魔道師(エウ・マキス) 2

 好奇と畏れ。騎乗したアルフィヤに向けられる視線と言えば、まずこのふたつだ。

 集落の外に出てくるアルフィヤは、必ずと言ってよいほど、自分用の騎竜を持っている。騎竜とは、草竜グラス・ドラゴン剣竜ソード・ドラゴンといった二足歩行の爬虫類を、戦闘や物資運搬用に訓練したものである。馬よりも速く、賢く、丈夫で勇敢だが、飼育は難しく、成体は絶対に人に懐かない。そのため、卵か、生まれたばかりの子供をとってきて育てるしかないが、その方法はアルフィヤしか知らない。

 また、騎竜は高値で取引され、ユラルの社会では王侯貴族のステータスシンボルともなる。騎竜を持つ者は〝騎士〟と呼ばれ、戦においては別格の扱いを受ける。ただ、騎竜はあまりに貴重であるため、傷つくのを恐れて戦場には出さぬ者、騎士の称号は欲しいが騎竜を買う金がない者も多い。そうした者たちの要望をかなえるために、近頃では機械仕掛けの騎竜などというものも開発されている。アルフィヤから見れば、浅ましいと言うほかない。

 グラースの門をくぐったユディスは、騎竜から降りて周囲を見回した。

(へえ。本物の騎竜だ)

(すっげえ。俺、初めて見るぜ)

(おっかねえ。見ろよ、あの牙)

(でも格好いいなあ。いっぺんでいいから乗ってみたいぜ)

 そういった囁きも毎度のことである。

 ユディスの騎竜は、ジュナという名前だった。青緑色の鱗のタイガーバック種。彼女とユディスだけが、あの日、燃えるディナンから生き延びた。

 カルティオン・ライルの足取りを追っていたら、この街にたどり着いた。ゴルトの倍近い人口を誇り、活気もある。だが、その分柄の悪い連中も多く目についた。

(長居したいところではないわね。仕事には不自由しなさそうだけど)

 騎竜を置ける宿屋を見つけると、すぐに宿泊の手続きを済ませ、街に探索に出た。問題は、あの二人組は普段は目立たない格好をしているということだ。まだ若い、男女の二人連れ。しかも一方はシン・ラの印持ちとくれば、トラブルを避けるためにやむを得ぬところだろう。

(でも、そろそろこの辺りで……)

 カルが妖魔退治で稼いでいるように、連れの女のほうも、時折歌をうたって路銀を稼ぐことがあると、ユディスはつきとめていた。ここしばらくは妖魔の類が出たという噂もなく、またグラースほど人の多い街ならば、女が仕事をしている可能性は高いと踏んだ。

「ああ、その二人なら知ってるぜ」

 ユディスの勘は当たった。五件目に立ち寄った酒場で、数日前から女は歌っていた。さらにそこにいた客から、二人が泊まっている宿の名も聞き出すことができた。ようやく、あの少女に繋がる手がかりをつかめるかも知れない。ユディスは胸の昂ぶりをおさえながら、旅館《銀の牡鹿》に向かった。

「留守だよ」

 受付に立っていた娘は、あまりやる気のなさそうな声で答えた。

 まあいい。居場所はつきとめたのだ。ここまで辛抱強く追ってきたことを思えば、あと何時間か待つのも、どうということはない。

「ここで待たせてもらっても構いませんか?」

「いいけど。あの二人に何の用なんだい?」

 上目遣いに、彼女はユディスを見た。

「大したことではないのです。届け物と……すこし、訊ねたいことがあるだけです」

「ふうん。何でもいいんだけどね。人にはそれぞれ事情ってもんがあるだろうし」

 なぜか非難めいた口調だった。あの二人に肩入れする理由でもあるのだろうか。

椅子に座って待った。窓からの強い日差しがユディスの足許を暖めていた。娘が、退屈そうにあくびをする。

 ユディスは、霧の中での出会いを反芻していた。

 あの目――青く光る漆黒――あれを思い浮かべると、鼓動が速まるのがわかる。森の奥深くにある、泉をのぞきこんだ時に近い、胸の高鳴りだった。底を見通せそうで見通せない、深く澄んだ水の色――見つめるうちに、水面との距離が曖昧になり、いつの間にか、泉をのぞいているはずの自分が、水底にいる何者かに逆にのぞきこまれているような感覚に襲われる。

 事実、のぞかれていたのだろう。あの時、ノーザパイドの力によって見切られていたのはプラトーだけではなかった。初対面のはずのユディスへのカルの振る舞いは、まるでよく知るものに対するそれのようだった。おそらく、あの剣は他者の心まで読めるのだろう。だから、敵討ちのヒントを与えるために、ユディスをプラトーとの戦いに同行させた。

 ユラルにすがるのは癪だ。しかし、ああいうおせっかいをする男なら、つつけばもっと情報を引き出せる。もともとがあまりに手がかりが少なすぎたのだ。利用しない手はない。

 同じような決心を、ユディスはゴルトまでの道中でも何度か繰り返していた。非情に徹しきれない甘さゆえと、ユディスは認識していた。

「大変だ!」

 突然、ドアが乱暴にあけられ、蒼白になった若い男が転がり込んできた。

「パオロ!」

 受付の娘が立ち上がった。

「か、彼女が……ファラが……さ、さらわれた……っ!」

「なんですって?」

 どういうことだ。カルの連れが? ユディスは男を助け起こし、詳しい事情を訊ねた。

 彼の話によると、ファラと二人で街の西にある丘の上で話をしていたところへ、数人の男たちがやってきたのだという。彼らは、先日酒場でカルに叩きのめされた連中だった。

「ユカ、あいつは?」

「まだ帰ってないよ」

「ちくしょう……こんな時に、何やってんだよ……」

 彼は悔し涙でぐちゃぐちゃになりながら、床をこぶしで叩いた。彼の顔に青あざがあるのを見て、ユディスの口許に笑みが浮かんだ。

(なるほど。少しは男を見せる努力はしたようね)

 人数に恐れをなして、まるで抵抗せずに逃げ帰ったわけではないということだ。もっとも、下手をすれば斬られていたかも知れないことを思えば賢い選択とは言えなかったが。

「どうしよう……俺……どうしよう……」

 ユディスは、ひとつ息を吸い込むと、平手でパオロの頬を打った。彼は何をされたのかわからなかったのか、呆けた表情になってユディスを見上げた。

「泣いていても仕方ないでしょう。その連中の居場所に心当たりはないのですか?」

 パオロはこくこくとうなずいた。

「なら、私をそこに案内しなさい。それと、ユカさん?」

「はいよ」

「私たちはすぐに出ますから、あなたはカルが戻ったら事情を伝えてください。それから、役人にも誰か報せを」

「はいはい。承知致しましてございますですよ」

 肝の太そうなその娘は、ユディスの真似をしているつもりなのか、わざとらしい敬語を使ってにやりと笑った。彼女なら、万事うまくやってくれるだろうとユディスは思った。

「さあ! いつまでそうしているつもりですか?」

 ユディスは、へたりこんでいるパオロの腕をつかむと、引きずり上げるようにして立たせた。ついでに尻を蹴飛ばしたい気分だったが、それはやめておいた。

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