30

「長谷は、何で俺に付いて行こうなんて考えたんだ?」


 ケータイで黒木に連絡した後、下町の繁華街を歩きながら訊くと、長谷は不思議そうな顔をした。


「何でって、ぼくは新聞部員として調べたい事があるから」

「そうじゃなくて、芹沢達の事は嫌いだったんじゃないのか? 同級生でも、煙たがられていた奴なんだろ」


 長谷は一瞬瞠目してから、苦笑した。


「確かにぼくは芹沢達の事は好きじゃないよ。だけどさ、もしも三人が殺されたんだとしたら、ぼくだって犯人の事は赦せない。勿論、芹沢達のしてきた事を肯定はしない、けど彼等の命を否定もしないよ」

「……そっか」


 幾ら、奴等の事を毛嫌いしていても、命を奪っていい道理は無い、って事か。嫌っているから、相手が非道な人間だからと、命を貶める様な事はしない。寧ろ、貶める様な事を言ったのは、俺の方か。


「ごめん。俺が穿ち過ぎてた」

「それは仕方無いさ。芹沢達は客観的にも主観的にも、そう思われる様な事をしていたんだから」


 それに――と長谷は軽く肩を竦めた。


「ぼくは、暁さんと同じで、自分がやりたいから調べるつもりだしね」

「俺と同じ? ……どういう意味だ?」

「先刻のファミレスでの話だよ」

「キューブラー・ロスモデル?」

「そう、死の受容の話。暁さんは死を受け容れる条件の一つを、『孤独でない事』って言ってたよね? 言い得て妙だな、って思ったよ。って言うのはね」


 ――あぁ。


 それで、俺と同じという事か。


 俺が死は恐怖としている様に、長谷は死は孤独だと思っている。芹沢達の事件を調べて、速水を捜し出す事で、死者を――孤独な人を助けたいと思っている。それは、長谷にとって追悼の様なものなのだろうか。


「だからぼくは、ぼくなりのやり方で芹沢を助けるつもりなんだ。孤独になっている彼を」


 でもまぁ――長谷は伸びをする様にして、微笑とも苦笑とも付かない表情を浮かべた。


「当然、自分の仕出かした事も反省してもらうけどね」




 相も変わらず半端に賑わう繁華街。入り口から真っ直ぐに延びる道路は、駅の真正面まで続いていて、駅前はタクシーの停留所になっている。左右の歩道には、漫画喫茶とネットカフェの複合店や、パチンコ屋にディスカウントショップ等の店が並んでいる。

 こちら側が都市と較べて下町と呼ばれるのは、この店の種類とそれに伴う雰囲気が原因の一端を担っている気もする。


「それで、暁さん。繁華街に来たけど、どうするの?」


 雑踏の中、歩いていると長谷が訊いてきた。


「ゲームセンターに行く」

「ゲーセン?」


 長谷が頓狂な声を出す。


「芹沢について調べるんじゃないの?」

「学校をサボった奴等が行く所は限られてるだろ。精々、ゲームセンターやカラオケだし、客が居て話を訊くのに適してるのはゲームセンターだと思った」


 あぁ、と納得した様に長谷は言う。


「確かに、芹沢達はゲーセンに入り浸っていたらしいね、下級生から巻き上げたお金で」

「だったら都合がいい。入り浸る程の常連なら、顔を覚えている客も多いだろうし……芹沢の写真があるともっといいな」

「あるよ」

「へぇ、あるのか……あるのかっ?」


 うん、と長谷は鞄の中に手を突っ込んで、ごそごそと探ってから手を出した。


「はい」


 ……本当に持ってた。


 長谷から写真を受け取って芹沢を見ると、如何にも頭の中身が無さそうで、軽そうな顔をしていた。短く切った髪を立たせた狐目で、顔は整っているが、どうにも阿呆そうな印象が拭えない。へらへらした締まりの無い顔をしているからだろうか。


「しかし何でも出てくるな、その鞄」


 ショルダーバッグに目を移すと、長谷は不満気に言う。


「四次元ポケットみたいに言わないでよ、せめて準備がいいって言ってほしいな。三人の自殺について訊かれる事は知ってたからさ、以前に彼等の事を調べた時のものを用意しといたんだ」

「それにしても、他に何が入ってるのか少し気になる……」

「それは秘密」


 じっと見てると、長谷はバッグを隠す様にして、含み笑いを浮かべた。

 そんなんだと、四次元ポケットと言われても仕方が無い気がするのだが。


「じゃあ、他の奴等の写真は持ってるか?」

「それは持ってきてないね。芹沢のだけでいいと思ったから」

「ん、まぁ別に平気か。いつも一緒に行動してたなら、芋蔓式にいくだろうし」


 出来れば、被害者全員の顔が判るとよかったが、リーダー格の顔だけ判れば平気だろう。


「それじゃあゲームセンターに向かいたいんだが――長谷、場所知ってるか?」


 長谷は「へ?」と急に立ち止まった。その後すぐにまた歩き始めて、訊いてくる。


「暁さん、場所知らないの?」

「一度も行った事が無い」

「――うわっ、貴重な人」


 長谷は少し呆れながら、珍しいものの様に俺を見た。


「そんなに詳しいって訳じゃないけど、ぼくだって行った事あるのに」


 そんなに怪訝しいだろうか。今まで興味も無かったし、進んで行きたいところでもなかったから行った事が無かったが……少し恥ずかしくなってきた。


 まずい、赤面しているかも知れない。


 それに気付いているのかいないのか、まぁいっか、と長谷は微笑った。


「それじゃ、取り敢えず一番近くの所に案内するよ」




 長谷に付いて行って着いたゲームセンターの第一印象は、派手だ、という事だった。

 やたらとネオンで飾り付けて(ネオンの形から見ると、どうやら『ACE』という店らしい)、LEDサインのスタンドが置かれていて、何やら色々と宣伝している。多分、店内のゲームについての事なんだろうが、さっぱりだ。

 今はネオンは点灯していないが、夜になったら『ACE』という文字に光って看板の役割を果たすんだろう。


 店に向かっていると、あっ、と言う声が聞こえた。何かと思って声のした方を見ると、山瀬高校の制服を来た男子と女子が居る。その二人を見て、長谷が「あれ?」と呟いた。


「先輩! よかった、探してたんですよ!」

「――楢沢君だ」

「知り合いか?」


 うん、と長谷が頷いていると、楢沢が駆けてきた。


「あ、どうも、初めまして。暁先輩ですね? オレは楢沢って言います。乙野部長に言われて手伝いに来ました。いやー、山瀬高校トップクラスの美人って噂は誇張じゃないんですねっ。すっごい綺麗な人で驚きました! オレの名前は楢沢です、あ、自己紹介二回目になっちゃいましたけど、覚えていて貰えると嬉しいです。宜しくお願いしますねっ!」

「え? あ、あぁ……宜しく」


 捲くし立てながら手を差し出されて、思わず握手してしまった。喋り方と笑顔が爽やか過ぎて、歯の浮く様な事を言われているのに違和感が無い。何だこの明ら様な『優等生』オーラ。

 乙野さんとは違うタイプの立て板に水喋りで、何やら色々と突っ込みたい事をさらりと言われた気もするが……乙野さんが部長で長谷の後輩という事は、


「新聞部員?」


 長谷に訊くと、そうだよ、と頷いた。


「向こうに鮎河あゆかわさんも居るね。二人とも部長に言われてきたの?」

「そうです。呼び出し喰らって直行で来ました。いや、頼られて嬉しいんですけどね? あ、ちょっと待ってて下さい、鮎河先輩もこっちに来てますから」


 先輩早くっ、と楢沢が急かす方から、短めの後ろ髪を一本結びにした女の子――鮎河という名前らしい――が来た。


「楢沢君、急に走って行かないでよ……」


 鮎河は少し息を乱れさせながら言って俺を見る。何か探る様な目で不審そうな視線を俺に投げ掛けているが、本人は此見よがしにならない様に隠しているつもりらしい。


 いや、バレバレなんだが。


 俺こんな風に見られる事何かしたか?


「えと、初めまして鮎河せつです。宜しく……お願いします、暁さん」


 何故か、鮎河は怖ず怖ずとした様子でお辞儀した。


 何か、警戒されている様な気がする。気のせいだろうか、俺と長谷の間を落ち着かない様子でちらちらと見ている様な。何か変なところでもあるのだろうか。

 気になる事もあるが取り敢えず、宜しく、と挨拶を返しておいた。


「じゃあ挨拶も終わったし――楢沢君。部長が君達を寄越したらしいけど、どういう事?」

「乙野部長と森枝副部長は今、部室の使用許可を貰ってるんですけど、思ったよりも時間が掛かりそうだから、って暁さんを手伝って来いって言われたんですよ。それで森枝副部長が、多分ゲーセン辺りから調べるだろう、って言うから、ここに来てみたら――先輩と遭遇したって次第です」


 森枝さんがこの二人をここに行かせたのか。凄いな、芹沢の事を調べるとは言ったけど、まさか俺がゲームセンターから調べる事を予想してたとは。


 ふぅん、と長谷は手を顎に当てて呟いた。


「ぼくだけで充分だと思ったんだけどな」

「あ、あのっ」


 ふと、鮎河が声を上げた。


「人手は多い方がいいと思いますし、わたし達暇だから、ちょ、ちょうどよかったんです」


 顔を赤くしながら、必死に鮎河は長谷に言う。口下手なのだろうか、耳まで赤くなっている。その隣では何故か楢沢が、やってしまった、と言わんばかりの顔で何処か呆れた様な顔をしていた。


「まぁ鮎河さんがそう言うなら、別にいいけど……楢沢君も同じ?」

「えーえーまぁ、そうですね。新聞部としての活動になりますし、特に異存はありませんよ。というか、だからこうして長谷先輩を探してたんだし」


 やる気は充分ですよ――と、楢沢はあどけない顔で笑った。


「だからさっさと調べましょう。暁先輩、芹沢達について聞き込みをすればいいんですよね?」

「そうだよ」


 本当は、芹沢と速水について聞くつもりだが。その事を言うつもりは無い。


「自殺の事件当日から、一週間ぐらい前までの事を聞いてくれればいい」

「そうですか。じゃあ二つのグループに別れましょう、このゲーセン二階まであってデカイし。長谷先輩と鮎河先輩に二階を任せていいですか? 俺は暁先輩と一階を調べます」


 楢沢が矢継ぎ早に言うと鮎河が、えっ、と声を上げた。


「ちょ、ちょっと楢沢君。そんな勝手に、長谷君や暁さんにも聞かずに、そんな勝手にっ!」


 あたふたと手を動かしながら、鮎河は訴える様な調子で言う。


 何か、混乱してないか鮎河。


 楢沢は鮎河の反論に、面倒臭そうに頭を掻いた。


「別にいいでしょ? どうせもう周知の事実なんですし、いい加減に進展させないと、もどかしさの余りに部長が発狂して絶叫して暴走しますよ? それに長谷先輩も暁先輩も、俺の提案通りで問題無いですよね?」


 楢沢が何を言っているのか話がよく見えないが、いいよ、と俺が答えると長谷も、うん、と首肯した。


「宜しくね、鮎河さん」

「えっ、あっ……は、はい」


 何故か鮎河は、消え入りそうな声で、顔を伏せてしまった。

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