24
そして、その日の夜。
自宅で未だに甘味が残っている様な気がする口内を、コーヒーで誤魔化していた時。四人目の被害者が出たと山縣警視から連絡が来た。すぐに現場に向かおうかと思ったけど、現場に行ったところで一般人である僕が、警察の捜査の中に入れる訳も無いので、このまま話を聞く事にした。
「簓木は何て言ってる?」
〝あ、はい。監査官には既に伝えてあります。すぐに槻木さんにお伝えしろとの事でしたので〟
……やっぱり、彼女は全部投げる気満々らしい。全く、一任すると言えば聞こえはいいけど、単純に僕に対する嫌がらせが本意なんだから気が滅入る。
はぁ、と山縣警視に聞こえない様に溜め息を吐いてから、僕は言った。
「じゃあ、被害者と現場の状態を教えて」
〝はい。被害者は住宅街に住んでいる専業主夫です。二人目の被害者の夫ですね〟
「夫? 二人目の被害者の?」
ここにきて一体なんだ、この繋がりは。偶然……という事は無いだろう。今回の犯行は、初めて屋内のものだ。知らずに踏み入った家が、たまたまこの繋がりを齎したという事も考えられるけど、確率的に余りにも低い。今までとは違って、明らかに狙っている。わざわざ、家屋に踏み入るというリスクを冒してまでした事だ、何かがあると考えるべき。
一旦、思考をそこで止めて、続けて、と促した。
〝はぁ、えー、被害者は右肘から先が無く、死体はリビングで椅子に座り、食卓に凭れ掛かる様にしていました。死斑などからも、座った状態で死んだ事は確かです。食事の準備をしていたらしく、夕飯が準備してあります〟
「使われた食器に唾液か指紋は?」
〝いえ、それは被害者のものしか検出されていません。ただ、食器が使われた事は確かです。皿の方は証拠品として持ち帰ってから
何も検出されていない、となると犯人は周りの物に一切触れずに、殺す事だけが目的だったのだろうか。惜しいな、DNAでも取れたらよかったのに。指紋の方に関しても同様だろう。皿の方も望みは薄い。
「死因は?」
〝やはり傷口からの失血が原因ですが、何の処置も施されずに放置されていた様です。現場の床には大量の血痕があるそうですので、恐らく、犯人が被害者の血をばら撒き、その後に食卓に凭れ掛からせたものと思われます。切り取られた腕は今まで通り持ち去られている様です〟
今までと、然して変わらない犯行か。
違う点と言えば、屋外ではなく家屋に侵入しての犯行という点。そう考えると、今回は随分と大胆だ。この時間帯では余り期待は出来ないけど、不審者の目撃情報があるかも知れない。近辺の山瀬高校の生徒のアリバイを調べてみるのもいい。
「床に血痕があったらしいけど、それで足跡は付いてる?」
〝それも見つかっていません。どうやら、血を撒く際に血で自分の足跡が残らない様にしたと思われます〟
「……今まで通り、証拠は無しか」
先ず考えたい事は、これは本当に〝四肢狩人〟の仕業なのか、否か、という事だ。
余りにも変わった印象のある犯行。それに二人目と四人目の関係。今回はただの模倣犯かも知れない……と行きたいけど、それは無い。これは〝四肢狩人〟の犯行と考えるべきだ。ベクターが無ければ行えない犯行なのだから、同一のベクターは存在しないのだから。
だけどこの犯行から、この事件は違う側面を出した事だけは確かだ。緩急を付けているのかどうかは知らないけど、被害者に関連を持たせ、家屋に踏み入って自分から被害者の許に向かった。この変化は見逃せない。
簓木の言う通り、共犯者の可能性も考える必要がある。〝四肢狩人〟は少なくとも学生だ。その他に誰かが協力していれば、もしくはベクターを利用しているのだとしたら、この判然としない犯行の繰り返しにも説明が付く事もある。
そう考えると、もしかしたら猟奇殺人が目立っているだけで、〝四肢狩人〟が起こしている事件は他にあるのかも知れない……調べる価値はある。
「――判った」
調べる目安としては第一の被害者が出た時。〝四肢狩人〟が初めて動いたとされている時だ。
「一つ頼んでもいいかな。三ヶ月前から起こった事件を全て調べて、奇怪な事件があった場合は、どんなに些細でもいいから僕に伝えて」
〝――あ、え? はぁ……〟
山縣警視は、どうにも釈然としない生返事を返してきた。
「どうしたの、何か不都合でもある?」
〝あ、いえ。そうではなく、監査官が全く同じ事を仰っていたので……〟
「…………」
僕は食器を割ってしまった様に、山縣警視のその一言で虚を衝かれた。そして思わず、もう山縣警視に聞かれるのも構わずに、だはぁ、と思い切り溜め息を吐いてしまう――一生懸命推理したのに台無しだよ本当に。
僕の考える事を先読みして先に指示出すなら、仕事なんかさせないでくれればいいのに……はんっ、どうせこれも彼女の嫌がらせの一環だろうけどね!
僕はなるべくそれ以上の落胆の色を声に出さない様にして、山縣警視に言った。
「あぁー、そうなんだ。うん、じゃあ、取り敢えず宜しくねー」
何だか、豪く遣る気が殺がれた気がする。
五月十四日
数日後、僕は放課後に警察署を訪れ、山縣警視に以前と同じ個室に通されていた。纏め終わった四人目の被害者の検死結果を見る為と、三ヶ月以内に起きた奇怪な事件を確認する為に。
そして、当の簓木はやっぱり来ていなかった。昨日、わざわざ山瀬高校の制服を入手してまで暁夜鳥に接触しようとした少年に対して、あんな適当な対応を見せた癖に、どう考えても面倒臭がってるとしか思えない。
特に目立った点も無かった四人目の分の資料に、一通り目を通し終わる頃、山縣警視は頼んでおいた奇怪な事件を二件見つけらしく、その資料を持ってきてくれた。それを机に置いて、それぞれの簡単な梗概を説明し始める。
「先ずですね、三ヶ月前に一件。轢き逃げが起こっています。事件自体はただの轢き逃げで、既に解決していて死亡者が一名出ていますが、運転手に過失は無いと結論付けられました。しかし逃げてしまったので、罪は重くなりましたが」
「それの何が怪訝しいの?」
「起きた時間と被害者です。深夜の事故なのですが、被害者は堂崎美和子、女子中学生です。彼女が何故、そんな時間に出歩いていたのかが判然としていません。もしも、誰かに連れられて道路に突き飛ばされたのならば事件性がありますが、どうやら彼女は一人で出歩いていたらしいのです」
「素行が悪かっただけじゃない?」
「いえ、近所の住民の話によると、普通の子供だったそうです。第一に、深夜に出歩く事などは母親が許さないので、今までに一度も無かったと」
「運転手は事故の直前に、他に人が居たかどうかは見てない?」
「深夜でしたので辺りは暗く、道路を照らすヘッドライトだけでしたので、見えなかったと証言しています。ですが、被害者が自分で飛び出してきた事だけは確かだと言っているので、被害者の不注意だとしか。それに、遺体にも性的暴行などの痕跡も見受けられなかったらしいので」
「不審な点も無く、これといった情報も入ってこなかったので、交通事故として処理して事件は終わった、という事だね」
山縣警視は頷いた。
成る程、妙な事件だ。深夜という時間帯に、出歩いていない筈の女子中学生が、自分の意思で出歩き事故に遭った。そして、その理由は判らないままで、事件は終わった。
堂崎美和子という中学生の背景に何かがあると考えるべきなんだろうけど、疑わしい事実は何も無い。
腑に落ちない。だけど、それだけの事件。〝四肢狩人〟が関わる要素は何処にも無い。僕は一人納得して、うん、と頷いた。
「次の事件は?」
そして山縣警視は、一番最近の奇怪な事件を話し始めた。
「――警官が錯乱した?」
「はい、万引きの通報を受けた交番巡査二名が、犯人と思しき少年を路地裏で血塗れの状態で見つけた際に、一人は意識を失ってしまい、もう一人は錯乱してしまったと」
「二人とも生きてるの?」
「生きています。錯乱は一時的なものだったらしく、暫らくしてから元に戻ったそうです」
一時的とは言え、警官を錯乱させた? それに気を失わせた? どうやったらそんな事が出来るんだ……これは明らかに変だ。
「万引きの方は、どんな事件だったの?」
「深夜に来た高校生が文化包丁を万引きして、それを見つけた店員と乱闘になったらしいのですが、店員は争った際に頭を打ち昏倒、そして目を醒ますと床に夥しい血の痕があったそうです」
店員が昏倒している間に万引きをした高校生は逃げて、その後何らかの傷を負った筈の高校生が警官二名を錯乱させたという、常識的には意味の解らない事件、か。
犯人は高校生。だとしたら、山瀬以外には有り得ない。だけど、〝四肢狩人〟事件の後の事だ、関連を見出すには、確固たる証拠が無ければ恣意的になるだけ。包丁を盗んだというのも気になる。
「何処の高校の生徒かは判ってるの?」
「山瀬高校だそうです」
妙に、一致する……一致するのだけど、しかし、まるで〝四肢狩人〟の影を見る事が出来ない。
〝四肢狩人〟との関連は閑却しよう、と僕はもう一つの不審点に意識を向けた。
「店にあった血と路地裏の血のDNA鑑定はした?」
「いえ、私は南川署には〝四肢狩人〟の捜査本部長として来ているので、そこまで干渉は」
「してないなら警視としての権力を活用して至急やってもらって」
その要請に山縣警視は狼狽える様子を見せた。
確かに、自分の階級なら多少の無理は通せるかも知れないけど、それも捜査に必要な事ならば、だ。万引き事件の血痕の鑑定なんて、どうやったら〝四肢狩人〟と関連が見出せるのか判らないんだろう。
「しかし、何の意味が」
予想通り、山縣警視は訊いてきた。
「二箇所にあった血の総量は、ざっと見当を付けても一、二リットルはある。一致すれば死んでいる事になるからだよ」
「は?」
「いや、何でも無い。今のは無視して。店の監視カメラに万引き犯の姿は映ってた?」
無理矢理、話を終わらせた。これ以上この話題はするな、という意思表示は伝わったのか、山縣警視は話を進めた。
「……プリントアウトしてあります」
「――彼が?」
僕は山縣警視に写真を手渡され、そこに写っている見覚えのある少年の顔を見て、瞠目していた。
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