第3幕

第9話 再会、その二

 そのとき。僕は、旅の資金稼ぎ、と言うか。いつものように、近場の世界中にいくつかある隠れ家からの通いで家政婦のような仕事をしていた。今回は、身内のツテを使っているから、いつものように、とは言い難いかもしれないけど。

 そのとき、僕はその家のコたちと、夕飯の買い物をしている途中だった。

 今回は、義妹いもうとにも、義母かあさんにも居場所は教えてなかったけど。身内同然のその家で働いてるなんてことは、すぐに情報がいきわたっていたのかもしれない。

 一目見て、彼女だとわかった。

 年を取ったんだな、と。痛む胸が締め付けられていった。

 一目見て、死の概念の薄い生き物たる僕は、彼女がもう長くはないと、悟ってしまった。

 白くなった髪や、しわだらけ、しみだらけになった肌。杖を突く曲がった腰や、杖を突かねば歩けないほど、弱った脚。

 はたから見たら、彼女と歩くにーには、彼女の息子のようにも見えるだろう。あるいは、介護士とか。まさか、夫婦だと思う人は、僕ら人外の存在が認められるようになったとはいえ、いないだろう。そのくらい、見た目の年の差に、開きがある。

 変わっていく彼女にんげんと、変わらない僕ら《バケモノ》の、時間の違いを思い知る。改めて、心臓をわしづかみにされる衝撃を伴って。

 彼女とにーには、僕に会いに来ていた。

「やあ。久しぶり」

「お久しぶりです」

 にっこりと、しわの多い顔で微笑んだ彼女の、魅力的な笑顔は、変わっていない。作り笑いなんかじゃない、本当に、久しぶりに会えた喜びを表す、本物の笑顔。

 僕の方は、やっぱり、笑っていた。

 だって、彼女に会えて、嬉しいのは本当だったから。

 旅の中で、彼女の話は、にーにの経済界における活動と一緒に耳にして。ああ、と頷くことは度々あって。けれど、実際に会うのは、彼女の息子が生まれて以来だったから。60年……いや、もっと、か。

 本当は契約違反だけど、この日ばかりは多めに見てもらうことにして。働いている先の夕食は、一緒に雇ってもらってるノワに任せることにした。

 実に久しぶりに、彼女らと夕食を共にした。

 元気そうだった。 

 幸せそうだった。

 楽しそうだった。

 嬉しそうだった。

 彼女の、今生きているこの瞬間の様子を、じっくりと。記憶ではない、どこか別の場所に焼き付けていくように。穏やかで、優しくて、幸せで。どうしようもない、終わりのにおいがする時間を過ごした。

 時間が止まればいい。彼女が、連れ去られて、消えてしまうときが来るというのなら。

 だけど、けれど。無情にも、非常にも時間は過ぎていく。

 時間が止まるということはない。そんな幻想を夢見るくらいなら、これから来る苦しみを、どうやって乗り越えるかを考えるほうがよっぽどマシだ。

 そうして、話は、今へと向かう。

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