第4話    「人の話を聞かないバカップルはこれだから」

「ふむ、こうして皆で食事をとるのはひさしいな」

「そうよねぇ。私達も新規の事業にかかりっきりで、誰かさんは食事時は自室に逃げているもの。こうしてレイちゃんとあなたとリオンちゃんと食事なんて、1週間ぶりじゃないかしら?」

「……」


 ニコニコと嬉しそうに笑うジョシュアさんとアンジェさんが、長い食卓をはさんで正面に見える。

 それにしてもアンジェさん、すごく自然な感じで嫌味を混ぜてるよ。


 私の隣に座ってる人物を横目で確認してみる。偶然にもその本人、レイモンドさんが私の方を見ていた。

 彼は私と目が合うと同時に、眉間みけんのしわをさらに深くする。相変わらず嫌われっぷり。

 忌々いまいましそうににらんでくるレイモンドさんの視線が痛いな。


 うん。目の前の現状を再認識したけど、やっぱり理解はできないよ。

 どうして今私は、自分が作った夕飯をジョシュアさんとアンジェさんとレイモンドさんと一緒に食べようとする羽目になってるのかな。


 ヴェルツさんに試しの一品を出したら気に入られて、さらにもう一品作れって言われたのはわかる。

 それを夕飯に出すっていうのも、もともとは出来が良かったら夕飯に並べるって話だったから理解はできるよ。


 問題はそこじゃなくて。本来は使用人の立場になったはずの私が、雇い主のマクファーソン家の人々と同じ夕飯をとることになってるってこと。

 傍にひかえてるセバスチャンの横に並んで立つのが、正しいと思うけど。


 不機嫌そうに口を曲げたレイモンドさんが、モノクルを直した。


「……では。父様でも母様でも構いませんが、ご説明を」

「ふむ? 何をだい、レイモンド?」

「わかっているはずでしょう。ほうけて誤魔化ごまかそうなどと浅慮せんりょな行動をせず、彼女が同席してる理由について説明してください」

「おや、不満かな」

「ええ、非常に不快極きわまりないです」


 ですよね! もっともな意見で、ストレートな疑問だと思う! レイモンドさんの疑問に内心私も同意だよ。

 やっぱり今からでも下がった方がいいんじゃないのかな。


「まぁ! いつからうちのレイちゃんはそんな心が小さな子になってしまったのかしら!」

「心の度量どりょうの問題ではありません。雇用主と従業員が同席してる点について、明確な納得のいく理由を求めているだけです」


 やっぱりレイモンドさんは、今の状況を不満に思ってるみたい。

 それも仕方ないよね。彼は私のことが気にくわないし、私自身どうしてこうなったのか疑問だから。

 本当になんで私、ここにいるのかな。肩身がせまいよ。

 

 そもそも、私が作った物を目の前で他の人が食べるのも気まずいのに。


 レイモンドさんの当たり前な意見を聞いても、ジョシュアさんもアンジェさんも微笑ほほえんでる。

 彼の機嫌は急転直下でピリピリするような冷気をただよわせてるのに、二人はほのぼのとしたおだやかな笑みを浮かべてる。

 

「私がそうしたかったからよ!」

「アンジェに同じくだね。これまで食事時はともに彼女を客人として扱い同席していたというのに、急に変わってしまうのも味気ないだろう?」

「……ハァ。なるほど? わかりたくはありませんが、あなた方はそれだけのためにくだらないことをされると知っているので、把握はしました。理解は到底できかねますが」


 あきらめていませんか、レイモンドさん。ため息が深いですが、大丈夫でしょうか。眉間をもんでいるのは頭痛をやわらげるためですか。


「…………ッチ、人の話を聞かないバカップルはこれだから」

「あら、何か言ったかしらレイモンド?」

「いいえ? 気のせいではないでしょうか、母様」


 悪態を小声でつぶやいたレイモンドさんを、ニッコリ笑顔で瞬時に黙らせるアンジェさん。

 こうして見ると、二人の笑顔はそっくりだよ。


「それで? 彼女の同席は今後も続けるという意向でしょうか」

「そうとってもらって構わないよ」

「わかりました。当主の指示に従いますよ」

「そうねないでほしいわ、レイちゃん。お母様悲しい」

「……」


 レイモンドさんの無表情が怖い。

 冷たい眼差しの無言が余計に恐怖感があるのに、やっぱりジョシュアさんもアンジェさんも平然としてる。親子だから、二人にとってはただ息子がねてるって認識なだけなのかな。


「では、待たせてしまったが配膳を願おうか。今日はなんでもとっておきなんだろう?」


 ジョシュアさんが視線で問いかけると、それを受けたセバスチャンさんが一礼を返した。


「はい。アルヴェルトがいたく興奮しきった様子でおりました。クガ様がメイン、サブを1品担当されたようで。発案しなさった料理が独創的で、かつて味わったことのない料理だとか」

「ほう。それはそれは。アルヴェルトが掛け値なしにめるとは、期待してもよさそうだね」

「まぁ! リオンちゃんの手づくりなの!? 嬉しいわ、楽しみね!」

「は?」


 二人とも無自覚にハードルを上げないでください。期待にそえるかどうかはわからないよ。


 一般的な日本食しか用意しなかったのに、それを食べたヴェルツさんがまた壊れて暴走してた。

 ……思い出すだけで怖いよ。なんであの瞳孔をカッと開いた状態で踊り始めたのかな。変な儀式に見えたよ。アンナさんは慣れてるのか諦観した目で黙ってるだけだったし。

 彼女が最初に言ってた『悪い人じゃない』って意味が、なんとなくわかったかも。


 試作した時のことを思い出してる場合じゃなかった。

 ドスの利いた声でにらみを効かせたレイモンドさんが、冷気を放ってる。冷凍庫よりも冷たい空気が隣からしてくるよ。


「セバス、今何を言いましたか」

「おや、坊ちゃま。聞こえませんでしたか? いけませんなぁ、私めよりも先に耳をやられてしまいましたか」

「坊ちゃまはやめなさい。それに、そういう意味ではないとわかっているでしょう。私は事実の確認をとりたいのです」


 機嫌が余計に悪くなったレイモンドさんは、イライラしながらセバスチャンさんににらみをかせてる。


「左様で。では改めてお伝えしますが、本日の夜食はこちらにおられるクガ様がご用意された物でございます」

「…………ありえない」


 レイモンドさんがこれ以上ないってほど、しぶい顔になってる。


「おや、坊っちゃまは何か杞憂きゆうなことでもおありですかな?」

「大有りに決まっているでしょう。信を置いていない他人の料理を食べる必要性がどこにありますか」

「おやおやまぁ、つれないことをおっしゃいますなぁ。クガ様は招かれた客人。当主と当主夫人であられるジョシュア様とアンジェリカ様がお認めになられているのです」

「今は、ただの使用人でしょう」

「ええ、そうですとも。ただの『マクファーソン家の使用人』でございます」

「…………」


 平然と微笑みながら返すセバスチャンさんを、レイモンドさんは憎々しげににらんだ。

 切り返しが絶妙で、レイモンドさんを手玉にとって会話を誘導してる。セバスチャンさんは見事にレイモンドさんを言いくるめてる。

 『他人ではないから食え』って、暗にセバスチャンさんは言っているんだよね?


「そんなこと言っても、おいしいわよ? レイちゃん」

「うむ。ほのかに塩気があるが、甘みもある。使われる具材の組み合わせも興味深い。なるほど、確かにこれは独創的というのが言い得てみょうだ」

「って、あなた方はいつの間に実食されているのですか!?」

「料理が冷めるのはよろしくないと判断しましたので、先に配膳させていただきましたとも」


 セバスチャンさんの指示で、いつの間にかアンナさんが配膳を済ませていたみたい。入室してきた音とか配膳されてたこととか、全然気づかなかったよ。

 やわらかく微笑んでるけど、その目は楽しんでませんかアンナさん!?


「っ! あ、あなた方は、それに毒が盛られている可能性を視野に入れなかったのですか!?」

「……っえ?」


 レイモンドさんの苛立った声が、胸に突き刺さった。

 彼は私が、料理に毒を入れるような人だと思ってたの?


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