第7話 一触即発

 そんな、結構殺伐とした関係だったんだけど。彼女は、不思議な縁だーなんて、嬉しそうにしてた。

「にーに、一応確認してもいいかな。今のにーにの家の、表向きの家業はなんだっけ?」

 僕が幼いころ、共働きに両親近かったし、同じ年頃の子供のいるにーにのところに預けられてた、という簡単な説明をしてから、本題。

「ああ。確か、服飾ブランドも持ってたな」

 尊大で、高慢なしゃべり方で肯定したにーにに、僕は隠さずにため息を吐いた。

「また、あの人の話を聞こうとしない自己中の親父さんに怒られるんじゃない?なにてめーしろーとに重要な仕事させてんだ…………いやいや、ちがうねぇ。せっかくの宣伝材料を、なにつぶしてんだ、か。いや、その前に、人間との結婚について、なにか言われなかった?」

 一代にして巨万の富と大帝国ざいばつを築いた、とされる人物に、酷い言いようだ。なんて言う人は、ここにはいない。

 もちろん、息子であるはずのにーに自身も。

「問題ない。理論でも、力でもねじ伏せたからな」

 具体的に何をしたのかまでは、聞かない。大体予想できるし、ねじ伏せるって時点で不穏が過ぎる。

 それに、と余裕のある表情で、見せつけるように彼は彼女の肩を抱き寄せる。

「俺の知る中で、こいつに最もふさわしい婚礼衣装を作ってやれるのは、お前だけだ」

 誰に見せつけるかって。決まってる。

 恥ずかしそうに。でも、それ以上に嬉しそうに、顔を赤らめる幸せな彼女の姿を、誰に見せつけるかって。

 明らかに見下す色のある、今にも高笑いをしそうな目線。

 ハッ。と吐き出した笑い声ではない吐息に、それだけで。

 ノワの小さな手が、痛いくらいにわき腹をつかんで食い込んだ。彼女に見えないように、不自然でないようにしてくれたのは、気を使ってくれたんだろう。

 にやりとゆがんだ表情を覆った手に、だれにも聞こえないように溜息と、どうしようもない感情を吐き出した。そして、同時に理解した。僕はまだ、彼女への好意、恋愛感情を燻らせているって。

 一触即発の、綱渡りのような時間は、きっと一秒にも満たなかったんだろう。出なければ、彼女が笑っている理由がない。

「そこまで。買いかぶってくれるのは、うれしいかな。大財閥のキングと、そこで名をはせる専属デザイナーさんに。プレッシャーだなあ」

 のろのろと、時間は重くのしかかり、僕の体を押し込めようとするようで。旅の荷物の中にいつだって押し込んでいるスケッチブック。それを、足元のリュックサックから取り出すだけだっていうのに、たったそれだけの動作すら阻むようで。

「じゃ、お金に糸目はつけないって言葉はもらったから。買い被り通り、どんな要望だってかなえて見せようじゃないか」

 あとは、挑むように笑うだけだった。 

 ほかに、どうしようもない。一体、どうしろというのか。

 話を、順調に進めていく以外に。

 僕は、だって、女だし。彼女も、女の子で。

 にーには、表面上の性格は傲慢でいじけてて最低だけど、ただの人質の僕が、目の前で自殺行為としか言いようのないことをしてれば、身を挺して守るほど、本当は優しくて。にーになんかより、もっと心の奥底からねじ曲がった人たちから身を守るために表向きに演じるそんな傲慢さや冷たさも含めて、非の打ち所のないヒトで。

 行動するのは、簡単だ。

 彼女を、誰にも渡したくないなんて、唐突に胸の奥を焦がすように沸き上がった感情に、従うのは。

 でも、だからって。それを、実行してしまうのは、彼女に悪いような気しかしなくて。

 

 

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