第3幕

第12話 灰色の葬儀場

 ごく少人数の身内だけで行う、こじんまりとした静かな葬式。

 喪主である彼は、喪服を着てその場で立ちすくみじっと棺の中の妻を見つめていた。

 深い青のウェディングドレスに、目を見張る。

 白い花に埋もれる中で、老いて天寿を全うした妻は、在りし日の姿を思い起こさせるのではなく。今まさに、この場から動き出しそうだというのでもない。

 幸せそうに微笑む顔で逝った彼女と、同じ名前の花。竜胆リンドウの刺繍も、アクセントに彩るフリルも、遠目に見ればすべて同じ色であるためにただのなんの工夫もないワンピースにしか見えないその衣装は、まぎれもなく誰かに嫁いでいく女性が、幸せの中で着る衣装だと。かつて一度だけ全く同じデザインを、とあるスケッチブックを覗き見た彼は知っている。

 薄く、幾重にも重なったスカートの布全てにすら、竜胆は一面に咲き誇る。青い花の海の中で、幸せそうに眠る。

 彼女は花嫁。

 花の匂いとは違う、微かな甘い匂い正体は、見えなくてもすぐにわかる。このドレスを作り、一人だけ彼女の首元に寒い冬には季節外れの青い花を供えた女性が、棺の中に備えたものだ。

 ここまで完璧に、最期を彩る衣装を作り。確かに葬儀に参列していたはずのその女性の姿は、いつの間にかどこにも見えなくなっていた。まだ、葬儀は始まったばかりだというのに。彼女の好物だったカップケーキを、一体棺のどこに隠したのか。聞き出そうにも、これではしょうがないなと、彼はそう諦める。

 幼いころから、下手な男よりも度胸と勇気がある。というよりあれは、単に恐怖感情に鈍かっただけか。しかし、成長するにつれて背が伸びて自分と並ぶようになり、声も低くなっていき。普通に女性らしい恰好をすると男性が女装しているように見えてしまう、と落ち込んでいた可愛い妹分。すぐに開き直って男装を趣味に変えてしまってから、見た目だけでなく心まで男になってしまったか。

(知っていたさ。俺は、お前のにーになんだから。隠し事しようなんて、無理な話だ。全部知っている、お前のクセは)

 彼は、ブランが竜胆リンドウに恋していたことを知っていた。

 うろたえることも、苦悩することも、できないほど不器用な彼女ブランが、枯れていくように理性で感情を封殺していたことを、ずっと知っていた。

 ブランが竜胆リンドウのことを自分より先に恋していると知っていたからと言って、譲る気もなく。だったら取りに来いくらいの感情で、挑発したつもりが、普段の自由気ままなブランの姿からは考えられないほど簡単に引き下がったときの衝撃は、忘れない。それでも譲りはしなかったが。

 女性同士の恋愛感情、というのは、異様なものなのか。厳密に、彼の種族に性別などないようなものなので、彼にはわからない。恋を知り、愛を知って彼らの一族は明確な性別を得る。それまでは、仮に性別を決めておき、そういう風に過ごす。一生を生まれたときの仮の性別のまま過ごす者もいれば、仮の性別と確定した性別が違う者もいる。生涯を、どちらともいえない性別のまま過ごす者だっている。

 ブランと竜胆リンドウが同性だからと言って、なぜブランが諦めたのか、竜胆リンドウと一緒になって人間社会で暮らし始めるまで、彼は全く分からなかった。

 同性愛それは異常なこと。そういった目で、竜胆リンドウが見られることに、ブランは絶対に耐えられない。

「ユウ様」

 消え入るような声をかけられた方を向くと、立っていたのはブランの姪。赤い輝石の輝く家紋エンブレムのブローチを胸に付けた、制服姿の万寿まんじゅだった。

「このたびは………」

 形式ばった挨拶をし、ユリの花を棺に入れ、ウサギのぬいぐるみのリュックサックから古びたお手玉を出した万寿まんじゅは、それも棺の中へと見えないように入れる。彼女にもまた、彼女だけの竜胆リンドウとの思い出があるのだろう。

 首元の竜胆の花に目を留め、何かを呟いた万寿まんじゅの声は、流れだした物悲しい琴の音に消えた。

「悲しんでいるあなたが好き」

 琴の音の切れ目に聞こえた言葉に、顔を強張らせる。

 振り返った万寿まんじゅは、何かを察したように、ああ、と頷き、

「伯母様に聞いた、竜胆の花言葉です。正義、適格、」

「さびしい愛情」

「…………ええ。そして、悲しんでいるあなたが好き」

 意外だといった表情の万寿まんじゅは、広くもない葬祭場の中。ブランがどこにも見えないことも、知っているだろう。

「伯母様が、どこにいらっしゃるか。ご存知ですか?」

 いいや、と答えた彼。 

 だが、心当たりはあった。

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