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 彼らが住むのは工事途中にして依頼主と建築会社が共倒れしたまま放置された廃ビルの三階の一室だった。作業用の垂れ幕を幾つかくぐって、奥の建設用足場として用意された階段を登る。途中の何も嵌められていない窓をくぐり抜け、コンクリートを打ちっ放しにしたスペースでは、先に帰ったはずの少年が寝ずに彼の帰りを待っていた。

「とうとう刺されたか」

 ズボンだけを血で染めていたり傘をささずに全身濡れながら手に持っている様子を見て、少年の第一声はそれだった。無視して雨水をためたバケツの一つに衣類を一枚ずつ脱ぎ捨て、上から洗剤をかける。

 別のバケツの水を使って濡らした布で身体を拭き、裸のままで少年と同じ寝床に潜り込む。むろん先にシーツにくるまっていた彼も寝巻きなんて上等なものは着ていなかった。

「怪我はないのか?」

「まったく」

 右手だけの彼と違って顔も身体も商売道具の少年のどこかしらに、傷を残すような真似をリウがするはずもない。

「それより今度の仕事。上手くやれたらリウが褒美をくれるそうだ」

「お金じゃなくて?」

「知らないが、それならわざわざ言わないだろ」

「僕は大金がいいな。それで兄弟の成人戸籍買おうぜ」

「兄弟?兄弟である必要あるのか」

「あるさ、血と盃で結ばれた悪の組織を俺たちで作るんだ」

「マフィアじゃなくて?」

「あんな虫けらの寄せ集めとは違うさ。売人に聞いたんだけどな、昔のこの国にはヤクザっていうジャパン特有のマフィアがたくさんあったんだ」

「へぇ」

「そいつらがイカれてるのはさ、弱い子供を殺さないとこなんだ」

「それは嘘だろ。弱いやつから搾り取らないマフィアがいるもんか。騙されてるぞ」

「騙されてなんかないさ。ヤクザは怖がられると同時に尊敬もされてたんだ。奴らのやることには筋が通っていたからね」

 半信半疑であったが、少年は否定もせず首をかしげるにとどめた。

「じゃあ、どうして今はいないんだ」

「そうなんだよ、その理由がまたかっこいいんだ」

「何だよ」

「この国が移民を許可してからさ、たくさんの外国マフィアが乱立しただろ?あいつらにとっては、よその土地だからもう見境なしに何でもやったらしい。戦車持ち込んだ馬鹿もいたらしいぞ」

「知ってるよ、そいつらの息子だろ俺たちは」

「だからいくつもの掟を守っていたヤクザには到底太刀打ちできる相手じゃなかったのさ。ボスへの裏切りはしないし、一度受けた恩を忘れない。素人を巻き込まない。そんな甘ちゃんがマフィアに勝てる道理なんてない。そうだろ」

「馬鹿だなそいつら。そうやってて殺されちまうくらいなら、掟なんて無視していればよかったのさ」

「でもさ、あいつらが今この国にいないってことは奴ら最後まで掟を守り続けたんだぜ。死ぬまでマフィアに落ちぶれることを認めなかったんだ。かっこいいだろ」

 目を輝かせる。

「そういうヤクザになれば、混血とか関係なく僕らは日本人になれる気がするよ」

「日本人ってのは今日お前を蹴り殺そうとした奴らのことさ」

「あんなのは日本人じゃないさ。外国の会社に根こそぎ労働力を奪われてよ、人らしさを失ったロボットみたいじゃないか。奴隷だよ。移民を奴隷としてこき使おうと考えてた奴らは、自分が奴隷みたいに使われることになったのさ。どんなに日本語が上手くて歴史を覚えてて純血であることに躍起になっていても、あんなのは日本人じゃない」

「朝になったら鏡見てみろ。俺たちだって違うさ。ほら、早く寝ようぜ。お前呂律回ってないぞ」

「だから、ヤクザなんだよ。俺たちが本当のヤクザになるんだ」

「わかったよ」

 先に寝てしまった寝顔を見つめて彼は苦笑しながら、一人。街の喧騒に耳を澄ませた。

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