致死量の砂糖菓子

アヴィ・S

序章

第1話 胸やけのするお菓子

 セレブリティ。各界重役の子らや、エリートコースを進む子らの通う、歴史と知名度だけはあると誰かが皮肉った名門校。

 ブレザータイプの制服が埋め尽くす昼休みの教室は、いたって普通の高校と大差ない。

 背の低い黒髪の女生徒は、ウサギのぬいぐるみを膝にのせて無表情に本を読む白い長髪に青い瞳の同級生の向かい側に座り、片手にビニール袋を持っていた。

万寿まんじゅちゃん、お菓子食べない?てか、食べて。受け取ってくださいお願いしますもう正直キャパシティーオーバーです」

 そんな懇願をされた万寿まんじゅは、本から顔を上げると、表情を変えることなく年の離れた同級生に消え入るような声でこう返した。

「いいですよ、ノワ様」

 




 サク、と軽い音を立てて、小さな口の中でクッキーが崩れる。甘味に続き、豊潤でまろやかなバターの香りが広がると、飲み込む直前でほんのりと果実のみずみずしい香りが突き抜け、それらが消え去ったあとで、メープルの独特な甘い香りが余韻を残す。

 作った人物の繊細な仕事ぶりがうかがえる、お茶の時間にぴったりの一品だ。

「おいしいです」

 やはり、というか。蚊の鳴くような、消え入りそうな声しか出せない彼女からの感想に、ノワも首を縦に振り、

「うんうん。それはノワもわかってるよ?たださー」

 一見小学生低学年にしか見えないノワも、無理やり詰め込むように昼食替わりにクッキーを食べながら、ため息をつく。人間人外男女共学で食べ盛りな男子生徒や大食種族も多いため、10キロ単位で存在していたクッキーはそれなりにはけたが、500グラム×3袋分は残ってしまっていた。バターも砂糖もたっぷりと使われた甘いお菓子は、少しだけ食べるからおいしいもの。1キロ半も食べれば飽きを通り越して胸やけしか起こさない。

「しろちゃん。いやいや間違えた。ブランがねー、ちょっと壊れ気味で、もうおとといからずっと八つ当たり気味にお菓子作り。おかげで隠れ家の中、胸やけ級に甘ったるい香りが充満してるんだよねー」

 もう、何度目かわからないようなため息を聞き、万寿まんじゅは少し首を傾げ、

伯母様、壊れていらっしゃらないほうが珍しいのでは?」

 いや、そうなんだけど、と返すノワは、わかりにくいながらも少しすねたような万寿まんじゅの表情に気づき、魔法瓶のカップに紅茶を注ぐ。

 ブラン、と呼ばれた人物は。万寿まんじゅの母の血のつながらない姉であり、ノワの親友。

「お菓子に八つ当たりするのではなく、きちんと家族のもとへ帰ってきて、相談すればよろしいのに」

「家族だから、だよ。万寿まんじゅちゃんがいるのにー、とか。つまらないことぐだぐだいう人たちのこと、ブランのこと言われると、万寿まんじゅちゃん気にするでしょー?自分が言われるのは全然気にしないけど、それをほかの人が嫌がるなら気にしちゃうんだよね、あのこ」

 つまらない、大人の事情というものだ。世襲制の地位を持つ、権力者なんておとぎ話みたいなものは、本人たちの意思とは関係のないところで争いを生む。

 例えば。血のつながらない養子を、現在の当主が次期当主に指名してしまったときに、現当主の血のつながった孫娘を次期当主に押し上げようという、無駄な動きなどがそれに当てはまる。本人たち自身が双方ともに、その地位を望んでいないことも、実は裏でさらなる争いの種になっていることまでは、ノワも知らない。というよりは、親友やそのかわいい姪っ子の抱える事情に、頼まれもしないのにそこまで深入りはしないが。

「まあ、今軽く滅入ってるのは。そんな昔っからのつまらない話は関係ないトコだけどねー」

 さく、と少し湿った音で、クッキーが崩れる。

 いつのまにか。甘い匂いは教室全体に広がって、一度は収まっていたノワの胸焼けがまたぶり返す。

「ああ。アレですか」

「そー、たぶんあってるそれ」

 それは、見ようによっては、砂糖菓子よりも甘い。誰にでもあるような、昔話。

「ノワたちと人間あのこじゃ、同じ時間は生きられないもん。いつか、そんな日がくるのは、ブランもわかってて。でも、なっとくはできなーいのが、ブランらしいというか」

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