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五月二十七日


「……速水が死んだぞ」


 俺は、怒りで歯噛みして事務所のソファに座る黒木の前に立っていた。


「そうだな」

「俺は、お前が〝四肢狩人〟の正体を突き止めたから……、お前がこの事件を解決する為に動かなかったから……、だから何もしなかった」

「そうだな」

「それで、その結果として速水は死んだ……殺された」

「そうだな」

「何で! 何でだ!? 何で言わなかった、お前なら速水が殺される事は解っていたんだろ?! どうしてそれを黙っていた――!!」


 力任せに一枚の記事を俺は机に叩き付けた。それは今朝の朝刊で、大きな見出しで『中学生廃墟で殺害』と書かれている。詳細な事を調べるまでもなく被害者は速水の事で、殺したのはあの時高校に居た人間以外には考えられない。


 黒木は普段と何ら変わらない表情で言う。


「芹沢を殺した後、速水は行方知れずになっていた。お前が遇った三白眼側の人間から情報を仕入れたが、取り逃がした理由は速水が〝四肢狩人〟に匿われていたからだそうだ。そして〝四肢狩人〟は挑発的に自分達の居場所を教えて誘ってきたらしい――安易な誘いだが、効果的だな」

「なら余計にさっさとそこに行けば良かっただろうが!」

「速水健司は相手を〝四肢狩人〟と知らず匿われていた。そして速水健司は媒介者ベクターとして取り返しの付かない一線をあっさりと越え、全く無自覚に居た少年だ。殺人という罪を犯して、自分を追う者からも〝四肢狩人〟からも狙われているという発想を欠片ばかりも持っていなかった。だから殺されただけだ。最早、

「――――っ!」


 我を忘れて殴り掛かった。もう我慢の限界だった。


、夜鳥?」


 ぴたり、とその言葉で腕を殴る直前で止める。


「……俺、なら。俺なら、助けられた筈だ。〝生命の躍動エラン・ヴイタール〟でなら、きっと止められ……た」

「嘘だな。お前は何も変わっていない。四年前と何も変わっていない。あの時から、初めてお前と会った時から俺は言い続けている筈だ――


 解っているだろう、と黒木は続ける。


「それでどうして人を助けられる。徒でさえ速水健司は危険だったというのに、銃を持って興奮している相手に銃で応戦するのか? それならば射殺以外の道は無い。力で止めるだけではどうにもならない、言葉で止めるだけではどうにもならない輩を、お前は未練という矛盾理由パラドツクスを持つ虚有という形で嫌というほど見てきただろう」

「だが、方法が全く無い訳じゃ」

「その期に及んでお前は何度失敗を繰り返した?」

「信じて、信じる事の何が悪いんだ……!」

「夢想に過ぎないと言っている。今のお前を見てみろ、速水健司はそうやってお前の様に自分は正しいと頑なに逃げ続けただろうな」


 悉くが反論される。全て言い返せない。追い詰められていく。結局は俺の意見は俺に根差しているモノにしか過ぎないと、他人を想っている訳じゃないと――解っている!!


 だがそれでも、自分を変える事は出来ない、これだけは譲れない。俺は……間違っていると判っていても、それを認められない。


 黒木は片目を細めた。


「己を信じる前に己を見据えろ」

「……お前は、そうやって〝四肢狩人〟も殺すのか?」


 勘違いするな――黒木は懐中時計を取り出して時間を見る。


「既に一連の事件で九人もの人間が死んでいる。人が死ぬのはこれで終わりだ。速水が死んだ事で全てを終わらせる事が出来る様になった。不本意だが〝四肢狩人〟を終わらせるには、『速水健司の死』は十分条件で、この事件に絡んでいる背景はお前が思っているよりもずっと複雑だ。その為に『速水健司の殺害』は必要条件だったんだ」

「どっちにしろ、速水は死ぬ運命だったっていうのか?」

「事態の収束に文学的表現を用いるのは好きではないが、そうだ、とは言っておこう」


 だから、黒木は速水を放置していた。いや、全てを黒木のせいにするのは言い訳だ。俺のせいだ。俺が何もしなかったから速水は死んだ。その事に俺は何も言う資格は無い。ただ俺は誰かに八つ当たりしたかっただけで、事実をまっすぐに見る事が出来なかった。

 もう速水が死んだ事をどうにかする事は出来ない。黒木はそれでこの事件を終わらせる事が出来ると言っているからには、この探偵がからには確かな事なんだろう。


 だったら俺は、終わらせられるなら終わらせたい。簡単に人が死んでいく巫山戯た出来事を――


「……判った、判ったよ。だが、一つだけ約束してくれ黒木。お前は、〝四肢狩人〟を――長谷を『解体』するつもりなんだろう? だったら、俺にもそれをやらせてくれ」


 黒木はただ無言で俺を見つめる。

 俺も、ただ無言で見つめ返した。


「……いいだろう。準備は明日整う、『解体』の場所は十二年前のあのマンションだ。〝四肢狩人〟はあそこを拠点にしている」

「あぁ、判った」


 俺が答えると、黒木は懐中時計をしまって「済まないが用がある」と言って、いつもの黒いフード付きのコートを羽織って事務所から出て行った。誰も居なくなった事務所で俺は、一人心中で呟く。


 ごめん。


 それでも俺はやっぱり諦め切れないんだ、黒木……。

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