第10話

 僕らは何かに憑かれたように歩き続けた。


 僕の手を握る少女の手は汗ばんでいる。きっと、人ならざるものになることの意味を真に理解して、恐ろしくなっているのだろう。


「私は、嫌です……」


「何が嫌なのだ?」


「人ならざるものになることが! 私は嫌です!」


 少女が初めて大きな声を、悲鳴を、叫びをあげた。


「そうならないとためにも、僕たちは答えを見つけて、この電車から降りなければならない」


「……はい」


「不安なのは僕は同じだ。共に行こう」


「はい」


 少女は普段通りの声音、表情で、努めて明るく頷く。


 再び歩き出す。すると、まだ少女と出会う前。先ほど少女が味わった本当の意味の、人ならざるものになることを理解した場所に辿りついた。


「ここまで戻ってきたのか……」


 少女と出会い、先頭車両まで行き、ここまで戻ってきたことが、ひどく昔のように感じる。


「これは……」


「君と会ったばかりの頃言っただろう小魚の群れを見たと。人ならざるものになった人を……初めて見たのがこの場所だ」


「そうですか」


 中身が抜けた。そんな表現がふさわしいような状態で、女性の服が落ちている。


「あの、私の間違いかもしれないのですが……」


「どうした?」


「この服、車掌様のものではないですか?」


「何?」


 少女が服に近づき、それを持ち上げる。紺色のスカート、白のブラウス、それに埋もれるように車掌の上着があった。


「気づかなかった……まさか、車掌が女性だったとは……すでに人ならざるものになっていたとは」


 僕の誤りだ。少女と出会う前に、確認しておけばーー


「何か入っています」


 少女が上着のポケットの中にあるものを取り出した。


 それは、切符の束と万年筆、それに切符を切るための鋏だった。


「あなたの……あとは読めません」


 切符に書かれた、掠れて読めなくなった字を少女は読めるところだけ読み上げる。


「これが問い……」


「これが問いなのですか?」


「確証はないが、恐らくそうだろう」


「しかし、掠れて読めません」


「あなたの……あなたの、この後に答えが入るのでは?」


 あなたの……その後の掠れた文字の先には、確かに答えを入れることのできる空白があった。


「その答えをこのペンで書くのですか?」


 少女が首を傾げる。


「そうだ……! そうに違いない!


 問いがわかれば答えを見つけるだけだ! 僕たちは外に出られるぞ!」


 喜びのあまり、少女の手を握っている手を振り上げた。


「あっ!」


 どちらかともなく声が漏れた。


 握っていた少女の手が、大きな二枚貝となり、僕の手から滑り落ちたからだ。

 その時、僕は思い出した。先ほど人ならざるものとなった女性が言った言葉を。


「あなたはこうはならないと思うから」


 あなた。それはきっと僕だけを指す言葉だったのだ。


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