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 ――逃げられた。


 僕は高校を出てから十数分の鬼ごっこの末に、都市側まで来て速水健司を見失ってしまった。能力を喰らい、暁夜鳥に対応していた事が痛かったか。体の調子さえ悪くなければ、ある程度距離が離されても、中学生の一人ぐらい難無く捕まえられるというのに。


 何を言っても結果が全てなのでどう仕様も無いが、せめて、芹沢正大が殺された時点で速水健司のベクターに気付けてれば確保出来ただろうに。


 ……いや、結局僕の不手際なのだが。


 ポジティブに考えよう。速水健司がベクターという事が確定し、更には能力がどんなものなのかも判った。ここまで来れば段取りと支度を整えればこの件は片付く。

 〝四肢狩人〟の事は別として、一段落出来るのはいい。あと、この街に居る正体不明は〝四肢狩人〟のみ。そちらも掴めれば非常にいいのだが……。あんまり考えたくない、無視しよう。


 だって手掛かり無いんだもん。


 それはそうと何故、暁夜鳥は速水健司の事を知っていて、調べて回る様な事をしていたのだろうか。


 灯台下暗しだ。自分が担当している街で、他組織の介入は見逃さないととしても、地元の動きを全て把握する事は出来ない。

 しかも問題なのは、簓木曰く暁夜鳥がベクターの可能性有り、という事だ。

 一般人が調べて回るだけなら別に問題は無い。寧ろ場合によってはあの会社の構成員として迎えればいいのだし、断るのならば消してしまうだけ。


 だが、媒介者ベクターとなるとそうもいかない。引き込みに対して首を縦に振ればいいが、そうでなければ実力行使。簡単に消す訳にもいかないし、相手のベクターによっては、こちらが手痛い打撃を受ける事もある。


 速水健司や〝四肢狩人〟の様に、社会的に犯罪者とされる者ならば、問答無用で確保する事が出来る。大抵、そもそも自分達がどの様な存在なのか解っていないし、追い詰められていて逃げ道が無い場合も多いからだ。


 だが、媒介者ベクターの存在を知っているとなるだけで、扱い方が極端に変わってしまう。意外と面倒な事になってきた。


 そう言えば、暁夜鳥の隣にはもう一人女が居た。彼女も仲間だろうか。何れにしろ、一人で動いていないとなると、暁夜鳥のベクターの事だけではなく、調べる必要が出てきた。


 ……面倒臭いから、黙ってようかな。


 そうだ、簓木の方はどうしたのだろう。彼女にも連絡を取らなければ。


 ケータイに掛けると、簓木はすぐに出た。


〝もしもし、槻木君? 今何処に居るの?〟

「今は都市側の駅前。済まないけど速水健司は取り逃がした。あの後どうした?」

〝私は軽く検死してから、すぐに退去したわ。警察には新聞部が通報してくれそうだから、私の匿名よりもそっちの方が自然だと思うから任せたわ。あとは山縣警視に適当に処理させる予定よ〟

「そう。ところで、構成員の死体について訊きたいんだけど、君の見解は?」

〝速水健司の仕業じゃないわね――第三者よ〟

「その根拠は?」

〝死体の状態よ。自殺じゃなくて他殺の筈よ。しかも防御創も無くて、無抵抗に殺されていた――というよりも、その、何て言えばいいのかしら〟


 簓木は少し口籠もってから、


〝――殺された事に気付いていないみたいだったわ〟


 と言った。


「それは――」


 ベクターか。殺された構成員は、仮にも簓木がオルガノンから出向させた訓練を受けた人間だ。一般人に簡単に殺される様な事は無い。速水健司じゃない、違うベクターだからだ。暁夜鳥でもない、彼女が来る前に殺されていた。ならば、ベクターを持っているのはあと一人。


「――〝四肢狩人〟か」

〝そう考えるのが妥当だと思うわ〟


 何て事だ。あの時、すぐ近くに来ていたっていうのか。誰だ、僕達が把握していなかった人物は二名だけ。暁夜鳥とその仲間。他には判らない。


 やはり、正体が掴めない。


「……少なくとも、明後日までには校内に居た人間全員について調べ上げよう。警察の事情聴取で詳しい事も判るし、考えるのはそれからでいい。速水健司も時間の問題だ、現状で出来る事は無いと思うよ」

〝私も同意見ね。警察からの資料待ちにしましょう〟

「そうだね。それじゃ切るよ」


 通話を終わらせケータイをしまった、その時。


「今晩は」

「――――」


 すぐに身構えた。隣にはいつの間にか男が立っている。柔らかな物腰の佇まいだが、僕に気付かれずに接近してきたという時点でただの人間じゃない。いや、それどころか、僕は


「誰だ」

「あれ? もう知っていると思ってたんだけど……君は確か槻木君だったかな? そんなに警戒しなくてもいいよ」

「何で僕の名前を知っている」


 こいつに、何処か見覚えがある。街で遇ったか……いや、違う。高校の生徒だ。こいつは現場の写真に写っていた人間――新聞部員か。


「何でって、先刻校内で聞いたからね。ところで槻木君、〝四肢狩人〟を捜してるの?」

「まぁね」


 校内で聞いただと? あそこには、僕だけじゃなく、簓木や構成員も居たんだぞ。その誰にも気付かれずに、名前が聞こえる場所にまで近付いたのか? だったら、僕と簓木が居た教室にまで来るか、あの二人の構成員の会話を盗み聞きでもしないと無理だ。


 どちらも、感付かれずに行なうのは不可能に近い。それこそベクターでも持っていなければ――こいつが校内に居た第三者か。


「だったら、お詫びに教えてあげるよ」

「お詫び、だって? 話が見えないな。一体どうして、何を教えてくれるんだい?」

「ボクが君の仲間を殺してしまったから、〝四肢狩人〟の正体を教えてあげようと」

「それは有り難いな。でも、仲間を殺された僕の上司が君を見逃すとでも思ってるのかな? 幾ら有益な情報を貰っても、仮令僕にその気が無くとも、僕の上司は君に敵愾心以外抱かない」


 僕が彼を削除対象として認識していると宣言したも同然なのに、彼は可笑しそうに、余裕のある顔で笑った。


「無駄だからそんな身構えなくたっていいのに。どちらにしろ、君はボクを捕まえられない事くらい判っているだろう?」


 勿論だ。僕の考えが合っているのならば、彼を捕まえる事は現時点では不可能だ。


「君の能力ちからか」

「そう、ボクの〝厳戒の韜晦アネシス〟は何者も何事が起ころうと、気が付かない」


 どの四肢狩りにも共通していた『殺害の行為に気が付いていない』という事。の名を冠し、五感すら弛緩の果てに包み隠すだろうベクター。


「じゃあ君が」


 感覚や意識の類を深層のレベルで操作出来るのだろう。そんな、何者にも気が付かせないのでは、捕まえる事は出来ない。


「そうだ、ボクが〝四肢狩人〟だ」

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