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光が完全に消え視界のぼやけが治まってくると、今僕が立っている場所が先ほどまでの電車とは大きく異なっているのがすぐに分かった。
それも当然のことで、さっきまでの電車の中は時間こそ止まっていたが、見える物事にはなんの影響もなく、見た感じは僕が乗っていた電車からピクリとも変化していなかったのだから。
しかし、今はどうだ。
辺り一面が白一色。
どこをどう見回しても白しかない。いや、白というよりもは、これは光そのものを見ているような感覚か?
こう、霞む光の中にいるような、そんな感覚。
(酔いそうだ)
【気をつけてください。あんまり意識しすぎると酔うくらいじゃ済まなくなるかもしれませんよ】
頭の中に声が直接響く。
(ファザエルさん、こんなことできるんなら直接会いに来なくてよかったんじゃないかな?)
【そこはこちらがお願いする立場ですし、礼を尽くすのが筋かと思いましたので】
(あ、これ普通に心読まれるんですね)
【だからあまり人には使いたくないのですよね。手っ取り早いと言えばそうですが、人の中にはこれだけで心が壊れる者もいますし。工藤様は元人間とはいえ『世界監督』になったのですからこの程度は耐えられると思いますよ】
さらっと元人間って言われるんですね。
(まぁ、人間であることにこだわりなんてないですけれど。そうは言っても、自覚のないところでいきなり変わったと言われて違和感しかないですよ)
【確かにご自身がどうなったかの説明も無しでは、これからの業務にも支障をきたすかもしれません。手短にですが、ご説明させていただきます】
(説明していただけるというのならありがたく聞かせて頂きます)
【ではまず、肉体的な変化について。これは簡単に言ってしまうならば、幾つかの生理現象の喪失といったところでしょうか。簡単に申し上げるなら、トイレもお風呂も必要無いといった感じですね】
それは助かる……のか?
トイレはいかなくていいのならその方がいいが……
(お風呂は気分的なもので入りたくなるかもなぁ)
【代謝が無くなりますし、ここでは身体的な穢れがつくこともありませんのでご入浴の必要はありませんが、気分的な問題、ということでございましたら後述の手段で行えますのでご心配なく】
なるほど、それなら便利なだけで大助かりかもしれない。
他の監督者には不必要だろうが、日本人として生まれ育った僕にとって、お風呂に入らずにはいられない……とまでは言わないにしても、ファザエルさんの言う通り気分転換のしたい時もあるだろう。
そしてもう一つ聞き捨てならないセリフがあった。
(『代謝が無くなる』ってどういう意味でしょうか?)
【言葉通りの意味ですよ。肉体的な時が止まると言った方が解りやすいかもしれませんが】
あぁ、当たり前と言えば当たり前の事だけれど、そういう事になるのか。
本格的に人間辞めたなって感じる言葉だ。
つまりは不老長寿になったってわけだ。
不死ではないのがキーなのだけれど。
【やはりショックですか?】
(いえいえ。こうなる事をちゃんとファザエルさんは説明してくださいましたから、覚悟はしていた……つもりですが……なんというかこう、吹っ切れた感じなのかな、これは。もう戻れない、みたいな)
【工藤様はお強い。『世界監督』としても期待しております】
ファザエルさんはお世辞がうまい。
そう言われたら僕としても乗り気になってしまう。
しかし、聞く話から察せられるこれからを思うと些か不安になるのも仕方ないと思って欲しい。
(期待して頂いているところすみませんが、『世界監督』の仕事について、ちゃんと教えて貰えるのでしょうか?僕なんて世間の荒波に一度も触れていないただの高校生ですし、まさか他の『世界監督』の仕事を“見て覚えろ”なんてこと仰いませんよね?)
【勿論ですとも。それに関しては今からご説明します。そんなに気構えずとも、簡単な作業ですのでご安心ください】
つい数分前まで一介の男子高校生だった僕に、本当に神様みたいな役が務まるのだろうか?
傍観者でいいと言われても、心配にはなる。
一つの世界を任されるという事は、そこに住む人々の命も背負って立つということなのではないか、そんな不安が脳裏をよぎったのを、ファザエルさんは察したのだろう。簡単というところを強調していた。
【工藤様ならこの仕事にもすぐに慣れますよ。】
ファザエルさんはそう付け足す。
(そうだといいのですけれど。とにかく、『世界監督』は僕のイメージでは神様のようなものだと認識していますが、一体どこまでのことをすればいいのですか?)
【『世界監督』の仕事は世界の魂を常に流動させ、滞らせない。それ一つです。そのためのあらゆる権限が工藤様には与えられます】
(それは具体的にどうすればいいんですか?)
【手段は問いません。監督者の権限を用いて、世界中の生物を死に至らしめ、代わりに新しい命を創造するもよし。世界を二つの派閥に分け、殺し合いを演じさせるもよし。全ては工藤様の思うがままでございます】
ファザエルさんの鋼のような無機質な声が、心を直接打つ。
(それは、僕の手で、という事ですか)
【言うよりも実践したほうが早いでしょう。一度私の言う通りにそれを使ってみてください】
ファザエルさんが『それ』と言った瞬間、僕の目の前、何もない空中に光が凝縮し一つの光球を形作る。
それは胎動しながら徐々に光を強くしていくと、やがて目を覆いたくなるような眩さを放って破裂した。
後には直径二メートル程の自転する星がたった一つぽかんと残されていた。
【本来ならば世界に干渉する力は『世界監督』が生まれ持ったもの。勿論、工藤様にも今はその力が有りますが、感覚的に使うのは難しいでしょうから此方を使わせていただきます】
時間を止められ、いきなり訳のわからない真っ白な空間に閉じ込められ、これ以上は
驚くようなことは起こるまいと思っていた矢先にこれだ。
【その星は工藤様が管理する星の端末のようなものです。それを操作して世界に干渉できますので、試しにその星に触れてみてください】
言われた通り、星に触れてみる。
柔らかな温もりが手の平をじんわりと暖める。
触れると同時に星の上に『破壊』『創造』『確認』の三つの単語と一つの人型マークのアイコンが表示された。
(これはどんなことができるんですか?)
【生物の創作から
(それって大丈夫なんですか?)
【大丈夫ですよ。彼らの魂は世界の一部にすぎません。滅んでも再び元の魂に戻るだけです】
多少の罪悪感を感じながらも、言われるがままに彗星衝突を選ぶと、実行するまでの時間を入力する欄がその真下に出現した。
【ついでにもう一つの機能を確認するため、そこには一時間後に設定してください】
タイマーを一時間後に設定する。一度出た確認の文字に触れると、『予定が設定されました』と文字が表示された。
【今度はあなたの管理する世界を直接見てみましょう。先ほどの画面から人型のマークを選んでください】
『破壊』の文字を選んだ時のように星に触れ、今度は人型のマークを選ぶ。
すると、人型のマークが変質し人差し指程度の大きさをした矢印になった。
【それを星の適当な所に刺せば、工藤様はその星に降り立ち、実際にその目で世界で起こる物事を見聞きすることができます。無論、直接触れることはできませんし、その世界に住む者たちには工藤様を感じることはできませんが】
僕はゴクリと生唾を飲み込むと矢印を星の中でも最も巨大な大陸の中心へと突き刺した。
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