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「どういう、つもりかな。簓木監査官……」


 健司が居なくなった後、彼と話していた三白眼の男子生徒――槻木りようは言った。


「そんな無粋な役職名で呼ばないでほしいわね。私はここでは『山瀬高校No.1美女』であり、生徒会副会長・簓木鏡花なのよ?」


 鏡花の飄々とした言葉に、涼は呆れた様子で言う。

「馬鹿みたいに長い肩書きだ」

「馬鹿なのは貴方の方でしょ。成績順位、下から数えた方が早い癖に」

「今はそれは関係無いだろう! 大体ね、僕は勉強する時間が無いんだ。学生の身で、大企業の仕事をやらされているこっちの事も考えてほしいねっ」

「それは私だって同じよ? 自分の疎かな学業の成果を会社のせいにするなんて、全く、棚上げもいいところね」

「煩いっ。それに今はそんな事を話しているじゃないんだ」

「喰い付いたのは貴方でしょ。責任転嫁だなんて、堪え性が無いわね」


 涼は鏡花に対して何かを言い掛けたが、完全に言いあしらわれている事に気付いて、ぐっと耐えてそれ以上の墓穴を掘るのを止めた。そして彼は一つ息を吐いて、話題を仕切り直す。


「何で、暁夜鳥に見す見すあんな怪しい人間を接触させたんだ。彼女は媒介者ベクターで、会社から監視する様に命令されていたんじゃないのかい?」

「正確には、私が彼女を媒介者ベクターの可能性あり、としただけよ。今のところ確定した事ではないもの、別に構わないわ」

「それにしたって、この高校に学籍を置いていない生徒が、暁夜鳥という対象に会いに来たんだ。疑って掛かる必要はあったんじゃないのかい?」

「逆よ、ただの学生だからこそ、放っておいてもいいのよ。何かしら組織や媒介者ベクターに関わっているなら、こっちは気付かれてないんだから、泳がせてそこから相手を引き摺り出せるわ。ま、十中八九有り得ないけど。いいとこで、何処かからヌエに会いに来たファンとかでしょ」

「ファンって……」


 余りにも馬鹿らしい結論に涼は呆然と呟く。剰え、可能な限り媒介者ベクターがその能力を以て問題を起こす事は、防いだ方が面倒が少ないというのに、わざわざ問題になりそうな事柄を投げ出しておくのも、こればかりも良くない。


 涼が渋い顔でそんな事を考えていると、それを見て取った鏡花はとても楽しそうに、悪辣に綺麗な笑顔を浮かべた。


「それに、この方が面白そうじゃない?」

「……この、愉快犯サデイストめ」

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