滅国の少女騎士 ~二つの月、巡る物語

森河尚武

第1話 プロローグ

――これは、おとぎばなし。

ひとりの少女が、おとなになるための旅立ちのお話。



遠い遠いはるか未来か、過去かもしれない時代。

まあるく欠けた月と銀鏡の小月たちがめぐる青い水の星の、とある国での物語。


 その国のとある超名門貴族の家で、ひとりの女の子が生まれました。

歴史上でもっとも偉大な超帝国を支える賢くて優しい両親、とても厳しいけれどかわいがってくれる姉、とても慕ってくれるかわいい妹、

強くて優しい幼馴染の年上の男の子、親友になった同い年の皇女さま。

 とてもとてもいい人たちに、いっぱいの愛情をうけて、女の子はすくすくと育ちました。


 そして10歳の時に行われる〝魔法適性の儀〟を迎えました。

 それは帝国人なら誰でも体内にもっている魔法器官をかっせいかさせて魔法が使えるようにする一生に一度のたいせつな儀式です。


みんなが見守る中、少女はとてもはりきって儀式にのぞみます。


少女は帝国の開祖”オオミカド”へ”なんぢたちはうめよふやせよ地をみたしとうちせよ”と伝えられた偉大なる|ぜんちぜんのうぜったいきゅうきょくさいこーそうぞうしん《つまりとってもえらい》”太祖神”にねがいます。


「わたしに、御身のあたえたまわりたる偉大なまほうのちからをー」


ところが、少女は魔法が使えませんでした。――少女には、魔法器官が無かったのです。




彼女の世界は一変してしまいました。


「あら、ごみがおちているわね。太祖紳の御前が汚れているのはいけないことですわ」

微笑みを絶やさないまま彼女に眼すら向けない親友だった少女。



「なんだ、その目は。生意気な。われら人間に向かってそのような眼をしてよいとおもっているいるのか、ゴミの分際でっ!」

ぼう然としている彼女を蹴り倒して踏みつけた気高く、優しい幼馴染の婚約者。



「なんでそんなのを家にいれたのよっ! 汚れちゃうじゃないっ!!」

金切声で罵倒するかわいがっていた妹。


「――」

言葉を発することさえもったいないとばかりに何も言わぬ美しく強い姉。



「この私から”能無しノマー”が生まれただと? ばかばかしい、そんなはずがないだろう」

少女を無かったことにした母親。


「ふん、殺さないのはせめてもの慈悲だ。わしの寛大さに感謝するがよい。」

彼女の顔を踏みつけ、虫ケラをみるように見下ろして告げる父親。

手を汚す価値もないとつぶやきが聞こえた。



家族から、国からも追い出され、死にそうになった時――少女は出会いました。


漆黒の巨人騎士ティタン・ドールとそれを駆る騎士ライナーに。


そして、時が流れ――少女は故国だった国へと降り立ちます。

巨人騎士を駆る少女騎士として。


これは、少女は望まなかった国の終焉と星を継ぐ物語。













ガタゴト……

(ひど…い…ゆれ……おと……)

馬車の揺れと音で意識が徐々に起きていく。

(……からだおもい……なん…か…しびれ…てる……とうさま…の…雷…のせいかなぁ……)

ぼんやりと濁った思考。ぼんやりとした視界でゆれる小汚い布と木の骨組。みたことのない低級な内装。

「ここ……は……」

意識がはっきりしないままつぶやく。

「お、こいつ目が覚めたみたいだぜ」

知らない男の声で、はっと目が覚めた。

「あなた…たち、だれ……?」

重い頭を声のほうに向けての少女は尋ねながら自分の状態を確認する。

粗末な荒く編まれた布の服、身動きがしづらいのは後ろ手に縛られているから。そしてじゃらりと鳴る鎖と大きな革の首輪。

それが奴隷や罪人のいでたちだと少女は知っていた。

「まぁ、自己紹介するような高貴な身分じゃないんでね、勘弁してもらおうか。おれたちは仕事であんたを運んでいるのさ」

同じ荷台にいる小太りの男が云う。

ガタゴトとひどく揺れるその馬車には、少女のほかに、小太りの男とひょろりと背の高い男が居た。

「俺らが頼まれた仕事は、お前さんを〝黒き死の森〟に捨ててくることさ」

御者台の背の高い男も教える。

「けっこういい金もらったぜ、へへ……」

彼女は下卑た男たちに嫌悪感を抱きながらも、それを表面には出さないように気を付ける。

戦うのはかなり厳しい。両手も使えず、足枷までされているうえに、身体がだるい。とても本調子とはいえない。

でも、そうかんたんにまけるものか――


「で、お前さん、〝能無しノマー〟なんだろ?」

ぎくりと身体が硬直するのを止められなかった。それは知られたくないことだった。

「そ、そんなわ……」

「魔法を使えないんだよな?」

「……」

少女は黙る。どう答えてもまずい気がしたのだ。

〝能無し〟というのは何らかの理由で魔法が使えなくなった人間のことを指すものだ。だが、少女は最初から使えない。ウソをついてもすぐにばれることだろう。

「何も言わないってことは、本当みたいだな」

「んで、あんたは名前も戸籍もないっと」

「な、なんで……」――それを知っているのか。

御者台の男の言葉に、少女は動揺した。


家名も名も消された。父さまからそう宣告されたことをおぼえている。いまの彼女は、階級はおろか、呼ばれる名前もない。

帝国人は、規模や威力の違いはあれど必ず魔法が使える。血統により発明帝国人として戸籍をもち、帝国の庇護を与えられる

それはつまり帝国の保護を失っていることを意味していた。

「ん、そりゃ依頼主さんから聞いたからさ。あんたは〝能無し〟、つまり帝国民じゃない」

「帝国民は魔法が使えるからな」

「帝国民じゃないお前さんには何したっていいっていうこと。わかるかなぁ?」

男たちはやたらに饒舌だった。それは、獲物を追い詰めていくように。

「な、なにをする気――!」

黒い瞳に恐怖を浮かべ、怯えて後ずさる。でも狭い幌馬車の中だ、逃げ場なんてない。

「なぁに、〝能無し〟ていっても人間さまと同じ身体なんだ。だから、ちょっとおじさんたちにご奉仕してもらうのさ」

「おいおい、ずいぶんまどろっこしいことしてんな。さっさとヤっちまえよ」

「はは、怯えたのをむりやりヤるのがいいんじゃねぇか。娼館じゃできねぇからなぁ」

「ったく、あいかわらず悪趣味だな、おい」

 男たちが云っていることがさっぱりわからなかった。

騎士の訓練を受けていたとはいえ、まだ10歳の少女、はほとんどなかった。

「じゃ、はおれがもらうからな」

「へいへい、賭け札で負けたからな。ま、殺すなよ。あとがめんどうだからな」

「おうよっと。おっと、抵抗するなよ、痛い目にあうだけだぜ!?」

欲望にぎらぎらと昂ぶらせた目の男が少女を捕まえて、粗末な服に手をかける。

「きゃっ! あ、なにするの、やめなさいっ!!」

力がはいらない少女はろくに抵抗できず、傷一つない真白な肌が露わになる。

それをじたばたと必死に足を動かして暴れる。ろくに動かない身体の弱々しい抵抗。

「おいおい、暴れるなって、しょうがねぇーなぁ、あばれられちゃぁなぁ」

ニタニタと笑いながら男はやすやすと少女を組み伏せて――


  ☆★☆


そこは鬱蒼と生い茂った森の中で、晴れた日中でも木々に阻まれて薄暗い。

帝国辺境へと続く主要街道から外れており、野生動物や魔獣と呼ばれる危険生物が数多く生息している。そのため一般人の立入禁止区域に指定されいるその森は、〝黒き死の森〟と呼ばれていた。


「この辺でいいだろ」

小太りの男が抱えていたそれ・・を、地面に放り投げる。

どさりと音を立てて地面に転がったのは後ろ手に縛られた裸の少女。

まるで人形のようになにも反応しない。

黒い目は虚ろで身体は力なく、投げ出されたままに転がっている。

無残にちぎれた白い髪。雪のように真っ白の肌には、紫色に変色したいくつもの殴打痕。顔や下腹部、内股には乾いた茶褐色や濁った黄色っぽい汚れがこびりついている。

足首に治りかかった刀傷。腱が断たれていてもう歩くこともかなわないだろう。

「おっと、忘れないうちにやっておかんとな」

少女の細い脚を掴んで持ち上げ、取り出したナイフでしゃっしゃっと切った。

赤い血がぽたぽたと滴り落ちる。

少女はなにも反応しない。――心が壊れていた。

「こうすりゃ獣か魔獣が始末しくれんだろ」

少女の肌でナイフの血をぬぐって鞘に納める。さらに首のロープを木にくくりつけた。

「けっこうもよかったし、このまま飼ってやりてぇが、バレたらめんどくさいからなぁ」

「へへ、殺さないだけでも感謝しろよ、〝能なしノマー〟ちゃんよ」

男たちの侮蔑の言葉が投げつけられても、少女は虚ろなままだった。その瞳は、もうなにも写していない。

「さて、急いで――」

ここを離れないとなと続けようとした男の声は、突如生じた豪風にかき消された。

凄まじく甲高い

「な、なんだぁ、なんだぁっ!?、この突風はっ!!」

膨大な風に巻き込まれて土が巻き上がり、木々が大きく揺らされる。

奇妙な、鼻に突く刺激臭が、風の来る方向から匂ってくる。木々の枝が引きちぎられて、枝の隙間が広がり陽光が差し込む。

重々しい音が正面に響き、大地が揺れたように錯覚。重圧な金属隗が大地を踏みしめるような音。だが姿が見えない。

とつぜん男たちの周囲が暗くなる。なにかに陽光が遮られたのだ。

彼らの真正面、なにもない木々の間空間に、激しい空電音をまき散らしてが現れた。


見上げるほど巨大な人型。

「おい、あ、あれっ!!」

「な、"巨人騎士ティタン・ドール"!! なんでこんなとこにっ!!!」

それは漆黒の巨大な人形だった。

 頭部には巨大な平角ブレード・アンテナが二つ。

騎士甲冑のように華麗ではないが、優雅で精悍なラインを描き、無駄なものは一切ない。まるで万物を斬るという東方より伝わるカタナを想起させる。

艶のある漆黒の装甲についた汚れは、これが飾り物ではなく実働していることを物語っている。

そして両腰につけられた二振りの巨大な剣はあらゆるものをぶったぎることだろう。


『そこの二人! そのまま両手を頭の後ろで組んで、膝をつけ! 従わなければ撃つっ!』

黒い巨人から若い女の声が響く。

男たちは、以前に酒場で聞いた奇妙な噂を思い出していた。――とある組織が、〝能無し〟を保護していると。

「逃げるぞっ!」「おうっ!」

一目散に逃走を図る。ここは森林で、見通しも悪い。人類最強の兵器である"巨大人形騎士ティタン・ドール"でも捕まえることは難しい、そう考えたのだ。

『停まれ、最後の警告だっ!』

だが、それは黒い巨人、ひいてはそれを操る者を侮り過ぎていた。警告を無視して走る男たち。

『警告はしたっ!! 撃つぞっ!』

「ぎゃあああああっ!」

単発の射撃音が二つ。

男たちが血を流しながら転げまわる。正確に膝が撃ち抜かれたのだ。

『逃げ切れると思ったのか?』

黒い巨人に膝をつかせ、白銀の髪をなびかせて降りてきた女操騎士ライナーが呆れたように云った。

身体の線がみえる乗馬服によく似た黒色のパンツスタイルに優美だが重々しい膝丈のロングブーツ、片手に5.54mm小銃、腰に翡翠色の鞘に納められた小太刀を佩いている。

重々しいブーツの音をたてながらのた打ち回る男たちの前に立ち

「さて、このへんにお前らが運んできた子がいるはずだ。どこだ?」

いつ抜いたのか、小太刀の切っ先を向けて女騎士は聞く。

「いてぇ、いてぇよ、畜生っ!!!」

「どこだ?」

泣きわめく男たちを無視して再度問いかける。

「っ――!」

ただただ平坦な蒼氷の瞳。

答えなければ殺す――そういう類の目。

細身の男が震えながら指差した方向を見て、女騎士は呻いた。

そこには木に繋がれ、虚ろな目をした裸の少女。

「手遅れだったかっ!? 情報部め、遅いんだよ、いつもっ!」

駆け寄り、少女の脈をとり、呼吸を確かめる。どちらもかなり弱々しい。

『マスター、この程度ならば治癒可能です』

無機質な音声が女騎士の耳元から流れる。

「そうか、ならキャリアドール・キャリアに急いで運ぶぞ!」

女騎士は安堵の表情を浮かべて指示を出す。

『了解しました』

女騎士はロープを、少女を優しく抱き上げた。

「遅くなってすまなかった。だいじょうぶだ、こんなケガは、すぐ治るからな、もうすこしだけ頑張ってくれ」 

優しく声をかけながら、黒い巨人が差し出した掌のうえに立つ。

「よし、いいぞ、あげてくれっ!」

『左腕上げます。浮上移動ホバークラフトドライブの準備を開始、始動ラン・ドライブ

普段は閉じている両脚の吸気口が開き、高周波音ととともに膨大な風を吸い込み始める空気圧縮排気


「おい、俺らを助けていけよ!」

「そ、そうだ、このままじゃ獣に殺されちまうっ!」

撃ち抜かれた膝を抱えて、地べたをはいずる男たちが助けを求める。

「わるいがこいつの定員は二人なんだ。自分たちでなんとかしてくれ」

感情のない声で女騎士が告げる。男たちが少女に何をしたのかとうぜん気が付いていた。

「な、なんだとっ! 騎士が、一般人を見捨てるのかよっ!」「弱者を護るのが騎士なんだろ、助けろよっ!!」

「ここは、帝国でも立入禁止区域に指定されているだろう? そこに入った君たちが一般人のはずがないよな?」

「そんなの関係ないだろっ! 俺たちには利益があるんだから入ったっていいんだっ! だ、だいたいケガをさせといて見殺しにするなんて帝国人ニンゲンとしてどうなんだっ!」

「そうだそうだっ! 帝国人の恥さらしだっ!」

「あいかわらず理屈がおかしいな……帝国人と話をすると疲れる」

頭痛をこらえながら投げやりに云ってやる。。

「がんばって馬車まで行ってくれ。”偉大で気高き帝国人に不可能なし”というらしいからな、私の助力など不要だろう?――行ってくれ」

顔を真っ赤にして意味不明な罵詈雑言を浴びせる男たちを無視して愛機に移動を指示する。高周波音がさらに高くなり、浮上走行用排気口にある推力偏向板が動作確認をする。

周囲に豪風が吹き荒れる。

男たちは腕で覆って巻き上げられる土埃から顔を守った。

女騎士がさも今思い出したかのように男たちに大声で教えてやる。

「ああ、そうだ。近くにいくつか大型生命反応がある。逃げるなら早いほうがいいと思うぞ」


「――た、たすけてくれぇーーーー!」

その意味を理解した男たちの悲鳴を無視して、黒い巨人は甲高い風切り音をあげながら浮上移動を開始した。


女騎士は少女の白くなった髪を優しくなでながら耳元に優しくささやく。

「もうすこしだけ、がんばれ。そうすればこんなケガ、痕もなくなるから。そうしたら、私たちの国に行こう? だいじょうぶ、そこはとても安心して暮らせるところだからな……」







そして、月日が流れた――。


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