第十六話 花壇
今日は
使用人たちは自分の衣類は各自で洗濯していたが、クロエの衣類を洗ったり、別の仕事で忙しい使用人のものを頼まれて洗ったりする当番がある。菫さんに言われたとおりに、各部屋をまわって集めた衣類を洗濯ネットに入れ、全自動洗濯機に放り込んでスイッチを入れた。
城は高い塀に囲まれており、外部からの侵入者が考えられないためか、それぞれの部屋はあまり施錠されることがない。それだけに、あの小部屋だけは少し不気味な感じがした。凛がそこで人知れず作業していることはちょっと不安だった。何か嫌なことでもさせられていなければいいのだが。
菫さんは鼻歌を歌いながら、キッチンやシャワー室から集めてきたタオルや布巾なんかを洗濯機に放り込む。菫さんは
「ねえ、唐突だけど……
菫さんは、私と目を合わせずに、ひとりごとのようにぽつりと言った。そんなことを訊く意図はよくわからないが、私の答えは決まっている。私はそれを隠す気もごまかす気もなかった。
「嫌いです」
「正直ね。そういうはっきりとしたところ、とても良いと思う」
私の率直な答えを聞いて、菫さんは何故か少し安心したように息を吐いた。嫌いだというより、嫌うべきだという感じかもしれない。私や凛に信じがたい命令をして手を汚させる悪意は憎むべきだが、あの女の雰囲気や話し方なんかが嫌いなわけではない。そういう後ろ暗い面を除けば、クロエは誰から見ても魅力的な人間であることは確かだ。
「私はけっこう好きよ、クロエ様のこと。それでも、私にも受け入れがたいこともある。私はそれさえ最近まで忘れていた」
菫さんはちらりと周囲を
「今から言う話は、他の人には絶対に話しては駄目。凛にもね」
菫さんはいつになく真剣な顔をしていた。ただならぬ雰囲気に、私にも緊張が走る。
「城の裏の、クロユリの花壇を覚えているわね。もし私がここからいなくなったら、その花壇にひとつだけ色の違う
いなくなる、とはどういうことだろうか。クロエが使用人を辞めさせて自由にするとも思えない。それとも、菫さんに何か特別な役割でも与えられる予定なのだろうか。
「もし私に何かあったときは、それがあなたの役に立つかもしれない。ぜんぶあなたにあげるから、好きなように使っていいわ」
「何が埋まっているんですか?」
「私にはもう必要なくなったものよ。これ以上は何も訊かないで。今の話は忘れてしまってもいいわ。役に立つかもしれないし、ぜんぜん要らないと思うかもしれない。もし要らないと思ったら、海に投げ捨ててしまえばいいわ」
何の話なのか、私にはぜんぜん見当もつかなかった。ただ、菫さんは私の為を思って何かを用意してくれたらしいことはわかった。菫さんは私の耳元から離れて、大事なことを伝え終えてほっとしたという表情を見せた。
「凛のことは、好き?」
「……ええ、まあ」
「そう。以前の凛は何かとても必死で、危うくて見ていられないという感じだった。夜になるといつも泣いていたみたい。でもあなたと同室になって、ずいぶん落ち着いたわ。凛を大事にしてあげてね」
そんなこと、言われなくてもそうするつもりだ。菫さんが見守るような目つきでそう言ったが、菫さんが何を考えてるのかはますますわからない。
「ほら、これクロエ様のよ。なんだか悔しいよね」
菫さんは品の良い刺繍が施された黒い下着を籠から取り出すと、自分の胸に当てて私に見せた。それは菫さんには少し大き過ぎるように見え、本当の持ち主の豊満さがよくわかるようだった。特にクロエは胸が大きいという印象はなかったが、あの身長の大きさや体格の良さのせいでそう見えなかったらしい。
クロエもまさか下着で遊ばれているとは思うまい。ばれたら大げさに眉をひそめて私たちの額を指で弾いて叱るだろうか、それともいつものようにくすくすと笑うだけだろうか。少なくとも、菫さんもまたあの快活な女主人を恐れているわけではなさそうだった。
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