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あの事件の後、高校は死体があったという事から、警察の現場検証の為に一般生徒の立ち入りが禁じられ、生徒会室の使用が出来なくなった。別に無理してあそこを使う必要も無いから、話し合う場所としては何処でもいいし、速水健司の件は殆ど終わっている。
ただ、〝四肢狩人〟との遭遇で判った事。芹沢正大の腕を持ち去った共犯者の存在を調べる必要が出てきた。
だがそれも、山縣警視から新聞部員の身元や事情聴取についての情報を聞くだけで、あっさりと判った。その後、忙しい警察に代わって簓木が長谷誡個人について調べてくれて、話し合う場所として彼女は僕の家に来た。
……話し合う場所としては、本当に何処でもいいのだけど、嫌がらせの為に家探しをしないでほしい。気が付いたら勝手に人のパソコン弄ってるし。どうやってパスワードを知った。
彼女をどうにかリビングに安置してコーヒーを振舞うと、やっと本題に入った。
「結論から言うと、長谷
「原因は?」
「十二年前の事故。貴方と同じよ」
僕と同じマンション崩落の被害者、か。だから速水健司を匿う場所として、あんな所を思い付いたのだろう。
簓木から長谷誡についての資料を受け取り、一通り目を通していると、彼女が言った。
「ところで槻木君、貴方この後どうするの?」
「〝四肢狩人〟も速水健司も殺すよ、他に選択肢は無いから」
「でも速水健司はともかく、〝四肢狩人〟のベクターに――アネシスだったかしら――散々遊ばれたんじゃないの? 話を聞いた限りでは、とても貴方が勝てそうに思えないんだけど?」
確かに、原理の判っている速水健司のベクターは最早脅威じゃない。目を合わさなければいいだけなのだから。だけど、〝四肢狩人〟のベクターは違う。原理が不明瞭なのに加えて、一度でも術中に嵌れば殺されるだろう。
僕としては面倒で危険で無意味だから、なるべく彼とは戦いたくはないのだけれども。彼は僕を狙っているし、逃げ出したくてもオルガノンに殺される。
だから、まぁ、
「それは僕のベクターで対応出来るかどうかだ。殆ど賭けみたいなものだけど、彼に勝てる可能性はあると思うよ」
推測で立ち向かうしか無い。あの状況から考えた、アネシスの仕組みが当たっていれば勝てるし、外れていれば死ぬ。シビアだ、嫌になる。でも切り抜けられなければ過程はどうあれ死ぬ。やっぱりシビアだ。巫山戯るな人生。
簓木はコーヒーを啜った。
「貴方、仕事嫌いな癖に何でそんなに頑張るの。いつも思うんだけど、矛盾してるわ」
「僕は虚有の事件をやるのが嫌いなだけだよ。
「
「全然違うよ。君だってオルガノンで定義されている存在の原則は知っているだろう?」
「
それがどうしたのかしら――簓木は訊いてくる。
そもそも、この世界でベクターを持ち得るのは、一度その存在が死んで未練から世界に現れる虚有だけだ。
一度死んで世界の適応から外れ再び現れるから、現行世界からずれた適応をして、ある可能性の
虚無という死の逆、虚ろなる有だからこそベクターを持つ事が出来る。だから
虚有だって存在ではあるから、その原則に従っている。
それが
『
人は何かを認識した時、
そう言う、存在を存在足らしめる、取っておかれた領域や空間――物理的にも概念的にも――が、
『
『
この三要素が相互に関係して『存在』する。能力を得た者が、その能力の
虚有について考える時、主に問題になるのは
虚有は死んだ時に未練という
「虚有は一度死んで未練でしか存在しないけど
理由が先行した虚有は、その内在する
「その違いが貴方にとってどういう意味を持つのかしら?」
「
そこが
「たった一つの理由でありながら派生していく未練。
よく解らないわね、と簓木は顔を顰めた。
「それがどうして虚有を調べる事では無理で、
「虚有は単一の理由でしか存在していないんだよ。だけど
簓木は今一つ解らないらしく「それで?」という様な顔をしている。
「簡単に言えば、何故僕等は生きているのかという命題さ。何かに意義があるとしても、その結果が何の意義を持つのか、ただ続いていくだけで到達が見えない――いや、それは閉じた輪だ、終わりが無い。生きている事に意義があるとか、幸せを求める事に意義があるとか、そこに在る事に意義があるという綺麗事じゃない。ヒトのあらゆる営みに意義があるけど、ヒトとしてのメタ意義でないと解答にならないんだ。結果的に僕等は何の意味があって存在しているのか、本当は全て無意味なんじゃないか、という懐疑に対する反証があるのか無いのかという事さ」
簓木は、またコーヒーを一口啜った。
「哲学ね」
「事実さ」
少なくとも、僕にとってはね――と付け加えた。
それじゃあ、と簓木は頬杖を付く。
「
中二病言うな。
一応シリアスに決める為に突っ込みは控えて、大きく息を吸ってから僕は続ける。
「虚有と違って、
「
簓木は嘲笑を顔に浮かべて言う。サド女の本領発揮だ。人の哲学を全否定して意気消沈する様を堪能しようという魂胆だろうが、そうはいかない。
「残念だけど根拠はある。僕のベクターがそれだ」
「ペルソナが?」
「そう、〝
簓木は、ふぅん、と少し考え込んでから言った。
「……そう言えば私、貴方の能力の原理を知らないから解らないんだけど。確か、己の蓋然性に基づく能力以外を引き出せる、だったかしら? 理論上は自分以外の誰かの
その土産を貰うのは僕だろう。しかも笑えないぞ、このサド。
「……簡単な事さ。個の
「何よその不親切な説明。さっぱりだわ。中二病の俺用語はいいからもっと判り易く説明しなさい」
「だから中二病って言うなよ?!」
全く、あんな笑えない事を言っておきながら、親切な説明を求めるなんて、どうかしていると思う。僕が彼女の性格を知らなければ、それこそ説明すらしなかっただろうに。真意は別として、彼女一流の冗談だと解っているからこそ、説明する自分も虚しいけど。
「じゃあ今ので理解出来た事は何?」
「
「それを知っているなら充分だよ。じゃあ
「よくある例としては、花の種子が花を咲かすって事よね。この場合は、種子が
「その通り。それをヒトに当て嵌めると、ヒトがその人生で成長して死ぬまでが丁度該当するかな。それが蓋然だからこそ、ヒトにはあらゆる
「蓋然っていうのはどうしてかしら?」
「絶対的に種子が花を咲かす訳じゃないからだよ」
花の種子が必ず花を咲かすという必然は有り得ない。花を咲かすには様々な過程が得られるし、場合によっては花を咲かす前に死ぬ。
ヒトも同様に、成長していく過程によって身に付ける能力は千差万別だ。その人は学者になるかも知れないし、スポーツ選手になるかも知れない。或いは産まれてすら来ないかも知れない。それらは全て
だから存在は何処までも応化する。終末を知らずに。
「それじゃ貴方のペルソナは、己の蓋然性に基づく能力以外を引き出すからこそ、
そう訊かれて、思わず僕は不機嫌に答えてしまった。
「……残念ながら、それを扱う器が僕には無いってさ。頑張って精々『固定』だけだと」
やってられないものだ。無限にベクターを扱える可能性の能力を持っていながら、肝心の僕がそれを扱えない。お陰で陰口を叩かれまくっている、〝
「それって貴方が駄目人間って事ね。ぴったりじゃない」
「煩い! 意味的には合ってるけど言い方を考えろ!!」
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