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「――しっかし。ヌエちゃんって面白い事知ってるんだね。エリザベス何とか、なんて人、アタシ全然知らなかったし」


 黒木の話をした後、乙野さんに妙に感心された。うーむ、と腕組みをしながら眉間に皺を寄せて豪く考え込む乙野さんに俺は苦笑する。


「殆ど知り合いの受け売りですよ。無駄に博識な奴が居るんです」


 それに、へぇ、と森枝さんが興味深そうに呟いた。


「ちょっと、その人と会って話してみたいな」

「いや、軽く外道ですから止めた方がいいです。常識あるけど良識が無い男ですから」


 『違法って何?』って態度で生きてるところがあるし、あの探偵。新聞部員の人達、特に乙野さんなんかには悪影響以外の何も与えないと思う。


「そうかな、面白そうな人だと思うけど、その人」

「面白味の無い人間だとは思いますけど。――兎に角話を戻します、戻させて下さい」


 このままこの話題が進むと、勝手にあの駄目探偵へのイメージが膨らんで、何だか非常に申し訳ない結果を招きそうだ。森枝さんは少し口惜しそうにしているが、無理矢理にでも話を逸らさせてもらおう。


「――ここで、俺が言いたいのは、って事です。俺は、受け容れられる恐怖を、恐れるままに無理矢理に与えるなんて事は、赦せない。人為的な殺人という行為なら、殊更に」


 俺はもう、死を恐れられないからこそ、死を恐れる人を助けたい。


 霊が視えても、それは俺が何も出来なかった事があったという事だ。未練りゆうを遺して世界に固執する様な状況で死んだ人が居る。その証は余りにも――もどかしい。だけど、霊が死の恐怖になり得る時に、俺がそれに敵対する事はやはり――矛盾理由パラドツクス


 どう仕様も無い。霊を助けるには、霊を救う事は出来ない。本質的に矛盾しているものは世界に適応出来ない。せめて、俺の様にどっちつかずな失敗者だったら少しはマシだというのに。


 乙野さんは暫し複雑な表情をした後、あれ? と首を傾げた。


「ちょっと待って。殺人って何? ヌエちゃんが調べてるのは自殺についてでしょ?」

「え? ……あ」


 しまった。


 余計な事を言ってしまった。世間的にはただの不可解な自殺事件として扱われているのに……まさか、その。「超能力者が自殺を促しました」なんて言える訳も無い。


「あのー、それはアレです、言葉の綾ですっ。気にしないで下さい」


 ――何とか誤魔化さなければ。高校の部活の調査だけで、速水を見つけて追い詰める事は無いとしても、調べている内に遭遇する可能性はある。ベクター絡みの事件に何も知らない人を巻き込む事だけは出来る限り避けたい。


「ですから、俺は人が死んだ事件に関して興味を持っているって事で――」

「待って、ちょっと待って。高校生三人が自殺して、その人達は怨まれていて殺される動機が多分にあった。だけど警察が自殺と断定した事件だし――いや、確か、自殺の現場には使用された刃物は持ち去られてたのよね……」

「……乙野さん?」


 俺が弁解の言葉を言い終わる前に、乙野さんは物凄い勢いで独り言を言い始めた。周りの音が聞こえていないのか、何度俺が呼び掛けても反応してくれない。


「聞いてますかー?」

「――もしかして、その刃物を持ち去った奴が犯人? 何らかの方法で自殺に見せ掛けて殺したとか……推理小説みたいで荒唐無稽過ぎるかしら……? いやいや、そんな事よりも疑わしい点がある事には変わりないんだから、調べる価値は十二分――どころか、事件のバックグラウンドへの取材にも繋がると考えるべきね」


 聞いてない。


 項垂れる俺に森枝さんが言う。


「暁さん、無駄だよ。今の鈴風はスイッチ入ってるから。声が聞こえていても聞かない」


 確かに。何を言っても無駄そうだ。これはもう、速水に遭遇しない様に祈るしか無い様な。乙野さんは手帳を取り出して、色々激しく独り言を言いながら何かを確認し始めた。また店員さんの視線が痛い。


 少しすると、ガタッ、と乙野さんは急に思い切りよく立ち上がった。事件について考え終わった様だ。長谷が「気にしないで下さい、ちょっとした発作みたいなものです」と店員さんに釈明する。でもやっぱり店員さんの視線は痛い。


「――こうしちゃいられないわ。アタシ達も調べるわよ! そんな三人も殺した人間が居る可能性があるなんて、白日に曝すべきだわ!! 森枝、楢沢ならさわ君とアユちゃんに連絡取っといて、私は今から部室の使用許可取って来るから」

「無理だったらどうするつもりだ?」

「不法侵入でもするわよ。部室には必要なものが色々あるんだから!」


 不法侵入って。


 乙野さんの暴走を見た森枝さんが、はぁ、と嘆息した。


「鈴風、行動力があるのにはいつも感心するが、ちゃんと考えて行動してくれ」

「煩いわね。あ、長谷君。長谷君にはヌエちゃんを手伝ってあげてほしいんだけど、お願い出来る?」

「いいですよ」

「は?」


 待て待て。何か、俺だけ物凄い置いてきぼりにされて話が進んでいないか。


「ちょ、ちょっと待って下さい。手伝いって何ですか?」

「暁さん、この後、芹沢について調べるんだよね?」

「え? あぁ、そうだけど」

「だったら、それにぼく達新聞部も協力させてもらうよ、って事。暁さんだけで調べるよりも、人手は多い方がいいでしょ」

「いや、だから必要無いから」

「人の厚意は素直に受け取ろうよ暁さん」


 それは恩着せがましいとは言わないだろうか。


「どっちにしろ、部長がやる気満々だからさ。あの状態の部長が付いて行くのと、ぼくが付いて行くの、どっちがいいと思う?」


 にこにこと柔らかい物腰を崩さずに長谷は言う。だが何か信用出来ない黒さが漂う笑顔なんだが……けれども、俺には選択肢が一つしか無かった。


「……それは、言うまでも無いな」







「――そうか、判った。取り敢えず、それはお前に任せる。多分そこまでくれば殆ど完璧だろう。――あぁ、そうだ。それじゃあな」

「ヌエからですか?」


 事務所に帰ると晨夜がちょうど電話を切ったのを見て、彼方は透かさず訊いた。


「おかえり、彼方。速水と自殺した奴等が繋がりそうだと」


 彼方は持っていた紙袋を机に置く。


「ただいまです。それじゃ、やっぱり速水君が?」

「そうだな。動機はまだ不明瞭だが、接点があるならそこから手繰り寄せられるだろう」

「具体的にはどの程度まで判ってるんですか?」

「繁華街で速水と死んだ高校生が接触したという事だ。速水は山瀬高校で夜鳥と会ってから、その後、夜に万引きをしている。文化包丁という凶器の万引きから考えて、殺す動機はその時に出来たんだろう。だから、速水が高校生と接触したのは五月十三日の筈だ」


 晨夜は片目を細め、彼方に訊いた。


「ところで彼方、頼んでおいた物は?」

「あ、はい。ありましたよ」


 彼方は紙袋から掌に乗る大きさの正方形の機械と、ライターに筒を付けた様な機械を取り出す。そして添付されていた説明書を読み始めた。


「えーと、使用電波は極超短波UHFで、受信可能距離は三百から六百メートルです。重さは百グラム程度ですから、両面テープなんかで充分に取り付けられるみたいですね。こんな小さい機械が六万円なんていうのは納得出来ませんけど」


 彼方は手痛い出費に顔を顰める。唐突に晨夜に頼まれた物を買ってきたのはいいが、やはり六万円というのは大きい。しかも用途は判っているのに目的が不明だから、余計に彼方は、無駄遣いしたんじゃないかな、と不安になる。


 晨夜はそれに苦笑しながら機械を受け取り、一通り眺めながら言った。


「これから機会があれば使い回して元を取ればいい。それだけの性能もあるだろう」

「でも、盗聴器なんてどうするんですか?」


 その彼方の問いに、晨夜は懐中時計で時間を確認しながら答えた。


「盗聴に決まっているだろう?」

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