌騎士を警戒するあまりついに投入しなかったが、待機していた操騎士に鬱憤が溜まっていることだろう。少しは発散させて武勲を増やしてやらねばならない。

そしてなによりも――


「これで、終わりですか?」


将軍は既に戦闘終了後の掃討作戦を考えている将軍に、鈴の鳴るような声がかけられる。

「いいえ、姫殿下。まだです、蛮族どもに身の程を教えてやらねばなりませぬ。帝国に逆らうとどうなるかということを充分に躾けねばなりませぬ」

その答えを首をかしげて聞くのは、美麗な皇族軍装に身を包んだ、まだ幼さの残る可憐な金髪の少女だった。

皇位継承権第7位"末姫"カーラ・ド・グランリア。

可憐な美しさで名高い彼女は、華麗な宮中ドレス姿ではなく皇族軍装に身を包み、美しい金髪を質素に結いあげている。だというのに可憐な美しさは衰えず、まさに評判通りの可憐姫であると本部勤務の兵の間でうわさされていた。

辺境警邏隊、帝国軍および帝国近衛軍の三軍合同演習「オーヴァーロード」にご観覧あそばされていたのだ。ゆえに本陣には皇族旗がはためいている。それは、この一戦は皇族方がご観覧されているのだと兵たちを鼓舞していた。

「将軍、魔法も使えないという下等なモノたちなのでしょう? そんなモノのために兵の命をあたら失うような行為は……」

「姫殿下」

厳しい表情で将軍が不敬にも姫の言葉を遮る。

「姫殿下は歴史上最も偉大なるグランリア超帝国、いと高き皇族たるお方でありますが、兵の指揮権は不肖この身にありまする。どうか、口をさしはさむようなことはお避けくださるように……」

「ごめんなさい、将軍。余計なことをいいました」

羞恥に顔を赤らめて、歴戦の将軍に謝罪する。

「こちらこそ、帝国の至宝たる姫殿下に不敬なことを申し上げましたこと、お許しください」

将軍もまた深々と頭を下げる。

「――ゆるします」

少女はまだ慣れない固さを残してぎこちなくゆるす。ほほえましいものを見る目だが、まじめな顔をした将軍は少しだけ場を和まそうとした。

「ですが、先ほどの言につきましては、兵にも伝えましょう。姫殿下のお優しき御心、きっと感激いたしましょう」

「まぁ……」

蒼鋼玉のような青い瞳の少女は口元を手で覆って顔を赤らめた。


 ☆★☆


第三魔法士部隊に所属している女性魔法士六人が、高速魔法言語を詠唱。

《万能なる魔力よ、偉大なる光となってわが眼前の敵をその威を持って――》

詠唱と共に平面魔法陣が足元に展開し、敵へと向けた杖に収束する。

《滅せよ》

杖から光の柱のごとき砲撃魔法が放たれ、駆けてくる敵の騎馬隊をなぎ払う。大爆炎とともに土砂がまき散らされる。

魔法砲撃だけでは考えられない爆発に、砲撃管制士官は自爆用の爆薬でも積んでいたのかと思いながらも指示を続ける。

「第二段、詠唱開始せよ――戦果確認どうだ?」

「まだ不明です。 っ!!あれは――」

若い士官が目を凝らして、それを視認する。

もうもうと立ちこめる土埃の中から現れる巨大な人型――直線で構成された鋭い造形の人型兵器。

「敵、鉄槌騎士メイス・ドールの姿を確認っ!」

「こちらも魔装騎士アーストラット・ナイトを要請しろっ! 魔法士部隊を下げろっ! 全力退避っ!」

戦場を切り裂く光柱が十数条。

第二波の砲撃魔法が鉄槌騎士に投射されたのだ。対人用砲撃魔法のため、鉄槌騎士の格子結晶装甲で弾かれて効果はないが、少しでも時間を稼ぐためだった。

電気仕掛けの巨大人形騎士はそのことを予想していたかのように、円盤を放り投げた。

それは空中分解して、ワイヤーでつながったいくつもの破片になる。

それらは空気抵抗によって不規則な動きとなり、砲撃魔法を妨害する。魔法が直撃した破片が爆発、細片となって曝風と共に魔法士部隊を襲う。

「ぎゃぁっ!」

悲鳴を上げて逃げ惑う魔導士達

魔導被膜が施された戦闘衣といえども、身体を完全に覆っているわけではない。また物理衝撃を完全に防ぐわけでもない。

肌の剥き出し部分に命中したり、大きな破片が直撃したりして魔法士や一般兵たちに混乱が起きる。

その間に鉄槌騎士は恐ろしい速度で魔法士部隊に迫る。

鎖でつながれた鉄球がいくつもついた巨大なフレイルを振り上げながら、その名の由来である鉄槌を敵に下すべく。


「魔法士部隊、はやく撤退しろっ! 第一、第二部隊からの支援はどうしたっ! 魔装騎士はっ!」

「駄目です、ほかの部隊にも鉄槌騎士が出現しているもよう!」

「なんだとぉっ!!」


 ☆★☆


戦場からかなり外れた位置にある大木に、ぶらぶらとゆれる脚がある。

長い黒髪をポニーテールにした少女が太枝に腰かけて、マントの裾からでている脚をぶらぶらさせていた。

「あー、ありゃ大損害だねぇ」

『武装バイク部隊が幻影であることに気がつかなかった時点で、帝国軍の敗北要因が加算されています』

双眼鏡で戦場を見渡しながら少女がつぶやいた。少女の耳元についている器具から中性的な声。

「魔法による幻影で鉄槌騎士を隠ぺい、バイク部隊の突撃を装って対人魔法に誘導すると。面白い戦術を考えた人がいるんだね」

『共和国側はあらゆるものが日進月歩しています。指揮官や戦略・戦術教育なども進歩しているのでしょう』

「それはどうでもいいんだけどさぁ」

帝国軍が混乱していくのがレンズ越しに見える。

「帝国軍に負けられると、この周辺が騒がしくなるよね。めんどくさいなぁ、もう」

『戦闘に介入しますか?』

「やらないってわかってるくせに。できないし」

『冗談でしたが』

「もうすこし精進してよ。あ、魔装騎士だっ!!」

少女がばたばたと脚を揺らす。


鉄槌騎士の近くに同じくらいの大きさの甲冑を着込んだような人形騎士が現れて戦いを挑む。

巨大な剣と鉄球がぶつかり合い、盛大な火花を散らす。

甲冑騎士の盾に魔法陣が浮かび上がり、魔法弾が雨あられと射出される。

鉄槌騎士の盾を持った左腕に直撃して大破するが、同時に甲冑騎士の表面に大量の火花が飛び散り、装甲が盾が削られていく。鉄槌騎士の肩部にある多砲身機銃が大量の弾丸を浴びせているのだ。

甲冑騎士が魔法陣が削られた盾を持ち上げて機銃弾を防ぎながら大剣をふりかぶる。

鉄槌騎士は鉄球をぐいんと叩きつける。

鈍く腹に響く轟音と共に双方の左腕装甲が窪み、歪んだ関節部から潤滑油が飛び散る。

巨人たちはともに椀部に損傷をうけて、示し合わせたように一度引き下がって仕切りなおす。

巨人同士の戦闘は一進一退、それを不満そうに眺めながら少女はぶつくさ云う。

「うーん、見たところ鉄槌騎士が7騎に魔装騎士も同数か。他のところに隠していなければ、五分五分かぁ。長引きそうだねぇ」

双眼鏡を下して、はぁとため息をつく。少女はちょっと憂鬱なのだが、表情がないせいでそうは見えない。

「うー、帝国首都なんか行きたくないなぁ……この戦闘が伝わったら、ぜったい大混雑しているよ」

『帝国首都に行くのは任務のためです。正当な理由なき任務放棄は罰せられます』

「わかってるよ。でも、気分乗らないのだから愚痴ってもいいでしょう?」

『聞くだけは聞きます。わたしは貴女のパートナーですから』

「うん。いつもありがと」

無表情な少女が投げやりに感謝の言葉を返すが、それは単に照れているだけだとパートナーであるそれは判っていた。

『どういたしまして』

「じゃ、行こうか」

身体を後ろにたおして、頭から下に落ちる。そのままくるりと空中で回転、とんっと軽やかに着地。

マントが舞いあがり露わになったのは濃紺のメイド服。

左腰に緋色の鞘がちらりと見え、舞い降りてきたマントに覆い隠される。


すたすたと彼女が向かう先、大木からすこし離れた街道の脇に黒い巨大な箱型物体が鎮座していた。全長10mを超す黒色のそれはこの世界では非常に珍しい超大型

彼女の身長よりも大きな車輪が10軸もついており、荒地走破性も高いだろう。

彼女は先頭車側面ハッチのを手慣れた様子で解除した。通路を抜けて階段を上がり操縦室に入る。

3、4人入ればいっぱいになりそうな部屋にいくつものモニタや操作パネルと運転席がある。放り出された毛布や色気のない白下着、携帯食料の包装パックがあふれ出たゴミ箱、付箋の張られたのマニュアルなどなど。

ここで過ごす時間が長いせいか、けっこう汚れていて生活臭がある。


少女は、の周辺地図をばさっと広げながらパートナーと相談する。

「戦場を大きく迂回して、こっちの街道に入り込めば混乱は少ないんじゃないかな?」

指さして云うと、違う箇所に赤い輝点が灯されてルートをなぞる。

『判断材料がありません。しかし、こちらのルートですと帝国軍の撤退に巻き込まれる可能性があります』

「うーん、一日で敗走するほど弱くないでしょ。いちおう世界最強を名乗ってるんだし。それに日暮れまであと4時間、こちらはのんびりしても80kmは進めるだろうから巻き込まれないでしょ。それで行こう」

『わかりました。ナビゲータをセット。各部チェック実行中……完了。異常なし。発進準備完了』

「ん。じゃ、行こうか」

運転席に座って、モニタを見回して周囲の安全確認。

異常がなかったのでメインブレーキを解除し、移動モードセレクタをノーマルドライブモードに。

床のアクセルペダルをゆっくり踏みこむ。

車輪部のの唸り音が高まり、巨大な車体が震えながらゆっくりと動き出し、魔法で表面の土を焼き固めただけの簡易舗装がされた街道を走り始める。

地上高3メートルの操縦席では、流れる風景もゆっくりだ。



大街道の道幅半分近くを占める超大型輸送トレーラーをのんびり走らせながら、彼女はふと先ほど見た光景を思い出した。


(……帝国軍のとこになんか皇族旗が見えたような気もするけど、ま、こんなところにいるわけないし)




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