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 未だふらつく足で校内の速水健司を追い掛けていると、僕は二つの人影を見つけた。


「おい、捺夜! 起きろ、どうしたんだ?!」


 倒れている人に呼び掛けている様だ。恐らく、速水健司の能力で何らかの効果があったのだろう。学校の人間ならば新聞部員か――そう思った。


 そこに居たのは暁夜鳥だった。


 予想外の人間がそこに居て僕は動揺する。何故彼女がこんなところに居るのだろう、と訝しげに思っていると、向こうもこちらに気付いてしまったので、仕方無く話し掛けた。


「どうしたの、速水――こっちに走ってきた男に何かやられたの?」


 一瞬、驚いた様に暁夜鳥は言った。


「お前も、速水の事を知っているのか?」


 ――お前も?


 暁夜鳥も速水健司の事を知っている? だったら、ここに来たのは偶然じゃなくて、速水健司を追ってきたのかも知れない。ベクターの可能性のある人間がベクターを追っているんだ、そこに関連を見出せずにはいられない。


 だけど、今は速水健司を追う事が優先だ。僕は強引に話を進めた。


「――そうだよ。彼女は速水健司にやられたみたいだけど、君はどうだったの?」

「そうらしいが、別に何もされていない。俺も捺夜も目が合っただけだ」


 ……?


 そう言えば、僕の時も芹沢正大の時も、目が合った途端に変化があった……今までの速水健司が能力を使っていた時に共通している事。


 そもそも、眼というものは受容器だ。それも無条件に与えられた刺激を受け容れ、視神経を通して脳に情報を送る。そこを通して意識と理性の中枢に影響を与える事は、催眠術等の方法で手段さえ知っていれば誰にでも可能な技術としてある程だ。

 もしかして、速水健司のベクターは目を合わせるだけで、強制的に催眠状態にする様なものなのか? いや……それで間違い無いだろう。今までの事を総合すると合点が行く。


「大丈夫、彼女はただ気を失っているだけだ。ちゃんと目を醒ます。ところで、速水健司は何処に行った?」


 倒れている子の無事を告げられ安心したのか、暁夜鳥は安堵の息を吐いてから廊下の奥を指差した。


「階段を降りて行った」

「あっちか」


 まだ間に合うな、と走り出そうとすると、暁夜鳥に呼び止められた。


「待て、芹沢正大が何処に居るか知っているか?」

「……C組の教室に居るよ」


 まだ簓木が作業中かも知れないけど大丈夫だろう。


 階段に向かい、半ば飛び降りるように下りながら、ケータイを取り出して簓木に掛ける。二回のコールすると彼女はすぐに出た。


「もしもし、簓木? 速水健司の能力が推測出来たよ」

〝どうぞ、続けて。こっちは構成員二人の死体を軽く検死しながら聞いてるから〟

「相手の意識を乖離させて撹拌しているんだと思う。条件は対象と視線を合わせる事」

〝意識の支配権を手に入れて乱してる、って感じかしら。強烈な精神汚染系サイコポリユーシヨンね〟

「その結果、意識混濁や譫妄を起こすみたいだね。汚染度が高いとどうなるかは見ての通り――ただ、暁夜鳥には効かなかったみたいだ」


 暁夜鳥の名を出すと、電話先の簓木に一瞬息を呑んだ様な間が開いた。


〝ヌエが居たの? ……あぁ、いやいいわ。大体事情は呑み込めたわ。ベクターの名前は判った?〟

「いや、残念ながら思春期の彼は名乗り口上は上げてくれなかったよ」

〝まぁ、仕方無いわね。言わなくても判ってるとは思うけど、引き続き彼を追いなさい。あとの事は全部こっちでやっておくから〟

「了解、それじゃあね」


 相手の返事を聞く前に通話を終わらせ、僕はケータイをしまった。


 さて、これで仕事の半分は済んだ。あとは――速水健司を捕まえるだけだ。

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