23
五月某日
それから一ヶ月程経った。
〝四肢狩人〟が学生だという結論に至って、あれから可能性の検証の為に様々なシャンクボタンを掻き集めた。確証を得る為に、それぞれ痣の痕とボタンのレリーフを地味に地道に比較していった結果、僕の通う高校――山瀬高校の生徒である事は判明した。だけどまぁ、実際にそれをやってくれたのは山縣警視を介した科捜研の方々なんだけど。
しかし、そこで止まってしまった。山瀬高校の制服は男女共にブレザーだから、性別の特定は出来ない。簓木のプロファイリングでは男という事になっているけど、僕はそれで単純に首を縦に振れない懐疑人格者だ。制服に返り血が残っているかどうかを調べられればよかったけど、生徒一人ひとりの制服を調べる訳にはいかない。
人海戦術で行くには人手が無い。公的に警察が目的を公表して調べるには、混乱を招き過ぎるし、証拠を隠滅される恐れがある。メディアを通じて注目されるのも宜しくない。
第四の被害者が出ればまた状況も変わると思ったんだけど……第三の犯行以来、街近辺で事件はあるにはあったけど、起こった事件はどれも普通の事件で、〝四肢狩人〟は一切の動きを見せず、現状で掴んでいる情報からは何も判らなかった。それはまぁ、警察が暴けない事を簡単に解決出来る訳は無いのだけれども。
もう〝四肢狩人〟は目的を果たして動かないのか、と自棄になりかけていた時。
「行き詰っているみたいね」
昼休みに、高校の教室で机に突っ伏す僕に簓木が言った。
顔を上げて見遣ると、彼女は何故か北海道銘菓を飲料にした缶を持っていた。中身は黒い。白くない。個人的には恋人同士が別れそうだと思う。
「まぁ、ね。やっぱりどう考えても証拠が少な過ぎるんだよ」
恐らく、凶器――包丁と片刃鋸と思われている――は、犯行毎に刃毀れで使い物にならなくなっているから取り換えているだろう。犯行直後には返り血を浴びて血塗れになっている筈なのに、そういう事に関する証拠も目撃情報も皆無。更には切り取った四肢も見つかっていないと来る。
凶器に関しては捨てないで持っているだけかも知れないけど、返り血の方はどうにも出来ないだろう。まさか雨合羽でも着ていた訳でもない。雨も降っていないのに、そんな目立つ恰好をしている人が居れば――いや、関係無いか。相手は被害者に悲鳴一つ上げさせずに四肢を切り取れるベクターだ。そんな事、どうとでも出来る。
切り取った四肢は、見つかってないからには保管しているんだろうけど、それは袋に入れてしまえば血の臭いも抑えられるし、血液が染み出しだりする事も無い。それじゃあ、確信のある家宅捜索でもしない限り見つけられる訳が無い。けれど、それ以前に情報が出てこないからお手上げだ。
もうやだなぁ……これだから会社の仕事はやりたくないんだ。
「ところでさ、現場に居た学生のグループについては何か判ったの?」
〝四肢狩人〟が『学生』だという情報から手繰れるものは、もう全て引き寄せ切った感がある。あとに残っているのは、あの現場写真に写っていた生徒達についてだけだ。尤も、僕としては何も無さそうで、これっぽっちも信頼性が無いんだけど。
流石に、一ヶ月掛けて山縣警視にシャンクボタンと一緒に並行させて調べさせたんだから、もう結果は出ている筈だろう。
あぁ、と彼女は思い出した様に言った。
「山瀬高校の新聞部だったわ」
「新聞部?」
「えぇ、結構優秀で本格的な部よ。過去に空き巣を独自の調査で突き止めたりもしてるわ。それで今回、アマチュアなりに〝四肢狩人〟事件を調べてるのね。まぁ、絶好のネタでしょうし」
って、事は……あの現場写真での怪しさぷんぷんの行為は、ただ部活動をしていただけなのか?
そうみたいね、と簓木は何の気も無しに言った。
「おい、それじゃ完全に行き詰ったも同然じゃないか!」
「ねー? 大変ねー?」
全く困った風も無く、簓木はおちゃらけた。
「それでいいのかっ、調査が失敗するかも知れないんだぞ!?」
「別に。私は監査官だもの。出来る限りの指揮を出して、あとは貴方と山縣警視に一任している状態だから」
「ひっどいな! 要は丸投げって事じゃないか!」
「関係無いわね。それに、私は別の仕事もやってるから、貴方のやっている事に関しては今のところノータッチ。責任は全部貴方に回るわ」
しれっと最悪な事を言われた。剰え、
僕は藁にも縋る思いで、彼女に言った。
「ちょっと待ってくれ。君の仕事って、他に何があるのさ? この区域では〝四肢狩人〟の調査よりも優先されるものなんて無いでしょ?」
だから僕を手伝ってくれ、という弱みだけは何とか飲み込む。
今回、簓木が最初の時以外に特に関わって来なかったのは、その仕事があったからなのだろうか。しかし、これはベクターに関する調査なんだから、これ以上に優先されるものと言えば、同じくベクターに関する事だけだ。そんなものが、そうそうある訳が無い。
しかし、僕の一縷の望みとは裏腹に、
「あるわよ。ベクターに関する事が」
「――は?」
あっさりと言われて、余りの不意打ちに変な声が出た。
「何よ、間抜けな声出して」
簓木は嫌らしく微笑いながら言う。これは、僕の心情を全部知ってたんだな……だから今日、頃合を見る様に僕のところにわざわざ来たのか!
「い、いや……、何。見つけたの? というか、居たの?
「監視対象指定が一人。この高校に居るわよ」
しかも校内の人間と来たか。
「誰?」
簓木は缶のプルタブを上げながら、
「暁ヌエ」
と、僕の同級生の名前を告げた。
「流石に知ってるわよね?」
「まぁ同じクラスだし、目立つし……」
先天性の色素欠乏症だった気がする。
白い髪も紅い眼も、染めたりコンタクトを入れる事をせず、目立つ事を全く気にしていなかったんだから、目立つのは当然だ。
それに一年生の頃に風紀担当の先生――地毛が茶髪でも黒く染める様に指導する、職権乱用とも言える行為を平気で行う無知蒙昧な男性教師だ――に注意された時の、有名な出来事がある。
暁夜鳥は風紀担当の先生に自分の事を説明したのに、聞く耳持たずに、風紀が乱れるから染めろ、と言われ、
『先生は、俺の容姿に口を出すのがどういう事か解ってるんですか? 個人差や個性というものを無視してますよ』
と口答えした。それに対し、先生の方はというと、今までにその程度の生徒との遣り取りは経験済みだったのか、校内に於いての社会性やら風紀についてを啓蒙なされたらしい。普通の生徒はそこで、主に相手の立場や権利とその後を鑑みて引き下がるが、暁夜鳥は、
『社会性に風紀……ですか。
全く以て正論の詭弁だ。
そして、そこまでずけずけと反骨精神溢るる事を言われた先生は、すっかり頭に血が昇り、平手を打とうとしたら、逆にその腕を取られて暁夜鳥に投げ飛ばされたという。
大の男が華奢な女子高生に投げ飛ばされるという奇怪な状況に加え、二人は教師と生徒だ。周りで一部始終を見ていた人達は大層驚いた事だろう。しかし、状況を見ていたからには判る様に、先に手を上げようとしたのは先生で、詭弁の気があるとはいえ暁夜鳥は正論を述べただけだった筈だ。
この後、先生は気絶してしまい、周囲が慌てるのとは正反対に、暁夜鳥は何事も無かったかの様にしていて、その事件で彼女の容姿についての言及は有耶無耶になったらしい。
そんな事件を起こした上に、あの容姿だから当時一年生だった彼女は、色々な意味で有名になった。それも、本人は知ってか知らずか、全く気にしていない様子だけど。
「彼女が?」
訊くと、何故か簓木は嘆息した。
「貴方、本当に任された仕事以外の事には気を配らないのね……」
ここで呆れられる意味が解らない。
「ヌエはアルビノなのに、紫外線対策をしないで普通に生活出来てるのよ? 怪訝しいと思うでしょ」
「いや、別に。興味無かったから」
UVカットの眼鏡を掛けていないとか、クリームを使っていないという事だったら、僕の知った事じゃない。
「まぁ、貴方ってそういう人だものね。だから扱い易いんだけど」
……何か、凄く馬鹿にされてる。
だけどそもそも、普通ならアルビノの様な遺伝子疾患についての知識は持ち合わせていないんだから、あの容姿に、宿命的に纏わり付く害の有無なんて知らないし、考えないだろう。
寧ろ、そう考えると、あんな風に振舞える暁夜鳥の気丈さの方が変に思えてくる。確かに彼女が風紀担当の教師に言った通り、容姿での迫害で、肩身狭く生きなくてはならない訳は無いし、そういう人達に冷たく当たる事も怪訝しいのは事実だ。
けれど、人間は数に弱い生き物だ。今までに、数で自分達の主張を正当化してきた事実は、巫山戯た事に大量にある。これは民主主義的思考の一面の弊害だろうけど、それが根底に染み付いている現代のこの国の人間になれば尚更。
常識がマジョリティーに支配されているのと同じだ。異質の排除。
特に、群れを成すのが大好きで著しく責任感に欠ける人間の多い、独立した閉鎖的で排他的な校内社会ならば。
それでも、あれだけ自分が異質だと理解していながら、そう見られていると解っていながら、あんな風に振舞える彼女は、気丈に過ぎる。
現状で、暁夜鳥がそういう状態に陥っているとは聞いた事はないけど……多分、暁夜鳥は群集心理による煽動にすら微動だにしないだろう。
「……で、君は暁夜鳥を監視してるの?」
「というか、その為にこの高校に派遣された様なものよ、能力を確認出来るまで可能な限り観察を続けろって。貴方がここに入学させられたのも、その方が便利だからだし。色々アプローチもしているけど、まぁ正直どんなベクターかは判然としないわね。本当はもっと手っ取り早く調べちゃいたいけど、そんなに堂々と会社が介入する訳にはいかないし」
ま、ヌエはヒトの白変種っていう事は無いでしょ――簓木は言った。
「眼が紅いからメラニン色素の生成に異常を来しているのは間違い無いのよね。だとしたら、紫外線による害を抑えているのにベクターが関わっていると考えればいいんだけど、彼女、視力高いのよねぇ……。両目とも二・〇以上あるから、紫外線を抑えるだけのベクターじゃ説明出来ないのよ。色々資料を漁ってみたけど、視力がそんなに高いっていうのは、メラニン色素の無いアルビノの症状としては有り得ないし」
訳解らないわ、と簓木はシニカルとも苦笑とも取れる笑みを浮かべた。
仕事と言っても、実際は何も行動していないのと同じじゃないか。それでよく、僕に協力出来ない理由にしようとは、僕に対する当て付けとしか思えない。サディストめ。
「それで手一杯という訳か。それはそれは大変なお仕事ですね、簓木サン」
僕の明ら様な皮肉に簓木は、そういう訳よ、と微笑って受け流した。
「私は考え込まなくちゃならないの、集中してね。だから、せめて事態に進展があったら私も協力するわ。下手に協力して、貴方がしくじった時に責任を負いたくないし」
「それはどうも。是非とも協力させてあげようじゃないか」
簓木は、楽しみにしてるわ、と言って、やっと北海道銘菓飲料を一口飲んだ。そして顔を一瞬顰めると、
「……それ、あげるわ」
僕の机に置いた。
「…………いや、要らない」
というか、僕が極端に甘いものは嫌いだって、簓木は知っている筈。
「遠慮すんなよ! 私と間接キス出来るチャンスだぜ?!」
「フランクな口調で言わなくてもいい事を言うな!!」
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