第5話 ウェディングケーキ
足元で、ガサガサいう紙に描かれているのは、すべて彼女の姿だ。来ている服は、すべてが違う。和服、洋服。民族衣装の形を崩したものもある。共通しているのは、すべてが豪華なシルエットをしていること。そう。一目で、なにか特別な服装なのだということが、わかることだ。
一昨日から、ずっと描いては捨てているその絵は、ページの失われたスケッチブックの冊数からすると、数千枚には及ぶらしい。適当な紙の裏に書いているものもあるから、一万超えていてもおかしくはないのかもしれない。
世界を渡り歩いて、新しい技術や知識を身に着けて。そんなことを何度も繰り返しているうちに、できないことのほうが少ないよねと言われる僕は、もちろん。ウェディングドレスを作ることだって、できてしまうわけだ。
あの夏祭り以降、僕の生活が変わったかというと。別にそんなことはなく。十数年ほどお世話になった彼女の家を、彼女が社会人になったこともあって、区切りとして出て行った。ああ、もちろんそれが当初の契約だったというのもあるけど。
それからまた、数年程旅をしていて。途中で、幼馴染のノワとも合流して、二人旅になったこと。仲のいい義妹に娘が生まれたことが、その数年間で一番の変化だっただろうか。
再会したのは、彼女の家や、その近辺ではなく。彼女の家のある国からは、遠く離れた異国。
「おまえ。あいっ変わらず、周りのこと考えてないんだな」
彼女の隣にいたのは、夏祭りの時にいた男ではなかった。
「えー?名前変えてたこと?だってさ。僕に連絡取ろうとかするの、
それは、実際に顔を合わせるのは実に数百年ぶり、というあたりで察せられるように、人間じゃない。かといって、僕と同じ吸血鬼のくくりではないし、そのときとても暇そうにしていたノワのような、魔の道を究めるために人間をやめた部類でもない。
「でも、大体の意味として、ブランってのはいい選択でしょ。まさか、彼女の夫になるのが、にーにとはねぇ」
「気まぐれや適当はもうあきらめるが、にーにはやめろ。にーには」
ゲームなどで邪悪と分類される魔族とは、別枠扱いされる精霊様は、はずかしいだろ、と顔をそっぽへとむける。
身内だけしかいないせいで気を抜いているのか、きらきらとした清浄な空気が漏れ出していて。肌を刺すように痛いあたり、やっぱり魔族とは別種と考えていいんだろうとか、適当なことを考えながら、僕は。
幸せそうな顔で彼の隣に座る彼女の顔を、こっそりと盗み見ていた。
すこし。最後に見たときと比べて、大人びた。
「結婚おめでとう。っていうのを、聞きに来たわけじゃないよね、にーには。わざわざ自社のホテル1フロア貸切って、そのうえ最小の人数。なに?彼女のいる手前、きな臭い話ではないんだろうけど、なにか他人に話せないないようなわけ?」
意地悪く笑うと、フン、と偉そうに精霊様は鼻を鳴らす。
昔っから、この人はこうなのだと僕は知っている。偉そうで、上から目線で、素直に人に頼みごとをするのが苦手。
馬鹿正直な彼女とは正反対に、不器用な人なのだ。ほんとうに。
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