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〝四肢狩人〟は二人居る。
彼等には特にこれと言って互いに同一の目的がある訳ではなく、片割れが意図して行動した結果と、片割れが行動して意図した結果が合わさったモノが〝四肢狩人〟であったというだけだった。
ただその方法が余りにも常軌を逸している猟奇行為だったので、誰もが考える間も無くそれを『一人の殺人鬼』の形にしたのだ。まさかにも思わないだろう、この平和な国で二人で腕や足を狩っている者が居るなど。
だが居たのだ。
それが彼等だ。
しかしこの二人は二人で、相互に自分達のしている事は知っているが、それを理解してはいない。各々、自分の目的の為にしか四肢狩りを行ってはおらず、結論的には互いが互いを思って人殺しに励んでいる
そう、〝四肢狩人〟には自覚が無い。
だからこの南川市で起きた〝四肢狩人〟という出来事は、より正鵠を射る言葉を用いるならば『事件』というよりは『現象』に近い。
そもそも事件と呼ばれている癖に、起こしている張本人達は自らの行いが世間を騒がせているとは露にも思っていないのだ。仮令、彼等が〝四肢狩人〟のニュースを見たとしても、他人事の様に『許せない』とか『怖い』とかの感想を抱くだけである。そして自分達のしている事に関しては、ただ日常的に表立ってやるには少しだけ躊躇われるから秘密にしている――その程度の認識しか持っていないのだ。
殺していると考えているかも怪しい。
故に大衆的に人格化された〝四肢狩人〟の性質は、明確な行為者の意識が不在のままで肥大化していった噂で観測者もその裡に引っ括めているという
そうする事で始めて〝四肢狩人〟という現象は行為に落ち着き、漸く事象の主を定める事が出来るのだ。事件として見ている側からすると、これは表面上には何の変化も与えないが、現象を終わらせようとしている人間達からすると大きな変化であり、ただ一つの契機だ。
そして現象がその根源を定めた時には、原因が浮き出てくる。
〝四肢狩人〟は二人の人物の現象だが、『四肢狩人』と呼ばれるべき人物となると話は別だ。それこそが原因で発端で目的で――ただ一つの理由。
今から三ヶ月前の冬の如月に一人の少女が死んだ。その肌寒い雪空の下、冷たくなっていく彼女を見て、血流の温もりを留めようとするかの様に腕を狩ろうとした。それは間に合わず時は過ぎて、一人の腕を狩り二人の腕を狩り――気が付けば春が訪れる手前に〝四肢狩人〟という現象は、
始まりを定めるとしたらそこだろう、身を切る様な冷たい風の吹くそこに――
『四肢狩人』は一人居た。
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