#05 何度目かの目覚め

「……どうして、だろう……」

 意識を取り戻す。そしてわたしは、また自分のベッドで横になっていることに気付かされる。何度も見てきた光景、もはや懐かしささえ覚えてしまう、網膜に焼き付いた風景。

 無意識のうちに手に取った時計が表していた日付は、九月の二十日、だった。

「時刻も同じ……六時半のまま、かぁ……」

 時計を持ったままガクンと肩を落として、ぽふっ、と布団が音を立てる。

 自分のしたことを整理してみる。遊園地へ行けば巻き戻らない、そう考えてミッドナイトファンタジーパークまで出かけて、それからループを脱出するための方法を探した。ゴーストハウスに入ったあと、気分が悪くなったふりをして外へ出ればいいんだって思いついて、透くんを呼び止めて「いっしょに出よう」ってお願いした。

 そうしたら、また朝に戻っちゃった。

「遊園地に行っても、まだダメなんて……どうすればいいんだろ……」

 わたしは途方に暮れる。デートをキャンセルしてもダメ、別の場所へ出かけようとしてもだめ、遊園地から「いつも」より早く出ようとしてもダメ。まるで何かものすごく強い意志が働いて、意地でもあの事故に巻き込ませようとしているみたいだった。

 まるで、逃れる手段なんか無いんだって、わたしに突き付けるように。

(……ううん、諦めない。わたし、絶対諦めない)

(絶対に、この繰り返しを終わらせなきゃ)

 落ち込みそうになった気持ちを、全力で奮い立たせる。こんなところで諦めちゃいけない、まだ諦めるには早すぎる。心の中で何度も呟くと、もう一度前へ進もうという気持ちがよみがえってきた。自然と背筋が伸びる。手に力がこもる。

「何度も繰り返すなら、その分、何回も挑戦するだけ」

「どんなことをしてでも、必ず透くんといっしょに『今日』を終えてみせる」

「必ず……必ずだから!」

 こうなったら、やれることを徹底的にやるしかない。どうせ、何度でもやり直せるんだ。

 わたしは覚悟を決めて、このループで何をするかを考え始めた。

 

 それからわたしは、いろんなことを試してみた。思いついたことは、何だってやってみた。

「あのね、透くん。最後って言ったけど、わたし最後の最後にもう一回、コーヒーカップに乗ってみたいな」

 いつもなら観覧車に乗っておしまいにするところを、わがままを言ってさらにコーヒーカップに乗ろうとしてみたり。こうやって帰る時間をずらせば、車と出会わずに済むと思ったから。

 でも、これはダメだった。透くんから答えを聞く前に、朝まで逆戻りしちゃった。

「透くん、反対側歩こうよ。こっちは……向こうと違って車が少ないから、簡単に渡れるし」

 横断歩道を渡っている間に事故に遭うと分かっていたから、それより前に反対側の歩道へ渡っておけばいいんだ。わたしはそんな風に考えて、遊園地を出てすぐの横断歩道を使おうって透くんに言ってみた。

 だけど、横断歩道を渡る前に視界が灰色に染まって、やり直しになって。

「……車っ! 透くん、危ないっ!!」

 一日の内容を何も変えなくて、最後の最後で「事故に遭う」ってところだけを変えようとしてみたこともある。いつ車が突っ込んでくるかは嫌になるくらいよく分かってたから、予め心の準備しておいて、透くんといっしょに間一髪で車を避けた。もうこれしかない、わたしはそう確信してた。

 なのに――また、気がついたら布団の上で眠っていて、失敗したんだって思い知らされて。

「あのね、透くん。真面目な話だよ。わたしたちこの後事故に遭って、大怪我をしちゃうの。だから……」

 何十回目かのループでもうたまらなくなって、透くんにこれから起こることを洗いざらい全部話した。もしかしたら透くんにも未来が分かれば、何かが変わるかも知れない。そんな期待をしていた。

 それでも、やっぱり……結果は同じで、変わらなかった。

 何をしても、どんな手を打っても、待っているのはいつも、九月二十日の六時半――だった。

 

 何度目の朝だろう。

 わたしはいつもと同じように布団の上で朝を迎えて、何の気なしに時計を手に取る。手にした時計が指し示すのは、九月二十日の六時半。どれだけ日々を重ねても、わたしにやってくるのはこの日だけ。

「もう……ダメ、なのかな……」

 無気力になるっていうのは、きっと今わたしが感じているような気持ちを抱くってことに違いないと思う。何もする気が起きなくて、ただ時間の流れに身を委ねるしかない。同じ日をずっと繰り返し続ける、歪みに歪んだ時間の流れ。どうすることもできずにいるせいで、何もかもが無意味にさえ思えてくる。

 どうすればいいのかが思いつかなくなって、もうかれこれ三十回くらい、最初とまったく同じループを繰り返してる。することも話すことも、何もかも最初と同じ。そんなことをしてても意味なんかないって、頭では嫌になるくらい分かっていたけど、でも、もうどうしようもなかった。

(このままずっと、終わらない今日を続けるのだって、悪くないんじゃないかな)

 いつの間にか、わたしはそんな風に考えるようにさえなっていた。

 朝早くから透くんといっしょにミッドナイトファンタジーパークへおでかけして、一日中楽しく遊んで、それから――また、朝に戻る。違う日は来ないかも知れないけど、透くんと二人で楽しい時間を過ごせるのは間違いない。代わり映えもしない、けれど終わることだってない。大好きな透くんと、永遠にデートを繰り返す。

 思ったよりも悪くないんじゃないかって、わたしは思い始めていて。

「今日も行かなきゃ」

 今日もまた、以前の今日と同じデートをするために、ゆっくり体を起こす。

 行かなきゃいけない。透くんが待ってるから。

 

 楽しい時間は瞬く間に過ぎていって、今日もまた、観覧車に乗る時間になった。

「ねえ、透くん。最後に……」

「――観覧車。そうだよね?」

 観覧車に乗りたいな。わたしがそう言い終わる前に、透くんが先に、観覧車という言葉を口にする。このやりとりも、もう何度繰り返したか分からない。

「えっ? どうして……」

「神戸さんが見ている先を追えば、答えは自ずと見えてくるよ」

「……うん。そうだよ、透くん。ホントにその通り。最後にね、ふたりでいっしょに、観覧車……乗りたいな」

 いつものようにわたしがそうおねだりすると、透くんもまた、いつものようにやわらかな笑顔を浮かべて、僕も最後に乗りたかったんだ、と言ってくれる。手をつなぎ直して、遠くに見える観覧車の乗り場に向かって、一歩ずつ歩いてゆく。

 買ったチケットを慣れた手つきでスタッフの人に手渡して、ごうんごうんと音を立てつつ定刻通りに回ってきた一台の観覧車に、透くんに先導される形で乗り込む。行ってらっしゃいませ、すっかり見慣れた笑顔で手を振るスタッフさんに見送られながら、観覧車は少しずつ、上昇をはじめる。わたしと透くんは、今までと同じように、ひとつの座席に隣り合って座った。

「本当は向かい合って座るのを想定してるみたいだけど、ここ、ちょっと幅があるからね」

「うん。となり同士で座れば、透くんと同じ風景を見られるしね」

 このやり取りも、またいつもと同じ。きっと、九十回くらいは繰り返している。もっとたくさんかも知れない。

 初めて二人で観覧車に乗った時に感じた嬉しさ。今のわたしは、それを素直に受け止めることができずにいる。この後に、同じことがまた起きると分かっているから。明日も、明後日も、明々後日も、一週間後も、一ヶ月後も、一年後も――

 あるいは――何百年後も。

(たぶん、これで……九十九回目、くらいかな)

 すっかり見慣れた外の景色を見つめながら、今までループした回数を数え直して、今回がちょうど九十九回目になることに気がついた。明日になれば、めでたく百回目になる。他にこの世界のことを知っている人はいない、わたしだけが、輪の中をぐるぐる回っていることを認識している。いつまでも、いつまでも、わたしはこのサイクルを繰り返す。

 それこそ――今乗っている、この観覧車のように。

「綺麗な景色だね。本当に、すごく綺麗だ」

「最後にこれを見られて、僕は心からよかったと思うよ」

 隣から聞こえてきた透くんの声で、わたしは意識を現実に引き戻される。

 それは何度も聞いたはずの台詞。繰り返し繰り返し耳にしてきた、透くんの言葉。

 だけど――どうしてだろう。この時だけは、普段とは何かが違っているような気がした。透くんが変わったのだろうか、でもそんな風には見えない。だとすると、言葉を聞いている側のわたしに、何か変化があったのだろうか。

(透くん……)

 知らず知らずのうちに、瞼から涙が溢れてくる。涙を流すのはいつものこと、このタイミングで、わたしは透くんを見ながら泣くと知っている。だから、これもサイクルの中の出来事の一つ――頭ではそう考えていても、実際の心境は、これとは全然違っていて。

 透くんの言葉を聞いた瞬間から、あるひとつの可能性が、頭に浮かんできていて。

「泣かないで、神戸さん。神戸さんが泣いてると、僕は君の手を離せない」

「涙はとっておいてよ。これからの、たくさんの素敵なことのために」

 続きが聞こえてきたとき、わたしの抱いた可能性は、一気に確信に変わっていった。

(泣かないで……)

(これからの、たくさんの素敵なことのために……)

 透くんは――もしかして、もう……。

 ――そして。

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