メタリックガーディアンRPGー星の指導者

@Epsilon

第一話・名無しの依頼主

初夏の日差しが差し込む昼下がり、廊下をパタパタと駆ける音が聞こえる

 後に星の粛清と呼ばれることになる戦いの幕開けはここから始まる。

「みんな!仕事よ仕事!」。

自動扉が開ききるのも待たずに一人の女性が飛び込んでくる。

扉が外れそうな勢いで入ってきたこの女性は白坂リン。問題児で構成されたここ、フォーチュン漣支部・特務起動三課の隊長を務める女性士官だ。

室内には中央に長机が4つ、その両脇をズラリと本棚が並ぶ。見たたところ机の上には数人分のネームプレートと資料と思しきファルや書類の類が並ぶその積まれ方からその机の主の性格が窺い知れる。

「んあ?お帰り、リン」

 その中で比較的ものの少ない、と言うよりほとんど何も乗っていない机に脚を投げ出し椅子に背を預けて寝ていたであろう人影が騒がしく帰ってきた隊長に気付いた。ねおきのせいかその声はどこかぼんやりとしている。

だがそんなことはお構いなしにリンは誇らしげに手に持つ指令書をか高らかに掲げてみせた。

「ふぁあ・・・どうせまた海賊掃討か紛争地帯でゴミ掃除だろ?いちいち大騒ぎするなよ・・・」

呆れたような口調で返すのは先ほどの机に脚を投げ出して両腕を組んだ少女、猫のような耳の付いた薄いピンク色のパーカーのフードを被り胸元にはミュージックプレイヤーが下げられている。

スピリア・マルチネス

超反応能力を持つ人間を人工的に創りだす研究によって生まれた人造人間。だがフォーチュンへ来るまでの経緯は一切不明、ある日リンがメンバーに加え、フォーチュンへの登録もリンが身元引受人となることで強引に進めた。

 ガーディアンを操る技術は確かなもので演習で相手を務めた隊員を3人病院送りにした。これはフォーチュンへの登録を決定づける要因ともなったが彼女自身の素行不良も合わせ、この問題児部隊、特務三課への配属を決定させた。

「スピリア、よさないか、それと机の上に脚を乗せるなと何度言えば分かる?」

「うっせーよっ!てめぇこそ上から物を言うなっつってんだろ!」

「私の任務は君の監視と指導だ。いやこの様子では更正というべきか?」

スピリアの後ろに広がる本棚群の間から現れた一人の男性はスピリアとは対照的で制服をきっちりと着こなし、リンの姿を見つけると軽く会釈する。

 30代後半程度の細身で長身の男性、手に持つファイルとメタリックな銀フレームのメガネが知的な印象を持たせる。

ロルフ・フォレスタル

元傭兵だがその行動には傭兵のそれとは思えない規律社会の跡を感じさせる。

以前はは別の支部で部隊を率いるエースだったが任務の失敗によりその責任を取るため、ここで素行不良の隊員の指導役を務めている。

 リンゲージとしての素質こそないが身体に染み付いた危機感知能力と傭兵時代に培われた状況判断力から量産機を巧みに操るだけでなく実働部隊の指揮官として高い能力を持っている。

「はいはいそこまで・・・スピリア、ロルフはあんたの指導官、先生なんだから、先生のいうことはちゃんと聞くものよ」

リンは2度、3度、手を叩いてスピリアをなだめ、フード越しにその頭を撫でる。

「でも、リン・・・」

スピリアがなにか言おうとしたがこうなったリンは反論を許さない。

「でもじゃない、あなたはおとなしくしてれば可愛い娘なんだからもう少し女の子らしくなさい」

『ぽふぽふ』とスピリアの頭を二回ほど撫でリンはホワイトボードの前に立って手に持つ書類をマグネットで貼り付けていく。

「ちぇ・・・」

スピリアは机から脚を降ろすとばつが悪そうに両膝に手をおいてうつむいてしまった。

その姿は猫というより叱られた犬のようだった。

ロルフは「やれやれ」といった様子で自分の席につく、いままで新人を指導する機会がなかったわけではないが14歳の娘を更生させる任務などなかったのだ。

ロルフが席につくのを待ち、リンが口を開く。

「昨日、フォーチュン宛に匿名のメッセージが届いたの、内容はある国の女王の護衛と潜り込んだスパイの特定、発信元は不明だったわ」

「女王の護衛!?」

スピリアの驚きの声を挙げ、立ち上がった際にフードが取れ、ツインテールの黒髪が揺れる。

驚いたのはロルフも同じようで本を送る手を止めてリンに続きを促す。

「そうよ、どう?すごいでしょ?アルテミスコロニーの女王を守り、潜り込んだスパイを見つける!まるでアクション映画みたいだわ!」

目を輝かせながら妄想に耽るリンをよそにロルフの表情は固い

「アルテミス、か・・・面倒なことになりそうな予感がする・・・・」

「だよな、アクション映画って・・・そんな展開そうそうあるわけ無いだろうに」

やれやれと言った様子で頭の後ろで手を組んで椅子にもたれこむ。

「そういう意味ではない」

「ん?」

「問題は・・・行き先とお前だ・・・」

そう言うとロルフはスピリアを一瞥して今日一番大きなため息を漏らす。

アルテミスコロニーは完成以来ディプトリー主義を重んじ、優れた能力を持つ一握りの人間が人類の未来を導く尊い存在と信じられている。

 その一握りの人間こそスターゲイザーと呼ばれる者達だ。このコロニーには数名のスターゲイザーの存在が確認されており、他コロニーや惑星からの進行、干渉を寄せ付けない理由もまたここにある。

 しかしその一方でこの思想はスターゲイザーとオリジナルの両者を差別化する理由ともなってしまった。

「つまり何か?そのコロニーではスターゲイザーのほうが他の人間より偉いってか?」

ロビーのソファーの上で噛みつきそうな目でロルフを睨むスピリア、ロルフはその視線を涼しい顔で流し湯気の立つコーヒをすする。

「まあ、概ねそう考えて問題ない、スターゲイザーというだけで貴族階級扱いだからな」

アルテミスへ向かうシャトルの中、アルテミスコロニーの話を聞くごとにスピリアの機嫌は急降下していった。

強化人間であるスピリアは人工的に作られたとはいえその力はスターゲイザーと比べても変わりなく、アルテミスコロニーでは尊敬の対称となるだろう。しかしスピリアが最も気に入らない理由はそこにあった。

「好きでこんな力手に入れたんじゃない・・・」

彼女自身がスターゲイザーとしての能力、そしてそれを比較することを強く嫌っていた。

彼女にとってスターゲイザーとしての能力は忌まわしい存在以外の何でもなかった。

誰に対して言ったのか分からないスピリアの呟き。

スピリアの表情に何かを悟ったのかロルフはやや口調を和らげて言った。

「お前の生い立ちを詮索するつもりはないが、仕事と思って割りきれ、そのほうが楽だぞ」

そう答えるロルフの目はどこか遠くを見ていたようだった。

「へー・・・」

ふと、我に返ったロルフが視線を戻すとそこにはきょとんとしたスピリアの顔があった。

「な、なんだ?変な顔して・・・」

「いやーあんたが俺を励ますような事言うなんて珍しいなと思って、もう一回言ってくんね?録音する」

「知らん!」

そう言うとロルフは立ち上がり、カップを持ってロビーを出ていこうとする。

館内放送からリンの声が聞こえたのはその時だ。

『二人ともーもうすぐコロニーコルトローグに着くわ、準備して』

コロニーコルトローグ、銀河外周航路上に位置する小さなコロニーだがコロニー間の中継地点として利用され、多くの観光船や輸送船が補給のため停泊している。だが、今回リンたちがこのコロニーに立ち寄ったのは別の理由があった。

今回の任務、行き先のアルテミスコロニーではオーバーロードと呼ばれるものとオリジナルと呼ばれる人間がそれぞれ異なる生活をしている。そのどちらにスパイがいるかわからない以上、両面に対応できるチームでなければならないとフォーチュンの上官たちは判断し、加えて依頼そのものが確証の持てるものではなかったためフォーチュン漣支部は特務起動三課に加え傭兵を雇うことでこれに対処した。

その傭兵とはここ、コルトローグで合流することになっていた。

人の出入りの激しいコルトローグでは船着場付近には露天が軒を連ね、あらゆる民芸品が並ぶ縁日状態だった。

夕暮れ時を演出する暖色照明と露店の明かりが暗くなりかけた街道を照らし、客を呼びこむ露店商の声と何かの肉料理が焼ける音、そしてそこから放たれる匂いが鼻孔をくすぐった。ここまで長い距離を航行したためかリンの目は両側を流れる魅力的な露店(主に食べ物)に惹きつけられた。それは一定の店が過ぎると「あうう・・」というつぶやきが聞こえるほどだ。どうやら気になる店でもあるらしい。

「うーん、この辺なんだけど、早く着すぎたかしら?」

船着場を出た露店街の外れ、この先は商店と居住地区だ。

「そういえばまだ聞いていませんでしたね、その二人のこと」

「え?ああ、なんでもの男女の二人組だって、」

「二人組?」

「ええ、この世界では結構有名みたい、たまたま前の仕事でこのコロニーにいるからここで合流することになったんだけど・・・」

とそこまで言ったところでリンの言葉が途切れる。

どうしたのかとロルフが視線を向けるとリンの視線は前方の一つの屋台に打ち付けられていた。

鉄板の上で焼かれていたそれは見たことのない料理だったがその香りはシャトルの操縦で夕飯をお預けされていたリンの胃袋を掴んで放さない。

「うっ・・・」

涎が垂れるのをごまかし両隣に立つ二人の部下を交互に見た。

「食いてえなら言えよ、そんな目を向けるな」

「ここは我々が見ていますので、隊長はどうぞ食事を」

「マジで!?それじゃ、お言葉に甘えて!」

二人の同意を得るとリンは目を輝かせ、財布を手に露店のへと向かった。

「あーあ、あんなはしゃいじゃって、転ぶなよ、」

無邪気さを感じるその後姿にスピリアは呆れ、ロルフは苦笑していた。

「大丈夫大丈夫って・・・きゃっ!」

案の定と言わんばかりにリンは路地から走り出てきた男にぶつかり、転んでしまった。

「いったぁぁ・・・」

立ち上がったリンはおしりを擦りながら抗議の目を男に向けようとするが当の男は止まりもせずに走り去っていく

「隊長!」

「ふえ?」

思わず間の抜けた返事を返すリンもすぐに自分の手元にあった財布がないことに気づく。

「ああっ!?泥棒!」

リンは慌てて立ち上がり路地に消える男を追いかける。

「隊長!」

「待てよ、」

駆け出そうとするロルフの腕を引いて静止したのはスピリアだ。

 フードを深くかぶり、身長差で表情は分からないが声は低く、妙な落ち着きがある。

「あんたはここで待ってろよ、例の傭兵がくるかもしれない」

「こんな時に何を言ってる!?手分けしてさっきの男を・・・」

ロルフはそこで言葉を切った、いや続きを言えなかった。

「必要ない・・・」

そう短く答え、こちらを見上げスピリアと目が合う。フードの中からこちらを見つめる赤い双眸、それは闇夜に紛れ、獲物を待つ狩人のように鋭く冷酷な視線。

目の前にいるのが15歳の少女であることを忘れさせるには十分なものだ。

スピリア「ちょっと行ってくる・・・リンを頼む」

そう言い残すとスピリアは跳躍、テラスや街頭を利用してあっという間に屋根に上り見えなくなった。

「なるほど、確かに猫のようだ・・・」

上を見上げながらそんなことをつぶやいていると人の波をかき分けて一人の女性が現れる。

「あの・・・その制服ってフォーチュンの人じゃないですか?」

「え?ええ、そうです。それでは君が?」

ロルフの問い返しに女性は安堵したようで

「ええ、リザ・バレンタインよ、よろしくね」

「ロルフ・フォレスタルだ。・・・待ち合わせ相手は二人だと聞いていたが?」

「え?」

きょとん、とした表情でリザは振り返りビデオの巻き戻しよろしくロルフに向き直り「あはははー」と苦笑する。

「はぐれちゃった・・・・」

リンが肩をおとしながらとぼとぼと帰って来たのはそんな時だ。

暗く、迷路のような路地を女物の財布を持った一人の男が全力で駆けていく。その表情は狼狽し、路地を出鱈目に逃げまわっていた。

入り組んだ路地をいくつも曲がり男は走りながら後ろを振り返る。

「クソッ一体何なんだっ!?」

彼の後ろに追跡者の影はない、彼が見たのはその更に上、そこには路地の壁、配管、エアコンの室外機を足場に男を追う小さな影があった。

いくつ路地を曲がっても大通りを経由してもその影は振りきれない。

やがて男が一つの路地に入ると男の進行方向には背の高いフェンスが立ちはだかる。

「なっ!?畜生っ!」

男は何度かフェンスを叩くがフェンスはびくともしない

男は来た道を戻ろうと振り返るが・・・

なにかが着地したような音を耳にして男の動きは止まった。

自分の来た道に一つの影が立っていた。

小柄で薄いピンク色のパーカーに黒いアンクルレングスのズボン首には青いヘッドホンを下げている。

「子供・・・か?」

男の前に立つその影は小さく男の半部程度の身長しかない。

少女は無言のまま男に歩み寄る、しかしのそ目は油断なく眼前の男を見据えていた。

「脅かしやがって!」

自分はこんな子供に怯えていたのか?こんな子供から逃げていたのか?そう考えると怒りすらこみ上げてきた。

「うおおおおおどけえええええ」

男は少女に向かって走りだし、その腕を振り上げる。

だが彼が次の瞬間見たのは建物の間に見える天井の暖色照明だ。一瞬、自分はなぜ上を向いているのかという疑問が浮かんだが次の瞬間首元に叩きこまれた激痛によってその疑問は解決した。

「ゔっ!?」

男は喉に激痛を感じその時ようやく自分が仰向けに倒れていること、自分の首が華奢な腕で締めあげられていることに気づく。

男はその細い腕を掴むがその腕は鋼のように硬く、重く、ビクともしない。

「お前、リンを突き飛ばしたな?・・・リン、怪我してた・・・」

スピリアはそう言うと男を壁に打ち据える。

その際男の手からリンの財布が滑り落ちたがスピリアはそれに気付かない。

薄れゆく意識の中男が最後に見たのは真っ赤な双眸と人に猫の耳の生えたようなシルエットだった。

それっきり男は気を失うがスピリアは空いている方の腕を振り上げる。

するとスピリアの白く細い腕は肩から手首にかけて墨色に染まっていく。鉄塊のような光沢を持つその腕でスピリアは男を殴りつける。

「そのくらいにしたらどうだい?」

背後から響いたその声は凛として聞き取りやすかった。

その声に動揺してかスピリアの拳は男の頭部横のレンガ造りの壁に亀裂を入れた。

「そんな男でもそれ以上は過剰防衛だよ、(もう十分だろうけどねぇ)このコロニーでも殺人は犯罪なんだ」

おどけた様子で話すのは一人の青年だった。

「お前、誰だ?」

「ああ、自己紹介が遅れたね、僕はコリン、コリン・クレスト、傭兵のね」


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