侯爵 1

「ヤトナ様」という呼ばれ方を、当人はいたくお気に召したようだった。

「なにしろカルときたら、わしに対する敬意がまるでないからのう」

 などと、神の威厳などまるでないほくほく顔で言う。

「相手が強いと知ってさっそく下手に出るわけか」

 アークが軽蔑のまなざしを向けてきた。

「ちがいます。ヤトナ様のような大精霊は、アルフィヤにとって敬うべき対象なのです」

「そもそもさあ、あいつ、本当に神様なのかよ。やったらしゃべるし」

「馬鹿な。あなただって、あの力は感じたでしょう」

 四人が一緒に旅をするようになって数日。アークはあの力試し以来、カルに対しては多少礼儀をわきまえた態度を取るようになったが、ユディスには相変わらず憎たらしい口を利く。ユディスのほうでもエウ・マキスとなれあう気はさらさらないので、自然ぶつかり合いが多発する。最初は止めていたカルも、ヤトナに「面白いから放っておけ」と言われ、よほどのことがない限り口を出さなくなった。

「大体、操霊術なんてその場に素霊がいなかったらなんにもならねーだろ。力量で勝る相手に使いたい素霊をおさえられたら術の使いようもないし。とにかく不安定すぎんだよ」

 今日も今日とて、アークはユディスに絡んできた。今度は法術論争か。

「格上の相手に術が効かないのは聖文法も同じでしょう。しかも、聖文法は世界の理に逆らって力を行使するせいで、精神的な消耗が大きく、持久力に乏しい」

「操霊術の他力本願を、そんなふうに言い換えんなよ!」

「そもそも、しょせん言葉は『事の端』。力の有無や、生きているか死んでいるかの違いはあっても、決して真理に届くことはない。それなのに、ユラルたちは聖文法の力を得たことで、この世のすべてを支配したような気になっている」

 二人の議論をばからしいと考えているのか、カルは馬に揺られながら雲をながめていた。よく晴れた、長閑のどかな昼下がり。

「そうだ、カル! あんたはどう思う? 両方の術を使えるあんたなら、どっちが優れているか分かるよな?」

「えー」

 振り向いた彼の顔は、あからさまに面倒くさそうだった。

「優劣なんてつけなくてもいいだろ。そもそも根本では同じものなのに」

「同じではありません!」

「ぜんぜん違うだろ!」

 ユディスとアークの声が重なった。カルは困ったように頬を指でかいた。

「そうだねえ……長所と短所は、二人が指摘したのでだいたい合ってるとは思うよ。あとは使い手の資質次第じゃないのかな」

「そんな煮え切らねー意見なんて欲しくないっての!」

 アークは口をとがらせた。

「そうですよ。どっち付かずな態度はずるいと思います」

「やれやれ」

 カルは長いため息をついた。

「きみたち、よく似てるな」

「どこがっ!」

「どこがですか!」

 同時に叫んだアークとユディスを、ファラが不思議そうに見つめた。

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