第6話 生徒会の力

 煌太がサーチ部に入ってから数日が経った。他の部活は毎日遅くまで活動を行っているが、サーチ部は未だに一回も部活動と呼べる活動を行っていなかった。

 沢渡先輩には出会った際に『活動がないのは平和なことだから良いことなの』と言われるだけで、相手にしてくれなかった。本当にこのままで部活動に入っている意味があるのか。煌太は少しずつ焦燥感を抱き始めていた。

 焦りは部活以外の事からも来ていた。サーチ部に入部したあの日、煌太にとって大きな出来事がもう一つあった。

 あの日、奏を泣かせてしまったのだ。

 決して悪気があって行ったことではないが、奏を傷つけた事実はどうあがこうが変わらない。これも記憶喪失について黙っている自分が巻いた種なのだから。どうにかして、奏と一回話したいと思ったけど、思っただけで中々前に進もうとしない自分がそこにはいた。

「おし。お前ら、体育館に行って来い」

 担任の平下先生がいつも通りの体育会系の声を放つ。こうみえて平下先生は数学の先生だ。

「先生、今日何かありましたっけ?」

 煌太の後方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「忘れたのか。今日は生徒総会の日だぞ。ほら、とっとと行った行った」

 年に二回、五月下旬と十月下旬に行われる生徒総会。生徒自身で規律を作り、生徒の乱れを直していくことが目的として掲げられる総会は、生徒会役員が中心となって生徒で議会を進めていく。各クラス一案の提出が必須で事前に生徒会側に案を送り、良い案を提出したクラスは生徒総会の場で発表し賛否をその場で決める流れになっている。

「でた。生徒総会! ほとんどの意見が通らない無駄な会議」

 生徒総会に興味津々といった様子の神林は、煌太の肩を掴むと全体重をかけてきた。

「いてて……って神林じゃん。さっきしゃべったのは神林だったのか。あれ? 神林って同じクラスだったっけ?」

「おい、煌太。最近本当に酷くないか。俺に対しての扱い」

 煌太は神林に視線を移す。神林は肩を落として落ち込んでいた。

「冗談だって。それにしても無駄な会議って……神林だって総会に参加するの初めてだろ?」

「おいおい、煌太。星屑高校に入るからには事前に総会のことくらい調べとけよ。常識だぜ」

 ため息をつきながら神林は語る。調べておくことが常識なのか煌太にとっては疑うレベルだ。

「野球部の先輩の話だと、総会はとにかく生徒会側が権利を牛耳っていて一般生徒の意見が通らないらしい」

「へぇ」

「さらに」

 人差し指を立てながら神林は毅然とした態度で煌太に語る。

「一部では生徒会によって星屑高校は乗っ取られているという説もある」

「乗っ取るって……大袈裟だな」

「いや、これが大袈裟な事じゃないんだ。これも先輩に聞いた話なんだけど、ここ三年間生徒会役員に選ばれている人は全員推薦入試で入ってきた人らしい。実は学校ぐるみで生徒会役員は決まるんじゃないかって噂だぜ」

「それはないだろ。文武両道が売りの高校だろ。それに、今年の生徒会長は確かに厳しい人だけど、学校の為に動いていると思うが」

 会長の姿が脳裏に浮かび上がる。眼鏡越しに鋭い眼光を尖らせ毎朝正門に立っている会長が、時には化学部として精力的に部活動に取り組んでいる会長が、星屑高校を乗っ取るって。ありえない。噂で生徒会の人達を駒として扱っているのは聞いたことがあるけど、さらにその上の学校側がついているなんて。神林の発言に悩まされる。

「会長? ああ、上本会長ね。会長って毎日声張り上げてるけど、なんかいいよな」

「いいって何が?」

「会長はいつも眼鏡かけているけど、俺一回だけ外したところを見たことあるんだよ。一瞬で会長のイメージ変わっちゃったよ」

 神林の心を打つほど会長は眼鏡を外すと様変わりするらしい。

「そっちかよ。てっきり会長の姿勢に感心してるのかと思ったぞ」

 重要な情報を話していた神林に感心したが、結局神林はいつも通りだった。

「話し戻るけど、野球部の先輩って通らなかった案について何か言ってた?」

「お、そうそう。先輩は、これは絶対通ると思ってたのに通らなかった案があったと言ってたな」

 神林は少し考えると、これだと言わんばかりに堂々と通らなかった案を言う。

「男子更衣室と女子更衣室を隣同士にしてほしいって案だ。しかも窓付きで」

「そんな意見、通るわけないだろ!」

 期待していた煌太は神林の発言に思わず突っ込んでいた。


 星屑高校の体育館は部活動が盛んなだけあって、他校よりも大きめに作られている。また、体育館とは別に柔道場や剣道場といった専門の道場まで設えてあるため、県内の大会では常に上位に食い込む成績を残している。

 体育館には多くの生徒が集まっていた。目の前に広がる人混みを前に、煌太はあの時の事を思い出していた。

 入学式の後に行われた部活勧誘で倒れてしまった。それ以来、人混みにいると頭痛やめまいに襲われることが多々あった。山本先生は『PTSD』や『パニック障害』等、いくつかの不安障害を合併しているのではないかと言っていた。記憶喪失になって以来、頭痛やめまいといった事が自身にふりかかっている今、山本先生や医院長先生の言う事が現実味を帯びてきた。

 そんな状況の中、煌太はサーチ部という新たな居場所を見つけることができた。活動はまだかもしれないけど、部活に入っている事が自ら抱えている欠点を克服するための支えになる気がした。今なら人混みだって平気な気がする。

 煌太は悠然と体育館を闊歩する。気分は悪くならない。むしろ気持ちがよかった。

「なんだ、大丈夫じゃん」

 人混みに対応できていると実感する煌太は、指定の場所まで歩き腰を落とす。体育館を改めて眺めてみると、大勢の見知らぬ生徒の顔が煌太の周りを取り囲んでいる。生徒達の喧騒で賑わう声が徐々に脳を支配していくのを感じる。決して意識しているわけではなかったけど、生徒の喧騒が嫌というほど脳内で鳴り響いている。煌太は徐々に気分が悪くなるのを感じた。

「くっ……」

 いつもと同じ感覚。人混みに入ると突然頭痛が始まり、気分も悪くなる。深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせようと試みるも、今度は足元が歪んで見え始めた。

 暫くの間、煌太は動けずにいた。意識だけがすぅっと遠のいていく感覚に襲われる。誰かが壇上で話し始めた。しかし煌太は視線を床から背けることが出来なかった。

 このままだと入学式の二の舞になるのかもしれない。この間、山本先生から聞いた不安障害について嫌でも考えてしまう。弱気になり始めた煌太の脳内をここぞとばかりに生徒の声が支配していった。

「こうちゃん? こうちゃん、大丈夫!?」

 聞き覚えのある声が脳内に響き渡る。周囲の喧騒から救うように、煌太を優しく包み込む。

「――っはぁ、はぁ」

 煌太の双眸に体育館の床が映し出される。どうやら座って下を向いたまま意識を失っていたらしい。落ち着きを取り戻した煌太は辺りを見渡し、現状を把握する。

「こうちゃん……よかった。目を開けないから心配したんだよ」

「奏――俺は今まで……そういえば総会は――」

「終った」

 後方から声が聞こえ、声のする方に双眸を向ける。視線の先には玲愛が立っていた。

「玲愛……」

「保健室に連れて行く」

 玲愛にいきなり手を握られる。小さくて華奢な手だが、この手で以前吉野を救ったんだっけ。

 めまいが止んで間もない煌太は、よろめきながら立ち上がると玲愛と一緒に保健室へと向かおうとした。

「ちょっと待って。私も行く」

 煌太を追いかけるように奏がついてくる。そんな奏に対して玲愛は、煌太の手を離して奏と向き合うと、思いもよらない一言を言い放った。

「あなたが来ても意味がない。かえって迷惑」

「ちょっと迷惑ってどういうこと」

「迷惑だから言ってるの」

「どうして……」

「…………」

 奏の質問を意に介さず、無言を貫き通す玲愛に煌太は再度手を握られる。

「と、とりあえず俺はもう大丈夫だから。ほら、ちゃんと歩けるし」

 玲愛の手を振り払い、歩いて見せた。吐き気も今はやってこない。

「保健室には一人で行くよ。二人は教室に戻っていいから」

 言い終えると煌太はその場から離れるようにそそくさと体育館を後にした。


「異常ないみたいね」

 煌太の胸に当てていた聴診器を離した山本先生がほっと息を吐いた。

「もう、体育館で症状が出たって聞いたからびっくりしたわ。とりあえずコーヒーでも飲みなさい」

 設えてあるコーヒーメーカーから、温かいコーヒーが出るたびに室内に匂いが漂う。山本先生は戸棚からカップを出すと勢いよくコーヒーを注ぎ煌太に手渡してくれる。

「ありがとうございます」

 こうして保健室のベッドの上でコーヒーを受け取るのは何度目だろうか。目の前に広がる保健室の風景が煌太にとって当たり前となっている気がした。

「それで、総会で何が決まったのかしら?」

「すみません、覚えてないです。誰かが壇上で話していたのは覚えているんですが、内容までは……」

「そう……総会では例年、生徒会の権力が強くて決まる案のほとんどは生徒会が出したものになってるのよ」

「そういえば神林もそんなこと言ってたな」

 神林の言っていたことは嘘ではなかったみたいだ。

「校内全面禁煙になったのもこの総会で決まったことなのよ。まあ、私は喫煙しないからむしろ禁煙にしてくれてよかったけど」

「コーヒーが禁止にならなくてよかったですね」

「そう、それよ。禁止になったら私、この高校の教師辞めるわ」

 コーヒーを愛してやまない山本先生はコーヒーメーカーを必死で守る姿勢をとっている。今年の生徒総会ではいったい何が決まったのか。後で神林にでも聞こうと煌太は思う。

「私も見届けたかったのだけど、今日は忙しくて行けなかったわ」

「先生も忙しい日があるんですね」

「一応、教師ですから」

 普段接している山本先生を想像してみても、忙しさの欠片も見当たらないため煌太にとっては意外だった。

「総会で変なことが決まってなければ良いけど」

 ポツリと呟いた山本先生の発言がとても気になった。教室での神林の話を鵜呑みにするわけではないけど、何処か山本先生も生徒会を信用していない言い方をしている気がする。もしかしたら、本当に生徒会に何かあるのかもしれない。

「さあ、もう教室に戻りなさい。そろそろ帰りのHRの時間でしょ。それとも……放課後まで先生と一緒にいる?」

「いいえ、結構です」

 山本先生の誘いを即座に断り保健室を後にした。

 HRが始まる前に煌太は教室に戻れた。いつも通りの風景が目の前に広がっている。各々の生徒は放課後に待っている部活動に胸を弾ませているのかもしれない。

「HR始めるぞ。席につけー」

 ドアを開ける音がして担任の平下先生が教室内に入ってくる。いつも通り、帰りのHRが始まると思っていたが、平下先生の後ろにいた人達を見た瞬間、驚愕せずにはいられなかった。

 後ろにいたのは先程の総会の主催者でもある上本会長はじめ、生徒会役員だった。

「今から、生徒会長の上本から話があるらしい。上本、いいぞ」

「ありがとうございます。平下先生」

 平下先生に律儀にお辞儀をし、皆を一瞥する会長。一瞬会長と目が合った気がして思わず視線を逸らしてしまう。

「今日はお疲れ様。みんなのおかげで良い案がまたひとつ成立したわ」

 したり顔を見せる会長は煌太にとって不気味だった。

「今から話す事は総会とは関係ないことなんだけど、先日星屑高校の生徒が光明高校の生徒に暴力をふるったことが報告されたわ」

 教室内が一気にざわつきはじめる。会長の話は煌太にある出来事を思い出させた。もしかしたら、この間に起きた事を言っているのかもしれない。会長は再び口を開いた。

「それで、いきなりで悪いんだけど暴力をふるったのが誰か知っていれば今から渡す紙に書いてほしいの。犯人をつきとめるためにも」

 小さな小動物を狩る百獣の王の目つきになっている会長の両目は狙った獲物を逃さない、鋭い目をしている。そんな目をちらつかせながら教卓の上に積んである白い紙を列の先頭に配り始める。

「あら、あなたは……こないだ理科室の前にいた子ね」

「お久しぶりです。会長」

 列の先頭に座る煌太は紙を受け取りながら、軽く会釈する。

「来週からの試験だけど、勉強の成果をしっかりと出しなさいね」

「ありがとうございます」

 会長にとんでもないことを言われるのではないかと覚悟を決めていた煌太は、意表を突く発言に驚きを隠せなかった。今まで張りつめていた嫌な雰囲気が一気に取り除かれる。

 会長の話から考えると、やはり先日の吉野の一件の事を言っている可能性が濃厚だ。その中でも玲愛のことを言っているのだろう。でも、玲愛の行動は確実に正当防衛だったはず。そう思うと紙には何も書けない。目の前に差し出された真っ白な紙に書く文字を煌太はひたすら探し続けるが、結局白紙で提出した。

「みんな協力ありがとう。今回の事は全校生徒に聞きまわっていますが、事態が収束するまで決して噂などしないでください。事実確認が取れていないためと、情報が錯綜しないために。何かわかったらすぐに報告するので、ご協力お願いします」

 会長は告げると周りに引き連れていた生徒会の人達と共に教室を後にした。一瞬、教室に静寂が訪れる。生徒会の人達の醸し出す雰囲気はクラスの喧騒を一気に奪ってしまった。

「まぁ、他校の生徒に暴力をふるったなんてわかったらうちの面子がたたないんだろう。生徒会も犯人探しに必死だからな。まあ、お前らも犯人がわかったら教えてくれ。どうにかできる内容だったら俺が何とかしてやるから」

 威勢の良い声を放つ平下先生は満足げな表情を晒していたが、生徒会によって奪われた喧騒が戻ってくることはなかった。

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