39
「あーもう!! 見付かんないわ!!」
新聞部の部室で部長の乙野鈴風が叫んだ。
「怪っ訝しいわねぇ……ゲーセンで集めた情報が正しいなら、絶対に居る筈なのに」
鈴風は天井を見上げながらぼやく。
それを見て、集まっていた新聞部員達は皆顔色を曇らせた。
「確かに鈴風の言う通りだ。長谷達が集めてきてくれた情報が合っているなら、五月十三日に早退か欠席をしている一年生の男子生徒が絶対に居る筈なんだが……」
釈然としないな、と副部長である森枝
新聞部一同は、部室で山瀬高校の出席簿の写しを机に広げていた。
普通ならば教師から簡単にこの様な資料を渡される許可は出ないが、鈴風を初めとする新聞部員には実績がある。本来ならば許される事ではないが、情報の取り扱いに最新の注意を払い、その悪用をしないという信頼を寄せられているが故に彼女達にはそれが許可されていた。
だが、行き詰まり。
「うー……何がどうなってんのかさっぱりだわぁ」
鈴風は髪をくしゃくしゃと掻いた。
「乙野部長、少し休憩しませんか? 余り考え過ぎると判る事も判らなくなっちゃいますよ」
言いながら、二年生の鮎河雪華が人数分のコーヒーを淹れて来ていた。どうぞ、と彼女は全員に丁寧にマグカップを渡してから、席に着く。
コーヒーを啜りながら雪華は言った。
「この事件もそうですけど、そんな殺人事件に深く関わる必要は無いんじゃないんですか? 〝四肢狩人〟だって警察は殆ど何も出来てないみたいですし……」
「いやー、そういう問題じゃないですって鮎河先輩」
と唯一人の一年生である楢沢紀一が反論する。
「事件の大小なんて関係無しに、やれる事があんならオレ達はやるべきなんですよ。それに地元の学生っていうポジションで事件に関われるからこそ出せる結果だってあるんですし」
「楢沢君、また『やれる事はやる』? ただの地元の学生だからこそ殺人事件なんかには関わるべきじゃないんじゃないの……? わたし、正直怖い……」
いいや違うよ、と雪華と同じ二年生の長谷
「ぼく達は自分の孤独に怯える前に、既に死んで孤独になってしまった人の為に頑張るべきなんだよ。楢沢君の言う通り、誰かがやれる事をやらないと、ずっと救われない人達が居る。色んな人に色んな事を知ってもらう努力をすれば、その知った誰かがぼく達には出来ない事をやってくれるかも知れない――少なくとも、ぼくはそう思うな」
どうかな? と誡は雪華に笑顔を向ける。
「あ……はい。そう、ですね……」
雪華は言いながら、急に顔を真っ赤にして縮こまってしまった。判り易いにも程がある。
それを見て鈴風がいきなり大声で喚き始めた。
「あああああもう純情乙女のアユちゃん可愛過ぎるー! 長谷君今すぐアユちゃんから離れなさい! 部長命令よ!! そんな可愛い娘はアタシが欲しい!」
「落ち着け鈴風。お前何を言ってるんだ」
「アユちゃん可愛いじゃない!?」
「オレ達何の話してたんでしたっけ長谷先輩?」
「取り敢えず部長が疲れてる事なら判るけど?」
紀一と誡がいつもの事と適当に流して自分達だけ作業に戻ると、鈴風が雪華に抱き付いた。
「もうアユちゃんアタシを癒してくれー! わっけ判んない事だらけでアタシの頭はパンクしそうだー!!」
「ちょ、ちょっと部長?!」
「ぬはは、よいではないか、よいではないかー!」
「戦国時代の好色大名かお前は」
殆どセクハラに近い鈴風を見兼ねて、汀が背後から頭を
「痛っ! ちょっと何するのよ森枝」
「お前こそ何しにここに来た。自殺事件の事を調べに来たんだろう。幾ら〝四肢狩人〟事件についての調べが長谷のお陰で大分進んだにしても、まだまだこの街では二つも殺人事件が起きているんだぞ」
むー、と痛む頭を押さえながら鈴風は唸った。
「それはそうだけど、判らない事は判らないのよ……。ねぇ長谷君、〝四肢狩人〟の時みたいに何か情報持ってないのー?」
今回は流石に無いですよ、と苦笑する誡に鈴風は食い下がる。
「ならせめてソース元ぐらい教えてよ。有馬君並の情報通なんて滅多に居ないんだし、コネが持てたらそこから更に情報の幅も広がるしさ」
「駄目ですよ。〝四肢狩人〟の情報をくれた人には絶対会わせられないですし、何より向こうが嫌がってるんです。何よりも、情報の機密はきちんとしないと、信用を失うっていうのは部長の言葉ですよ?」
「それはそうだけど」
「じゃあ、詮索は厳禁ですよ」
長谷君は秘密主義ねぇ……、と鈴風が落胆した様な溜息を吐くと、自己主張の少ない雪華が珍しく大声を出した。
「そ、それは違います! 長谷君は秘密主義とかじゃなくてとっても優しいだけなんです! だから、きっと、ただ長谷君はその人に迷惑を掛けたくないだけで、別にわたし達を信用してないとかじゃなくて」
そこまで言って、雪華は自分の声が大きさに気付き、はっとする。
「あ、その……わたしが言いたかったのは――えと、長谷君はいい人だって事で……」
そのまま彼女は自分でも何を言っているのか訳が解らなくなり、ごにょごにょと赤面して俯いてしまった。
そんな雪華に鈴風は思わず笑う。
「いやいや大丈夫よアユちゃん。別にアタシは長谷君に怒ってるとかじゃないから」
「うぅ……何だか済みません皆さん」
「お前は悪くないぞ鮎河。鈴風が普段から暴走特急なのを見ていれば誰だって、こいつが少しでも不穏な動きを見せれば不安にもなる」
「それどーいう事よ」
「そーいう事だ」
汀が鈴風を窘める傍ら、紀一が茶化す様に言った。
「何言ってるんですか。森枝副部長だって大概部長のストッパーになろうとして、自分も一緒によく暴走する癖に」
「そういう楢沢君も、しっかり部長達に毒されてるよ。口癖の『やれる事はやる』が十分その証拠になってるしね」
誡はくすりと笑い、続ける。
「まぁ、何だかんだでぼく達は皆、多かれ少なかれ部長と副部長に影響を受けているけど――」
と。
突然そこで誡は言葉を切った。急に黙り込み、部室の扉を見つめる。
「どうしたんですか、長谷先輩?」
「――誰か居るみたいだ」
「は? ……何も聞こえないわよ」
鈴風が怪訝そうにした、その時だった。
足音。
ひたりと引っ付く様に伸びる音がする。
廊下で誰かが歩いている。静かであり、誰も居ない冷たい校舎で部室の外の音は不気味に谺する。他には誰も居ない筈の場所で、第三者の存在は部室に奇妙な緊張を齎す。
「本当だわ。よく気付いたわね長谷君……誰かしら?」
「俺達の他には誰も居ない筈だが……」
段々と足音が近付いてくる中、全員が知らず身構える様にしていた。当然だろう、学校という場所に闖入者が這入り込んでいるのだ、不安にならない方が変だ。
だが。
「あれ……何処か行っちゃいました? 途中までこっちに来てたのに」
「わたし達が居るって判って別の方に行ったの……?」
紀一と雪華の予想通り、侵入者――速水健司は、芹沢正大を探しに来たところで、複数人の気配を感じて引き返していた。
「何だったのかしら。ちょっとアタシ見てく」
駄目だ、と立ち上がり掛けた鈴風に汀がぴしゃりと撥ね付ける。
「俺が行く。女子を行かせる訳に行かないだろう」
「じゃあ当然ながらオレも行きますよ」
「あ、それならぼくも行くよ。ちょうどペンライト三つ持ってるし」
「……マジで準備いいですね、長谷先輩」
「備えあれば何とやら」
そうか、と汀が誡と紀一を見て言う。
「だったら俺達三人で少し校内の様子を見てくる。女子二人はここでしっかり戸締りして待っていてくれ」
「しょうがないわね。アタシも行きたいトコだけど、アユちゃんを一人にする訳にはいかないし、ここに残ってるわ。行ってらっしゃい」
「あ、あの、三人共気を付けて」
三人は各々その声に答えて夜の校舎の見回りに行き、鈴風と雪華が部室に残った。
そして。
これが。
三日月夜の出来事の盤上に、〝四肢狩人〟が乗った瞬間だった。
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