第2話 吐きそうなほどの甘さ
どれだけ歓喜しても追いつかない部屋の中のにおいは、どこまでも甘ったるく、脳が溶けて思考を保てなくなりそうだ。いっそ、そうなって本当に壊れてしまえばいい。そうしたら、くだらないことに一喜一憂して苦しむことも、涙を流すこともない。
むせかえって、それでも足らずに吐き出してしまいそうな苦しいにおいにつられて。自分でも引き出せないような苦しい言葉も、一緒に吐き出してしまいたい。
「マカロンは、一昨日作ったっけ。まあ、いいか」
一抱えではどうにもならない大きなボウルには、大量の卵白、そして砂糖が入っている。卵黄は、あとでバニラをたっぷりと効かせたカスタードクリームでも作ろうか。ああ、そうしたら、またノワに怒られそうだけど。『ご飯をお菓子で済ませるの!?』って。小さな頬を膨らませて、顔を真っ赤にする様子は、簡単に想像できる。
趣味は、男装と旅暮らし。それに、不老不死に近い種族的な体質のおかげで、持て余した時間をつかって、新しいことを学び技術を身に着けること。おかげで、
吸血鬼、というと一番有名なのはウィピリ。いわゆるヴァンパイア。だけど、それは『牛』という大きなくくりの中で、ホルスタインだのアバディーンアンガスだの、黒毛和種だの細分化されているようなものなので、僕らの呼び方としてはヴァンパイアは適切な呼び方ではない。加えて僕は、長い時間を持て余して自分を対象に人体実験をしたりされたりした結果、いろいろな特性を取り込んでしまったみたいだから、
ノワ?あのこは魔女だ。曾祖母がどうだとか言ってたきもするけど。魔力が高ければ高いほど幼い姿をしているような種族で、千年以上にわたって年齢一桁の容姿を保っている時点で、どれほどの人物なのかはお察し。できないなら、できないなりに想像してくれればいい。
遠い昔、まだ人間だった僕を、手ごろな餌にするために引き取って育て、情がわいてしまって吸血鬼に変えたうえで正式に養子にしてくれたお人よし。
住所不定、世界各地を歩き回っていても、特に何も言われないのは、世界各地のナウな情報を
足元にガサガサとまとわりつく紙屑が、ウザったい。甘いにおいの中にわずかに混ざる黒鉛のにおいも、たまらなくうっとおしい。
すべて、自分がまき散らかしたものだけど。すべて踏みつけて、踏みにじって、壊してしまいたい。
でも、もう。期限まで、時間がない。
時間っていうのは、本当に残酷だ。
いつもは、飽きるほど。それこそ無限に持て余しているのに、こういう時ばかりは、いつだってすぐになくなってしまって。引き留めようとしたって、止まってくれないんだから。
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