第4話 夏祭りの飴細工
「え!?飴屋さん、今年の夏祭り出店できないんですか!?」
神社では、毎年夏の終わりから、秋のはじめにかけて、2週間ほどの期間、お祭りがある。お盆の季節でも、収穫の季節でもないけど。なんでも、神使サマがおっしゃるには、自分がこの地に顕現した(つまり空から落っこちてきた)ときに始まったもの。神使様にしてみれば、誕生日みたいなものだとか。
で、たくさんの屋台も出て。飴屋さんというのは、毎年屋台を出していた、伝統的な飴細工をその場で実演してくれる気のいいおっちゃん(92歳)。って言っても、僕よりは当然年下だけど。
「あー。なんでも、砂糖運ぼうとしたときにぎっくり腰になったとかなんとか…………で、だ。***ちゃん」
びしい、と雇い主にしてこの家の大黒柱(つまり彼女の父親)の宮司さんは、真剣な顔で僕を指さした。
「君、代わりに指名されたんだけどね」
「……あー、はい。そういえば、昔技術教わって、資格も取らされたなあ」
ウン十年前のことを思い出し、軽く遠い目になったのは。客にはめちゃくちゃサービスのいいおっちゃんは、仕事を教えるとなると、とたん鬼より恐ろしい超スパルタンだったからで。
「あの屋台、一個一個は確かに高価だけど、それでもこの祭りには絶対に!ってファンもいるから、飴屋さんとしては、お客さんの顔だけでも見たいそうだ」
と、いうのが、簡単な前ふり。
割烹着姿で屋台に立つなんて、長い人生(あってる?)で初めての経験だったし。その姿を、すぐ後ろで魔族に匹敵する恐ろしさを持つ人間にみられていると思うと、身もすくむ。
と、思ってたんだけど。
「おっちゃん。老けた?」
「おめは、かわんねな。どり、ちょっくる腕おちてねが、みしろや!」
実際には、老けたなんてもんじゃない。かんっぺきに禿げ上がり、腰を曲げて杖を突き。枯れ枝のように細くなった体躯も、うまく動かないらしい口から出るしわがれて聞き取りづらい声も、弱弱しくなって。毎年彼の屋台には訪れないよう、慎重に巫女さんたちの手伝いをしていた僕は改めて、人間と僕らの間にある間の隔たりを実感した。
しかしおっちゃん。眼光の鋭さと、言葉の威圧感は、声がどれほどかすれて弱弱しくなっていようと変わっていなかった。
飴を、いかに素早く、正確に、美しく加工できるか。ガラス細工にはない、独特の光沢や透明感。それらも、職人の手で加工するからこそ生まれるものだ。
「はい!」
ニッと口元を曲げたおっちゃんに言われて、すぐに作業を始める。
飴の過熱具合は、耳と鼻が覚えていたし、一度しっかり身に着けてしまえば、あとはもう目を閉じていたって問題ない。
「わぁ!」
祭りが始まる前。まだ準備時間の屋台で、僕が飴を加工していく様子を、牡丹柄の青い浴衣を着た彼女は見ていた。
金魚。
悠々と尾びれを水中にたなびかせて、気まま勝手に檻の中を泳ぐ魚ができたとき。彼女は、感嘆の声をあげて、やはりこちらを見ていた。
「む,
えの。じょ、そらやるわ。おめ、それじょにやりや」
どうやら、試作の飴は彼女にやれ、ということらしい。
渡して。嬉しそうに受け取った彼女の後ろで、お待たせ、と。僕より低い、男の声がした。
彼女のうれしそうな顔を見て、おっちゃんは声にならないガラガラな笑い声をあげて笑い、振り返った彼女の明るい表情に、その誰かなんて知らない男も顔をほころばせている。
誰もが笑っている中で、僕だって。彼女に、行ってらっしゃいと、いつものように微笑みを浮かべていた。
誰がどう見たって、幸せ以外何も感じられない光景だ。
なのに、そんな幸せな気分、僕の中からは、知らない男が現れて彼女が表情を明るくしたときに、一瞬で吹き散らされていた。
彼女たちが、徐々に増えてきた人々の中に、溶け込むように消えてしまってから。フン、という声とともに、僕のすねにコツコツと杖の先端が当たった。
「おめ、うさぎ、つくり」
どこか奇妙な懐かしい発音に、僕は言われた通り、飴細工のうさぎを形作る。
狂いなく、完璧な形で作り上げ、食紅を使って目を入れる。
入れた目が、
「おめ、今そのうさぎのごと目、しとったわ」
はあ、と気の入っていない息が、返事にもならずに口から漏れ出した。
なんとも、醜く、どこまでもまっすぐな目つきだ。こんな、捨てられた犬みたいな目をしていたっていうのか。僕は。
「おめの、はんぶも生きてね、じじだがの。おめがなにおもーたか、いてみ。あててみせら」
僕の手から、思ってたよりは強い力で飴をむしりとったおっちゃんは、それをすぐにがりがりとかみ砕いてなくしてしまった。
「おめ、嫉妬したか。じゃ、次は
聞き取りづらいし、一部言葉が完全に原型をなくしてるし。
でも、なんとなくでも言ってることは、わかる。
「嫉妬、ねえ」
糸切狭にも似たはさみで棒の先の飴に切れ目を入れ、手早く形を整えていきながら、僕は彼の言葉に応じる。
「おっちゃん、そもそも僕は女のコだよ?なんで、彼女を連れて行った男の子に嫉妬するようなことがあるのさ」
ばかばかしい、とため息を吐いたところで。クツクツと奇妙な笑い方で、おっちゃんは言った。
「おめ。わしゃ、おめが誰に、どな嫉妬をしたか。いとらん。嫉妬、いうただけじゃ」
すでに固まりつつあった、鳳凰の尾羽が一本。パキリと折れて地面に落ちた。
途端に、優雅に力強くのびのびと羽を伸ばしていたはずの鳥が、たったそれだけで、みすぼらしい喧嘩に負けてきたような姿になってしまった。
「わしゃ、祭りにとーくから見とだけだがの。おめ、たしかにずっと、あんじょ見とったは知ってるさ」
クツクツと、飴の煮えるような笑い声の彼は、たしかに、僕の半分も生きていない。だけど、はるかに僕の何倍もものを分かった顔で言っていた。
それは、ちょっとした問答の末に、
「あーもー。つまりは、そういうことか」
忌々しいことに。
僕は、見本として、尾羽の一本折れた鳳凰を立てておくことにする。
はっきり言って、他人に背を押されてきっかけをつかまなければ、気づかない。気づきたくないような、思い。
「これが、好意…恋愛感情、ってやつ?」
夏に咲く美しい青い花の名を持つ彼女は、女だった。
男装趣味で吸血鬼の僕の性別も、同じ。
絶対的不可能。
あきらめたら、なんて話ではなくて。最初から、あきらめる以外にない話。
そして、結局僕は。
数十年たっている今でも、彼女にその感情を伝えていない。
関係のない話だけど。ぎっくり腰でも、飴の加工ってできるんじゃないかなって、今だったら思ったり。
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