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 僕は、教室に仕掛けたカメラで様子を窺っていた。


「……解らないな、速水健司の能力が自殺誘因になっているのは間違い無いのに、どのタイミングで使っているのかが判らない」


 ディスプレイに映し出された教室は、音声は無く映像だけだ。機材や仕掛ける時間を考えればこれが限界だったけど、まぁ別に僕と簓木は唇を読めるから大した問題じゃない。


「何か言ってるな、よわ……『弱くなってる』? 弱ってるの間違いじゃなくてか?」

「いえ、確かに『弱くなってる』と言ったわ。相手の精神強度が視えるんじゃないかしら」

「視えるだけの能力じゃ今までの事件を説明出来ないだろう。彼のベクターに付随してきたものかな」

「急ぎ過ぎよ槻木君、この時点で能力を使っているかは断定出来ないんだから。貴方みたいに判り易ければよかったのに」


 簓木はディスプレイを見ながら言った。画面には包丁を握り締め震える芹沢正大と、それを見て愉快そうにする速水健司が写っている。


「……喧嘩売ってる?」

「あら、Personaペルソナは名前負けしているって言うの、本当だったのかしら?」

「〝全能の個ペルソナ〟は僕が付けた名前じゃない」

「どう言おうと、能力の名付けは媒介者ベクターが行っているのと同じ様なものよ。ま、いいじゃない。そんな低能でも私のお陰で仕事の達成率は高いんだし、陰口も嫉妬よ」


 何が嫉妬だ――心中で吐き捨てた。自分がどんな風に言われているのか知らない訳じゃない。酷い話だ。好きで能力を持っていて会社に所属している訳じゃ無いのに、他の構成員からは奇異の目で見られる。媒介者ベクターは陰口を叩かれやすいのに、剰えその能力が役に立ち難いと言われている。


 もうどうにでもなれという感じだ。自分が果たそうとしている仕事も億劫になってきた。


 そんな時。


「――動いた」


 芹沢正大が何かを叫びながら速水健司に襲い掛かった。


 が、速水健司は動かずに、また芹沢正大も止まってしまった。すると芹沢正大はその場に座り込んでしまい、いきなり絶叫して首を貫いた。包丁の先端は首の後から飛び出しており、どれだけ控え目に見ても致命傷だ。


 そしてそれは、速水健司が媒介者ベクターだという証になった。襲い掛かってきた相手を、何をしたのかは解らないが、

 僕は即座に配備していた人員に、インカムで連絡する。


「芹沢正大が死んだ。動け」

〝…………〟


 しかし返事は返ってこない。


「……おい? 応答しろ」


 もう一度連絡するが、応答は無い。それどころか、ヘッドセットから伝わってくる筈の相手の気配――僅かな呼気等の雑音ノイズすら――も聴こえない。


「槻木君、速水が教室から出ちゃうわよ」


 簓木の言う通り、速水健司は芹沢正大の死体から包丁を引き抜こうとしていた。糞っ、向こうに配備してある相手は一体何をしているんだ。ヘッドセットを外しているのか、スイッチを切っているのか、それとも通話が出来ない状況に置かれているのか。


 面倒な――僕は小さく舌打ちをした。


「僕が行く。簓木は山縣警視への連絡を今の内に整えておいて」

「ちょっと勝手な事は――って、槻木君?!」


 簓木を無視して僕は部屋を出た。


 本来ならば、相手の能力を探る為に、媒介者ベクターには先ず普通の人間をを当てるのが定石。それに則るなら、速水健司の所に向かうのは僕ではなく、簓木だろう。


 でも、彼は確実に媒介者ベクターだ。


 能力を使用した場面を監視していても解らなかったのならば、何人当てても無駄。


 僕達が使っていた教室は、速水健司が居た教室がある階の、一つ上の三階。彼は既に移動し始めているので、僕が到着するまでのタイムラグを考えると、鉢合せする形になるだろう。


 未確認のベクターと真っ向勝負か……中々に最低だ。


 腰にナイフがある事をブレザーの上から確認し、階段を下りて配備しておいた人員の居る教室に向かう。能力者相手では殆ど戦力にならないかも知れないが、一対一よりマシになるだろう。何故彼等と連絡を取れなかったのかも気になる。


 教室の扉を開いて、


「なっ……」


 僕は絶句した。


 構成員は二人共死んでいた。


 血溜りの中、俯せに倒れぴくりともしない。血はまだそれ程に乾いてはおらず、ほんの十数分前に死んだのだろう。成る程、道理でインカムから呼気すらも聴こえなかった訳だ――死人が応える訳も無い。


 何が起こった? 何があった? 頭の中に様々な疑問が巡ったが、今優先すべき事は速水健司の確保――そう思い直し、死体からインカムを外して簓木への連絡を試みた。


「簓木、聞こえる? 僕だ、槻木だ」


 少しのノイズの後に応答があった。


〝槻木君? どうしたの、そっちの二人のインカムからよね?〟

「時間が無いから手短に言うよ。こっちの二人は死んでた。速水健司の仕業ではないと思うけど、調べて善後策を頼む」

〝死んでた、って一体何で――いえ、解ったわ。こっちで対処しておくから貴方はそっちをお願いね〟

「端からそのつもりだよ。それじゃ任せるよ」


 僕は用済みになったインカムを放り、隣の教室に向かう。廊下に出ると、ちょうど勢いよく扉を開けた速水健司が、きょとんした顔で立っていた。


「……あれ、あんたこの前の」


 奇襲の強みは無くなったか……。問答無用でナイフを抜く。


「な、いきなり凶器抜くのかよ!? 何、俺あんたの恨みを買う様な事した?!」

「簡潔に言う。投降しろ、抵抗する場合は拘束する」

「は? 何それ、投降? オレ、あんたに捕まんなくちゃいけないの? ってか、捕まったらどうなんだよ」


 速水健司は突然の要請に混乱している様だが、意外にも抵抗の気配は見せなかった。どうやら、自分が四人の人間を殺しているという、追われる要素がある事を完全に考えていないみたいだ。


「さぁね、僕は詳しく知らない。ただ、君みたいなのを放っておく訳にはいかないというだけだ。既に、四人殺しているしね」


 一瞬、彼は驚いた風に瞠目した。


「……へぇ、あの自殺がオレがやったのだって知ってるんだ。警察には見えないから、あんた秘密組織の構成員とか?」

「似た様なものだね、これでも一応サラリーマンだ」


 僕は軽口を叩くのとは裏腹に、速水健司の挙動に神経を集中させていた。


 正体不明の能力。効果はある程度まで判明しているが、発動条件が判っていない。仮に、殺意や敵意の方向を捻じ曲げる能力だとしたら、攻撃を仕掛ける事すら出来ない。

 勿論、〝全能の個ペルソナ〟を使えば、油断している彼には勝てるだろうけど、下手に能力を使って反撃を喰らうかも知れないというのは恐ろしい。


「ところで、それって辛い?」

「まぁね」


 同じ様に軽口を叩く速水健司に、視線を逸らさずに言った、その時。


「それじゃ――お断りだ」


 ぐにゃり、と視界が歪んだ。


「――――っ!?」


 一瞬にして縦横の感覚が狂う。

 吐き気と眩暈が同時に訪れる。

 酩酊した様に足元が覚束無い。

 頭蓋に浮く脳が揺れ動く感覚。


 何が起こったのか。そんな事、考えるまでも無い。


「クソッ……中てられた、のか……」


 僕がその場に跪くと、速水健司は駆け出した。


「ハハッ! アンタ中々〝強い〟んだな!? だけどオレの〝意識乖乱アメンチア〟の前じゃあ、どんな奴だって無駄だぜ!!」


 笑いながら逃げる速水健司を前に、すぐに立ち上がろうとしたが、頭がふら付き足が縺れて倒れてしまった。


 畜生め、見誤った。殺意も敵意も関係無い――速水健司の能力は能動的に使える。


「うっ……」


 無理矢理一度嘔吐し、毒づきながら何とか立ち上がる。夕飯が台無しだ、なんて益体も無い事を思った。


 そして僕は自分でも情けなくなるくらいのたどたどしい足取りで、彼の後を追い始めた。

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