第二十四話 調教

 足音が近づくにつれて、私の手を握る凛の力が強くなっていくのを感じた。クロエは私のすぐ目の前に立ち止まると、小さな鍵を差し出し、牢の潜り戸を顎で示した。私は膝に手をついてふらりと立ち上がると、鍵をひったくるように受け取る。そして、独房の扉にすがりついて、ぶら下がった南京錠を掴んで受け取った鍵を差し込む。鍵を捻るとぱちんと音がして、南京錠の掛け金が跳ね上がった。


 扉を押し開けると、凛がよろよろと歩いて出てきた。私は凛を抱きとめるが、もう足腰に力が入らずふたりともその場にへたり込む。こうやって抱き合うのはまるで何年ぶりかという気がした。やっと凛が手の中に戻ってきた。もう慣れたはずの凛の体の柔らかさを久しぶりに感じて、私は深く安堵のため息をつく。


 クロエは私たちの様子を無表情でしばらく眺めていたが、急に私の襟首を掴むと、凛を引き剥がして思い切り突き飛ばした。凛は床に転がって、力なく這いつくばる。もう七日以上は水しか口にしていない。さすがに私たちに抵抗する体力は残っていない。クロエはわざわざ凛に見えるようにして私の腰に手を回すと、頬がくっつくまで乱暴に私を抱き寄せた。


「凛。あなたにはもう一度言っておかないとね。この城の子は一人残らず、みんな私のもの。生かすも殺すも私の勝手。あなたのお姉ちゃんに何しようが、あなたに文句を付ける権利はないのよ」


 私の脇の下からクロエの手のひらが伸びてきて、私の胸の膨らみを乱暴に掴んだ。クロエの手を払いのけることはできるだろうが、ここでクロエを怒らせたら今度こそどんな罰が下るのか想像もつかない。私はただ痛みと快楽が入り混じった刺激に身を委ねるしかなかった。凛は這いつくばったまま鋭い目でクロエを睨み、今にも飛びかかりそうに全身を強ばらせた。


 クロエは凛を試している。ここでクロエに掴みかかったら反抗の意思ありと見做みなされて、それこそ本当に殺されるかもしれない。あるいは、もし力を残していたら、クロエを殺してしまうかもしれない。どちらにせよ最悪の事態だ。必要なら私が凛をねじ伏せてでも止めなくてはならない。私に凛を力で押し止めるだけの筋力はないかもしれないが、せめて凛を思いとどまらせるような言葉をかけようと口を開く。


「凛、落ち着い……」


「あなたは口を閉じていなさい」


 クロエの手のひらが素早く私の首に伸び、指先が私の首筋に深く食い込んだ。喉骨がぐいと押し込まれて痛みが走る。あとわずかに力を込めれば、私の喉は軟骨ごと無残に押しつぶされるだろう。私の全身は強張り、指一本動かすことができない。冷たい汗が顎を伝っていくのを感じた。


「ねえ、凛。あなたのしたことの責任を、お姉ちゃんにとってもらおうかしら。だって、姉には妹を監督する義務があるわ。あなたのせいで、奏お姉ちゃんはとっても痛くて苦しくて、恥ずかしいお仕置きをされるのよ」


 クロエの声は諭すように落ち着いていたが、言葉は明らかに凛を脅している。凛は自分を縛るように震える肩を抱きしめ、体を折ってうずくまる。頭を床に擦りつけて、自分が衝動的に凶行に及ばないように、じっと耐えている。


「目を開けてこっちを見なさい」


 クロエは立ち上がって足を振り上げると、床にうずくまった凛の頭を思い切り蹴り飛ばした。凛がまた転がって、鉄格子に背を打ち付ける。


「止め……!」


「黙りなさい」


 私の首にクロエが爪を立て、皮膚が裂けたのを感じた。凛は震えながらゆっくりと顔を上げて、目を見開いた。クロエはこれ見よがしに私の顎を掴むと、ぺちゃぺちゃとわざと下品に音を立てて私の唇を啜った。クロエが私の耳をかじって、耳に裂けるような痛みが走る。クロエに汚されるままの私を、凛は生気のない目を見開いて眺めている。

 

 クロエの手が私のスカートの中に潜り込み、下着の上から私をなぞる。弱い部分を刺激されて、思わず大きな吐息が私の口から漏れた。凛がびくりと震えて、いっそう自分の肩を強く抱きしめる。わたしはクロエの思うとおりにはなるまいと歯を噛みしめて耐える。だがこんな時でも、私の体は勝手に反応して濡れていった。それに気がついたのか、私の顔を覗きこむクロエの口元が満足そうに歪む。快感などあるわけがない。目を閉じて、事が終わるのをひたすら待つしかなかった。


 ひとしきり私の身体を弄んだあと、気が済んだのかクロエは私の首から手を離した。私の頭を両手で掴んで、ぐいと自分の方に向ける。クロエの濡れた指先が触れ、私の頬が微かにひやりとした。鼻が触れ合うくらいの近さで私はクロエと見つめ合う。


「奏。あなたが凛をよく躾けておきなさい。きちんと手綱をつけておかないと、次はあなたの大事な凛が死ぬことになるわよ」


 クロエは私から手を離すと、立ち上がって大きな影を揺らしながら廊下を歩いてゆく。クロエの姿はすぐに扉の向こうに消えた。扉が閉まると同時に、ごん、と重たい音が地下に響いた。




 しばらくして我に返り、凛に這い寄る。呆然として震える凛を再び抱きしめて、深くため息をついた。凛は力なく私の顔を見上げる。私たちは、ひとまず許されたようだった。だが私の喉笛には、まだ何かに掴まれているかのような不気味な感触が残っている。


「……凛、私は大丈夫。クロエ様にどんなことをされようと、私は大丈夫だから。でももし、どうしようもなくなったら、ここから……」


 そのあとは、言えなかった。それはこの城では死に値する罪だ。成功すれば解放されるが、失敗すれば今度こそ死が与えられるだろう。そして、成功する方法などひとつも思いつかない。でも、凛はこくんと力なく頷く。


「……私は奏お姉ちゃんについていきます。何があろうと、どこへだって、ついていきます」


 頭を私の胸元にこすりつけながら、凛がそう言った。私は優しく凛の頭を撫でる。髪はもう脂でベタベタで絡まっているが、シャワーを浴びたらきちんと梳いてあげよう。今はただ、柔らかく清潔なベッドの上で体を休めたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る