16
五月十七日
それから四日後、彼方は〝四肢狩人〟が出たという話を、事務所の近くで聞いた。
それは晨夜とヌエが猫の事件で『解体』しに行く、留守番をさせられていた時だった。
初めは特にやる事が無かったので、彼方は晨夜達が帰ってくるまで事務所のソファで寝ていた。
すると、パトカーのサイレンの音で目が醒めた。
何処かで事件が起きて、すぐに通り過ぎると思ったら、意外にもパトカーはすぐ近くに止まった。徒歩で行ける距離にパトカーが止まったという事と、持ち前の好奇心も手伝い、彼方は現場を見に行く事にした。
事務所を出ると、日が沈み切った後の空気は少し涼しくて音がよく透る。少し離れた場所で、回転灯の赤い光が誘蛾灯の様に野次馬を集めていた。どうやら皆考える事は同じだったらしい。
現場に行くと警察官が野次馬を押さえていて、現場と思しき路地裏には、既に黄色いテープとビニールシートが張ってあり、奥が覗き込めない様になっている。
彼方は何があったのか近くの人に訊くと、
「殺人だってよ。三人殺されたって話で、皆〝四肢狩人〟じゃないかって言ってる」
と返ってきた。
彼方は〝四肢狩人〟と聞いて、晨夜が調べている事件だという事を思い出し、現場を覗こうとしたが、ビニールシートの隙間から見えるものは何も無かった。それでも現場から警官が出てくる一瞬を狙おうと苦心していると、
「何かあったのか?」
と、不意に後から耳慣れた声で訊かれ、振り向くと晨夜とヌエが居た。
「あ、二人ともお帰りなさい。殺人です、殺人。また出たらしいですよ――〝四肢狩人〟が」
「〝四肢狩人〟? 本当なのか捺夜」
俺は巷で話題の猟奇殺人鬼が、こんな身近に出た事が信じられずに捺夜に訊くと、
「確認はしてないけど、そうらしいって話は聞いたよ。三人殺されたって」
「……どちらにしろ今は確認出来ないな。警官が邪魔で現場を調べる事も出来ない。ニュースか新聞待ちだ、帰るぞ」
黒木は、殺人現場を気にも留めずに事務所の方に歩き出した。黒木が一番〝四肢狩人〟の事を知りたいんじゃなかったのか。
「もう帰っちゃうんですか? もう少し待ってもいいと思うんですけど」
「意味が無い。被害者の数と死因だったら待てば判る」
黒木が言うと、捺夜は気が付いた様に、まぁそうですね、と呟いていた。
十日程前に現場を見て回ったから、ニュースで伝えられているって事を差し引いても、割と〝四肢狩人〟の事は記憶に新しい。
河川敷に、ビルの死角、人気の無い路地。住宅街の方は不法侵入になるので流石に無理だったが、事件現場は一通り見た。しかし、そう都合よく被害者の霊が居る訳も無く、ただ現場の風景を巡る結果になった。
どの場所も人気が無い所だったが、日常と隔離されている訳じゃない。飽くまで接点が極端に少ないってだけの話で、意図的に選んだ『殺しの情景』じゃなかった。
そう、罪悪感が無かった。
けれども、緊張はしている。
かと言って、愉悦の臭いがするかと訊かれると、違う。曖昧な心象だけが溢れて、正しい表現が見つからない。
ここで何が起きた?
それが俺の中に浮かんできた一番の疑問だった。殺人現場に抱いた感情にしては、
ヒトの行動は、凡そ
〝四肢狩人〟の理由は何なのか。
殺人現場なのに、その強行や凶行の跡は全く感じ取れない。黒木が言う、〝四肢狩人〟はベクターで無抵抗にさせてから犯行に及ぶから、っていう訳でもない。何かが決定的に怪訝しい感じがした。
殺人というよりも作業。命を奪うというよりも四肢を奪う。殺すのが目的なら、もっと簡単に出来る。猟奇殺人鬼と言えばそれで終わりだが、やはり四肢への執心を感じる。
そして、自然過ぎる。
殺したというのに、そんなものを感じない。被害者も、別に現場に来る事を厭っていた様子も無い。無理矢理連れて来られた訳でも、そこに逃げてきた様でもない。
客観的には非日常なのに、主観的には日常的。
そんなイメージ。矛盾しているし、
だが、人はそんなにも無造作に命を奪えるか?
相手を殺すという事を意識せずに、他人を壊す。自分と同じものを持っているのだから、相手のそれが如何に大切なものかは解るだろう。だから人は、殺人に恐怖するし、悦楽を見出す異常者も居る。
なのに、〝四肢狩人〟は無感動だ。
何故殺しているのか判らない。何故あそこまで意識せずに人を殺せる。〝四肢狩人〟は人を殺していないのならば、一体何をしているんだ?
――少し、眩んだ気がした。
気のせいだし、俺に眩暈は有り得ない。錯覚だ。死の事を考え過ぎだ。自分の根底を覆した出来事なのだから、考え過ぎれば眩んだ気もする。
今日の夜空に月は出ていない。何も俺を逸らせられるモノは無いんだ。
もう日付が変わる程に夜も大分更けているし、やる事も無いので家に帰る事にした。それを黒木に伝えると、
「あぁ判った。今日の分のバイト代はまた今度渡す」
それに了解の意を示してから、俺は家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます