第1幕

第3話 意味のない行き倒れ

 男装趣味。元人間の、吸血鬼。趣味は旅。

 こんな僕だって、好きになった人くらい、いる。


 それは、相方の小さな魔女。ノワとは、数十年ほどの別行動を取っていた時の話。だから、僕は一人ぼっちで。なにか、意地になったように、昼間行動して夜に眠るという、吸血鬼らしからぬ行動をとっていたツケが回ってきたのだろう。

 死ぬ心配はないけれど、相応に痛みや渇き、苦しみは感じるし、それでいて、それらを解消するために動くこともできない。最悪としか言いようのない状況でも、ぼくはどこかそれを楽しんでいた。と、思う。

 健康管理を、普段ならしっかり行う僕としては、こんな風に動けなくなるまで何かをする何てことしない。いや、正確には、意識ははっきりしているのに、動けない状況なんてものにならないように、気を配る。初めての体験だったから、物珍しくて興奮していた、というのが正しいのかもしれない。

 行き倒れたその場所が、夏に咲く美しい青い花の名前を持つ、の家の前だった。いや、彼女の家のある神社の前。だから、赤い鳥居の前か。

 奇しくも、人間だった時の血のつながった姉と同じ名を持つ彼女は、当時小学生。ちょうど下校時間であり、学校帰りだった彼女の目に触れて、どうしようもない状況から、救ってもらう運びとなったのだ。

 なお、そのとき診察してもらった医者の話によると、倒れた主な原因は脱水症状と高体温。要するに、熱中症だったらしい。気温36度越えの日に、ダウンジャケットと長ズボンに重たいロングブーツとか何考えてんのあんた(要約)と言われた。実は、割と何も考えてなかった。

 ちょうど、彼女の家では老齢の家政婦が隠居を考えており、助けてもらったお礼にふるまった料理や旅の道具の手入れの良さなど。僕の懐事情もあって、そのまま彼女の家に住み込みで働くことにした(なった?)。

 僕は当時から男装をしていたため、そこの神社のおっかない神使にめちゃくちゃ警戒されて。その後稲荷寿司で懐柔したのはいい思い出。彼女を生まれたときから見守っていたお使つかいさまは、攻撃力カンストだったし、本体がはるか昔に落っこちてきた隕石(天狗アマツキツネの欠片で、狐神様だったみたいだ)とはいえ仮にも神様に近い力を持っていたもんだから、不老不死の吸血鬼だって殺されかねなかったわけだ。

 彼女は。裏表なく笑う、作り笑いのできないヒト。人のいうことをすぐに信じるくせに、妙なとこカンが良くて本当の窮地にはめったに陥らない。正直者で、他人を陥れるって発想がないから、他人に(人間人外問わず)好かれる。正義感が強いから、無用な揉め事に巻き込まれては半泣きになってる。な同性に皮肉を言われても気づかないふりしてぎこちない笑いを浮かべては、夜になって一人で泣く。

「あーもー、ほら。***お姉さんが、おいしいオヤツ作ってあるから。それ食べて元気出しなって!」

 まあ当時。僕はまだ苗字以外は本名を名乗っていたもんだから、とりあえずは伏字で。ああ、ブランも、ノワだって偽名だ。そんな些細なことはさておき。

 そういって、夜こっそり泣いていた彼女に、さらに夜こっそり声をかけては、悩みを聞くのが、彼女が高校生になってからも、日課だったのだ。

 失恋した。ちょっとしたいじめにあった。親友とけんかをした。友達が学校に来なくなった。大切にしていた宝物をなくした。犬(猫、ハムスター、インコ、孔雀!?なんて日も。マジで)が捨てられてた。クラスで飼っていた芋虫が死んだ。

 ほんの些細なことから、結構ヘビーな内容まで。実に様々な話を、聞いていて楽しかったと言ったら、ひどい奴だといわれそうだけど。そういった、ごく当たり前の感情の揺れ動きというものが、僕には物珍しかったから。比較的感情を表に出す義妹いもうと相方ノワだって、僕の前でガチ泣きすることなんてめったになかったし。そもそも、人間と全く同じ感情曲線を持ってない彼らでは、揺れ動かないような些細な感情の動きが、聞いていてひたすら楽しかった。

 たまには、食べてばっかりでも物事は溜まっていってしまうこともあるし、こっそり家を抜け出して散歩に出かけたりだとか。簡単なトランプゲームをしたり。もともと、点数調整とか得意な僕としては、すぐ手札が顔にでる彼女との勝負は正直言って勝たないようにするのも一苦労だったり。じつは本気で負けにいっていたことがばれた日には、それが原因で泣かれたり。ほんの少しだけ、彼女の両親との契約違反ではあっても、魔法を使って見せたりだとか。

 と、まあ。日中の家事手伝いももちろんのこと、一日中充実した日々を過ごさせてもらった。

 日々の中で。

 ほんの少し。違和感を感じるようになったのは、いつからだっただろうか。

(なんだこれ)

 彼女と話しているときに、ほんの少し。自分の中に、何か違和感を感じるようになったのは。

(なんだろう、これは)

 彼女と話す中で、ほんの少しずつ、今までの自分が崩れているような感覚に襲われる。

(なんなんだ、この感情は)

 不安を伴う、奇妙で心地よい安息感。引きずられていくように、彼女の楽しみは、僕の楽しみ。彼女の苦しみは、僕の苦しみ。

(この感情を、もっと知りたい)

 ノワとともに、旅の中で苦楽を分かち合うのとも似ていて、それでいてまったく別の側面を持っていることが手に取るようにわかる。不可解で、不安定で、不思議で。

 不安で。

(…………感情の正体がわかれば、不安も取り除けるのかな?)

 不安要素は、大きな失敗につながる。例えば、最も大きなところでは、死。 

 だからこそ、僕は旅暮らしの中で、不安要素があれば迷わずそれを取り除くことにしていたし、わけのわからないものだって、不安の原因になるならば、わけのわからないままにせず暴き出すようにしていた。

 でも、何かが僕に歯止めをかける。

 例えば、そう。彼女と、彼女のお気に入りの小説の話をしているときとか。それまで一切理解できなかった、登場人物の感情が、ほんの少しずつ、理解できるようになっていることに気付いたときとかは、特に。それ以上は、考えようとしないほうがいい、って。

 いや、本当はその時にもうすでに、気づいていたんだろうって。

 冷静に、感情を整理するために、記憶や思い出を並べだしている今なら、わかるけど。

 明確に、恋愛感情だって。気づいたのは、いつだったっけ。

 ああ、そうそう。彼女の最後の夏休み。もう、僕以外にも、彼女の真剣で些細な悩みを、聞いてくれる人ができた時のことだった。 

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