#4/Elan Vital‐暁夜鳥(五月十九日)

26

死者も、我々が全く忘れてしまうまで、本当に死んだのではない。

――ジョージ・エリオット




五月十九日


 その日の俺は不機嫌だった。


 休校で生徒が居ない校舎に来ていて、騒々とした日常が欠けた場所に居るからでもなく、それが人が死んだ事が原因だからでもない。


 状況はもっと単純に、


「よっ、ヌエ。相変わらず色気無い私服だなぁ、お前」


 有馬に頼らないといけない状況に置かれていたからだ。


 何故こんな事になったのか。それもこれも、全部黒木のせいだ。


 速水について調べる為に、自殺した――殺された――山瀬高校の生徒三人の情報を集めようという段になって、黒木は言った。


「学内のコミュニティから情報を集めろ」


 当然俺は、どうやって、と思った。自慢じゃないが、俺はそんなに友達が多くない。そんな俺が、同じ高校の生徒だからってだけで、すんなりとアレコレと話を訊く事は出来ない。徒でさえ今高校は自殺事件のせいで臨時休校だ。殊更に事情を調べるのが難しくなっている。


 だが黒木はそんな事を意に介さずに、


「有馬孝之が居るだろう」


 最悪な名前を出した。


 有馬は山瀬高校で一番の情報通と言われていて、流行に敏感で会話の引き出しも多い。校内では俺とは正反対な立ち位置に居る奴だ。だから勿論、あいつに訊けば死んだ生徒の事もすんなりと判るだろう。


 だが嫌だった。

 何が嫌なのかって、嫌なのが嫌だった。


 理由は無い。


 自分でも何が嫌なのかよく解っていないくらいだ。


 けれども、俺が有馬に話を訊く事に首を縦に振らないでいると、黒木は捺夜を会いに行かせようとした。それだけは何があっても阻止しなければならない。捺夜を有馬に紹介するだなんて絶対に嫌だ。


 それで、俺は仕方無く有馬と会っていた。


「もっと女らしくしろよー、ヌエ。勿体無ぇ」

「煩いな……俺が女物の洋服は嫌いだって知ってるだろ」


 俺は髪を束ねて、細身のカーゴパンツに、黒いジャケットという恰好だ。確かに色気などは無いが、そんな事に口出しされる謂れは無い。というか、俺は可愛い服を着るのが何と無くむず痒いから、わざとこういう服を選んでいるだけだ。


 多分、捺夜に勧められたゴスロリの服なんかを着た時には恥辱で死ねる。


 有馬は有馬で、どんなに注意されても染め直さない茶髪に『Liberal Anarchy Rights!!』と変な文句の書かれた長袖のTシャツ――直訳すると『自由主義的リベラル・無政府状態のアナーキー・権利ライツ』だが、どういう意味だ? ――に、サスペンダーパンツ。一応、こいつもイケメンという部類なんだろうか。俺には全く判らない。


「……で、何で高校なんだ」

「ヌエとデートする為さ!」

「ぶっ飛ばすぞ」


 有馬がちょっと引いた。


「いや、冗談。マジ止めて。殴んないでね? ちゃんと理由あるから」

「最初からそう言え」

「何だよいいじゃんかよ、オレはヌエの事をこんなにも愛しているのに!!」

「いいから」


 話を進める様に促すと、有馬は少し傷付いた風にした。


「えっと、あれだろ? お前、自殺した奴等について訊きたいって言ってたじゃん? だから、そういうのに一番打って付けな人達を呼んだ」

「呼んだって、誰を?」


 俺の問いに、有馬は両手の人差し指と中指を軽く曲げて、ダブルクォーテーションのジェスチャーをしながら、得意気に答えた。


「〝新聞部〟」




「お待たせ有馬君。ごめんねー遅れちゃって」

「別にいいっスよ、先輩。こっちも丁度ですから。ヌエ、この人は新聞部部長の乙野先輩」


 新聞部の人達は、自殺した生徒の話をする代わりに、俺にインタビューをしたいという事だった。


 部長と紹介されたセミロングの女子生徒――乙野さんは有馬の紹介に併せて、どうも乙野鈴風すずかぜです、と人当たりの良さそうな笑顔で言った。会ってすぐに明るい人柄の持ち主だと判る。大きい眼も、さっぱりとした印象があって、明朗闊達という言葉がしっくりくる。


「初めましてヌエちゃん。えっと、こっちの背のデカイ眼鏡が副部長のしんで、鞄を持ってるのが君。森枝はアタシと同じ三年で、長谷君は二年」


 森枝さんは軽く頭を下げ、長谷は、どうも、と微笑んだ。


 副部長だという森枝さんは、背筋がまっすぐ伸びていて、ただでさえ高い身長が、余計に高く見える。その雰囲気と相俟った蛇の目で、何処かの探偵とはまた違う、真っ直ぐな冷徹さがあった。対して長谷は、温和な表情に物腰が柔らかく、淡泊そうな落ち着きがある。ただ気になるのは、少し大きいショルダーバッグ。何が入っているんだろうか、人柄の印象とそぐわず浮いて見える。


「どうも、暁夜鳥です。あの、俺にインタビューって……どういう事です?」

「そりゃあ勿論! 山瀬高校で一二を争う美少女だからに決まってるじゃない!! 白髪紅眼のミステリアスな女子高生……その私生活とか趣味とか性格とか為人とか、知りたがってる人は大勢居るものっ」

「はぁ」


 意味が解らない。


「ところで先輩、何で三人なんスか? オレ、てっきりインタビューって、先輩が一人でやるもんだと思ってたんスけど」

「え? それは……えっとぉ」


 有馬の問いに、乙野さんは急に目をきょろきょろとさせながら言葉に詰まった。明らかに目が泳いでる。何か疚しい事でもあるのか。

 乙野さんはその様子を隣で見ていた森枝さんに助けを求める様な、傍から見ても判るアイコンタクトをした。森枝さんはそれに嘆息して、


「…………」


 と、無言でこちらを見てきた。


 ……何? 何故か物凄いバツが悪そうな目で見られてるのだが。


「その、気を悪くしないでくれ」


 急に森枝さんはそう言って、こちらが聞き返す間も無く、済まなそうに続けた。


「鈴風が、どうしても君に会いたいと言ったから。わざわざ俺達を連れてきたんだ」

「は?」

「君はその、外見が特異だから。それを興味本位で見に来た訳じゃなく、鈴風は君自身に興味があったという事を言いたいんだ」

「あー……」


 つまり、俺の容姿の物珍しさだけで会いに来たと思わないでくれ、という事か。


「別にそんな事をわざわざ言わなくても気にしませんよ。それに、俺は協力してもらう訳ですから。そんな風に見られても、それはそれで構いません。これは俺の個性だと割り切ってますし。目立つ人に目が行くのは当然ですよ」


 そう言うと、乙野さんは情けない声で、ごめんねぇ、と言った。


「でも、ホントに本ッ当に、アタシはヌエちゃん自身に興味がある事は信じてッ」


 だから、気にしないって言ってるのに。


「いや、だから、何で森枝先輩と長谷まで来てるんスか? 乙野先輩だけでいいでしょ?」


 と、再びの有馬の疑問に、


「部長は暁さんにインタビューしたいんだけど、緊張するからって副部長にも来てもらったんだよ。ぼく達が居ればいつも通り楽に振舞えるから、って」


 長谷が、くすりと微笑いながら言った。


「あぁっ、長谷君非道い! ばらす事無いじゃない!」

「別に非道くはないだろ。お前が緊張する、というのは合っているんだし」

「先輩、ジャーナリストなのに緊張するってどうかと思いますよ」


 森枝さんと有馬に突っ込まれ、乙野さんは、うぅ……、と小さくなってしまった。


「長谷君二人が苛めるよぅ、アタシ部長なのにぃっ!」


 乙野さんが逃げる様に長谷に泣き付くと、それを長谷は慣れた感じで、あやす様に「あー、はいはい、よしよし」と頭を撫でた。乗りが適当臭い。


「でも上がり症は治して下さいね。使い物になりませんから」

「非道い?!」


 ……何なんだろうこの人達。本当に自殺した三人の話を聞けるか不安になってきた。


「しかし、有馬。何でお前新聞部の人達とそんなに仲がいいんだ?」

「え? だってオレ、新聞部の人達の情報提供者だから。言わなかったっけ?」


 言ってない。


「有馬は交流が広いからね。情報源として重宝させてもらってるんだ」


 長谷の言葉に乙野さんは力強く、うんうん、と頷く。余程有用らしい。


「お前、そんなに広いコネクション持ってたのか」

「惚れ直した?」

「呆れた」


 要はそれだけ遊び回っているという事だろうに。というか、惚れって何だ。惚れって。


「大体、何でそんな事をしているんだ、お前は」

「え? それはだね、以前長谷を手伝った時に乙野先輩と会って、お近付きになりたいと思ったからさ!」


 何故か誇らしげに言う有馬。


「……へー、そう」


 訊いた俺が馬鹿だった。


「あれ、もしかして妬いてるぅ? ヌエってば怒ってるぅ? いいよいいよ、ツンデレでもオレは一向に構わないぜっ? 『From the YANN to the TSUN』――つまり『ヤンからツンまで』がオレの守備範囲モツトーだからな!」

「俺は揺籃を飛ばしてお前を墓場にぶち込みたいんだが」

「いやいや大丈夫だって、皆まで言うな。オレはヌエの事」


 有馬が、冷てぇよなぁ……、と首を竦めると同時に、正午の鐘の音が響いた。


「あ、ヤベッ。もうこんな時間かよっ。じゃ、オレは用事があるんでこれでっ」


 鐘の音を聞くと、有馬は慌てた様子で何処かに行った。今日も、この後に誰かと遊びに行く予定でも入れていたらしい。やはり遊び回っているから人脈が広いとしか思えない。


 半ば軽蔑の混じった目で有馬を見送った後、乙野さんが訊いてきた。


「ヌエちゃん、お昼食べた?」

「いいえ? まだですけど」

「じゃ、立ち話もなんだから――話がてらにご飯を食べられる場所に移動しよっか」

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