第8話 星屑高校の真実
会長に宣告を受けた煌太は、急すぎて現実を受け入れることができなかった。せっかく入部したサーチ部が一ヶ月もしないで廃部になるかもしれないなんて。
結局、玲愛とも会わせてもらえずに生徒会室を後にすることになった煌太達は、一旦今後の事を考える為に活動拠点の保健室へと戻っていた。
「これからどうすれば……」
「生徒会長ってあんなひねくれ者なのね。自分勝手に話を進めちゃって、言いたいことも何も言えなかったわ」
怒りをあらわにする山本先生の気持ちが煌太にも痛いほど理解できた。
しかし、会長の言っていることのほとんどは正論。玲愛が暴力をふるったのは事実だし、サーチ部の存在を隠していたのも事実だ。会長を責める事なんて今の煌太にはできなかった。
「黒瀨さんの行った事は確かにいけないことだわ。だけど、退学までさせる方向に動いているなんて、私は納得いかない。そもそも不祥事を起こした生徒は全員退学なのかしら」
「確かに、俺も納得いきません。大体玲愛は吉野を救ったんですよ。やり方は確かにいけなかったのかもしれませんが、救った事実に変わりないはずです」
あのまま見過ごしていたら、吉野はサッカーを辞めていたかもしれない。生徒の危機、窮地を救ったのは玲愛だ。少しやりすぎの荒療治と捉えても良いのではないか。煌太は次第に募る思いを会長にぶつけたい気持ちで満たされていく。
「失礼します」
保健室のドアが開く。重い空気が漂う場所に入ってきたのは奏だった。
「奏……」
「こうちゃん、部活入ってたんだね。さっき、生徒会室の前で聞いちゃった」
奏に言っていなかったことがあった。部活に入っていたこと。
「ごめん、言ってなかったよな。何でも言うって言ってたのに」
「謝らないで。私は常にこうちゃんを監視しているわけじゃないし、それに言わなくてもいいことだってあると思うし」
奏の優しが胸に突き刺さる。今までもこの優しさに助けられていたことを実感する。
「もー、二人ともいちゃいちゃしちゃってー」
「「いちゃいちゃしてません」」
山本先生の言葉に煌太と奏は同時に反応する。奏は頬を赤く染めている。煌太も体温が上昇するのを感じた。
「そうだ! 私達の事情を大体把握していると思うし、奏ちゃんも私達に協力してくれるかしら?」
「もちろんです、先生。私なんかで良かったら、ぜひとも」
関係ない事にも関わらず、奏は嫌がる素振りを一つも見せず協力すると言ってくれた。本当に頼りになる幼馴染だ。
「でも、どうすれば良いんですかね。私はさっきの話しか聞いていなかったので、詳しいことは……」
「そうね……生徒会に対してガツンと言える決定打があれば良いのだけど」
「それなら生徒会が生徒の為に行っている事を挙げてみて、実際に生徒の為になっているのかインタビューしてみるのはどうですか? 生徒の声を集めれば、生徒会がいかに無能なのかわかると思うんですけど」
「おいおい、無能って……」
爛漫な顔つきで話す奏に煌太は度胆を抜かれた。
「奏ちゃんって、実は黒いのかな?」
「ん? 何ですか? 先生」
笑顔の裏に隠れる奏の黒いオーラに山本先生はたじろいでいた。まさか、山本先生が押されるなんて煌太は思ってもみなかった。
「良い案かもしれないけど無理だと思うよ。奏」
「どうして? こうちゃん」
「それは……時間がないんだよ」
そう、時間がなかった。生徒会側は早めに不祥事を処理するために、三日後には玲愛の退学とサーチ部の廃部を決めると会長は宣告してきた。三日で星屑高校の生徒の意見を集めるのは至難の業だ。
「三日間で六百人を超える生徒にインタビューする時間なんて到底取れないよ」
「それじゃ、クラスの学級委員にアンケートを配って書いてもらうのはどうかな?」
奏の新たな意見に煌太は一瞬行けると思った。
「それも無理だわ」
山本先生の一言が煌太の期待をかき消す。
「無理じゃないですよ。帰りのHRの五分間をもらえば可能だとお――」
「学級委員も生徒会……いや、生徒会長に動かされているのよ!」
痛烈な一言が山本先生から言われる。生徒会長は星屑高校の生徒に対する、すべての権利を持っていることを意味していた。
「嘘……だろ」
煌太は膝から崩れ落ちそうになるが何とか踏みとどまる。神林の言っていた噂は間違いではないみたいだ。
「星屑高校は文武両道で賑やかに見えるおかげで、誰もが入りたいと思う高校かもしれない。だけど、それはあくまでも表の顔。裏の顔を深いところまで知ってしまうと本当にひどい高校かもしれないわ。まあ、事実を知らないでほとんどの生徒は卒業していくのだけどね」
山本先生の言葉が煌太に重くのしかかる。奏も事実を受け入れることができないのか、ずっと俯いている。もう、打つ手はないのか。何もできない自分自身に煌太は苦虫を噛み潰した気分になった。
「私は六年前にこの学校に赴任した。当時は今みたいに生徒会長の権力は強くはなかったの。だけど赴任して三年目の生徒会選挙以降、生徒会の様子がおかしくなったのを感じたわ。今のように、生徒会の意見が全て反映されるようになってしまったの。それ以来、星屑高校は生徒会長を中心に生徒会役員、学級委員の生徒が生徒会長の言いなりに動いてる風にしか私はみえなくなってしまった」
「それって……やっぱり生徒会長がすべての根源ってことじゃないですか!」
確信を得た煌太に視線を向けて、こくりと頷く山本先生は話を続けた。
「どうにかして星屑高校を良くしようと思って、私は二年前に学校に内緒でサーチ部を作ったの。目的は生徒会の裏の顔を暴くこと。生徒会で何があったのか、選挙に不正はなかったのか、学校側と生徒会の関係はどうなのか」
山本先生のサーチ部にかける思いがひしひしと伝わってくる。ここで、ある疑問を思いつく。
「でも、サーチ部の本来の活動って生徒を守ったり、助けたりすることですよね?」
「そうね。私としては生徒会の真実を突き止めて、表裏のない学校を作りたいと思っているの。でも、それはあくまでも私のエゴにすぎない。それなら、せめて生徒会から生徒を守りたいと思って、今のサーチ部の方針ができたの」
サーチ部に秘められた思いは、煌太の想像を上回っていた。山本先生は学校の真実を突き止めるつもりだ。
「でも、生徒会に存在が知れ渡ってしまったし……もうだめかもしれない。私も星屑高校を離れることになるのかも……」
生徒会長の意見はほとんどの場合、施行されている。今回の件に関しても、生徒の不祥事を隠していた先生にとって大きな損害を被るのは自明の理。山本先生は感傷に浸るかのように天井を見上げていた。
「そんなこと……そんなこと、俺が絶対にさせません!」
不意に煌太の中で何かが弾けた気がした。体の震えがいつまでたっても止まらない。
突然大声を出したためか、奏も山本先生も驚いていた。
「こうちゃん?」「煌太君?」
二人が震えている煌太に歩み寄るが、煌太は俯いたまま二人を手で静止する。
「何かあるはず」
そう、何かあるはず。こんな事で終わりたくない。終わらせたくない。煌太の中で高まり続けていた気持ちが弾けた。瞬間、打開策を見つけるために保健室から走り出していた。
*
「煌太君を追いかけないと」
白衣に袖を通して煌太を追いかけようとする山本先生を奏は手で制止した。
「大丈夫です、先生」
「何言ってるの? どうみても煌太君、暴走してるだけじゃない。危険だわ。また倒れる恐れも――」
「こうちゃんは大丈夫です」
しっかりとした口調で山本先生の言葉を遮った奏は続けて話す。
「納得いかないことがあると最後まで諦めずに突き詰めるところ、自分の信じたことを最後まで貫き通すところが、こうちゃんの良いところなので」
「そう……なの?」
「はい。それに、昔からこうちゃんは優しくて、ピンチの時にいつも私を助けてくれたので」
こうちゃんは昔からいつもそうだった。小学生の頃、いじめられていた自分を助けてくれた。勝てそうもない上級生にだって果敢に向かっていってくれた。いつも守ってくれて、心配してくれて、目の前の道を切り開いてくれた。こうちゃんは自分にとって特別な存在。
「信じて待ちましょう、先生。必ず何かしらの結果をこうちゃんは持ってきてくれますから」
「すべてお見通しなのね……流石、幼馴染ってとこかしらね」
「そんなことありません。私はこうちゃんが部活動に入っていたことも知りませんでした。いつも近くで見ていたはずなのに」
そう、知らなかった。一番近くにいた自分でもまだ知らないことが沢山ある。
「奏ちゃん……煌太君の事が好きなのね、本当に」
「そ、そんなことないです。ただ――私は……はい、こうちゃんが大好きです」
山本先生に言われ、誰にも言えなかった思いを言葉にする事ができた。
これまでは、あと一歩のところでチャンスを逃してしまうことが多かった。こうちゃんが交通事故に遭う前に、告白に応えられていたら。空き教室で最後まで逃げないで気持ちを伝える事ができていたら。
でも、もう後悔はしたくない。
私、岩田奏は――赤星煌太の事が大好きだから。
「コーヒーでも飲む?」
「はい、いただきます」
山本先生のいれてくれるコーヒーは美味しいと、こうちゃんから聞いていた。実際に口に含むと少し苦かったけど言葉では言い表せないおいしさだった。
奏の心にある温かい思いは、コーヒーによってさらにブレンドされる。今の気持ちは何処に出したって負けない味になっているはず。自分はこうちゃんを信じて待ち続けるんだ。コーヒーを飲みながら奏は祈った。
*
玲愛の処分が決まる前日まで、煌太はただひたすら奔走した。
窮地を救う鍵が学校のどこかに必ずあるはず。自分の信じた思いを頼りに、答えが見つかるまでひたすら奮闘する心意気だった。しかし、そんな気持ちが空回りしてか、手がかりすらも見つけられないまま前日まで時間が経ってしまった。このままだと玲愛を、サーチ部を、救えない。
煮え切った頭で熟考を繰り返すうちに、煌太は教室へと足を進めていた。一年二組。煌太は自クラスの前に立ち、ドアに手をかけ中に入っていく。
教室内は閑古鳥が鳴いていた。放課後にいつも残っていた玲愛の姿も見られない。ゆっくりと教室内を歩き回っていると、懐かしい記憶が一気に蘇ってきた。
入学式、初めて出会った玲愛は本当に無口だった。話しかけてもノートと睨めっこを続ける玲愛。誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出す玲愛に煌太は興味を持った。
そんな玲愛は周囲の人から見れば愛想が悪いクラスメイトとしか見られていないのかもしれない。だけど、自分で決めたことに関して最後までやり抜く、強靭でぶれることのない心を見せてくれた玲愛に、煌太は次第に惹かれていった。
記憶喪失になって以来、普通の生活がしたいと煌太は思い続けてきた。そのためにも記憶を取り戻すことは、絶対に自分の為になると思っていた。
しかし、吉野の一件で露わになった玲愛を見た瞬間、自分の考えがいかにちっぽけだったか気づかされた。現実と向き合い、真実を追求する玲愛と一緒にいれば自分は変われるんじゃないかと思うようになった。
きっかけをくれた玲愛を見捨てるわけにはいかない。そして、自分に勇気をくれた山本先生を辞めさせるわけにはいかない。必ず何か打開策はあるはずだ。
誰もいない教室は依然、閑古鳥が鳴いている。ふと耳をすますと、校庭から部活に励む生徒の声が間近に聞こえてくるほどだ。
煌太は窓際へ進んで外を覗いた。校庭ではサッカー部が夏の県大会に向け本格的に練習を始めていた。ミニゲームで声を張り上げる部員の姿が見える。
「サッカー部……あっ!」
煌太は重大な鍵を見落としていた。
そうだ、これならいけるはず。まだ逆転の手段はある。閃きを与えてくれた自クラスを背に、煌太は止まっていた時間に逆らうように走り出していた。
十八時を過ぎるとほとんどの部活動が終わる。この時間は文化部に所属する人達が主に帰る時間になっていた。一方の運動部は特例として、最大で二十一時まで残ることが許されている。夏の大会に向けて多くの運動部が残って練習する中、サッカー部も大会に向けてのレギュラー争いが過熱していた。そのため、多くのサッカー部の生徒が最大限まで時間を駆使して練習に励んでいた。
「「お疲れさまでした」」
二十一時となり、グラウンドに挨拶をするサッカー部員の声が裏門まで響き渡る。煌太は裏門である人物を待ち伏せし続けていた。
正門は二十時で閉まってしまうため、部活で残る生徒は裏門から帰宅の途に着いている。野球部やサッカー部ら残っていた運動部員達の声が徐々に近づいてくる。しかし、その中にお目当ての人物はいなかった。
三十分後、強風により辺りの木々がざわつき始めた頃、一番最後に裏門を抜けた人物こそ、煌太が求めていた人物だった。練習で疲れているせいか表情に活気が見られない。
「吉野。ちょっと話があるんだけど」
物陰に隠れていた煌太は吉野の前に姿を現す。驚かさないように小声で話しかけた。
「あれ、赤星。どうした、こんな遅くに。まさか、俺を待っていたのか」
「そうだよ。吉野を待っていた」
生徒会への唯一の切り札ともいえる人物、吉野匠を煌太は待ち望んでいた。
「少し話があるんだ。ちょっといいか?」
「いいぜ。でも、あまり遅くなるのはちょっと。明日も朝から練習があるから」
「……わかった。手短にすませるよ」
煌太は吉野を連れて高校の隣にある神社へと歩を進めた。吉野の事を慮ると思わず言葉にしにくくなる。でも、伝えなきゃいけない。神社内にある広場のベンチに二人は腰を下ろした。
「それで、話って何だ?」
「先日、生徒会長が教室に来ただろ」
「そうだな。光明の生徒に暴力をふるった奴がいるって言ってたな」
吉野の表情が暗くなる。
「それについてなんだけど……玲愛が退学に追い込まれてるんだ」
「えっ」
「生徒会は、不祥事を起こした玲愛を退学させる方向で話を進めてきている。生徒会長は本気なんだ」
「そうか……黒瀬さんが……」
「俺の言いたい事、わかるだろ?」
煌太は吉野に迫る。吉野も理解したのか煌太の言葉に頷く。
「俺が、関わっている事を……話せと?」
「そう。吉野は光明の生徒、平野との関係について生徒会に打ち明けてくれればいい。そうすれば、玲愛が助けた事実も話すことができるし、それが正当防衛だと生徒会にも伝わるはず。玲愛の退学だって免れることができると思う……いや、できるはずなんだ。だから――」
「ごめん……赤星。それは……できない」
煌太の言葉を遮るように吉野は話し出すと、ひたすらごめんと言い続けた。
吉野の気持ちを考えると、煌太も吉野に頼むのは苦渋の決断だった。実際に吉野が平野との関係を打ち明けたら、玲愛は退学を免れるかもしれない。しかし、その代償に吉野は確実に県大会のレギュラーから外されるはずだ。不祥事を起こした生徒を出場させることを生徒会長が許すはずがない。ましてや吉野は一年生だ。来年以降もチャンスがあるのに無理に出場させるメリットもないと言える。吉野はそれを自覚している。だからこそ、煌太の案を受け入れられないと言ったのだろう。
「吉野の気持ちもわかるけど、玲愛を退学から救うには吉野の力が必要なんだ。頼む」
煌太はベンチから立ち上がると、吉野に向かい深々と頭を下げた。玲愛を助けてほしい気持ちと、サッカー人生を左右するかもしれない吉野への懺悔の気持ちも含んだ、煌太なりの精一杯の誠意だった。
沈黙が煌太を苦しめる。吉野だって苦しいはずなのに、煌太のほうが先に参りそうだ。
「ごめん……俺にはやっぱり無理だ……許してくれ」
吉野は告げるとベンチから立ち上がり、急ぎ足で煌太の前から立ち去った。
結局、何もできないで終わってしまうのか。記憶を失くして以降、手探りで高校生活を過ごしてきた。その中で、山本先生をはじめ奏や神林や吉野、そして玲愛と関わりを持てた。様々な事象が重なり、サーチ部に出会えた。このめぐりあわせは決して偶然ではないと思う。そんな最高の場所を失うのは……嫌だ。
もう、失うのは……玲愛の事を救えないで終わるのは……嫌だ。
気づいたときには大声を発していた。
「玲愛に助けられて、何も感じなかったのかよ!」
吉野の足が止まった。立て続けに煌太は話す。
「玲愛はあの時、吉野をすぐに助けに行かなかったんだ。玲愛は平野の本音を引き出してから吉野を助けに行った。この意味がわかるか?」
煌太の声が夜の神社に響き渡る。木々のざわめきに少し隠れるが、確実に煌太の言葉は神社内に木霊して吉野の耳に届いているはずだ。
「あの時、本音で言い合えなかったら今も平野とはずっと仲の悪いままだった。そうだろ?」
吉野はこちらを向こうとせず、再び歩を進める。
「吉野もあの時、平野に言ってたよな。『どうして大切な足で蹴るんだ』って。その言葉があったからこそ平野は泣いたんじゃないのか」
吉野の足が再び止まった。
「明日、放課後に玲愛について処分が下される。俺は……吉野を待ってるから。生徒会室前に来てくれ……頼む」
再度吉野に頭を下げる。ありったけの気持ちを込めた偽りのない誠意を示す。この思いが吉野に届くように。
「……ちくしょぉぉぉぉー」
暫くの沈黙の後、大声で気持ちをあらわにした吉野は煌太の方を見ることもせず走り去っていった。瞬間、まるで吉野の心の声が聞こえるかのように木々がざわめきだす。
終わった。
吉野が見えなくなるまで煌太は頭を下げ続けた。
結局、吉野の協力に賛同を得ることが出来なかった。でも、伝えることは伝えた。後は明日を待つしかない。今まで殻にこもっていた自分が初めて気持ちを、考えを素直に言えた気がする。煌太は伝えた思いが叶うように、神社の神様にただ願うしかなかった。
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