第55話「レビヤタン -鈴音とイサムとナナ、アクアサファリわかやま(イサナラボ)-」

 お盆真っ盛りの、午後四時。

 他のシーズンならラディオリウムホールに入ってくる来館者も途絶える時刻だが、今週ばかりはそうはいかない。

 「夕焼けアクアサファリ」と称して、夜八時まで開館を延長しているからだ。

 それを聞きつけて、こんな時間になってからも熱心なアマチュアカメラマンから浴衣のカップルまで訪れる。解説用の冊子やスマホアプリを配布する手も休まることはない。

 そんな中、それらを受け取るより先に話しかけてくる来館者が一組。

「あのう」

 腰の曲がりかけた老婦人と、その息子らしき中年男性のペアだった。

「ここにね、みずなみに関係あるものがいると聞いて来ましたのでね」

 婦人の言葉には、口頭で聞いても一瞬分からない単語が含まれていた。

 みずなみ……瑞浪?

「岐阜県の、瑞浪市でしょうか?」

「そうそう」

 婦人の横から息子さんが出て代わりに話し始めた。

「近くの水族館で、私達の住んでいる瑞浪市に関係ある生き物がこちらで見られると聞きまして。どちらに進めば見れますか?」

 やはりあの瑞浪市だ。イサムとナナの故郷のひとつ、瑞浪のことだ。

「それでは、直接案内をさせていただきます」

 どの展示に向かうにしろ、足の不自由なお年寄りならそうすることになっているのだ。

「別館に、瑞浪市の化石のおかげで展示ができるようになりましたクジラがいますので。そちらに向かいましょう」

「クジラ……!?」

 親子は揃って目を丸くした。


 本館の壁と白い砂浜に挟まれた、石畳の道を行く。

 一日中ラディオリウムホールにいた私には、少しだけ傾いた日の光が強烈だった。制帽のひさしがこういうときに役に立つ。

 婦人がゆっくりと歩む。段差などはないが、用心はしておかねば。

 別館はずっと向こうだが、砂浜はそれほど幅があるわけではない。

「海がよく見えるわねえ」

「良い天気で、ちょうどよかったですね」

 空は快晴、風は弱い。良い日和だというだけでなく、これから見る展示にはベストコンディションだ。

 ただ婦人のことはうちわで扇いでいないといけない。

「海が綺麗で本当に良かったわあ」

「瑞浪からこちらにいらっしゃるのは大旅行ですね」

 岐阜県からなら手前の三重県、いやむしろ日本海側のほうが近いと思うのだが。

「親孝行のつもりで、」

 息子さんが答えた。

「どこか旅行に行こうかと聞いたら、海がいいと言うので。南国らしいところにしようと思いましてね」

「お選びいただけて光栄です」

「海も水族館も何十年ぶりかしらね」

 二十年かそれ以上遡ったら、古生物もまだ珍しい時代になる。

「大昔の生き物をご覧になったことはございますか?」

「テレビ以外だと、今日が初めてよ。ここのこともさっき教えてもらうまで知らなくって」

「一日に二ヶ所も水族館に行くのは、と思ったんですが、せっかくなので」

 どうやら、親子はそれほど生き物の知識に関心があるわけではないようだ。

 それを踏まえて、私の中の「圧力」を調節し、案内する道筋の細部を決める。

 本館の壁が途切れたところに、海側に突き出した休憩所がある。

「そこで一休みしましょうか」

 潮風で色の抜けた木のベンチに座ると、海がよく見える。

「私、ずっと岐阜でねえ」

「はい」

「海って、素敵だと思うけど、ちょっとだけ怖くてねえ」

 ここから水平線まで、ちょっとした堤防ぐらいしか挟まるものがない。

 はるかな大海原から直接やってきたそよ風も、婦人にとって案外刺激が強いのかもしれない。

「私どもがついておりますので、ご安心ください」

「ありがとうねえ。係員さんは船乗りさんみたいねえ」

 婦人は紺色の制帽とベストを見ながら言う。

 もし婦人を順路どおりルーラーズサファリに連れて行ったら、トライアシックビーチの海底通路やクレタシアスオーシャンのトンネルで腰を抜かすかもしれない。

 別館に絞って正解か、かえって別館のほうが怖がるか。

 婦人はふと砂浜に視線を落とすと、手すりをつかんで力をかけようとした。それを察した息子さんが先に立ち上がり、砂地に下りてしゃがんだ。

「貝殻?」

「うん。自分で拾うからいいよ」

 息子さんは婦人に手を添え、婦人は手当たり次第に貝殻を拾っていく。ふふふ、と笑いを漏らしている。

 私もその横で、巻貝を選んで拾った。

 そしてタブレットのケースに挟んであったチラシを折って袋を作り、婦人に渡す。

「ありがとうねえ」

 婦人は目尻を下げきって受け取った。

 貝殻は綺麗で丈夫な上、海ならではのもので、お土産にはぴったりだ。しかしこれほど婦人の気に入るとは思っていなかった。

 少し風向きが変わり、かすかに甘い香りが漂ってきた。私と婦人は同時に風上に振り向く。

「ハマユウの香りですね」

「はまゆう?」

「向こうの白い花です。あの背の高い草の上の」

 幅広い剣のような大きな葉に囲まれて、白いヒガンバナを人の背丈まで大きくしたような花が咲いている。

「ああ、あれがはまゆうなのねえ。なんだか海に関する言葉なのは知ってたんだけど、あんなに立派な花なのねえ」

 婦人はとても感心して、近くで見てみようと休憩を取りやめた。

 ハマユウが咲いているのは順路の先側だ。

 花を眺めたらそこからは、道沿いに並んだ放散虫のオブジェに導かれ太古の世界へ向かう。

 トライアシックビーチにもあった、飾り立てられたコーンだ。金網で作った長いヒョウタンのようなポドキルティス・ミトラが三対。

 そして、鉄の棒を溶接して組み上げられた、とうもろこしのようなシルエットのチャララ。ミトラとはだいぶ違って見えるが、同じポドキルティス属だ。

 チャララをまた三対過ぎると、鉛筆を骨組みで表したようなゲーテアナが一対、別館の門を守っている。

 しかし、これら始新世への導き手には申し訳ないが、今回ばかりは逆側から、中新世の世界に向かうのだ。

「ご足労いただき、大変お疲れ様でした。ここが別館のイサナラボです。瑞浪のクジラは裏手の海にいますので、こちらへ」

 イサナラボを取り巻くウッドデッキを左に進み、建物の裏にまわる。

 別館とはいえ和歌山といえばクジラということで、本館に負けない人気がある。順路を辿ってくる来館者をかわし、婦人のゆっくり通れる道を確保する。

 その先は幅広いデッキ、そのすぐ下は、青い海だ。

「わっ、わあ……」

 婦人は先のほうへ進むのをためらう。私は婦人の手を握り、息子さんは肩と背中に手を添えた。

 手すりにはそれなりの数の来館者が取り付いている。入り江に住んでいるものが背を見せるのを待ち構えているのだ。

 私達がデッキの中ほどまで進んだときだった。

 水面からブシュウと霧が吹き上がった。

 来館者が歓声を上げるうちに細かな水しぶきがそよ風に混ざり、こちらまで届く。

 親子は口を丸く開け、潮の香りを浴びていた。

「今潮を吹いたのが瑞浪で化石が見付かっているクジラの、イサナケトゥスです。オスのイサムのほうだったみたいですね」

 親子はそろりと手すりに近付き、水面を覗き込む。

 ターンしてきたイサムの六メートルに及ぶ陰が、少し離れたところを通り過ぎる。

 ヒゲクジラ特有の、生き物というより船を思わせるシルエット。

「最近クジラの化石が見付かったっていうニュースがありましたけど、あれですか」

 息子さんの質問。

「あの化石にごく近い種類です。瑞浪の他に三重でも化石が見付かったんですけど、瑞浪の地層が出来た頃には日本は今より小さな島の集まりで、紀伊半島の東は名古屋から瑞浪まで海だったんです」

「そうか、うちからここまで海でつながってたんですね……」

 息子さんはゆっくりとうなずきながら言った。

「イサナケトゥスはシロナガスクジラの仲間ですけど、その頃はこのイサムみたいに小さいものが多かったようです」

「これで大人なんですか」

「クジラの十歳ですからね」

「いやあ、充分大きいわあ!他の水族館で見たのは大きめのイルカみたいだったもの」

 婦人が声を上げた。

 普通水族館にいるクジラといったらゴンドウクジラ、つまりマイルカ科の大型種だ。イサムの体格は彼らに勝るとも劣らない。頭も大きい。

 すると、飼育員の小山田さんがデッキに現れるのが見えた。

「あっ、おやつの時間ですよ。ちょうどよかったですね」

 小山田さんの押している台車には、一メートルほどもある丸太のような、黄土色の円柱が二つ乗っている。巨大なちくわ型をしたフロートの片方を閉じ、水に浮かぶ容器にしたものだ。

 ちくわに詰め物をしたような形状から、「チーちく」と呼ばれている。

 小山田さんは手すりの一部とデッキの縁の間に確保されたスペースに入り込み、丸い目印の付いた棒を高く掲げ、ホイッスルを長く吹いた。

 それを察知して、イサムは頭を水面に出したまま、より岸辺に近付いた。木の葉形をしたイサムの頭をさざ波が囲む。

 さらに向こうにもう一つ、同じ形の頭が現れた。

「メスのナナも来ましたね。あっ、でもイサムから目を離さないほうがよさそうですよ」

 私は親子だけでなく周りの来館者にも案内になるよう、大きめの声を出した。

 小山田さんはイサムの行く手めがけて、チーちくを投げ落とした。

 すぐにイサムの口先が水面から躍り上がる。

 水滴をまとった下顎をチーちくに叩き付ける。

「わっ、わあー!」

 婦人は気圧されて手すりから身を離す。

「驚かせてしまいましたね。あの浮きの中におやつが入っていて、イサムは遊びながらおやつを出させようとしているんです」

 チーちくは巨体と波に揉まれて揺れ動き、一方に開いた穴からピンクの水が漏れ出す。オキアミの混ざった海水である。

 イサムは口を素早く開いてその水をすくい取る。そして余分な水を吐き出しながら、頭を上下に揺さぶってまたチーちくをいたぶる。

 さらにそれでは足りないと、再び顎をチーちくに叩き付ける。

「クジラの遊びはすごいわねえ……」

「あっちは大人しいですね」

 息子さんが気付いたとおり、ナナは軽くチーちくをつついて水をすくうことを繰り返すだけだ。

「ナナはイサムと比べると落ち着いた性格ですね。遊んだり何か変わったことがあって見に行ったりするときは、大体イサムのほうが大胆です」

「クジラにも個性があるのねえ。なんだか可愛く見えてきちゃった」

 さっきまでイサムにおののいていた婦人だが、もうすっかり優しい目をクジラ達に向けていた。

 チーちくの中のオキアミが減ってきて、イサムも落ち着きつつある頃。手元のタブレットに通知が入った。

 イサナラボの入り江にトウゴロウイワシとおぼしき魚の群れが近付いてきている。

「水中の様子を見るチャンスのようです!」

「水中?」

 私は婦人を、デッキの陸側にある館内まで導いた。

 私の言葉を聞きつけた他の来館者が何組か、私達の横を通り階段に抜ける。それ自体は望むところなのだが。

 幸い、少し奥まったところにあるエレベーターにはすぐに乗れた。

 扉が開くと、入り江の底と同じ深さ。

 高さ十メートル、幅二メートルの縦長の窓が三つ、太い柱を隔てて並んでいる。

 本物の海の中がガラスの向こうでお出迎えだ。

 婦人が息を呑むのが聞こえた。

「怖いでしょうか?」

「だ、大丈夫よ」

 婦人の背に手を添える息子さんも、やや緊張しているようだ。

 私達は海中観察窓の前まで歩み出た。

 本日の透明度は十五メートルに達するが、そんなものでは対岸には届かない。海の奥は青くけむっている。

「あらっ、可愛い!」

 窓のすぐそばに野生のハリセンボンがやってきていた。怖いもの知らずで、観察しやすい生き物のひとつだ。愛嬌の感じられる風体で婦人の緊張をほぐしてくれる。

「向こうに魚の群れがいますよ」

「どこ?あっ、いたわ」

 小さな銀色のきらめきがうっすらと現れた。トウゴロウイワシだ。

 やがてきらめきが増え、銀の紙吹雪が吹き付けるかのように見えてきた。

「小さい魚もすごいわねえ」

「あの群れをイサムが追いかけてきますよ。あっ、来ました!」

 トウゴロウイワシの群れの一部が黒く陰る。

 それは濃く大きくなり、縦に伸びる。

 イサムが群れを一網打尽にしようと口を開いて突撃したのだ。

 婦人が深く長く嘆息を盛らし、息子さんがその背中を受け止めた。

 いくらかトウゴロウイワシを得たらしきイサムは、口を閉じて喉をしぼめ、向かって右に旋回し群れに再挑戦していく。

 イサムはゆっくりと群れを追っていて、それほど真剣でないように見えた。おやつのすぐ後だからだろう。むしろそのおかげで、イサムの泳ぐ姿が見やすいのだが。

「すごいわねえ……。本当に、クジラっていう感じのクジラねえ」

 ナガスクジラ科と近縁なだけに、横から見るとますます絵に描かれるクジラに似ている。

 背中は黒、腹は白。

 包丁のように鋭くすっきりとした横顔、小さな黒い目、今のクジラほどくっきりしていないがうねの走る喉。

 長く張りのあるたくましい体。細長い胸鰭。

 後からやってきたナナもイサムと一緒になってトウゴロウイワシの群れを追い始めた。

 しかし、実は先にイサムに寄り添っていたものがある。息子さんがそれに気付いた。

「何か、機械みたいなものが付いていってますね」

「あれは観察用の水中ドローンです」

「ドローン?」

 ビート板をふっくらと分厚くしたようなそれは、イサムの顔の真横を少し離れて進んでいる。

「イサナケトゥスがここにいるのはイサナケトゥス自身の研究や展示のためだけではなく、野生のイルカやクジラを観察する方法を研究するためでもあるんです。そのうち野生のもっと大きなクジラも、あんなふうに撮影できるようになりますよ」

 私は観察室の壁にかかった大きなディスプレイを指差した。

 そこでは、特に良く録れたイサムの漁の様子が上映されている。

 口を開いたままトウゴロウイワシの群れめがけて突進し、光る小片を無数にかき消してしまう。観察窓から直接見るよりかえって鮮明で、細かい躍動を捉えている。

 おお、と息子さんが声を漏らした。

「うまくいけば人間の都合や想像の全く入らない、本物の野生のクジラやイルカの様子が水族館で見られるようになりますよ」

「すごい。飼わなくてもよくなるんですね」

「部分的にはそうです」

 野生個体の観察が全面的に飼育を置き換えられるとは言い難いが、飼育による負担を減らすことも目的の一部には違いない。

「じゃあ、イサムくん達は他のクジラやイルカのためにお仕事をしてるのね」

「そういうことになりますね」

 結局トウゴロウイワシの群れを逃したのか、イサムが気の抜けた様子で戻ってきた。婦人はそんな彼に向かって手を振る。

「がんばってねえ」

 もちろん、婦人の声援に対してイサムやナナがどうこうすることはない。彼らの好きなように過ごしてくれればそれが一番だ。

 しかし、解説員である私は飼育員や研究員の努力の成果を来館者に伝えるだけでなく、来館者の声を飼育員や研究員に伝えることもできる。

 時刻は午後五時をまわっていた。

 日は傾き、水中は薄暗くなりつつあった。そろそろ二頭の姿がよく見えなくなる。

「他にも瑞浪の化石の生き物がいますので、ご覧になりますか?」

「ええ、是非」

 観察室から内側に順路を遡ると、まずはちょっとした博物館に出る。クジラの骨格が頭上にひしめく標本展示ホールである。

 「夕焼けアクアサファリ」の時刻で照明が減り、闇に骨が浮かぶ。

 全体を横切る、バシロサウルスの長大な脊椎が目を引く。

 その手前は新しいクジラだ。

 歯を失いかけたアエティオケトゥス、すっかり歯をなくしたイサナケトゥス、イサナケトゥスの拡大版のようなミンククジラ。一方には、カジキのような長い口のユーリノデルフィスに、見慣れたカマイルカ。アシカやアザラシの仲間のアロデスムスもいる。

 バシロサウルスより奥は、すでにだいぶクジラらしいドルドン、後ろ脚のあるアンブロケトゥス。すたすた歩けそうなパキケトゥスはテラスに立っている。

 しかし、せっかくのコレクションだが今回の目当ては頭上の骨格ではない。

 その下の、瑞浪を代表する古生物であるデスモスチルスの骨格と一緒に並んだ標本ケースや小型水槽だ。

「瑞浪の化石も展示しております」

 親子は一番に、生きたものがいる水槽を覗き込む。泥が敷かれ浅く水がたまった地味な水槽だが、

「あっ、やっぱり!」

 息子さんが声を上げた。

「ビカリアだ、これ」

「やっぱりそうよねえ」

 二人とも心当たりがあるようだ。

 ビカリアは、まるでロボットアニメに出てくるドリルのような、段と棘の付いた円錐形をした、赤褐色と黒の巻貝である。大きいものは十センチ近くなる。

 水槽の中の八匹は殻から小さな頭を出し、つやのある厚い落ち葉にとりついて、それをじっくりかじっている。

「ビカリアをご存知なんですね」

 そんな有名なものだっただろうかと私が驚くと、

「それはもう、瑞浪駅の電話ボックスに乗っかってますから」

「月のおさがりっていってね、神社にも祀られてるし」

「小学校の広報紙の名前もビカリアだったなあ」

 息子さんはそう言って遠い目をする。なんと瑞浪はビカリアだらけの町だったようだ。

「生きてるときは赤くて縞々なのねえ」

「白い貝だと思い込んでたなあ」

 それならちょうど化石がある。私はケースの中を指差した。

「この化石ですね」

「そうそう、こういうのです」

「あらっ、月のおさがりもあるわあ」

 月のおさがりとは、ビカリアの殻を天然の鋳型として出来た、真っ白くわずかに透ける、渦巻き形の鉱物に付けられた呼び名だ。

「瑞浪の博物館からの預かり物なんですよ。生きているものも」

「えっ、じゃあ瑞浪にも生きてるビカリアが?」

「はい。博物館でご覧になれます」

 古生物の生体展示を見慣れていない親子にとって、これは驚くべきことだったらしい。

「子供の頃行ったきりだったからなあ。知らない間にそんなに進んでたんだ」

「帰ってからの楽しみができたわねえ」

 遠くからやって来た来館者が、思わぬ形で地元のことを知ることになった。

 地域のものを預かることは、その地域とつながる窓を得ることなのだ。

 一見どっしりした四足獣に見えるデスモスチルスの骨格の周りに、放散虫ランプロキクラス・マルガーテンシスを模した照明が灯った。

 洋梨に似た胴体は金網で出来ていて光を通す。てっぺんの角はぬるりときらめく透明樹脂だ。

「こういう網網のがたまに置いてあるけど、これも化石の何かなのかしら」

 婦人は館内に配置された放散虫の意匠に気付いていたようだ。

「はい、これは瑞浪の地層から見付かった微生物の化石の形です」

「微生物!?」

「とても固いもの、例えばガラスで殻を作る微生物がいて、こういった岩の中に残ることがあるんです」

 標本ケースの端にのっぺりと横たわるのは、瑞浪層群・生俵層の泥岩である。

 その上には、各種の放散虫の模型が、踊る小人のように並んでいる。

 ランプロキクラス・マルガーテンシスだけではない。∞字のアカントデスミア・サーキュムフレクサ、クモの巣のようなエンネアフォルミス・エンネアストルム、一本角と三本脚のリクノカノマ。

「今も太平洋に住んでいるものの仲間もいますよ」

 顕微鏡映像の中で、生きたアカントデスミアは殻の中にオレンジ色の粒をぎっしり抱えている。共生藻である。

「こんなのが大昔から残ってるなんて……、考えたことなかったわあ」

 実のところ私も、アクアサファリに来るまでは婦人と全く同じだった。

「こういう形の微生物がいて、とても小さな化石があるということだけ覚えてくだされば嬉しいです」

「そうねえ、あんまりものすごいことばっかりで何がなんだか」

「もう一種類、瑞浪の生き物がいますから、とりあえずそちらを見ておきましょうか」

 息子さんは勘付いたようで、デスモスチルスの骨格を指差した。

「もしかして」

「そのとおりです。デスモスチルスもあちらに」

 標本展示ホールをさらに遡ると、大型水槽に囲まれた広間に出る。

 イサナケトゥスの同輩である海獣、デスモスチルスの「テツオ」も、そこで泳いで暮らしている。

 普段より少ない照明の中で浮かび上がるのは、海獣然としたスタイルの頭部から段差なく続く、丸々とした胴体。水かきのついた前脚、平泳ぎの姿勢になった後ろ脚。

「あらっ、こういうのだったかしら?」

「なんか思ったのと違うね」

 それが親子の、自分達の町で一番有名な古生物と対面した率直な感想だった。

「お二人ともテレビなどでご覧になったことは?」

「あったようななかったような……」

 恐竜でない古生物は案外そんなものかもしれない。

 そういえば、勉強のために瑞浪に行ったとき「デスモスチルスの絵がいっぱいあるなあ」と思って見ていたのは骨格やマスコットだった。

 元々デスモスチルスはカバのようにのし歩く動物だと思われていたのである。飼育拠点が少ないこともあり、昔からデスモスチルスの、骨格に、親しんでいた瑞浪でのイメージを塗り替えるに至っていないようだ。

「本当にデスモスチルスなんですよね?」

「はい。こちらは以前に抜けた歯です」

 水槽の前には歯の標本が展示されている。

 ふっくらしたマカロニを並べたように見えるそれは、デスモスチルスに特有のものである。

「ああ、そういえばデスモスチルスの歯ってこういうのだった気がします」

「疑ってごめんなさいねえ、会えてよかったわあ」

 浮かびながら少しずつ向きを変えるテツオの尻に、婦人が声をかけた。

 親子はしばらく、餌や暮らしぶりのことなどを私に聞きながら感慨深そうにテツオを眺めた。博物館にはテツオ達デスモスチルスの映像を届けているが、博物館以外からも瑞浪市に生きたデスモスチルスの様子を伝えたいものだ。

「せっかくだから他のも見てみたいわ」

「では、引き続きご案内いたします」

 私にとっても、ただ退館まで案内するより嬉しい誤算といえた。

 イサナケトゥスのような新しいタイプのクジラやデスモスチルスの仲間が現れた頃、他にも海で暮らし始めた哺乳類がいた。

「アシカやアザラシの仲間で、アロデスムスです」

「あらっ、可愛いわねえ」

 アロデスムスのメス、カレンの姿は少し目と後ろ足の鰭が大きいアシカといったところだ。水槽が少し暗くなったくらいではおかまいなしで、全ての鰭を使い分けてひらひらと水中を舞う。

 今の鰭脚類とほとんど変わらないように見えるので、きちんと理解してもらうとしたら分類の話をしなければならない。

 水族館自体何十年ぶりの婦人には、海獣の可愛らしさを大事に味わってもらうことが優先だろう。

 順路を逆に辿っているので、始新世のものがいる水槽に向かおうとしているところに中新世のリクノカノマやランプロキクラスのレリーフが現れた。

「これはイサナケトゥスよりだいぶ前のクジラで、ドルドンといいます」

「あら、けっこう普通ねえ」

 ここでも特に大きな水槽でゆったり泳ぐドルドンのオス、ラシードの五メートルの肉体は、長く滑らかでたくましい。半円形の尾鰭まで備えて、今のイルカやクジラと大差ない。

「海で暮らすのはけっこう大変なことなので、クジラは早いうちに泳ぎがうまくなったようです」

 ただし、今のクジラだったら何もない体の途中に、下向きの棒が一対出っ張っている。後ろ脚である。

 頭は平たく、目から先は尖っていて、上顎の中央に鼻がある。額の出っ張ったハクジラとも、顎を濾過装置に変えたヒゲクジラとも異なる。

 前脚の鰭は尾鰭ほど出来上がった印象でない。浮き出た指の凹凸と、わずかに見分けられる肘がアシカの前脚を思わせる。

 ラシードの水槽には先客の姿があった。とても立派なカメラをかまえた壮年の男性である。

「こんばんはー」

「ああ、こんばんは」

 軽く挨拶を交わし、彼はすぐ撮影に戻る。

「あのかたは?」

「ドルドンのファンのかたです。よくいらっしゃるんですよ」

「そんなにすごいものなのねえ」

「クジラの歴史の中でも重要な種類ですからね」

 ラシードのファンの男性のようにそのポイントをよく理解している人ももちろんいるが、婦人に対しては細かい説明はふさわしくない。

 ラシードの水槽からさらに遡ると最後、いや最初の展示だ。

 ゆるやかなスロープ沿いに横たわるのはクジラの歴史のごく始まりを現わす、半水槽である。

 土の長い斜面の下半分が水に浸かっている。

「クジラは昔、陸を歩いていたと聞いたことはおありでしょうか?これがそのまだ歩けるクジラ、パキケトゥスです」

 水中に立った岩の間に、大型犬ほどの動物の長い胴体が潜んでいる。メスのブシュラのようだ。

 水面下では細い四肢で立っている。

 犬ではありえないほど長い頭は、ほとんど鼻筋しか水上に見えていないにも関わらず、その中に両目と小さな耳がきっちり収まっている。

「わあ、すごい寄り目」

「水の外を見張るのに便利なんです」

「あっ、ねえ、係員さん。思ったことがあるんだけれど」

「はいっ」

 なんと、婦人が自ら質問を発しようとしている。

「最初のほうにいたのは瑞浪の生き物だったでしょう?これもどこかから来たのよねえ」

 地域に注目して見始めたからこその疑問である。

「パキケトゥスはパキスタンの生き物です」

「ああ、そのパキなのねえ」

 私は順路の先、自分達の来たほうに目をやる。

「さっきのドルドンはエジプトで、アシカみたいなアロデスムスはアメリカからです」

 それを聞いて婦人も、あんぐりと口を開けながら振り向いた。

「和歌山に来たと思ったら瑞浪の生き物がいて……、今度は、世界旅行に来たみたいねえ」

 婦人はそう言って、旅行に連れ出してくれた息子さんに笑顔を見せる。

 親子は、必ずしも生き物に興味があるわけではなかった。しかし、このイサナラボで表現している海の世界のことは楽しんでくれたようだった。

 時刻は六時半前。予想外にじっくりと見たので、良い時刻になっていた。

「上の、最初に見たクジラのところに戻ってみましょう」


 入り江は西からの夕日を真っ直ぐ受け止め、空と一緒になって黄金色に染まっていた。

 紺色のさざ波が小さく立ち上がっては、その先が白く光を放つ。

 数えるほどに残った他の来館者も、もう言葉を発しない。この空間では光だけでなく潮騒にも浸るべきだとわかっているのだ。

 イサムとナナの背が金色の膜を割いて現れた。

 立ち上がった潮は、夕日を受け花木のように染まる。

 婦人の足でも閉館に間に合うぎりぎりの時間まで、私達は夕日と向き合った。

 やがて、親子は深々と礼をして、アクアサファリを後にしていった。




[クジラ]


 白亜紀末の大量絶滅により、海洋生態系において大型四肢動物の生態的地位は空白になった。そのため、新生代になって新たに海洋に進出する動物が現れた。そのうち最も本格的に海洋に適応したのがクジラである。

 分子による系統解析では、クジラに最も近縁な現生哺乳類は偶蹄類の中のカバ科である。アントラコテリウム類というグループがカバとクジラの共通祖先に最も近いと言われている。

 分岐分類学的な観点を重視する場合、クジラは偶蹄類の一部に含まれ、クジラを含む偶蹄類を鯨偶蹄類と呼ぶ。クジラを含まない偶蹄類は側系統群(ある共通の祖先を持つ系統から便宜的に一部を除いた集まり)ということになる。

 しかし化石による証拠で偶蹄類とクジラが近縁であると確かめられるのは、分子による解析より遅れていた。

 化石偶蹄類で最もクジラに近縁なのはラオエラ科という、現生のマメジカ類に似た大きさ・体形の動物であった(マメジカ類と直接の類縁関係はない)。最も詳しく分かっているのは始新世初めのインドヒウスIndohyusで、全長40cmほどの水辺の動物であった。骨の一部が重く、水中での行動を容易にしていた。こうした小型の動物が捕食者から水中に逃れ、水中で魚などを捕食するようになったことが、クジラの水生適応の始まりだったようだ。

 クジラであると認められている最も古い動物はパキケトゥス(後述)のようなパキケトゥス科のもので、すでにかなり水に依存していたが、ラオエラ科と同様淡水の水辺で暮らしていた。顎は長く歯は尖っていて、捕食性だった。この後バシロサウルス科まで、いずれも長い吻部と尖った歯を持っていた。耳骨が頭骨と分離するという、後のクジラと共通する特徴をすでに備えていた。

 ラオエラ科とパキケトゥス科のどちらも、後肢の足首を構成する骨のひとつである距骨の両端が球体関節状ではなく滑車状になっていた。足首を左右に柔軟に動かすことは難しくなるが前後に素早く動かすことができる形態で、偶蹄類に固有の特徴である。

 パキケトゥス科の後にアンブロケトゥス科のアンブロケトゥスAmbulocetusやレミングトノケトゥス科のクッチケトゥスKutchicetusなど、腰のくねりを泳ぎに利用する、より水中、さらに海への依存度が高いものが現れた。これらはしっかりした四肢を持つことから陸を歩けたと考えられていたが、前肢が取り付く胴体前部の肋骨の強度が低いことから、陸上で体重を支えることができなかったという研究結果もある。

 発掘された地層や酸素同位体の比率によると、パキケトゥス科は淡水性で、レミングトノケトゥス科から後のクジラは海水性であったようだ。アンブロケトゥス科は酸素同位体からは淡水性であったことが示唆されるが、共産化石からは海水とのつながりも見られる。

 パッケトゥス科、アンブロケトゥス科、レミングトノケトゥス科はインドやパキスタンからのみ知られるが、プロトケトゥス科のものはアフリカや北米からも発見されている。プロトケトゥス科のもののうち、例えばロドケトゥスRodhocetusはまだ後肢が大きく、主に後肢を泳ぎに用いていたが、マイアケトゥスMaiacetusは尾がより発達し、泳ぐときにかなり尾の力を用いていたようだ。マイアケトゥスの胎児を含んだ化石が発見されていて、胎児の頭は尾のほうに向いていた。これは現生クジラの多くの場合と逆に頭から産まれたことを示す。

 後期始新世のバシロサウルス科になると後肢は大幅に退化し、尾が発達していた。現生クジラのように尾の力で泳いだことが確実である。しかしバシロサウルス亜科のバシロサウルスBasilosaurusは尾が非常に長い割に尾鰭が小さかったと考えられる。尾全体のくねりによる泳ぎかただったようだ。

 ドルドン亜科のドルドン(後述)やジゴリザZygorhyzaは胴体や尾の形態が現生のクジラによく似ていて、発達した尾鰭の力で泳いでいた。ドルドン亜科のものは世界的に分布を広げつつあった。

 しかしドルドン亜科を含めバシロサウルス科のものは、鼻孔が上顎の中程にある、切歯と臼歯の形態が異なる(切歯は円錐状で頬歯は大きな鋸歯のある刃状)、前肢の上腕骨が長く肘が完全に固定されていない、後肢が完全に退化せずおそらく体の表面に突出していた、等の、現生のクジラと比べて原始的な特徴を持つ。

 漸新世に入るとこれら古いクジラはケケノドン科のみが生き残り、代わって現生のヒゲクジラやハクジラにつながるものが現れた。

 現生のクジラの系統では、鼻孔より前が伸び後方は縮む「テレスコーピング」がさらに進んだ。前肢の上腕骨が縮んで肘と手首が固定され、前肢全体が一枚の板のような鰭になった。骨盤と後肢の要素が減って体内で性器の筋肉を支える役目のみの骨になった。耳骨は頭骨から完全に分離しつつ頭骨の側面からは見えなくなった。吻部の骨は正中で分離し溝ができた。ハクジラでは全ての歯の形がほぼ同じになった。

 ヤノケトゥスLlanocetusやママロドンMammalodon、アエティオケトゥスAetiocetusといったごく初期のヒゲクジラはまだ歯を持っていた。これらの多くは全長4mほどであったがヤノケトゥスは8mほどになったようだ。現生のカニクイアザラシのように、粗い鋸歯のある歯を小さな餌を濾し取るのに使ったのではないかとも言われていたが、その割には歯と歯の間の隙間が広く、むしろ歯によって餌を捕える補助として、口の中の粘膜から変化したクジラヒゲを得たと思われる。

 中新世になると現生の科に属するものを含め歯のないヒゲクジラが多様化した。吻部が薄く大きくなり、鼻孔がやや後方に移動して、現生のナガスクジラ科とよく似た形態になりつつあった。摂餌方法もナガスクジラ科と同様、獲物を開いた口の正面から吸い込んで側面のヒゲで濾し取る方法だったようだ。

 歯のないヒゲクジラのうち現生の科に属しないものはケトテリウム科というグループに放り込まれていたため、分類が錯綜している。イサナケトゥス(後述)、チチブクジラDiorocetus chichibuensis、ミズホクジラHerpetocetus sendaicusなど国内でも多数発見されている。フォッサマグナが結合する前の、多島海だった日本周辺に多く生息していたようだ。こうしたヒゲクジラの化石は、前期中新世には全長4~5mとされるものが多かったが、次第に大型化した。ヤマオカクジラParietobalaena yamaokaiの成体は15m前後に成長したともいわれる。

 ケトテリウム科とされていたもののうちエオミスティケトゥス科は独立した科としてまとめられている。エオミスティケトゥスEomysticetusは非常に長い吻部が特徴で、頭骨の長さは160cm、全長は8mほどに達した。

 現生のヒゲクジラ各科(ナガスクジラ科、セミクジラ科、コセミクジラ科、コククジラ科)に属するものはコセミクジラ科以外大型化した。ナガスクジラ科のものは口を開閉するのに水の抵抗と靭帯の力を利用することで必要な筋力を減らして摂餌の効率を高め、ナガスクジラ科以外のものは独自の摂餌方法を獲得した。

 一方、ゼノロフスXenorophusやアルカエオデルフィスArchaeodelphisのような、切歯と臼歯がほぼ同じ形で、頭部にメロンと呼ばれる脂肪の塊を持つハクジラも、漸新世にはすでに多様化して、現生のグループにつながるものが順次現れていった。

 現生のハクジラで最も基盤的なものはマッコウクジラの系統である。シガマッコウクジラBrygmophyseter shigensisやリヴィアタンLivyatanなど大型の獲物を捕食したらしきものもいた。

 ガンジスカワイルカ上科は前期中新世にはハクジラの中でも特に多様化していた。スクアロドンSqualodonやワイパティアWaipatiaなど現生のイルカに似た形態だったようだ。

 次いでアカボウクジラ科が現れたようだが、あまり保存状態の良い化石が揃っていない。

 ユーリノデルフィス科は後期漸新世から中期中新世に特有のグループで、ユーリノデルフィスEurhinodelphisは吻部、特に上顎がカジキのように非常に長く伸びたイルカだった。瑞浪層群からも発見されている。

 ヨウスコウカワイルカ上科、ラプラタカワイルカ上科、アマゾンカワイルカ上科は後期中新世から鮮新世には繁栄していたようだ。アワイルカAwadelphisやパラポントポリアParapontoporiaなど吻部のとても細長いイルカが多かった。

 マイルカ上科は最も後に現れた系統である。特に基盤的な中期中新世のケントリオドンKentriodonの時点で現生のマイルカ科のイルカによく似ていたが、ケントリオドン科から左右非対称の特異な頭部を持つオドベノケトプスOdobenocetopsを含むイッカクの系統や、ヌマタネズミイルカNumataphocoenaなどのネズミイルカの系統、そしてマイルカ科が派生した。


[イサナケトゥス・ラティケファルス Isanacetus laticephalus]

学名の意味:幅広い頭を持った、勇魚(いさな)と呼ぶにふさわしいクジラ

時代と地域:前期中新世(約1700万年前)の北太平洋西側沿岸(三重県、岐阜県)

成体の全長:不明(亜成体の全長は4~5m)

分類:北方獣類 鯨偶蹄目 鯨河馬亜目 ヒゲクジラ下目 "イサナセタスグループ"

 イサナケトゥス(イサナセタス)は、三重県の阿波層群平松層と岐阜県の瑞浪層群山野内(やまのうち)部層で発見されたヒゲクジラである。現生のナガスクジラ科とよく似た姿をしていたと考えられるが、発見されている化石はいずれもごく小型である。

 ラティケファルス種が報告されたのは2002年で、2016年・2017年に発見された瑞浪のヒゲクジラは同属の別種とされる。

 ラティケファルス種は頭骨を中心に、5個の脊椎、下顎と肋骨の断片が発見されている。

 平松層から発見された頭骨は長さが1mほどで、全長は4~5mだったと推定される。ただし、この頭骨には耳を構成する耳周骨と鼓骨の縫合線が完全に癒合していないという、成熟していないヒゲクジラの特徴が見られる。

 かつてケトテリウム科に分類されていたような、現生のヒゲクジラの科に属さないヒゲクジラだが、ケトテリウムと異なり前頭頂骨と吻部の境界が直線的である。ケトテリウムではこの境界がV字形をしている。イサナケトゥスと同じ特徴を持ちながらケトテリウム科に分類されていたヒゲクジラを"イサナセタスグループ"と呼ぶことがある。

 後頭部の側面にある鱗状骨の後関節突起が下に張り出すのが、イサナケトゥスの独自の特徴である。

 鼻孔は眼窩の少し前方に位置していた。テレスコーピングが進んでいたといえるが、現生のヒゲクジラほどではなかった。

 吻部が比較的幅広かった。上顎の内側は現生のヒゲクジラと同様、浅いm字型の面を形成し、深い溝が放射状に走っていた。この溝はクジラヒゲに栄養を与える血管が収まる溝であり、現生ヒゲクジラ同様にクジラヒゲが発達していたことが分かる。

 中新世には東海地方の南側から海が湾状に入り込んで、海岸線の位置が時代により前後した。1700万年前には海が大きく進出して瑞浪に達し、瑞浪は水深30mほどの海となっていた。イサナケトゥスはこの湾に生息していた。

 この湾が前後の時代と同様温暖な気候であったか、デスモスチルスやエゾイガイのような北方系の動物の化石が示すとおりやや冷涼な気候であったかははっきりしていない。瑞浪近辺はエゾイガイの殻が合わさったまま密集した化石が示すとおり、エゾイガイが付着するような流木など浮遊物の多い海だったようだ。

 なお、2016年・2017年に発見された同属別種の化石は、椎骨と肋骨を含むものと、吻部の一部、頭蓋、下顎、椎骨、肩甲骨、上腕骨を含むものの2体であった。前者は未成熟個体であると考えられる。後者はさらに非常に若い個体であるものの、すでに平松層のラティケファルス種の頭骨に近い大きさだった。


「ビカリア・ヨコヤマイ(ヨコヤマビカリア) Vicarya yokoyamai」

学名の意味:ヴィカリー氏と横山又次郎博士のもの(ヴィカリーなる人物の詳細は不明)

時代と地域:前期中新世(約2000~1500万年前)の北太平洋西側沿岸(日本各地)

成体の殻高:10cm弱

分類:軟体動物門 腹足綱 吸腔目 キバウミニナ科(フトヘナタリ科)

 ヨコヤマビカリアは、日本各地の中新世の地層から発掘されている比較的大型の巻貝である。

 全体は円錐形で、殻の高さが最も太い部分の4倍ほどある。巻きに沿って殻の表面に深い溝が数本走り、太く短い棘が並んでいる。円錐部分は丸みを帯びて終わり、丸い殻口がくっきりと目立つ。

 貝殻は化石に残りやすいものの、他の生き物の化石同様、通常は生前の色が失われる。しかしビカリアの中には色や模様が残ったもの、紫外線を照射すると模様が浮かび上がるものがある。こうしたものから、ヨコヤマビカリアの殻は生前赤褐色をしていて、殻の巻きに沿った黒い縞があったと考えられている。

 現生のキバウミニナやフトヘナタリといった、マングローブ林の浅瀬に生息する巻貝にごく近縁である。ビカリアの化石が発見された各地の地層も中新世の当時はマングローブの浅瀬で、ビカリアは現生の近縁種と同様、落ち葉をかじり取ったり有機物をなめて暮らしていたと考えられている。

 ビカリアの殻の内側に珪酸鉱物が充填し、殻そのものは溶解して失われ、珪酸鉱物だけ残ることがある。これは殻の内側の空間と同じ螺旋形をしていて、多くは白い色をしているが、中には赤みがかったものもある。これらは古くから「月のおさがり」「日のおさがり」と呼ばれ、月の神や太陽の神の大便に見立てられ珍重された。瑞浪層群のうちビカリアの発掘される月吉層という地層の名は、月のおさがりが見付かったことから月の神の休んだ土地として付けられた月吉という地名にちなむ。


[デスモスチルス・ジャポニクス Desmostylus japonicus]

学名の意味:日本の束ねた柱

時代と地域:前期中新世(約1700万年前)の北太平洋西側沿岸(日本の島根県以北、サハリン)

成体の全長:2~3m

分類:アフリカ獣類 束柱目 デスモスチルス科

 束柱類は円柱を束ねたような形の臼歯を基に名付けられた、現在は絶滅している水生もしくは半水生の大型哺乳類である。デスモスチルスは束柱類を代表する属とされるが、束柱類の中で最も後に現れた。

 カバに近い大きさがあり、胴体と四肢の骨格も一見カバに似ていたが、四肢の関節を中心に難解な特徴が多く、比較すべき他の動物もいないため、長い間復元像が定まっていなかった。

 80年代以降、他の動物に似せるアプローチではなく筋肉の付き方や関節の可動範囲などを検討するアプローチにより姿勢が推定されるようになってきている。

 現在主流となっている復元像は二通りである。

 「犬塚復元」では、前肢をワニのように左右に這いつくばらせ、波打ち際で波に倒されないよう踏ん張って暮らしていたと考える。

 「甲能(こうの)復元」では、前肢を水かきとして真下に伸ばし、もっぱら遊泳していたと考える。

 いずれの復元像でも、後肢はカエルのように左右に引き縮めるようになっている。

 以前はカバのように陸上を歩くとされていたが、復元像の確立とともに水生傾向が強かったとみられるようになり、さらに近年の検討では遊泳性の動物のような密度の低い骨や強度の低い肋骨を持っていたことが分かったため、ほとんど陸に上がらなかったとも言われるようになってきている。

 胴体の骨は密度が低かったが顎の骨は密度が高く、セイウチのように頭を下にして潜水するのに適していたとも言われる。

 頭部はカバのような大きなものではなく、鰭脚類のような流線型だった。眼窩や鼻孔が上寄りであることも水生傾向を示している。しかし吻部の先端は平たく、牙は前を向いていた。デスモスチルスは吻部の幅が狭く、近縁のパレオパラドキシアは吻部の幅が広かった。口先にはセイウチと同じような感覚毛があったとされる。

 前述のとおり円柱を束ねたような形の臼歯があり、近縁のゾウやジュゴンと同じく、下からではなく後ろから新しい歯が生えてきた。この臼歯の用途も長らく不明で、何を食べていたのか分からなかった。顕微鏡による微細な傷の観察が行われた結果でもあまり食性が絞り込まれず、少なくとも固いものを噛み割っていたのではなかった。

 臼歯と筋肉の向きや位置の検討が行われた結果、食物をすりつぶすことよりただ単に噛みしめることに向いていたことが分かった。噛みしめると顎がしっかり固定され、口先には隙間ができ、食物を吸い込むことが容易になる。また同位体を用いた分析の結果、デスモスチルスは汽水で得られるものを食べていたことが分かった。

 以上のことにより、デスモスチルスは汽水の水底に向かって潜り、砂の中にいる無脊椎動物を吸い込んで食べていたのではないかと言われている。

 束柱類は北太平洋沿岸で化石が発見されている。デスモスチルスの頭骨は瑞浪層群で、全身骨格はサハリンで初めて発見されている。また北海道を中心に日本各地から束柱類の化石が発見されていて、これにより日本は戦前から束柱類の研究が進んでいる。

 中新世は全体的には温暖な時期で、瑞浪層群でいえばほぼ亜熱帯の気候であったが、デスモスチルスが発掘された層が堆積した時期には北からの海流が流れ込んで温帯気候となっていたともいわれる。デスモスチルス属は主に北太平洋の北部に生息していて、岐阜県へは海流の南下に乗じて北から分布を広げてきたようだ。


[アロデスムス・ケロッギ Allodesmus kelloggi]

学名の意味:レミントン・ケロッグ氏の異なった類縁

時代と地域:中新世中期(約1500万年~1000万年前)の北太平洋沿岸(日本、北米)

成体の全長:2~3m

分類:北方獣類 食肉目 イヌ亜目 鰭脚下目 デスマトフォカ科

 アシカ、アザラシ、セイウチの仲間はまとめて鰭脚類と呼ばれ、イヌ、ネコ、クマなどと同じ食肉類に含まれる。このグループには上記の3つ以外にもう一つデスマトフォカ科という、アザラシに近縁で絶滅したグループがある。アロデスムスは代表的なデスマトフォカ類の一つであり、トドと同等の大きさになる大型の鰭脚類だった。

 同じ鰭脚類でもアシカとアザラシでは泳ぎ方が異なり、アシカはペンギンのように翼状の前肢を羽ばたかせて進むのに対して、アザラシは魚の尾鰭に似た後肢を交互に振って進む。しかしアロデスムスはアシカに似た前肢とアザラシに似た後肢を兼ね備えていて、おそらく二つの泳ぎ方を使い分けていた。

 頭部は平たかった。また臼歯は比較的大きく、どれもやや後ろにカーブした単純な円錐形をしていた。どちらかというと大きめの魚やイカを食べるのに適した形状だが、現在の多くの鰭脚類がそうであるように、状況によって最も手に入りやすいものを中心に食べていたと思われる。眼窩は大きく、深く潜っても視覚で餌を探すことができたと考えられる。

 オスがメスより大柄であるという、はっきりとした性的二型が確認されている。例えば恐竜などの場合化石から性別を判断するのは難しいとされるのとは対照的である。アシカ類やゾウアザラシのように、繁殖期には多数のメスが群れをなし、一頭のオスが自分のテリトリー内のメス全員を繁殖相手とするハレムを形成したのではないかと言われる。また、その場合は繁殖期でないときには長距離の回遊を行って栄養の摂取に専念しただろう。

 鼻孔が吻部の上面に大きく開いていることも性的二型と関連付けられて、オスはゾウアザラシのように大きく柔軟な鼻を持っていたとする復元が多い。

 デスマトフォカ類が生息していた中新世中期にはまだいわゆる「氷河期」は訪れておらず、温暖な気候だった。それ以降に寒冷化が起こったことにより、デスマトフォカ類は餌生物や上陸可能な陸地の確保、体温調節に大きな影響を受けて絶滅したようだ。現在もキタオットセイなどは海水温や流氷の広がる範囲などの年ごとの変化に大きな影響を受けながら生活している。


[ドルドン・アトロックス Dorudon atrox]

学名の意味:獰猛な槍の歯

時代と地域:後期始新世(約4000~3100万年前)のエジプト

成体の全長:5.5m

分類:北方獣類 鯨偶蹄目 鯨河馬亜目 ムカシクジラ下目 バシロサウルス科 ドルドン亜科

 ドルドンは、始新世のテチス海と呼ばれる海に生息していたクジラである。ドルドン亜科に関する前述の特徴のとおり、全体的には現生のクジラによく似た体形をしていたが、原始的な特徴を数多く備えていた。

 吻部は鼻孔から前が細く、鼻孔の位置から後頭部にかけて幅が広がっていった。口を閉じるための筋肉が取り付く矢状稜はよく発達していた。眼窩は最も幅広い区間にあった。吻部の細い区間には円錐状の歯が生え、後半には大きな鋸歯のついた刃状の歯が生えていた。

 脳は大きくなく、メロンが収まるくぼみはなかった。

 下顎の後方内側には大きな穴が開き、下顎内部の空洞に通じていた。これは現生のクジラにも共通する特徴で、下顎で受けた音の振動を脂肪体を通じて中耳に伝えるという、現生のクジラと同じ聴覚の仕組みが完成していたと考えられる。しかし外耳道はふさがっていなかったようだ。

 頸椎はかなり短縮して、頭部に加わる大きな水の抵抗を受け止め、また頭部が大きく向きを変えて泳ぐ方向がぶれるのを防ぐようになりつつあったが、個々の頸椎は癒合していなかった。

 現生のクジラと異なり上腕骨は前腕の骨と同じくらいの長さで、指はあまり長くなっておらず、肘がはっきりしていた。前肢の各骨要素は平たく、どちらかというと鰭脚類のものに似ていた。

 脊椎の棘突起はかなり発達していた。尾を動かす筋肉は太かったようだ。尾鰭も大きかったと考えられる。

 骨盤や後肢はごく小さかったが各要素がよく残っていた。交尾の際に相手を固定するのに用いられたのではないかとも言われる。

 ドルドンの生息していたテチス海は、三畳紀にはCの字形をした超大陸パンゲアの内側全体に広がっていたが、大陸移動とともに変形し、始新世には後の地中海とあまり変わらなくなっていた。

 ドルドン自身も活発な捕食者だと考えられるが、より大きなクジラの歯型が残った化石も知られている。歯型の間隔から、当時特に大型であったバシロサウルスによるものだと考えられている。


[パキケトゥス・アトッキ Pakicetus attocki]

学名の意味:パキスタンのアトック盆地のクジラ

時代と地域:前期始新世(約5000万年前)のパキスタン

成体の全長:約1.5m

分類:北方獣類 鯨偶蹄目 鯨河馬亜目 ムカシクジラ下目 パキケトゥス科

 パキケトゥスは、発見されている中で最も基盤的とされるクジラである。全体的には、頭がとても長いことを除くとイヌ科の肉食獣のような姿をしていた。

 胴体もやや細長いが頭部の長さは胴体の長さの6割ほどにも達した。

 頭骨全体がくさび形をしていて、歯は哺乳類らしく3つの形に分かれていたがどれも尖っていた。後頭部と顎が発達し、顎の力は強かったようだ。

 眼窩が非常に上寄りになっていて、頭部上面のごく狭い幅に左右の眼窩が並んでいた。鼻孔は吻部先端の上面にあった。

 四肢はやや細く短いものの陸上哺乳類とあまり変わらなく見えた。しかし四肢の骨の骨膜(骨髄の空洞を取り巻く壁)は厚く、重くなっていた。これは陸上で四肢を速く振って走るより、水中で体を安定させるのに適した構造である。手足の指はあまり長くなっておらず、水かきがあったとしても大きくはなかったようだ。前述のとおり後肢の距骨には二重滑車構造が見られる。

 テチス海近辺の淡水の水辺で暮らし、敵から逃げる際や餌を探すときに水中に潜ったようだ。

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