魔道師(エウ・マキス) 6
翌朝、四人は城門の前で待ち合わせた。朝靄の中、ユディスがジュナに乗って行くと、カルとファラがすでにやって来ているのが見えた。
「わあ、すごい。本物の騎竜だ」
ファラが無邪気な歓声をあげた。彼女は大きな包みを抱えていた。中身は何かと訊ねると、ごはんという答えが返ってきた。
「宿屋のユカがね、持たせてくれたの。『あのバカの目を覚まさせてくれてありがとう』だってさ」
包みを抱きしめて幸せそうな笑みを浮かべるファラの頭には、パオロのことなどかけらもないのだ。そう考えると、すこし哀れであった。彼には、マディ焼きの修行をやる気になってくれればいいと思う。ファラが、鼻歌を歌いながらジュナの周りを回っていた。
「ヤトナ様は?」
「今は休んでる」
目を輝かせてジェナを見上げるファラを見て、ユディスは不思議な思いにとらわれた。先にヤトナと会い、話を聞いていなければ、彼女には感情も思考能力もないのだと言われてもヨタ話としか思えなかったろう。注意していればかすかに覚える違和感も、そういう相手なのだと思えば気に留めるほどのものでもない。
「そこはさすがに、神の御業と言うべきですかね」
「ん?」
「いえ、なんでも。それより、本当に行くのですか」
「そんなにアークが嫌いかい?」
「彼の言動を見れば、その主の資質も推して知るべし、です」
「きみは、
「事実、彼は魔道師でしょう」
「その敵意を彼のほうでも嗅ぎ取って、あんな態度に出たんだと思うよ」
「ずいぶん、あの子の肩を持つんですね。ファラさんのことにしても、腹は立たないのですか?」
「ヤトナの暴走のほうがよほどおおごとだったからね」
カルはひきつったように笑った。
「でも、アークの頑なさは、主の力になりたいという気持の表れでもあると、おれは思う。そのことと、あの若さで魔道師の称号を得るほどの修行を積んだこととも、たぶん無関係じゃない。それほどの思いを抱かせる彼の主人と言うのが、どんな人物なのか興味がわいた」
「あの剣を使ってわかったことですか?」
「そのくらいは、こいつを使わなくても判る」
カルは腰のノーザパイドを抜き放つと、くるりと手の中で回して地面に突き立てた。
「それよりきみのことだ」
「私の?」
「さわってみてくれ」
ノーザパイドの剣身に穿たれた七つの穴は、ぴんと張った朝の空気に、震えるように収縮をくりかえしている。
「良いのですか?」
「ああ」
おずおずと、ユディスは剣の柄に手をのばした。最初に会った時に、これにふれようとして受けた叱責を思い出した。
握るというより、そこに置くといった感じで手をふれた。そのとたん、指先から心臓まで、血管を通して何かが伝わってくるような感覚が走った。
「さあ」
カルが手を差し出した。一瞬迷ったが、もう一方の手で握った。脳裏に、あるイメージが閃いた。
「こ、これは……」
怒号と悲鳴、燃え上がる炎――これとよく似た光景を、ユディスは知っている。
「アルフィヤの間では、《シン・ラの印》については迷信だと思われてるのかな?」
つないでいた手を離して、カルが言った。
「ええ。それが何か?」
「おれとファラが育った旅芸人の一座は、〈
「自分のせいで、周囲の人間を死なせてしまったと?」
カルの使った操霊術を、ユディスは思い出していた。
「ヤトナは、そんなことは関係ないって言うんだけどね。でも、みんながおれの巻き添えになったのは事実だ。おれには、迷信と笑い飛ばすことができない」
それはそうだろう。だが、必要以上に恐れることで、逆に迷信を本物にしてしまうこともあり得るのではないか。
「最初にきみの音を聴いた時に、きみはおれたちと同じ経験をしていると直感した。だから、きみが望みを果たせるといいと思った。でも、本当にそれでよかったのかな? 昨日はあまり深く考えずに『ついてくるよね』なんて言ったけど、おれの側にいることで、きみも命を落とすかも知れない」
「馬鹿なことを」
ユディスは言い捨てた。
「あなたと一緒にいようといまいと、死ぬときは死にます。傭兵稼業とはそういうものでしょう。そんなつまらない理由で、私を遠ざけられるとお思いですか?」
それこそ、アークを理由にしたほうがまだ効果があるというものだ。
「だいたい、他人を巻き込むことを恐れているなら、どうしてファラさんと一緒にいるのですか」
「それはそうだね」
痛いところをつかれたというように、カルはくちびるの端を上げた。
カルが剣を鞘に収めてからしばらくすると、アークが現れた。
「きみがアークくん?」
ファラがとことこと彼のもとへ駆けて行き、ちょこんと頭を下げた。
「カルから聞いてるかなあ? でも一応挨拶はしとかないとね。ファルネイア・フィードです。どうぞよろしく、お願いします」
無防備すぎる笑顔を向けられて、アークは耳まで真っ赤になった。もごもごと挨拶を返すが、言葉になっていなかった。
「ちぇっ。調子狂うぜ」
照れながらの悪態では、迫力も何もあったものではない。ユディスが鼻を鳴らすと、凄い目で睨まれた。
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