第四章
踊る者たち 1
身内を焼くような痛みがあった。
クローネと名乗った少女は、本当にデュナンを滅ぼしたあの少女だったのか。たしかに、あの時の少女が成長すれば、ちょうどアークたちが見たというクローネくらいの年恰好になっているだろう。
マレードからは、二人の〈
「でも、あのタイミングでマレードに彼女が現れたこと自体が、それが偶然ではないことを示唆していると思う」
本当は隊長職を蹴ってすぐにでもクローネを追いかけて行きたいユディスが、黙ってファイラム軍に参加しているのは、手がかりが皆無だったこともそうだが、カルのその一言があったからだった。サーグリムへの援軍の第一陣を蹴散らしたというバーレンの客将――おそらくクローネは、その男となんらかの関係がある。
「カル……」
焚火を囲んで他の傭兵仲間と談笑しているカルに、ユディスは声をかけた。いまひとつ傭兵仲間とうちとけられないユディスと違い、彼はこの数日でほぼこの部隊にとけこんでいた。彼が印持ちであることについても、現実的な傭兵たちは、むしろ強力な魔力の持主であるという肯定的な面を評価したようだ。
もとよりアルフィヤは、ユラルや他の種族とはお互いに一歩引いて接することが多い。ともすれば高慢に見られ、孤立しまいがちな立場にいるユディスがそうならないのは、カルが緩衝材になってくれているからだろう。作戦の性格上、目立つのは好ましくないので、ジュナは病気ということにしてマレードに置いてきている。今、この場で純粋に味方と言えるのは、ユディスにとってはカルだけだった。
カルが腰を上げ、こちらに歩いてきた。周りから冷やかしの声があがる。ユディスが眉をひそめると、カルが「そんな顔しない」と眉間を指でつついた。
「そ、そういうことをするから、勘違いされるんです」
ユディスは頬が熱くなるのを感じながら、小声で抗議した。
「いいじゃない。されても」
そのほうが何かと都合がいいよ、とカルは笑った。たしかに、二人でこっそり話したい時などに、周りが勝手に気を遣ってくれるのはありがたい。彼らはファラの存在を知らないので、自然とユディスとカルの仲をそういうものだと思ってしまったのだろう。
「ただのユラルと噂になるのはイヤ?」
「あ、あたりまえでしょう! だいたい、他人にあれこれ下世話な想像をされて、気持いいはずがありません」
「そうか。そうだよねえ。でも、いまさら否定しても、あいつら納得してくれるかな?」
「ま……まあ、たしかにあなたの言うとおり、勘違いされていたほうが都合がいい場合もあるでしょう……それより――」
「ああ、そうだったね。何の話?」
「《響》のクローネのことです」
ようやく本題に入れたことに、ユディスはかなりほっとした。
「推測で構いません。彼女が、私の追う〈ブレス〉である確率は、どのくらいだと思いますか?」
「性別、年恰好、他人を操ることのできる能力――きみは、すでに半ば以上確信しているんじゃないのかい?」
「………」
「先に謝っておくよ。クローネがもしきみの追っている〈吐息〉なのだとしたら、おれもまた、間接的にきみの仇ということになる」
そのことでカルを責めるつもりはユディスにはない。と言うより、責めてはいけないのだと思っていた。だが、それで感情が抑えられるかどうかは別の話しだ。
「おれが殺したのは、クローネの兄だった。と言っても、最初に会った時すでに、彼は完全に〈吐息〉に乗っ取られていた。この世に残っていたのは、彼の肉体だけだ」
「それでも、クローネにとってはたった一人の肉親だった……そうと知った上で、あなたは彼を倒したのですか?」
「そうだ」
カルはきっぱりと言った。そこには悲しみも後悔の念もないというように。
「あなたにとって、ファラさんを元に戻すということは、他人の幸せを壊してまでもやり遂げなければならないことなのですか?」
問いを発しながら、ユディスは己の中にある、クローネへの同情を自覚した。彼女は自分と同じ――しかし、一方で彼女は、共に天を戴くことあたわざる相手であるかも知れない。ユディスは、自分が本当は何を望んでいるのかわからなくなってきていた。
「愚問だな」
カルが重々しく口をひらいた。
「答えは……とうの昔に出ている」
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