41
僕は、教室に仕掛けたカメラで様子を窺っていた。
「……解らないな、速水健司の能力が自殺誘因になっているのは間違い無いのに、どのタイミングで使っているのかが判らない」
ディスプレイに映し出された教室は、音声は無く映像だけだ。機材や仕掛ける時間を考えればこれが限界だったけど、まぁ別に僕と簓木は唇を読めるから大した問題じゃない。
「何か言ってるな、よわ……『弱くなってる』? 弱ってるの間違いじゃなくてか?」
「いえ、確かに『弱くなってる』と言ったわ。相手の精神強度が視えるんじゃないかしら」
「視えるだけの能力じゃ今までの事件を説明出来ないだろう。彼のベクターに付随してきたものかな」
「急ぎ過ぎよ槻木君、この時点で能力を使っているかは断定出来ないんだから。貴方みたいに判り易ければよかったのに」
簓木はディスプレイを見ながら言った。画面には包丁を握り締め震える芹沢正大と、それを見て愉快そうにする速水健司が写っている。
「……喧嘩売ってる?」
「あら、
「〝
「どう言おうと、能力の名付けは
何が嫉妬だ――心中で吐き捨てた。自分がどんな風に言われているのか知らない訳じゃない。酷い話だ。好きで能力を持っていて会社に所属している訳じゃ無いのに、他の構成員からは奇異の目で見られる。
もうどうにでもなれという感じだ。自分が果たそうとしている仕事も億劫になってきた。
そんな時。
「――動いた」
芹沢正大が何かを叫びながら速水健司に襲い掛かった。
が、速水健司は動かずに、また芹沢正大も止まってしまった。すると芹沢正大はその場に座り込んでしまい、いきなり絶叫して首を貫いた。包丁の先端は首の後から飛び出しており、どれだけ控え目に見ても致命傷だ。
そしてそれは、速水健司が
僕は即座に配備していた人員に、インカムで連絡する。
「芹沢正大が死んだ。動け」
〝…………〟
しかし返事は返ってこない。
「……おい? 応答しろ」
もう一度連絡するが、応答は無い。それどころか、ヘッドセットから伝わってくる筈の相手の気配――僅かな呼気等の
「槻木君、速水が教室から出ちゃうわよ」
簓木の言う通り、速水健司は芹沢正大の死体から包丁を引き抜こうとしていた。糞っ、向こうに配備してある相手は一体何をしているんだ。ヘッドセットを外しているのか、スイッチを切っているのか、それとも通話が出来ない状況に置かれているのか。
面倒な――僕は小さく舌打ちをした。
「僕が行く。簓木は山縣警視への連絡を今の内に整えておいて」
「ちょっと勝手な事は――って、槻木君?!」
簓木を無視して僕は部屋を出た。
本来ならば、相手の能力を探る為に、
でも、彼は確実に
能力を使用した場面を監視していても解らなかったのならば、何人当てても無駄。
僕達が使っていた教室は、速水健司が居た教室がある階の、一つ上の三階。彼は既に移動し始めているので、僕が到着するまでのタイムラグを考えると、鉢合せする形になるだろう。
未確認のベクターと真っ向勝負か……中々に最低だ。
腰にナイフがある事をブレザーの上から確認し、階段を下りて配備しておいた人員の居る教室に向かう。能力者相手では殆ど戦力にならないかも知れないが、一対一よりマシになるだろう。何故彼等と連絡を取れなかったのかも気になる。
教室の扉を開いて、
「なっ……」
僕は絶句した。
構成員は二人共死んでいた。
血溜りの中、俯せに倒れぴくりともしない。血はまだそれ程に乾いてはおらず、ほんの十数分前に死んだのだろう。成る程、道理でインカムから呼気すらも聴こえなかった訳だ――死人が応える訳も無い。
何が起こった? 何があった? 頭の中に様々な疑問が巡ったが、今優先すべき事は速水健司の確保――そう思い直し、死体からインカムを外して簓木への連絡を試みた。
「簓木、聞こえる? 僕だ、槻木だ」
少しのノイズの後に応答があった。
〝槻木君? どうしたの、そっちの二人のインカムからよね?〟
「時間が無いから手短に言うよ。こっちの二人は死んでた。速水健司の仕業ではないと思うけど、調べて善後策を頼む」
〝死んでた、って一体何で――いえ、解ったわ。こっちで対処しておくから貴方はそっちをお願いね〟
「端からそのつもりだよ。それじゃ任せるよ」
僕は用済みになったインカムを放り、隣の教室に向かう。廊下に出ると、ちょうど勢いよく扉を開けた速水健司が、きょとんした顔で立っていた。
「……あれ、あんたこの前の」
奇襲の強みは無くなったか……。問答無用でナイフを抜く。
「な、いきなり凶器抜くのかよ!? 何、俺あんたの恨みを買う様な事した?!」
「簡潔に言う。投降しろ、抵抗する場合は拘束する」
「は? 何それ、投降? オレ、あんたに捕まんなくちゃいけないの? ってか、捕まったらどうなんだよ」
速水健司は突然の要請に混乱している様だが、意外にも抵抗の気配は見せなかった。どうやら、自分が四人の人間を殺しているという、追われる要素がある事を完全に考えていないみたいだ。
「さぁね、僕は詳しく知らない。ただ、君みたいなのを放っておく訳にはいかないというだけだ。既に、四人殺しているしね」
一瞬、彼は驚いた風に瞠目した。
「……へぇ、あの自殺がオレがやったのだって知ってるんだ。警察には見えないから、あんた秘密組織の構成員とか?」
「似た様なものだね、これでも一応サラリーマンだ」
僕は軽口を叩くのとは裏腹に、速水健司の挙動に神経を集中させていた。
正体不明の能力。効果はある程度まで判明しているが、発動条件が判っていない。仮に、殺意や敵意の方向を捻じ曲げる能力だとしたら、攻撃を仕掛ける事すら出来ない。
勿論、〝
「ところで、それって辛い?」
「まぁね」
同じ様に軽口を叩く速水健司に、視線を逸らさずに言った、その時。
「それじゃ――お断りだ」
ぐにゃり、と視界が歪んだ。
「――――っ!?」
一瞬にして縦横の感覚が狂う。
吐き気と眩暈が同時に訪れる。
酩酊した様に足元が覚束無い。
頭蓋に浮く脳が揺れ動く感覚。
何が起こったのか。そんな事、考えるまでも無い。
「クソッ……中てられた、のか……」
僕がその場に跪くと、速水健司は駆け出した。
「ハハッ! アンタ中々〝強い〟んだな!? だけどオレの〝
笑いながら逃げる速水健司を前に、すぐに立ち上がろうとしたが、頭がふら付き足が縺れて倒れてしまった。
畜生め、見誤った。殺意も敵意も関係無い――速水健司の能力は能動的に使える。
「うっ……」
無理矢理一度嘔吐し、毒づきながら何とか立ち上がる。夕飯が台無しだ、なんて益体も無い事を思った。
そして僕は自分でも情けなくなるくらいのたどたどしい足取りで、彼の後を追い始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます