53
「気に食わないわね」
「は?」
鈴風の言葉に紀一は頓狂な声を上げた。
新聞部は警察からの事情聴取を終えた後、一日置いて集まっていた。彼女等は部室が使用が出来なくなっていた為に、近場のファミレスに行き全員で話している。初めは高校で起きた出来事について、次に芹沢が何故殺されたのか――速水健司の仕業なのかについて、そして一通り食事と話を終えたところで、鈴風が言った。
「気に食わない、って言ったのよ楢沢君」
「いやいや、脈絡無さ過ぎて前後の会話が繋がりませんって。いきなり何について話してるんですか」
警察の態度だろう――と汀が眼鏡のテンプルを触りながら言う。
「明らかに怪訝しかったからな。高校で殺人事件が起きて、そこに
「そりゃあ、アレじゃないですか。部長と副部長は、変な言い方ですけど常日頃から警察のお世話になってますし。殆ど顔見知りの相手で、しかも特に部長を知っている人間からすると、とてもじゃないですが容疑者候補にする気にはなりませんよ」
「そーいう事じゃないのよ。幾ら何でも話さな過ぎるのよ。当たり前だけどアタシ達五人を第一容疑者として疑うには馬鹿らしいし、かと言って適当に聴取を済ませる事は無いわ。だって第一発見者なのよ? それを少し阿呆らしい確認をこっちと先生達に取っただけで終わらせるとか――気に食わないのよ」
「……部長の扱いが面倒臭かっただけじゃ」
「え? 何か言った?」
「いいえー何もー」
紀一が茶化したところで、つまるところ、と誡が話を継いだ。
「警察は殺人事件が起きた割には、ぼく達が犯人じゃないとはっきりと判っている節があったって事だよ、楢沢君」
「あ、当たり前ですよっ!」
誡の言葉に割り込む様に雪華が息巻く。
「皆さんが殺人なんかする訳、な、無いじゃないですか! 寧ろこの街の事件について、本気で調べているんですよっ? あ、あの〝四肢狩人〟の事だって、普通の人よりずっと深く知ってるぐらいなんですからっ」
あぁー、と鈴風が声を上げてテーブルに突っ伏す。
「そうよねぇ……。自殺事件に芹沢の事もそうだし、何よりも一番デカいのは〝四肢狩人〟なのよねー。どれもこれも山積みの行き詰まりだわ……」
「ここ一週間は〝四肢狩人〟は全く動かなかったしな」
「そうですね。長谷先輩のこの前情報くれた人はどうなんです?」
「あぁ、ぼくも気になって訊いたんだけど……残念ながら」
全く何も、と肩を竦めた。困った様な表情でそう言う誡の顔を見つめて、雪華がぽつりと訊く。
「……長谷君、何かあったの?」
「――え?」
その質問に驚いた様に誡は瞠目する。
「いや――いや、別に何も無いよ?」
少し言葉に詰まりながら取り繕う様に彼は笑顔を作った。それを訝しむ様に不安げに受け取った雪華は、伏目がちに言う。
「……それなら、いいんだけど」
雪華が誡の事を好きである事を知っている他の面子は、普段から誡の事をよく見ている彼女の問いが、直感的とは言え誡の『何か』を突いたのが判ってしまった。常に落ち着き払っている誡の態度が妙にそわそわし出し、雪華が悩みを打ち明けてもらえずにしゅんとしてしまい、その場にいやに重苦しい空気が流れる。
自分が気まずい雰囲気を作り出してしまった事に気付いた誡が、沈黙を破って言った。
「あぁ……うん。有り難う鮎河さん。でも、ぼくは大丈夫だから」
変に強調した誡の言葉に、全員が言外に気を取り直そうとして、思わず笑い出した。笑いの中で雪華が申し訳無さそうに呟く。
「うぅ……何か済みません皆さん、いつもいつも……」
「いや、気にするな鮎河。お前はただ長谷の事を想って言っただけだからな」
「そうだよ鮎河さん。どっちかって言うと今のは空気を悪くしちゃったのはぼくだしね」
苦笑しながら言う誡に紀一が道化て言った。
「いやー、長谷先輩はいつも何処か超然としてるから、何か急に人間らしくしょげたところを見せられるとビビりますからねー」
「あれ、何それ。ぼくが不思議ちゃんみたいじゃないか」
「どっちかって言うと不思議さんですよ。そのいっつも持ち歩いてる鞄とか、不思議を通り越してミステリですしね」
「そんな事よりもうアユちゃんが可愛すぎてアタシは死ぬー! 何故だー! 何故アユちゃんはこんなにも守ってあげたくなるんだー?!」
「ごめん楢沢君。ぼくは部長の頭の中が一番不思議ちゃんだと思う」
「あー……異論無いです」
「ふふっ、当たり前よ。年下に先輩であるアタシの頭脳が理解出来るものですか!」
「何どや顔してるんですか」
「馬鹿にしてるんですよ」
「あれ!? 尊敬されてない?!」
はぁ、とその遣り取りを見て汀が深く溜息を吐く。
「本当に日常生活ではお前は駄目だな。ジャーナリストとしては尊敬されている癖に……人格的にアレだな」
「でも、わたしは好きですよ、乙野部長のそういうところ。何というか……和みます」
「…………」
雪華が純粋にそう思っているので、汀は複雑そうな面持ちで彼女の頭を撫でた。
「お前は本当にいい娘だな……」
「え? え? え?」
お父さんの心境である。
しかし、言い得て妙ではあった。『新聞部』という共同体は、奇妙な家族関係にも似ていて、だが友人関係でもあり『仲間』という表現では合わない――『身内』と呼ぶのが彼女達を一番納得させられる言葉だろう。
だが、そこには殺人鬼が居る事を誰も知らない。
確かに崩れて
然して機は熟す。
「あ、電話だ」
そう言って誡は自分の携帯電話を取り出し、着信を確認する。そして少し怪訝そうにその着信者の名を見た。
「誰からです、先輩?」
「――暁さんだ」
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